23 / 36
Ⅲ
2.バックできません
しおりを挟む
宮古はつーんと高い鼻を反らした。
「近ごろ腑抜けてるって言うから同期として気合いを入れてあげたんだよ。目が覚めた?」
「おかげさまで……」
先輩二人の言い争いに、小野は困っている。俺は黙ったが、宮古はまだボヤいていた。
「久しぶりに顔が見られたと思ったら、妙にやつれてるし、笑顔少ないし、そんな状態でフロアに立たれるの嫌だ。お客さんにだって伝わるんだからね、そういうの」
だからと言って、凝ったラッピングの仕事を矢継ぎ早に取ってきて丸ごと俺に押し付けてくるのは違うと思う。
おかげで今日はほぼバックヤードかレジ裏で手元を見続けていた。
まあ宮古の目的はおっしゃる通り腑抜けた俺をフロアに立たせないことだったのだから全て計算ずくなわけだが。
指摘については、ぐうの音も出ない。ここ最近の俺は、本当に良くない。
接客の話だけすれば、今日ラストの小野の方がよほど良い仕事をしていると思う。
なんか、ぼーっとしてしまうのだ。
接客センサーの働きも鈍いし、ばたばたと仕事をしながら、なんで自分がここにいるのか、急にわからなくなってしまうことがあった。
働きすぎかと思って休日にしっかり休もうとしても、なんだか眠れないし。そうなると寝坊して遅刻するみたいなことも起きる。
やれやれだぜ。
売上げにも目に見えて響くので、我ながらやばいとは思っている。
職種としては販売員なのだから、ラッピングが上手くとも、売上げを取って来なければ、仕事とは言えない。まあ、その逆もしかりで売上げを取れても客が満足しなければ再来店には繋がらない。俺から見ても今日の宮古は、店長から指導が入るギリギリを攻めていた。
俺の技量を信用しているから、あんなにも無茶な仕事を取ってきたのだろうし。
「……ごめん。気合い入れ直すよ」
同期からの捨て身の眠気覚ましパンチは、なかなか効いた。
素直に謝ると、欧米人よろしく肩の真横で両手を広げてみせる。
「全く困ったもんだよ。ちゃんと食べてる? 小野ちゃんだって卯月のこと心配してんのよ。ねえ?」
「はい……」
何かもの言いたげだと思ったら、そういうことだったらしい。後輩の小野にまで気を遣わせているのはちょっとひどすぎる。
「うーん……」
駐車券を取って、バックで停める。
暗闇に向かって車を切り返す。あいつは、コレが苦手だったな、と、思い出した。
記憶を手繰ってはいけないとわかっていても、できない。目を閉じたり耳をふさぐようには思い出すことをやめることはできない。
彰永。
おそらく、頭の切り替えが下手なのだ。
普通に走らせる分には問題ないのになぜかバックとなると急に初心者に戻ったみたいに右と左を逆に切ってしまう。
昔からだ。免許を取り立ての時にはかなり練習に付き合わされた。
社の駐車場で草むしりを手伝わせたのだから夏の盛りだったのだろう。
何度やり直しても同じ間違いを繰り返す。
助手席に座ってあれこれ助言してやったが、俺はついに匙を投げた。
『もういい。おまえには何を言ってもムダだ。やることなすこと全部あべこべなんだから、もう正解だと思ったのとは逆のことをやれ』
彰永は腕を組んで考え込んでいたが、ねえ卯月、と俺を呼んだ。
Tシャツから覗く腕が汗ばんでいた。
こんなにかっこいい顔してるヤツが、少し笑っただけでこんなに可愛くなっちゃうなんて、ずるすぎると思う。
『卯月。今って、キスしていい?』
俺は宮古が開けた窓を閉じて車のエンジンを切った。ヘッドライト、いやランプだっけ。もうどっちだっていい、それを消す。
「まあ、今日の夜はいっぱい食うよ」
二人を下ろしてそう笑って見せると、宮古はガッツポーズで「そうそう!」と叫んだ。
「働いたぶん、食べて飲もー!」
ついでとばかりに小野の背中を、どーんと突き飛ばすようにして先に歩き出す。
人の前を歩きたがる性格だが、方向音痴だ。後輩の小野が慌ててスマホ片手に居酒屋の方へ引っ張る。なんだか微笑ましい。
笑えはするのだ。ずっと悲しいだけで。
あの時の車と同じだ。何度やり直しても、同じ間違いを繰り返すとわかっている。
だからもう会わない方がいい。
どう考えたって、俺には彰永を幸せにする能力がない。生まれつき。決定的に。
女の子は、いいなあ。
眺めていた小野と宮古の背中が、急に涙で滲んで来て、慌てて拭った。
醜い嫉妬だ。裏にこんな汚い気持ちがあるるなんて誰にも知られたくない。
そんなに簡単な話じゃないってことくらい女の職場で働いていれば否応なくわかる。
商品よりも女目当てに来る客はいくらでもいて、理不尽に扱われるところを見たことは一度や二度じゃない。あの、気の強い宮古でさえ、気持ちの悪い変態につきまとわれて、バックヤードで泣いたことがある。
首を振って、二人の後を追って歩き出す。追いつかないと、仕舞いには一歩も動けなくなってしまいそうだった。
彰永には、会う時間ができたらメールするから、と伝えてある。あいつはバカだから、待てと言われれば、来ることのない連絡を、いくらでも待つだろう。
で、待っているうちに、忘れる。
いつもそうなんだから、俺のことだって、きっと忘れてくれる。別に普通のことだ。
それで数年後とか俺なんかよりずっと良いお嫁さんを見つけられて、その人は赤ちゃんを産めるんだ。いいなあ、彰永の赤ちゃんが産めて、いいなあ。
俺のこともいつか、アレは一体なんだったんだろうとか、思い出したりするのかな。
なんかそれが一番、寂しい。
でも、彰永が幸せなら。俺は、別にそれで。
「近ごろ腑抜けてるって言うから同期として気合いを入れてあげたんだよ。目が覚めた?」
「おかげさまで……」
先輩二人の言い争いに、小野は困っている。俺は黙ったが、宮古はまだボヤいていた。
「久しぶりに顔が見られたと思ったら、妙にやつれてるし、笑顔少ないし、そんな状態でフロアに立たれるの嫌だ。お客さんにだって伝わるんだからね、そういうの」
だからと言って、凝ったラッピングの仕事を矢継ぎ早に取ってきて丸ごと俺に押し付けてくるのは違うと思う。
おかげで今日はほぼバックヤードかレジ裏で手元を見続けていた。
まあ宮古の目的はおっしゃる通り腑抜けた俺をフロアに立たせないことだったのだから全て計算ずくなわけだが。
指摘については、ぐうの音も出ない。ここ最近の俺は、本当に良くない。
接客の話だけすれば、今日ラストの小野の方がよほど良い仕事をしていると思う。
なんか、ぼーっとしてしまうのだ。
接客センサーの働きも鈍いし、ばたばたと仕事をしながら、なんで自分がここにいるのか、急にわからなくなってしまうことがあった。
働きすぎかと思って休日にしっかり休もうとしても、なんだか眠れないし。そうなると寝坊して遅刻するみたいなことも起きる。
やれやれだぜ。
売上げにも目に見えて響くので、我ながらやばいとは思っている。
職種としては販売員なのだから、ラッピングが上手くとも、売上げを取って来なければ、仕事とは言えない。まあ、その逆もしかりで売上げを取れても客が満足しなければ再来店には繋がらない。俺から見ても今日の宮古は、店長から指導が入るギリギリを攻めていた。
俺の技量を信用しているから、あんなにも無茶な仕事を取ってきたのだろうし。
「……ごめん。気合い入れ直すよ」
同期からの捨て身の眠気覚ましパンチは、なかなか効いた。
素直に謝ると、欧米人よろしく肩の真横で両手を広げてみせる。
「全く困ったもんだよ。ちゃんと食べてる? 小野ちゃんだって卯月のこと心配してんのよ。ねえ?」
「はい……」
何かもの言いたげだと思ったら、そういうことだったらしい。後輩の小野にまで気を遣わせているのはちょっとひどすぎる。
「うーん……」
駐車券を取って、バックで停める。
暗闇に向かって車を切り返す。あいつは、コレが苦手だったな、と、思い出した。
記憶を手繰ってはいけないとわかっていても、できない。目を閉じたり耳をふさぐようには思い出すことをやめることはできない。
彰永。
おそらく、頭の切り替えが下手なのだ。
普通に走らせる分には問題ないのになぜかバックとなると急に初心者に戻ったみたいに右と左を逆に切ってしまう。
昔からだ。免許を取り立ての時にはかなり練習に付き合わされた。
社の駐車場で草むしりを手伝わせたのだから夏の盛りだったのだろう。
何度やり直しても同じ間違いを繰り返す。
助手席に座ってあれこれ助言してやったが、俺はついに匙を投げた。
『もういい。おまえには何を言ってもムダだ。やることなすこと全部あべこべなんだから、もう正解だと思ったのとは逆のことをやれ』
彰永は腕を組んで考え込んでいたが、ねえ卯月、と俺を呼んだ。
Tシャツから覗く腕が汗ばんでいた。
こんなにかっこいい顔してるヤツが、少し笑っただけでこんなに可愛くなっちゃうなんて、ずるすぎると思う。
『卯月。今って、キスしていい?』
俺は宮古が開けた窓を閉じて車のエンジンを切った。ヘッドライト、いやランプだっけ。もうどっちだっていい、それを消す。
「まあ、今日の夜はいっぱい食うよ」
二人を下ろしてそう笑って見せると、宮古はガッツポーズで「そうそう!」と叫んだ。
「働いたぶん、食べて飲もー!」
ついでとばかりに小野の背中を、どーんと突き飛ばすようにして先に歩き出す。
人の前を歩きたがる性格だが、方向音痴だ。後輩の小野が慌ててスマホ片手に居酒屋の方へ引っ張る。なんだか微笑ましい。
笑えはするのだ。ずっと悲しいだけで。
あの時の車と同じだ。何度やり直しても、同じ間違いを繰り返すとわかっている。
だからもう会わない方がいい。
どう考えたって、俺には彰永を幸せにする能力がない。生まれつき。決定的に。
女の子は、いいなあ。
眺めていた小野と宮古の背中が、急に涙で滲んで来て、慌てて拭った。
醜い嫉妬だ。裏にこんな汚い気持ちがあるるなんて誰にも知られたくない。
そんなに簡単な話じゃないってことくらい女の職場で働いていれば否応なくわかる。
商品よりも女目当てに来る客はいくらでもいて、理不尽に扱われるところを見たことは一度や二度じゃない。あの、気の強い宮古でさえ、気持ちの悪い変態につきまとわれて、バックヤードで泣いたことがある。
首を振って、二人の後を追って歩き出す。追いつかないと、仕舞いには一歩も動けなくなってしまいそうだった。
彰永には、会う時間ができたらメールするから、と伝えてある。あいつはバカだから、待てと言われれば、来ることのない連絡を、いくらでも待つだろう。
で、待っているうちに、忘れる。
いつもそうなんだから、俺のことだって、きっと忘れてくれる。別に普通のことだ。
それで数年後とか俺なんかよりずっと良いお嫁さんを見つけられて、その人は赤ちゃんを産めるんだ。いいなあ、彰永の赤ちゃんが産めて、いいなあ。
俺のこともいつか、アレは一体なんだったんだろうとか、思い出したりするのかな。
なんかそれが一番、寂しい。
でも、彰永が幸せなら。俺は、別にそれで。
9
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる