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第二章 三年前
『悪友』と『私』
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【17】
「ーー失礼致します。リルディア王女様。本日の親書でございます」
城の執事の一人が私宛の親書を部屋まで届けにくる。どうせまたいつもの貴族のお茶会や夜会の招待状だろう。毎日何処かしらの屋敷で催されている貴族の社交場でもあり、その中身は暇を持て余している ご婦人達の情報収集の場とも言える。
執事は私宛の招待状の差出人の名を次々に挙げていくが、私は窓辺の椅子に腰掛け 心ここにあらず、ぼんやりと外の景色を見ながら抑揚のない声で欠席の意を告げる。
何もする気にならない。
何も考えたくない。
それとも父を「部屋から出すな」と言って笑顔で見送った罰が当たったのだろうか? 気分は まるで深い海の底に沈んでいるかのように重くて仕方がない。だからどこの招待にも応じる気分でもなく、いつものように執事に親書の返事の整理を任せると告げると、執事は一枚だけ特別の親書があると告げてきた。
「どこからなの?」
私が尋ねると、執事は一礼して黒い盆に乗せた一枚の親書を私の前に差し出す。
「デコルデ侯爵家からでございます」
私は盆に乗せられた親書を受け取ると、その封蝋の印璽には確かに侯爵家の家紋があり、その差出人のサインには『ローズロッテ=デコルデ』とある。
「侯爵令嬢から? またいつもの招待状ではないの?」
私が首を傾げると執事が事の次第を説明する。
「それが、侯爵家の筆頭執事が直接届けにいらしたのです。侯爵令嬢がリルディア王女様にどうしてもお目を通して頂きたいとの事でして」
「ふうん。ローズロッテ嬢がねえ?」
私はその親書を見つめる。この差出人のローズロッテは私よりも三歳年上の侯爵家のご令嬢である。デコルデ侯爵家は上流貴族の中でも頂点に位置する大貴族で、貴族社会においては保持する財力も然る事ながらその権力は絶大だった。そんな彼女の父親であるデコルデ侯爵は、見るからに腹黒そうな人物で金と権力の塊のような人間ともいえる。なので侯爵の世間での評判は、ブランノアの国王同様にあまり良くはない。
またデコルデ侯爵家はブランノア国直属の筆頭貴族であるせいかフォルセナ側の人間に対しては昔から対抗意識を持っており、侯爵自身、国の政治の中心である枢機院がフォルセナ側の人間に占領されているのが気に入らず、フォルセナ王家の王妃側の人間を毛嫌いしていた。
だからなのかデコルデ侯爵は私達、愛妾母娘の方を やたらと懇意にし私達には特に愛想が良いが、母はそんな侯爵を警戒していて、母曰く、ああいう人間は損得勘定で敵にも味方にも動く人間だから、決して油断をしては駄目だと言う。
私としては上流貴族の頂点にある大貴族のデコルデ侯爵がフォルセナ側の人間である王妃やその娘である王女達を嫌い私達側に味方してくれるのは、貴族の後ろ楯のない私達母娘にとって大変心強い味方であるとも思うが、確かにデコルデ侯爵の饒舌な口の上手さと嘘で張り付いたような笑顔はあまり好きにはなれない。それでも表向きは私達の味方である事には変わりないので、当たり障りのない程度に付き合ってはいる。
だから一応、デコルデ侯爵の娘であるローズロッテとも他の貴族のご令嬢達と比べて格別に懇意にしてはいるものの、彼女も私同様にお世辞にも性格が良いとは言えなく、侯爵である父親と同じく損得勘定で動くところは一緒でズル賢い上、平気で嘘をつく。私はそんな彼女の事を正直、あまり好きではないし友人とも呼びたくはないが、それでもデコルデ侯爵との付き合いもある上、しかも彼女は敵側にいると非常に面倒くさい人物なので、取り敢えずそこは侯爵同様にその娘とも遠からず近からず一線を引いて付き合ってはいる。
そんなデコルデ侯爵家からのお茶会や夜会の招待状もよく送られてくるので、月に1、2度くらいは顔を出すようにはしていたが、しかし今回のような国の許可を受けて運営している配達業者を使わずに、家の者が直接親書を届けに来るなどと侯爵家では初めての事だ。ーーと、なれば、これは普通のお茶会や夜会の招待ではないだろう。それもあの性格のよろしくない(自分も人の事は言えないが)侯爵令嬢からの親書だ。
……何となく、この封を開けたくない。開けたら開けたで碌な事がないような気がする。
私が暫くその親書を「う~ん」と唸りながら、封も切らずに見つめていると、執事が見かねて声を掛けてくる。
「リルディア王女様。もし、お困りの様でしたら、私共、執事側の方で中身を確認した上で対処致しましょうか?」
ーーと、話す我が王家の執事達は大変優秀で、王族に届いた親書や贈り物は自分達が差出人やその家紋をきちんと確認した上で危険が無いと判断したものだけを各自に届けに来るのだが、貴族達からの沢山の招待状などは送られた本人がいちいち確認するのも大変なので、そんな本人の代わりに執事達が内容を確認して返信等の代行処理を行う。そのように本来であれば彼等に任せるところではあるのだが、私は首を横に振る。
「ああ、大丈夫よ。他の家ならともかくこれはデコルデ侯爵家のものですもの。自分で対処するわ。ーーもう行っていいわよ。ご苦労様」
私の言葉を受けて執事は「畏まりました」と返事を返して一礼し、部屋を退出する。私はその姿を確認した後、ペーパーナイフを取りに立ち、再び窓辺の椅子に腰掛けて親書の上部分にナイフを入れて封を開ける。そして中身の手紙を一枚取り出すとそれを開いて目を通した。
「………………」
やや暫くして手紙を読み終えた私は長いため息をつきながら再びぼんやりと何の変化も見られない外の景色を見つめると、小さく呟いた。
「はあ………どうしようかな」
*****
「まあ! ようこそおいで下さいました。お待ちしておりましたわ。リルディア様。その後、お体のお加減は如何ですの? 暫くお会いしない間に随分とおやつれになられて、ああ、何という事でしょう。お可哀想に」
そう言って緑色の瞳で私に同情の視線を向ける彼女こそ、少し茶を濃くした栗色の髪を左右で分けて縦巻きにし、その両方には白い大きなリボンを結び、更にはリボンとフリルを豪華にあしらった白と薄桃色の花柄のドレスを纏っている、見た目以上に、その存在感が半端ないブランノアの大貴族であるデコルデ侯爵家のご令嬢。ローズロッテ=デコルデ嬢である。
そんな彼女の趣向はフリルやリボン花柄などの特に可愛いものが大好きで、いつもレースやリボンでヒラヒラ、フリフリに飾り立てた格好をしていて、見た目はお人形の様に可愛らしい出で立ちなのだが、全く私の趣味ではないので、その格好のどこが良いのか 私にはさっぱり分からない。それもまだ幼い子供ならその姿も有りだとは分かるのだが、私よりも3つも年上の彼女がそういう格好をしていると、実年齢よりもかなり子供っぽく見えてしまう。
そんな彼女は私が来ると、いつも私を着せかえ人形のように自分と同じ格好のレースやリボンの飾りのついたフリフリのドレスを着せて遊んでいるのだがーー悲しいかな。老け顔の私にはそういう可愛らしい格好はまるで似合わない。
だから私的には自分のそんな姿はすごく不自然で違和感しか感じないのに、乙女の世界の住人である彼女は「可愛い~」「似合う~」などと言ってあろうことかそんな姿の私にレースのリボンをつけたクマのぬいぐるみまで持たせて、ガーデンパーティに連れて行くのだ。
思うに、私の異母姉である三女のアニエスも彼女と同じ趣味趣向をしているので、二人は歳も近くそんな同じ趣向同士、きっと友人になれば すごく気は合いそうなのだが、そこはアニエスの高慢で高飛車な私様々な性格や父親がフォルセナ側の人間を嫌っているせいもあるのか、彼女もまた自分と同じ趣向のアニエスに対抗意識を燃やし常にその姿を張り合っており、そんな時ローズロッテは必ず私に「私の方がアニエス様よりも ずっと素敵で可愛いですわよね?」ーーと、同意を求めてくるが、私にしてみればどっちもどっちで、そんなゴテゴテに色々飾りを付けまくった彼女達の格好を見ている方が目が痛い。
*****
「ごきげんよう、ローズロッテ嬢。お招きに与り突然の急な訪問で大変失礼かとは思いましたが、お話を伺いにこうして参った次第ですの。しかも私の体のお気遣い痛み入りますわ。ですがこの通り、見た目ほど大した事はありませんのよ? 周囲が大袈裟なだけですわ。ああ、これは手土産の菓子ですの。お茶のお供にどうぞお召し上がり下さいな」
そんな私を出迎えに現れたローズロッテに手土産に持ってきた菓子入りの箱を渡す。ちなみに菓子箱は彼女の趣向に合わせて薄桃色の花柄の箱に細かい細工のレースのリボンを掛けた更に小さな小花の束の飾りを添えてある、きっと彼女の乙女心を擽る超可愛いものだ。案の定それを見たローズロッテの瞳がキラキラと輝く。
「まあ~! なんて可愛いの !すごく嬉しいですわ! 私の方からお誘いして、こうして王女様が我が屋敷に お越し下さるだけでも大変光栄な事ですのに、このように素敵な贈り物までお持ち下さるなんて、リルディア様は本当に私の事をお気遣い下さって、お美しい上に大変お優しい大切なご友人ですわ! これは遠慮なく頂きますわね。ありがとうございます」
そんな上機嫌で喜ぶローズロッテを笑顔で見つめながらも私の内心では(饒舌なのはさすが父親譲りね。私が気遣いなんてするわけがないでしょ? まさか貴族の屋敷お呼ばれして手ぶらで訪問するような無作法な教育なんて受けてはいないわよ。手土産にしたって相手の趣向に合わせるのは当然の常識じゃない)ーーなどと意地悪にも思っていた。
ーーまあ、何はともあれ、取り敢えず外面的な挨拶は一通り済んだので いつもの素に戻る。ローズロッテもそんな私の素を知っているので、彼女に対して気取った遠慮などしない。
「ーーそれで? 私に相談したい事があるのですって?」
私は長居をするつもりは更々無いので、さっさと手紙の内容にあった用件を聞くと、ローズロッテは満面の笑顔でニッコリと微笑んだ。
「ええ、そうですの。ですがそれは女同士の秘密の相談ですの。ですから本日は幸いお天気も良いので、お庭の方でお茶でも頂きながらお話しましょう? ーーふふっ、本日は特に楽しい趣向もご用意しておりますのよ?」
いつも以上にキラキラと輝く視線を私に向けて微笑む彼女に、私は思いっきり身を引く。
「ーー楽しい趣向?……それってまたいつもの着せかえ人形ごっこじゃないの? 他人の趣向をどうこう言うつもりは無いけれど、何度も言っているでしょう? 私には白や薄桃色のリボンやフリルのドレスなんて似合わないのよ。それに私の趣味じゃないし。だからそれは同じ趣向の人達と楽しまれては如何? 私はもうご遠慮申したいわ」
しかし彼女はそんな私の嫌々そうな反応にも一向に動じない。
「あら? 似合わないだなんて、そんな事はありません事よ? リルディア様は素晴らしく容姿端麗でいらして、周囲からも『月の女神』の化身とさえ呼ばれていらっしゃるくらい大変お美しいのですもの。本当に何を着せてもお似合いでリルディア様ほど着せがえのある御方は滅多におりませんわ。
ですから私はいつもリルディア様にはもっと沢山着飾ればよろしいのにと常々思っておりますのよ? それなのにリルディア様はとても控え目でいらして、そのお美しさを敢えてお隠しになるなんて、まさに万人の目に触れないように夜の帳が降りる頃にしかそのお姿をお見せにならないという『月の女神』様そのものですわ。
まあ、それも神秘的で良いのですけれど、だからこそ勿体無いですわよ。リルディア様は実在する御方なのですもの。ですからもっとその類い希な美しい美貌を広く世に知らしめるべきですわ。なんと申しましてもリルディア様は我が国ブランノアが誇る希少な『至宝』なのですから」
ローズロッテは恥ずかしげもなく次々と私への美辞麗句をスラスラと口にするが、そんな彼女の父親である侯爵からも私達母娘は同じような事を顔を合わせる度に言われているので、さすがは饒舌な侯爵父娘である。誉められて悪い気はしないものの、ここまであからさまだとかえって胡散臭さしか感じられない。何かあるのでは?ーーと警戒してしまうのは、母の教えの影響もある。
「貴女の趣向はともかく、それは誉め言葉として受け取っておくわ。でも本当にお人形ごっこは勘弁してよ。今日はとてもそんな気分じゃないの」
私がうんざりしたように言葉を放つとローズロッテは私の腕に自分の腕を絡めてくる。
「まあ、何かお悩みですの? それなら尚更気分転換は必要でしてよ? ーーふふっ、今日はいつものとは大分違いますの。それもリルディア様専用の特注で作らせましたのよ? 今回のお誘いの主旨には ご相談は勿論なのですけれど実は“それ”も入っておりましたの。“それ”が出来上がってきてからは私、早くリルディア様にお召しになって頂きたくて、ご来訪下さる日をずっと楽しみにお待ちしておりましたのよ? ですから早く参りましょう? 私、もう待ちきれませんわ!」
そう言うなりローズロッテは片手で奥で控えていた侍女達に合図をすると、侍女達が一斉に私達の回りに集まり、皆で私の体を別室に引きずって行く。
「ちょ、ちょっと!? 何??」
突然の事に私が慌てふためいてもローズロッテは上機嫌の笑顔で「出来上がってからのお楽しみですわ」と、強引に私の腕を引っ張って行く。私はその行動に既視感を覚えてならなかった。
そう、あれは忘れもしないーー父が第一騎士団隊の隊長とその部下の騎士達に引きずられて連行されていったあの光景だーーー。
ーーやはりこれは罰が当たったのか?『人の不幸を笑うものは己れにも不幸が返って来る』ーーと聞いた事がある。まさに今それを肯定するかのように同じ事が私の身に起こっている。
ーーああ、きっとまた私は彼女の趣向に合わせて、リボンやフリルのついたレースだらけの乙女チックなフリフリの姿にされる事だろう。
私は彼女達に引きずられながらもーー今度からはお茶会でも夜会でもこちらから誘って彼女に城に来て貰う事にしよう。当然ながら招待をする方が接待役になるの少々面倒ではあるが、少なくとも着せかえ人形にされる事だけは避けられるーーと、心に誓っていた。
【17ー終】
「ーー失礼致します。リルディア王女様。本日の親書でございます」
城の執事の一人が私宛の親書を部屋まで届けにくる。どうせまたいつもの貴族のお茶会や夜会の招待状だろう。毎日何処かしらの屋敷で催されている貴族の社交場でもあり、その中身は暇を持て余している ご婦人達の情報収集の場とも言える。
執事は私宛の招待状の差出人の名を次々に挙げていくが、私は窓辺の椅子に腰掛け 心ここにあらず、ぼんやりと外の景色を見ながら抑揚のない声で欠席の意を告げる。
何もする気にならない。
何も考えたくない。
それとも父を「部屋から出すな」と言って笑顔で見送った罰が当たったのだろうか? 気分は まるで深い海の底に沈んでいるかのように重くて仕方がない。だからどこの招待にも応じる気分でもなく、いつものように執事に親書の返事の整理を任せると告げると、執事は一枚だけ特別の親書があると告げてきた。
「どこからなの?」
私が尋ねると、執事は一礼して黒い盆に乗せた一枚の親書を私の前に差し出す。
「デコルデ侯爵家からでございます」
私は盆に乗せられた親書を受け取ると、その封蝋の印璽には確かに侯爵家の家紋があり、その差出人のサインには『ローズロッテ=デコルデ』とある。
「侯爵令嬢から? またいつもの招待状ではないの?」
私が首を傾げると執事が事の次第を説明する。
「それが、侯爵家の筆頭執事が直接届けにいらしたのです。侯爵令嬢がリルディア王女様にどうしてもお目を通して頂きたいとの事でして」
「ふうん。ローズロッテ嬢がねえ?」
私はその親書を見つめる。この差出人のローズロッテは私よりも三歳年上の侯爵家のご令嬢である。デコルデ侯爵家は上流貴族の中でも頂点に位置する大貴族で、貴族社会においては保持する財力も然る事ながらその権力は絶大だった。そんな彼女の父親であるデコルデ侯爵は、見るからに腹黒そうな人物で金と権力の塊のような人間ともいえる。なので侯爵の世間での評判は、ブランノアの国王同様にあまり良くはない。
またデコルデ侯爵家はブランノア国直属の筆頭貴族であるせいかフォルセナ側の人間に対しては昔から対抗意識を持っており、侯爵自身、国の政治の中心である枢機院がフォルセナ側の人間に占領されているのが気に入らず、フォルセナ王家の王妃側の人間を毛嫌いしていた。
だからなのかデコルデ侯爵は私達、愛妾母娘の方を やたらと懇意にし私達には特に愛想が良いが、母はそんな侯爵を警戒していて、母曰く、ああいう人間は損得勘定で敵にも味方にも動く人間だから、決して油断をしては駄目だと言う。
私としては上流貴族の頂点にある大貴族のデコルデ侯爵がフォルセナ側の人間である王妃やその娘である王女達を嫌い私達側に味方してくれるのは、貴族の後ろ楯のない私達母娘にとって大変心強い味方であるとも思うが、確かにデコルデ侯爵の饒舌な口の上手さと嘘で張り付いたような笑顔はあまり好きにはなれない。それでも表向きは私達の味方である事には変わりないので、当たり障りのない程度に付き合ってはいる。
だから一応、デコルデ侯爵の娘であるローズロッテとも他の貴族のご令嬢達と比べて格別に懇意にしてはいるものの、彼女も私同様にお世辞にも性格が良いとは言えなく、侯爵である父親と同じく損得勘定で動くところは一緒でズル賢い上、平気で嘘をつく。私はそんな彼女の事を正直、あまり好きではないし友人とも呼びたくはないが、それでもデコルデ侯爵との付き合いもある上、しかも彼女は敵側にいると非常に面倒くさい人物なので、取り敢えずそこは侯爵同様にその娘とも遠からず近からず一線を引いて付き合ってはいる。
そんなデコルデ侯爵家からのお茶会や夜会の招待状もよく送られてくるので、月に1、2度くらいは顔を出すようにはしていたが、しかし今回のような国の許可を受けて運営している配達業者を使わずに、家の者が直接親書を届けに来るなどと侯爵家では初めての事だ。ーーと、なれば、これは普通のお茶会や夜会の招待ではないだろう。それもあの性格のよろしくない(自分も人の事は言えないが)侯爵令嬢からの親書だ。
……何となく、この封を開けたくない。開けたら開けたで碌な事がないような気がする。
私が暫くその親書を「う~ん」と唸りながら、封も切らずに見つめていると、執事が見かねて声を掛けてくる。
「リルディア王女様。もし、お困りの様でしたら、私共、執事側の方で中身を確認した上で対処致しましょうか?」
ーーと、話す我が王家の執事達は大変優秀で、王族に届いた親書や贈り物は自分達が差出人やその家紋をきちんと確認した上で危険が無いと判断したものだけを各自に届けに来るのだが、貴族達からの沢山の招待状などは送られた本人がいちいち確認するのも大変なので、そんな本人の代わりに執事達が内容を確認して返信等の代行処理を行う。そのように本来であれば彼等に任せるところではあるのだが、私は首を横に振る。
「ああ、大丈夫よ。他の家ならともかくこれはデコルデ侯爵家のものですもの。自分で対処するわ。ーーもう行っていいわよ。ご苦労様」
私の言葉を受けて執事は「畏まりました」と返事を返して一礼し、部屋を退出する。私はその姿を確認した後、ペーパーナイフを取りに立ち、再び窓辺の椅子に腰掛けて親書の上部分にナイフを入れて封を開ける。そして中身の手紙を一枚取り出すとそれを開いて目を通した。
「………………」
やや暫くして手紙を読み終えた私は長いため息をつきながら再びぼんやりと何の変化も見られない外の景色を見つめると、小さく呟いた。
「はあ………どうしようかな」
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「まあ! ようこそおいで下さいました。お待ちしておりましたわ。リルディア様。その後、お体のお加減は如何ですの? 暫くお会いしない間に随分とおやつれになられて、ああ、何という事でしょう。お可哀想に」
そう言って緑色の瞳で私に同情の視線を向ける彼女こそ、少し茶を濃くした栗色の髪を左右で分けて縦巻きにし、その両方には白い大きなリボンを結び、更にはリボンとフリルを豪華にあしらった白と薄桃色の花柄のドレスを纏っている、見た目以上に、その存在感が半端ないブランノアの大貴族であるデコルデ侯爵家のご令嬢。ローズロッテ=デコルデ嬢である。
そんな彼女の趣向はフリルやリボン花柄などの特に可愛いものが大好きで、いつもレースやリボンでヒラヒラ、フリフリに飾り立てた格好をしていて、見た目はお人形の様に可愛らしい出で立ちなのだが、全く私の趣味ではないので、その格好のどこが良いのか 私にはさっぱり分からない。それもまだ幼い子供ならその姿も有りだとは分かるのだが、私よりも3つも年上の彼女がそういう格好をしていると、実年齢よりもかなり子供っぽく見えてしまう。
そんな彼女は私が来ると、いつも私を着せかえ人形のように自分と同じ格好のレースやリボンの飾りのついたフリフリのドレスを着せて遊んでいるのだがーー悲しいかな。老け顔の私にはそういう可愛らしい格好はまるで似合わない。
だから私的には自分のそんな姿はすごく不自然で違和感しか感じないのに、乙女の世界の住人である彼女は「可愛い~」「似合う~」などと言ってあろうことかそんな姿の私にレースのリボンをつけたクマのぬいぐるみまで持たせて、ガーデンパーティに連れて行くのだ。
思うに、私の異母姉である三女のアニエスも彼女と同じ趣味趣向をしているので、二人は歳も近くそんな同じ趣向同士、きっと友人になれば すごく気は合いそうなのだが、そこはアニエスの高慢で高飛車な私様々な性格や父親がフォルセナ側の人間を嫌っているせいもあるのか、彼女もまた自分と同じ趣向のアニエスに対抗意識を燃やし常にその姿を張り合っており、そんな時ローズロッテは必ず私に「私の方がアニエス様よりも ずっと素敵で可愛いですわよね?」ーーと、同意を求めてくるが、私にしてみればどっちもどっちで、そんなゴテゴテに色々飾りを付けまくった彼女達の格好を見ている方が目が痛い。
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「ごきげんよう、ローズロッテ嬢。お招きに与り突然の急な訪問で大変失礼かとは思いましたが、お話を伺いにこうして参った次第ですの。しかも私の体のお気遣い痛み入りますわ。ですがこの通り、見た目ほど大した事はありませんのよ? 周囲が大袈裟なだけですわ。ああ、これは手土産の菓子ですの。お茶のお供にどうぞお召し上がり下さいな」
そんな私を出迎えに現れたローズロッテに手土産に持ってきた菓子入りの箱を渡す。ちなみに菓子箱は彼女の趣向に合わせて薄桃色の花柄の箱に細かい細工のレースのリボンを掛けた更に小さな小花の束の飾りを添えてある、きっと彼女の乙女心を擽る超可愛いものだ。案の定それを見たローズロッテの瞳がキラキラと輝く。
「まあ~! なんて可愛いの !すごく嬉しいですわ! 私の方からお誘いして、こうして王女様が我が屋敷に お越し下さるだけでも大変光栄な事ですのに、このように素敵な贈り物までお持ち下さるなんて、リルディア様は本当に私の事をお気遣い下さって、お美しい上に大変お優しい大切なご友人ですわ! これは遠慮なく頂きますわね。ありがとうございます」
そんな上機嫌で喜ぶローズロッテを笑顔で見つめながらも私の内心では(饒舌なのはさすが父親譲りね。私が気遣いなんてするわけがないでしょ? まさか貴族の屋敷お呼ばれして手ぶらで訪問するような無作法な教育なんて受けてはいないわよ。手土産にしたって相手の趣向に合わせるのは当然の常識じゃない)ーーなどと意地悪にも思っていた。
ーーまあ、何はともあれ、取り敢えず外面的な挨拶は一通り済んだので いつもの素に戻る。ローズロッテもそんな私の素を知っているので、彼女に対して気取った遠慮などしない。
「ーーそれで? 私に相談したい事があるのですって?」
私は長居をするつもりは更々無いので、さっさと手紙の内容にあった用件を聞くと、ローズロッテは満面の笑顔でニッコリと微笑んだ。
「ええ、そうですの。ですがそれは女同士の秘密の相談ですの。ですから本日は幸いお天気も良いので、お庭の方でお茶でも頂きながらお話しましょう? ーーふふっ、本日は特に楽しい趣向もご用意しておりますのよ?」
いつも以上にキラキラと輝く視線を私に向けて微笑む彼女に、私は思いっきり身を引く。
「ーー楽しい趣向?……それってまたいつもの着せかえ人形ごっこじゃないの? 他人の趣向をどうこう言うつもりは無いけれど、何度も言っているでしょう? 私には白や薄桃色のリボンやフリルのドレスなんて似合わないのよ。それに私の趣味じゃないし。だからそれは同じ趣向の人達と楽しまれては如何? 私はもうご遠慮申したいわ」
しかし彼女はそんな私の嫌々そうな反応にも一向に動じない。
「あら? 似合わないだなんて、そんな事はありません事よ? リルディア様は素晴らしく容姿端麗でいらして、周囲からも『月の女神』の化身とさえ呼ばれていらっしゃるくらい大変お美しいのですもの。本当に何を着せてもお似合いでリルディア様ほど着せがえのある御方は滅多におりませんわ。
ですから私はいつもリルディア様にはもっと沢山着飾ればよろしいのにと常々思っておりますのよ? それなのにリルディア様はとても控え目でいらして、そのお美しさを敢えてお隠しになるなんて、まさに万人の目に触れないように夜の帳が降りる頃にしかそのお姿をお見せにならないという『月の女神』様そのものですわ。
まあ、それも神秘的で良いのですけれど、だからこそ勿体無いですわよ。リルディア様は実在する御方なのですもの。ですからもっとその類い希な美しい美貌を広く世に知らしめるべきですわ。なんと申しましてもリルディア様は我が国ブランノアが誇る希少な『至宝』なのですから」
ローズロッテは恥ずかしげもなく次々と私への美辞麗句をスラスラと口にするが、そんな彼女の父親である侯爵からも私達母娘は同じような事を顔を合わせる度に言われているので、さすがは饒舌な侯爵父娘である。誉められて悪い気はしないものの、ここまであからさまだとかえって胡散臭さしか感じられない。何かあるのでは?ーーと警戒してしまうのは、母の教えの影響もある。
「貴女の趣向はともかく、それは誉め言葉として受け取っておくわ。でも本当にお人形ごっこは勘弁してよ。今日はとてもそんな気分じゃないの」
私がうんざりしたように言葉を放つとローズロッテは私の腕に自分の腕を絡めてくる。
「まあ、何かお悩みですの? それなら尚更気分転換は必要でしてよ? ーーふふっ、今日はいつものとは大分違いますの。それもリルディア様専用の特注で作らせましたのよ? 今回のお誘いの主旨には ご相談は勿論なのですけれど実は“それ”も入っておりましたの。“それ”が出来上がってきてからは私、早くリルディア様にお召しになって頂きたくて、ご来訪下さる日をずっと楽しみにお待ちしておりましたのよ? ですから早く参りましょう? 私、もう待ちきれませんわ!」
そう言うなりローズロッテは片手で奥で控えていた侍女達に合図をすると、侍女達が一斉に私達の回りに集まり、皆で私の体を別室に引きずって行く。
「ちょ、ちょっと!? 何??」
突然の事に私が慌てふためいてもローズロッテは上機嫌の笑顔で「出来上がってからのお楽しみですわ」と、強引に私の腕を引っ張って行く。私はその行動に既視感を覚えてならなかった。
そう、あれは忘れもしないーー父が第一騎士団隊の隊長とその部下の騎士達に引きずられて連行されていったあの光景だーーー。
ーーやはりこれは罰が当たったのか?『人の不幸を笑うものは己れにも不幸が返って来る』ーーと聞いた事がある。まさに今それを肯定するかのように同じ事が私の身に起こっている。
ーーああ、きっとまた私は彼女の趣向に合わせて、リボンやフリルのついたレースだらけの乙女チックなフリフリの姿にされる事だろう。
私は彼女達に引きずられながらもーー今度からはお茶会でも夜会でもこちらから誘って彼女に城に来て貰う事にしよう。当然ながら招待をする方が接待役になるの少々面倒ではあるが、少なくとも着せかえ人形にされる事だけは避けられるーーと、心に誓っていた。
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