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第1幕・Aim(エイム)の章〜⑤〜
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御子柴さんの案内で訪れたバーは、阪急西宮北口駅のそばにあるオシャレな店だった。
近くには、似たような雰囲気の小洒落た店舗がいくつも軒を並べているので、僕ひとりでは、この店にたどり着けないかも知れない。
感染症がまん延する前に、大学の友人やサークルのメンバーと居酒屋に繰り出すことは何度かあったが、こういう『洒落た』たたずまいのお店には、あまり縁がなかったので、少し緊張する。
一時間飲み放題のコースがあるということで、僕は、そのメニューの中から、自分が飲みに行く居酒屋などではあまり目にする機会のないテキーラ・ベースのアンバサダーやマスタドールなどのカクテルを注文する。
一方の御子柴さんは、マティーニやギムレットなど、ジン・ベースのモノを中心に注文をしていた。
「さっきは、先生たちがいたから、なかなか聞けなかったけど……どう? 中野くんの立場から見て、ここ最近の学校のICT活用は進んでる?」
「そうですね……小学校では、担任の先生たちが率先してタブレットを使う授業を進めてくれているので、低学年から高学年まで、色々な科目でタブレットの利用は進んでいますね」
「そっか~。それは、中野くんのがんばった成果だよ! 懇親会で先生たちのお話しを聞く限り、中学校でも色々な先生と上手くコミュニケーションが取れているみたいだし……私も後任のICTサポーターが頼りになる人で安心したよ~」
自分なりに精一杯、仕事には取り組んでいるつもりだが、こうして褒めてもらえるのは、嬉しいモノだ。
同じ職業の経験者とこういう場で話せる機会の少なかった僕には、彼女に聞いてみたいことがあった。
「御子柴さんが、ICT支援の仕事をしていた時に、大事にしていたこととか、心掛けていたことってありますか?」
「そうだな~。先生たちに話してたのは、I・C・Tは、『いつも・ちょっと・トラブル』の略だから、困ったことがあったら、いつでも、どんな些細なことでも声を掛けてください、って伝えてたな……」
御子柴さんの言葉に感心し、素直にうなずく。
そんな様子を確認した彼女は、クスクスと笑いながら、
「さっきまでの先生たちのお話しを聞いていると、中野くんも、同じように丁寧に対応してくれているみたいね」
と、語った。
その言葉に、僕は、もう一つ彼女に伝えておかなければいけないことを思い出した。
「それは、御子柴さんが、しっかりと先生たちとの関係を作っていてくれたおかげです! 引き継ぎの資料も、とっても役に立ちましたし……とくに、非公式の方の各先生の特徴や学校の特色がまとめられた資料のおかげで、先生たちとのコミュニケーションも、スムーズに進みました! 今日は、そのお礼を言いたいと思っていたんです。本当に、ありがとうございます!」
両膝に手を置いた格好で、カウンターバーの隣に座る御子柴さんに向かって、深々とお辞儀をすると、彼女は謙遜した様子で、返答する。
「そんな……! 私は、業務が立ち上がって一年で、いまの職場に転職しちゃったから、どれだけ学校のお役に立てたかわからないんだけど……でも、引き継ぎ資料が、中野くんの役に立ったのなら、嬉しいな~」
「僕は、大学を出て、初めての職場が、この仕事だったので、御子柴さんの引き継ぎ資料には、とても助けてもらいました。――――――いや、今でも助けてもらってます!」
僕が、そんな言葉を返すと、彼女は、
「そう言ってもらえるのは、ありがたいな~」
と言ったあと、「ところで……」と、話題を変えるように、たずねてきた。
「中野くんは、新卒で、この仕事に就いたそうだけど……どうして、学校のICT支援の仕事を選んだの?」
これまで、ふんわりとした口調で話していた御子柴さんの声のトーンが、少し変わったような気がした。
「え~と、それは……」
まさか、いまの職場の就業時間が、我らが阪神タイガースの試合観戦に最適だから――――――などと、答えられる雰囲気ではない。
そこで、就活の面接のときを思い出しながら、こんな風に答える。
「大学の学部が、総合情報学部だったので、情報学習に関わる仕事に就けたら良いなと思ってたので……自分の小・中学校のときを振り返ると、パソコンやICT機器を使った授業ってあまり多くなかったので、学校で、新しいカタチの授業のお手伝いができれば……そう、考えてこの仕事に就きました」
まるで、面接官の質問に応じるように返答すると、御子柴さんは、満足したようにうなずく。
「そっかそっか……中野くんも、色々と考えてくれてるんだね」
そして、「私はね……」と、ポツリとつぶやいたあと、彼女自身のことを語ってくれた。
「中学校のときに、学校に行けなくなっていた時期があって……その時の学校の先生が、Skypeを使って、自宅学習のサポートをしてくれたんだ……他にも、WordやPowerPointでのレポートの提出を認めてくれたりね……おかげで、内申点が大きく下がることもなくて、高校受験も不利になることなく受けることができたんだ」
御子柴さんのその言葉にうなずきながら、僕は、彼女の語る話しに引き込まれていることに気づいた。
「いまとなっては、オンライン授業も当たり前になったし、小学校でも中学校でも、オンライン上の課題提出も普通になったけどね……不登校を肯定するわけじゃないけど、自分のように、学校に行けなくなった子が、学習に遅れないように環境を整えてあげることが出来ればいいなって考えて、ICTサポートの仕事をしてみようと思ったんだよね」
自分の想いを語ったためだろうか、それともアルコール度数の高いカクテルを飲み続けたせいだろうか、ほおを火照らせた彼女は、照れ隠しをするように、
「あ~、恥ずかしい……自分語りしちゃった……ねぇ、マスター! 気分転換に、一曲歌わせてもらってイイ?」
と、年長のバーテンダーさんにたずねる。
「奈緒美ちゃん、酔ってるだろ? 一曲だけだよ」
マスターが苦笑しながら答えると、御子柴さん……いや、奈緒美さんは、マイクを受け取り、デジタル端末を操作して楽曲のデータを送信する。
「あれ? この曲って……」
イントロなしで歌い出されたその曲は、彼女の第一印象やオシャレな雰囲気のバーとは、かけ離れたイメージの楽曲だった。
近くには、似たような雰囲気の小洒落た店舗がいくつも軒を並べているので、僕ひとりでは、この店にたどり着けないかも知れない。
感染症がまん延する前に、大学の友人やサークルのメンバーと居酒屋に繰り出すことは何度かあったが、こういう『洒落た』たたずまいのお店には、あまり縁がなかったので、少し緊張する。
一時間飲み放題のコースがあるということで、僕は、そのメニューの中から、自分が飲みに行く居酒屋などではあまり目にする機会のないテキーラ・ベースのアンバサダーやマスタドールなどのカクテルを注文する。
一方の御子柴さんは、マティーニやギムレットなど、ジン・ベースのモノを中心に注文をしていた。
「さっきは、先生たちがいたから、なかなか聞けなかったけど……どう? 中野くんの立場から見て、ここ最近の学校のICT活用は進んでる?」
「そうですね……小学校では、担任の先生たちが率先してタブレットを使う授業を進めてくれているので、低学年から高学年まで、色々な科目でタブレットの利用は進んでいますね」
「そっか~。それは、中野くんのがんばった成果だよ! 懇親会で先生たちのお話しを聞く限り、中学校でも色々な先生と上手くコミュニケーションが取れているみたいだし……私も後任のICTサポーターが頼りになる人で安心したよ~」
自分なりに精一杯、仕事には取り組んでいるつもりだが、こうして褒めてもらえるのは、嬉しいモノだ。
同じ職業の経験者とこういう場で話せる機会の少なかった僕には、彼女に聞いてみたいことがあった。
「御子柴さんが、ICT支援の仕事をしていた時に、大事にしていたこととか、心掛けていたことってありますか?」
「そうだな~。先生たちに話してたのは、I・C・Tは、『いつも・ちょっと・トラブル』の略だから、困ったことがあったら、いつでも、どんな些細なことでも声を掛けてください、って伝えてたな……」
御子柴さんの言葉に感心し、素直にうなずく。
そんな様子を確認した彼女は、クスクスと笑いながら、
「さっきまでの先生たちのお話しを聞いていると、中野くんも、同じように丁寧に対応してくれているみたいね」
と、語った。
その言葉に、僕は、もう一つ彼女に伝えておかなければいけないことを思い出した。
「それは、御子柴さんが、しっかりと先生たちとの関係を作っていてくれたおかげです! 引き継ぎの資料も、とっても役に立ちましたし……とくに、非公式の方の各先生の特徴や学校の特色がまとめられた資料のおかげで、先生たちとのコミュニケーションも、スムーズに進みました! 今日は、そのお礼を言いたいと思っていたんです。本当に、ありがとうございます!」
両膝に手を置いた格好で、カウンターバーの隣に座る御子柴さんに向かって、深々とお辞儀をすると、彼女は謙遜した様子で、返答する。
「そんな……! 私は、業務が立ち上がって一年で、いまの職場に転職しちゃったから、どれだけ学校のお役に立てたかわからないんだけど……でも、引き継ぎ資料が、中野くんの役に立ったのなら、嬉しいな~」
「僕は、大学を出て、初めての職場が、この仕事だったので、御子柴さんの引き継ぎ資料には、とても助けてもらいました。――――――いや、今でも助けてもらってます!」
僕が、そんな言葉を返すと、彼女は、
「そう言ってもらえるのは、ありがたいな~」
と言ったあと、「ところで……」と、話題を変えるように、たずねてきた。
「中野くんは、新卒で、この仕事に就いたそうだけど……どうして、学校のICT支援の仕事を選んだの?」
これまで、ふんわりとした口調で話していた御子柴さんの声のトーンが、少し変わったような気がした。
「え~と、それは……」
まさか、いまの職場の就業時間が、我らが阪神タイガースの試合観戦に最適だから――――――などと、答えられる雰囲気ではない。
そこで、就活の面接のときを思い出しながら、こんな風に答える。
「大学の学部が、総合情報学部だったので、情報学習に関わる仕事に就けたら良いなと思ってたので……自分の小・中学校のときを振り返ると、パソコンやICT機器を使った授業ってあまり多くなかったので、学校で、新しいカタチの授業のお手伝いができれば……そう、考えてこの仕事に就きました」
まるで、面接官の質問に応じるように返答すると、御子柴さんは、満足したようにうなずく。
「そっかそっか……中野くんも、色々と考えてくれてるんだね」
そして、「私はね……」と、ポツリとつぶやいたあと、彼女自身のことを語ってくれた。
「中学校のときに、学校に行けなくなっていた時期があって……その時の学校の先生が、Skypeを使って、自宅学習のサポートをしてくれたんだ……他にも、WordやPowerPointでのレポートの提出を認めてくれたりね……おかげで、内申点が大きく下がることもなくて、高校受験も不利になることなく受けることができたんだ」
御子柴さんのその言葉にうなずきながら、僕は、彼女の語る話しに引き込まれていることに気づいた。
「いまとなっては、オンライン授業も当たり前になったし、小学校でも中学校でも、オンライン上の課題提出も普通になったけどね……不登校を肯定するわけじゃないけど、自分のように、学校に行けなくなった子が、学習に遅れないように環境を整えてあげることが出来ればいいなって考えて、ICTサポートの仕事をしてみようと思ったんだよね」
自分の想いを語ったためだろうか、それともアルコール度数の高いカクテルを飲み続けたせいだろうか、ほおを火照らせた彼女は、照れ隠しをするように、
「あ~、恥ずかしい……自分語りしちゃった……ねぇ、マスター! 気分転換に、一曲歌わせてもらってイイ?」
と、年長のバーテンダーさんにたずねる。
「奈緒美ちゃん、酔ってるだろ? 一曲だけだよ」
マスターが苦笑しながら答えると、御子柴さん……いや、奈緒美さんは、マイクを受け取り、デジタル端末を操作して楽曲のデータを送信する。
「あれ? この曲って……」
イントロなしで歌い出されたその曲は、彼女の第一印象やオシャレな雰囲気のバーとは、かけ離れたイメージの楽曲だった。
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