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8.犬のねこちゃん

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 つい無言になる俺に、彰永は深いため息をついた。ベッドの周りに散らばったいろんなものを片付けだす。
 ティッシュに、タオル。水のペットボトル。肝機能系の栄養ドリンク。コップ。猫。

 猫? ああ、三匹飼ってるとか言う。

「……他の二匹は?」
「ベッドの下にいるよ。ご挨拶する?」

 俺が猫にご挨拶するんか。まあ、そうね。夜中に驚かせてすみませんってことか。
 ベッドに寝ている俺が少しも感じ取れない猫の気配を、飼い主の彰永は敏感に察知していた。あっという間に長毛種三匹をしっかり腕に抱えて、見せてくる。

「はい。右から順に、イヌ、サル、キジだよ」

 さすがに人んちの飼い猫の名前にケチつけんのはな、と思って、俺は素直に挨拶した。

「こんにちはー」
「いいかい、イヌ、サル、キジよ。コイツは卯月。俺のお嫁さんだよ」

 これもまあ、かなり意味不明だったけど、笑わずに耐えた。自分で自己紹介しなかった俺にも非があるからな。
 でも、腕の中から抜け出した一匹がプラモ棚に駆け上がった瞬間に「こら、イヌ!」と追い始めたのは、もう無理だった。

「そこはダメだよ、イヌ! 降りておいで、シーッ、シーッ」

 腹を抱えて大笑いする俺をよそに、彰永は「まったくもう」と言って、その猫だかなんだかわからない三匹をドアの外へ締め出してしまった。と言っても、ドアの下部には猫用入り口が付いている。戻ろうと思えば戻ってこられるようだ。

 俺は息も絶え絶えに言った。

「よ……よく、おまえ、ねこちゃんのことを、イヌとかなんとか呼んで混乱しないね……」
「なんで? どこをどう見たって、あいつらねこちゃんじゃないか」
「だから言ってんだよ、もう、バカ……!」

 コイツ本当に何。接客業してると、世の中色んな人がいるなあと思うが、猫をイヌとか呼んで追い回すヤツはそういないと思う。

 笑いすぎて涙が出てきた。

 ベッドにひっくりかえってゲラゲラ笑う俺を、彰永は少しの間、不思議そうに見ていた。だがやがて、頬を緩めて、卯月ねこちゃんを撫でに来た。

「なんか卯月がそうやって笑ってくれるのを見ると、俺、安心するなあ。もっと笑ってよ。もっと。卯月」
「無茶言うな。腹がよじれて腸が出そうだぜ」

 はあ、はあ、と息を整えて、俺はベッドに寝がえりを打つ。四つ足になって彰永を見た。

「なるほどな、わかったよ」
「うん?」
「おまえにとって、あのねこちゃんは、イヌとかサルとかキジなんだな」
「うん」
「それで同じように、俺は卯月で」

 どうしよう、と俺は息だけで笑いながら、彰永を見る。これが現実だとはっきりわかるし、問題は何も解決していないのに、今は、ただ、めちゃくちゃ彰永にキスしたい。

「おまえのお嫁さんなんだ」

 うん、と、彰永はこっくりうなずいた。

 なんでそんなこと聞くんだろ、という顔で。
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