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Ⅰ
10.ごはん
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脱衣場は冷える。無駄口を叩く余裕もなく体を拭いて、寝間着に着替えた。
俺はいつだかの福袋に入っていたパイル地のセットアップとパーカー。
彰永には新しく、カーキ色のスウェットを下ろしてやった。
発熱性能付きの綿素材だと。そいつはもはや化繊じゃないのか。
毛糸の靴下と半纏も装備させると、絶妙な芋臭さがプラスされて超可愛い。
俺は本当はアパレルで働くべきなのかもしれん。
冗談はともかく、辺鄙な所へわざわざ来てもらっているのだ。
風邪をひかせて帰すわけにはいかないと思っていた。
蝶々結びにした半纏の紐を握り、居間まで連行する。
彰永をこたつにしまったら、次は台所だ。
「なんか手伝うよ」
「うるせえ。客は黙ってぬくぬくしてろ」
両肩を押さえて座らせると、彰永は俺の手を取って、指先にキスしてきた。
「ンッ」
俺は出てしまった変な声を、咳払いでごまかす。
座ったままの彰永が、機嫌を窺うように眼鏡の下から上目遣いしてくる。
やめときゃいいのに、俺は火災報知器でも押すような衝動に駆られて、人差し指で唇をなぞる。
何を笑ってんだよ、彰永。
赤ちゃんの部屋がどうとか。
そんな狂人みたいな発想が出てくるくらい彰永を追い詰めたのは、俺なんだろうか。
ぺしっと可愛い恋人の額をはたいて、俺は居間を出た。
居間のガラス戸を閉めて台所に逃げ込む。
スープを温め、冷蔵庫から水餃子と後入れの野菜を出す。
酒を徳利に移しかえて癇の準備をする。
生春巻きを出す。取り皿を出す。レンゲを出す。彰永の箸を出す。
服もそうだが、この家には彰永用の食器が色々とある。全部、俺が買ったものだ。
俺はともかく、彰永に父方の人間が直接口を付けたようなものを使わせたくなかった。
だけど、この家の食器戸棚に長いこと並べていると、そう変わらないように見えてくる。
この家と俺が変だから、馴染むように彰永も変になっちゃったんだろうか。
俺は彰永に酷いことをしてしまったのかもしれない。
煮えてきたスープに野菜と餃子を落とし、浮かび上がってくるのを待つ。
俺は嘆息した。今更そんなこと言ったって、もうしょうがない。
仕上がった。
ガスを消し、配膳用の台車に食器も料理も全部積んで、居間までガラガラ押して行く。
彰永がガラス戸を開けてくれて、炬燵の上にどんどん並べる。
広い部屋だが、暖房を入れると、少し暑いくらいだ。
炬燵とテレビのある背後にぽかんと空間が空いているのは、かつてここに祖父のリクライニングベッドが置いていたからだ。
行政からのレンタル品なので、とっくに返却され、今は変なスペースだけが残っている。
文房具の入った小さな棚などもあり、上に電話機も置いてあるが、電話線はない。
そもそも他人の家に住んでいるのだから、居心地が悪いのは当然なのだが、この部屋は特に生活感が残っている気がして、俺は彰永が来た時くらいしか使うことがない。
角を挟んで二人で座ると、彰永がぱんっと手を合わせた。
「いただきます!」
「……おう」
彰永は健啖家だ。
人よりも縦に長いせいだろうか。
この家で結構食わせているつもりだが、もうお腹一杯で入らない、なんて言葉を聞いたことがない。
そのわりに食うものが無きゃ無いでけろっとした顔でバカ話をしていたりする。
考えてみれば不思議なので尋ねてみた。
「いや、単に食える時に食ってるだけだよ」
つるんと水餃子を口に入れながら、彰永は答える。
「三人兄弟の真ん中っていうのは常に食うか食われるかの極限状態に晒されてるんだ」
「いや共食いしてるみたいに言うじゃん」
「奪い合いで食い物が無くなるから。食える時に食わないヤツから順に餓死してしまう」
「餓死したのか……」
もともとは七人兄弟とかだったのだろうか。
これは悪いことを聞いてしまったようだぜ。
酒も入って俺はひいひい笑ってしまった。
こっちは食い気より色気を地でいっているので、彰永の馬鹿話を肴に酒を啜るくらいでちょうどいい。
徳利はもう空けてしまって、今はビールを飲んでいる。あったまってきた。
「彰永ぁ」
「うん?」
目を閉じて、唇をキスの形に尖らせると、ごくんと生春巻きを嚥下して、応えてくれた。
口から美味しい味がする。もっと欲しくて膝立ちになってピチャピチャと舌を使う。
こんなキスの仕方、昔はなんにも知らなかったのに、彰永は賢い。
俺が何をされれば悦がるのか、よくわかっている。
パーカーのファスナーを下げて、胸を揉んでくれる。
「卯月、おっぱい好き?」
あとは意味不明なことを言わなきゃなあ。
でも、そこも面白くて好きよ。
「一旦落ち着こうな」
「うん」
「まずコレはおっぱいではないし、仮にそうだとしても、おっぱいを好きなのは揉みに来ているおまえの方だよなあ?」
彰永は手を動かしながら、なんだか遠い目をしている。大方、おっぱいの定義について考えているのだろう。
来た来た。スルリと服の下に手を入れて、直に感触を確かめにきた。
首をかしげている。なんだその反応。
腹立ちまぎれに、俺は彰永の頭を掴んだ。
そのまま服の中に押し込んでやろうとすると、服をめくりあげて、おっぱいを吸いに来た。
俺はいつだかの福袋に入っていたパイル地のセットアップとパーカー。
彰永には新しく、カーキ色のスウェットを下ろしてやった。
発熱性能付きの綿素材だと。そいつはもはや化繊じゃないのか。
毛糸の靴下と半纏も装備させると、絶妙な芋臭さがプラスされて超可愛い。
俺は本当はアパレルで働くべきなのかもしれん。
冗談はともかく、辺鄙な所へわざわざ来てもらっているのだ。
風邪をひかせて帰すわけにはいかないと思っていた。
蝶々結びにした半纏の紐を握り、居間まで連行する。
彰永をこたつにしまったら、次は台所だ。
「なんか手伝うよ」
「うるせえ。客は黙ってぬくぬくしてろ」
両肩を押さえて座らせると、彰永は俺の手を取って、指先にキスしてきた。
「ンッ」
俺は出てしまった変な声を、咳払いでごまかす。
座ったままの彰永が、機嫌を窺うように眼鏡の下から上目遣いしてくる。
やめときゃいいのに、俺は火災報知器でも押すような衝動に駆られて、人差し指で唇をなぞる。
何を笑ってんだよ、彰永。
赤ちゃんの部屋がどうとか。
そんな狂人みたいな発想が出てくるくらい彰永を追い詰めたのは、俺なんだろうか。
ぺしっと可愛い恋人の額をはたいて、俺は居間を出た。
居間のガラス戸を閉めて台所に逃げ込む。
スープを温め、冷蔵庫から水餃子と後入れの野菜を出す。
酒を徳利に移しかえて癇の準備をする。
生春巻きを出す。取り皿を出す。レンゲを出す。彰永の箸を出す。
服もそうだが、この家には彰永用の食器が色々とある。全部、俺が買ったものだ。
俺はともかく、彰永に父方の人間が直接口を付けたようなものを使わせたくなかった。
だけど、この家の食器戸棚に長いこと並べていると、そう変わらないように見えてくる。
この家と俺が変だから、馴染むように彰永も変になっちゃったんだろうか。
俺は彰永に酷いことをしてしまったのかもしれない。
煮えてきたスープに野菜と餃子を落とし、浮かび上がってくるのを待つ。
俺は嘆息した。今更そんなこと言ったって、もうしょうがない。
仕上がった。
ガスを消し、配膳用の台車に食器も料理も全部積んで、居間までガラガラ押して行く。
彰永がガラス戸を開けてくれて、炬燵の上にどんどん並べる。
広い部屋だが、暖房を入れると、少し暑いくらいだ。
炬燵とテレビのある背後にぽかんと空間が空いているのは、かつてここに祖父のリクライニングベッドが置いていたからだ。
行政からのレンタル品なので、とっくに返却され、今は変なスペースだけが残っている。
文房具の入った小さな棚などもあり、上に電話機も置いてあるが、電話線はない。
そもそも他人の家に住んでいるのだから、居心地が悪いのは当然なのだが、この部屋は特に生活感が残っている気がして、俺は彰永が来た時くらいしか使うことがない。
角を挟んで二人で座ると、彰永がぱんっと手を合わせた。
「いただきます!」
「……おう」
彰永は健啖家だ。
人よりも縦に長いせいだろうか。
この家で結構食わせているつもりだが、もうお腹一杯で入らない、なんて言葉を聞いたことがない。
そのわりに食うものが無きゃ無いでけろっとした顔でバカ話をしていたりする。
考えてみれば不思議なので尋ねてみた。
「いや、単に食える時に食ってるだけだよ」
つるんと水餃子を口に入れながら、彰永は答える。
「三人兄弟の真ん中っていうのは常に食うか食われるかの極限状態に晒されてるんだ」
「いや共食いしてるみたいに言うじゃん」
「奪い合いで食い物が無くなるから。食える時に食わないヤツから順に餓死してしまう」
「餓死したのか……」
もともとは七人兄弟とかだったのだろうか。
これは悪いことを聞いてしまったようだぜ。
酒も入って俺はひいひい笑ってしまった。
こっちは食い気より色気を地でいっているので、彰永の馬鹿話を肴に酒を啜るくらいでちょうどいい。
徳利はもう空けてしまって、今はビールを飲んでいる。あったまってきた。
「彰永ぁ」
「うん?」
目を閉じて、唇をキスの形に尖らせると、ごくんと生春巻きを嚥下して、応えてくれた。
口から美味しい味がする。もっと欲しくて膝立ちになってピチャピチャと舌を使う。
こんなキスの仕方、昔はなんにも知らなかったのに、彰永は賢い。
俺が何をされれば悦がるのか、よくわかっている。
パーカーのファスナーを下げて、胸を揉んでくれる。
「卯月、おっぱい好き?」
あとは意味不明なことを言わなきゃなあ。
でも、そこも面白くて好きよ。
「一旦落ち着こうな」
「うん」
「まずコレはおっぱいではないし、仮にそうだとしても、おっぱいを好きなのは揉みに来ているおまえの方だよなあ?」
彰永は手を動かしながら、なんだか遠い目をしている。大方、おっぱいの定義について考えているのだろう。
来た来た。スルリと服の下に手を入れて、直に感触を確かめにきた。
首をかしげている。なんだその反応。
腹立ちまぎれに、俺は彰永の頭を掴んだ。
そのまま服の中に押し込んでやろうとすると、服をめくりあげて、おっぱいを吸いに来た。
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