ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁

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第1章~⑯~

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 今更ながらに、小嶋夏海の用意周到さを再確認したオレは、深いため息をついて、「わかったよ……」とだけ返答すると、手を付けずにいたうどんを一口すする。

 健全なる男子高校生なら、好意を持っている女子から、「夏休みには、毎日のように会いたい」などと言われたら、今日の康之や哲夫のように浮かれた気分にもなるだろうが、残念ながら、小嶋夏海という人間の本性を知ってしまった今となっては、ただただ、迷惑この上ない気持ちになるだけだ。

 夏休みの予定を厄介な相手に埋められてしまったことを嘆きつつ、席に着いてからの会話で少し時間が経ったため、ほど良く食べやすい温度になったきつねうどんをすすり続けていると、クラスメートがたずねてきた。

「他に聞きたいことはないの?」

 せっかくなので、さっきからの会話で新たに湧いてきた疑問をストレートにぶつける。

「ある! 小嶋は、夏休み中、オレなんかと一緒に居て、周りにウワサされるのとか、本当に気にならないのか?」

「別に……アレコレ言いたい人間や想像する人間には、好きにさせておけば良いんじゃない? どうせ、夏休み中だけのことなんだし」

「夏休みが終わったら、どうするんだよ?」

「『夏休み前は、坂井のことが気になってたけど、やっぱり勘違いだったみたい。フィーリングが合わなかった』とか、適当に言っておけば、納得するでしょ? 心配しなくても、夏休みが終わったら、あの『契約』も期限切れになるから……契約書の最後にも、そう記載してるつもりだし……」

 確かに、メッセージアプリの『契約』が記載されている部分には、

 ・以上の契約期間は、夏休み中を有効期間とする。

との一文が書かれていているが——————。

 悪びれる様子もなく、平然と答える彼女の言葉に、

(知らない間に気になる存在にされて、勝手に幻滅されるコッチの都合は無視かよ!)

と、一瞬、憮然としたものの、先週末からの自身の行動を省みて、

(いや、自分も彼女に対して、同じことをしているか……小嶋の素顔を見たいと思って、『コカリナ』の機能を使って……それがバレて、彼女と契約を結ばされたら、勝手に幻滅して——————)

 小嶋夏海の性格が、どんなものであれ、いまの状況に陥ってしまった最初の原因は、自分自身にもある。

 そう考えると、やはり、因果応報というか、自業自得という側面があるわけで、彼女ばかりを恨むというのも筋が違うのだろう、と感じた。

 彼女と結んだ『契約』を守ることが、自分の行為の償いになるのかはわからないが、せめて、その『契約』を守ろうとする意志だけは持っておくべきだろう。

 乗りかかった船——————という言葉が、この場合に適切なのか定かではないが、

(こうなったら、小嶋の言う『実験』に、徹底的に付き合うか)

と、気持ちを切り替える。

 そう考えると、「脅迫まがいの契約で、夏休みを台無しにされるのではないか?」と沈みがちだった気分が少し楽になってきた。

 それと同時に、「フッ」と、自嘲とも、緊張のほぐれとも言える笑みがこぼれた。
こちらの表情を観察していたのか、向かい側に腰掛ける彼女は、またも辛辣な言葉を吐く。

「なに? 薄ら笑いなんか浮かべて……気味の悪い……」

「いや、小嶋の話しを聞いて、なんとなく自分と似てる部分があるのかと思ってな」

そう答えると、ニコリともせず、小嶋夏海は、毒を吐く。

「ハァ!? なに勝手に一人で納得してるの? キモいんだけど……?」

 それでも、寛容な気持ちを取り戻していたオレは、紳士的に、彼女にたずねた。

「あぁ、スマン。それより、もう一つ気になることを聞かせてもらって良いか? オレをプールに誘ったのは、何か理由はあるのか? 周りに知り合いがいたら、『トカリナ』は使いにくいだろうし、オレが一緒に行く意味はなくね?」

 すると、こちらの質問を予期していたのか、それまでの面白くなさそうな表情が一変し、「フフッ」と不敵な笑みを浮かべて、こう言い放った。

「時間を止める能力まで使って、マスクを外した顔を見ようとする男子なら、私の水着を着た時の姿にも興味を持つんじゃないか、と思っただけよ」

 クラスメートは、勝ち誇った様な表情を見せる。

「なっ、なっ、ナニ言ってんだよ!?」

 動揺して、声が上ずるオレの返答に、彼女は余裕の表情で、

「ちょっと、大きな声で飛沫を飛ばさないでくれる?」

などと、冷静なツッコミを入れる。

「こ、小嶋が変なことを言うからだろう……?」

 自分でも、顔の火照りが気になるくらいに、シドロモドロで答えると、遠慮という言葉とは無縁の相手は、追撃とばかりに、言いたい放題を言ってくる始末である。

「変なこと? 私としては、坂井の趣味・嗜好を想定したアイデアなんだけどなぁ~。それとも、坂井は、マスクに覆われた素顔には興味を持っても、女子の水着姿には興味を示さない、特殊な性癖の持ち主なの? うわ~、マジで引いちゃうんですけど……」

 小嶋夏海の水着姿——————。

 そのフレーズを頭の中で、反芻し、今朝、悪友二人から、彼女がアミューズメント・プールにオレを同伴指名した、と聞いた時の自分の感情を思い出す。
 前日に、彼女の本性を垣間見せられた自分は、その『お誘い』を、二人のように喜ぶことはなかった、ハズだ……。

 何より、紳士たる坂井夏生は、

「プールに行けば、小嶋夏海の水着姿が見られる!」

などという、ヨコシマな期待などしない!

 多分、しないと思う……。
 しないんじゃないかな…………。
 まぁ、ほんのチョットは………………。

 否! ほんの少しの期待どころではない! 

 思い返せば、ひと月ほど前、

「今年は、猛暑の影響で屋外での活動ができないため、体育の水泳の授業はナシです」

と、担任教師の七尾ちゃんからの宣言が下った時に、真っ先に浮かんだのは、夏休み前の炎天下で陸上競技を強いられる体育の授業の過酷さではなく、

(あぁ、小嶋夏海の素顔や水着姿を見る機会は無いのか)

という落胆した想いだった。

 いや、しかし、それを表立って言葉にするのは、いくらナンでも…………。

 などと、脳内を行き交う様々な感情に想いを馳せていると、こちらの様子をうかがっていた小嶋夏海は、クスクスと笑いながら、

「坂井って、考えてることが顔に出るタイプだよね? その表情の変化を見られただけで、もう十分」

と、言ったあとに、真相を語りだした。

「まぁ、ホントは、海かプールで、『トカリナ』を使ってみたいと思ってたんだけど……さすがに、坂井と二人で出掛けるのは踏み込みすぎかな、と思ってたところに、ユミコから『男子を誘ってプールに行かない?』って、声を掛けられたんだ。今回は、その機会に乗らせてもらっただけ」

 いやはや、さすが、それでこそ小嶋夏海だ。どうせ、そんなことだろうとは思っていたが——————。
 でも、さっきまでとは違って、

(なんだ、やっぱり、オレとプールに出掛けたかった訳じゃないのか…………)

と、少しだけ残念に感じてしまうのは、何故だろう?

 しかし、そのことは頭の隅に追いやり、なるべく表情に出さずに、平静を装って、

「なら、プールに着いてからの行動は慎重に考えないとな……『コカリナ』を使いたいなら、周りに、ヤスユキやテツオたちが居ない方が良いだろ?」

同意を求めると、小嶋夏海は、つぶやくように

「ふ~ん。そういう遠回しな言い方をするんだ」

と、言ったあと、一瞬だけ間を置き、口角を少しあげて言葉を紡ぐ。

「私と二人きりになりたいなら、ハッキリと言えばイイのに……」

 教室内で演じていた『設定』の女子とは、全く異なる口調と表情に目を奪われる。
 そして、その挑発的で悪戯っぽい笑みに、思わず、声のトーンが上がってしまった。

「ハ、ハァ? そっ、そんな訳ないだろ!?」

 動揺を抑えて、冷静に話そうとした努力もすべて無駄に終わったようだ。

「また、飛沫を飛ばして…………まぁ、必死の形相に免じて、そういうことにしておいてあげる」

 彼女は、余裕の表情でそう言うと、「ホント、わかりやすい反応」と、つぶやいてクスリと笑った。

 前日とは異なるカタチで、またも小嶋夏海の手のひらで踊らされている自分に、軽くへこんでしまう。

 彼女との会話に気を取られ、すっかり冷めてしまったきつねうどんを急いですすっていると、今日もオレを手玉に取ったクラスメートは、今度は、こんな提案をしてきた。

「ねぇ、さっき拾ってきたテニスボールを使って、実験したいことがあるだけど……また明日も、付き合ってくれない?」
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