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忍び寄る追跡者の影
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アパートの一室。
典型的な男の一人暮らし。
暁は部屋の中を見た瞬間にそう感じた。
乱雑に本やノート、写真が散らばり、ペットボトルや弁当の器が雑にまとめて置かれている。
テレビはなく、机の上にディスクトップのパソコンと大きめのモニターがある。
部屋の中央には倒れていた死体をかたどるようにテープが貼られている。
死体はうつぶせに倒れていて、後ろからロープのようなもので首を絞められたらしい。
「死んでいたのは、阿比留 邦広。38歳だ」
安曇がメモを読み上げる。
今は全ての窓が全開になっているが、発見当時は全て閉まっていて臭いがかなりヤバかったそうだ。
言われてみると、今でもまだ鼻の奥をつく独特の臭いがしている。
「被害者は男っすよね?」
「女で、この名前はなかなか見ないな」
暁が顔をしかめながら言った質問に、安曇が面倒くさそうに答える。
不満満々というより、納得がいかないというような表情の暁。
「どうした?」
「驚かせないでほしいっす!」
「あん? なんの話だ?」
「……あ、いえ、なんでもないっす」
あのタイミングで電話がかかってきたことから、暁はてっきり由依香の死体が見つかったのだと思い込んだ。
だから、速攻でここまでやってきたのだ。
しかし、来てみれば全然関係のない男の死体だったというわけだ。
「阿比留の死因は絞殺で、死亡推定時刻は、大体、3から4ヶ月前ってところだな」
「随分、曖昧っすね」
「かなり腐乱が進んでたからな。詳しいことは鑑識から来ないことにはわからん」
「現場は、ここっすか?」
「恐らくな。争った形跡もあるし。ただ、凶器は見つかってない」
「……怨恨すかね?」
部屋は散らかっているが、犯人が荒らしたというより、単に被害者がずぼらで掃除をしてないだけだ。
「恐らくな。聞き込みしてみないことには、ハッキリしないが、大分恨みを買ってたらしい。何でも屋と名乗って、色々やってたようだしな」
「何でも屋っすか」
「もちろん、裏のな。金を貰えれば、非合法なことでも、何でもやってたらしい。盗み、脅し、盗撮……まさに、犯罪のオンパレードだ」
「つまり、死んで当然って奴だったんすね」
「八神。刑事なら、思ってても口に出すんじゃねえ」
「……すんませんっす」
口は災いの元。
暁のように思ったことを口に出すタイプは、問題発言をしてしまうことが多い。
現に一度、強盗未遂をした男に暴言を吐いて、部長にこっぴどく叱られている。
そのときは安曇のおかげで問題にはならなかったのだが。
「どうする? 本庁の奴らが来るまで、まだ時間はある。現場、調べるか?」
死体の発見は昨日の深夜で、現場検証自体は終わっている。
本来であれば、こういう仕事は新米である暁が呼び出されてやる仕事だ。
だが、昨日の沙都希の相談を担当することもあり、安曇が気を利かせて呼ばなかったのだろう。
なんだかんだ言って、安曇は暁に甘いのである。
とはいえ、安曇も自分で現場検証をやったわけではなく、おそらくは山下あたりが犠牲になったのだろう。
現場検証が終わってから呼び出されたのは本庁が来るまでは『捜査のようなこと』ができるからだ。
いつもの暁であれば、喜んで色々と調べてやり過ぎだと安曇に怒られるところである。
だが、今はそんな気分にはなれなかった。
「いわさんは、調べたんすか?」
「やるわけねーだろ。どうせ、本庁の奴らがやるんだから」
馬鹿々々しいといった感じで肩をすくめる。
「……相変わらずっすね」
「合理的って言え」
いつも通りのやりとりに暁は少しだけ表情を緩ませるが、すぐに引き締める。
「すんません、いわさん。俺、あっちに戻っても大丈夫っすか?」
「なんだ? 随分と執着してるな。誘拐の可能性が高いのか?」
「……実は」
暁は安曇に駅で女子高生から聞いたことを話した。
「なるほど。その話が本当なら誘拐よりも監禁の可能性の方が高いな」
「っすよね……」
「捜索願はもうだしたのか?」
「あっ!」
「すぐに出すように言え」
「了解っす」
誘拐と言っても、現段階ではその証拠が少ないため警察は動かないだろう。
だが、捜索願を出せば、もしかしたら動いてくれる交番の警察官を確保できるかもしれない。
とにかく、少しでも人手が欲しいところだ。
「にしても、パパ活ねぇ。今どきって感じだな」
「……そうっすね。ただ、桐ケ谷さんの話だと、そんなことはしなさそうな子なんすけどね」
「親なんてそんなもんだ。子供の闇の部分なんて見えないし、見ようとしないさ」
「そうっすよね……」
「こっちの人手が足りなくなったら、呼び出すから、それまではあっちに集中しとけ」
「あざっす」
暁はアパートを出ると、すぐに沙都希のスマホに連絡する。
沙都希の方は既に学校から出て、パートで働いているスーバーへと向かっているらしい。
そこで落ち合うことにする。
千田ストアに到着し、裏口へと回る。
朝からスーツ姿でスーパーの中は目立つだろうし、万が一、暁を知る人間がいれば何か事件があったと勘ぐられてしまう。
客商売で、それはマイナスでしかないだろう。
裏口のドアには鍵がかかっていない。
一応はノックしてからドアを開ける。
「失礼するっす」
中では沙都希と店長の和夫が言い争っていた。
いや、言い争う問いよりは、沙都希が詰め寄っているという方が正しいだろう。
「店長、なんでもいいんです! 由衣香から何か聞いてませんか?」
「桐ケ谷さん、落ち着いて。まずは警察に連絡を……」
「あ、それは大丈夫っす」
ちょうど警察の話が出たので自己紹介もかねて声を掛ける。
「あ、八神さん」
「……警察の方、ですか?」
「ええ」
念のために警察手帳を見せ、昨日からの事情を話す暁。
そして、和夫からも沙都希との話を聞く。
なんでも、和夫は沙都希と長い付き合いでかれこれ17年らしい。
つまり、17年間ずっとこのスーパーで働いているということだ。
さらに、娘の由依香とも面識があり、和夫は由依香のことを自分の子供ように思っているのだという。
「念のため、聞いておきたいんすけど、昨日、由衣香さんから連絡があった、ということはないっすよね?」
「はい。今、桐ケ谷さんにも聞かれましたが……」
「何か、気付いたことってないっすか? なんでもいいんすけど……」
「あっ! あー……いや、特には……」
なにか言葉を濁した和夫に沙都希が詰め寄る。
「店長、何か隠してますね?」
「うっ! そ、そんなことは……」
「うそ! 店長、目を逸らすときは何か隠してる証拠です!」
「いや、し、しかし……」
由依香に関しての事情は既に話している。
それなのに言葉を濁すのはなぜなのだろうか。
そう考えた時、暁は駅で女子高生から聞いた話を思い出し、ピンときた。
「なにか、言い辛いことなんすね。例えば、異性関係…」
「なっ!」
「え? それは、どういう…?」
図星だったようで、和夫が目を丸くする。
その横では沙都希が眉間にしわを寄せた。
「由衣香さんの命にかかわるかもしれないんっす。…話してくれないっすか?」
「…わかりました」
和夫は観念したように、うつむきながら口を開いた。
「実は……その……由衣香ちゃんが援助交際をしてたかも……」
「何言ってるんですか、店長! 由衣香がそんなこと、するわけありません!」
「わ、わかってる! 私だって、由衣香ちゃんを信じてるんだ!」
今にも掴みかかろうとするくらいの勢いで沙都希が和夫に詰め寄る。
「じゃあ、援助交際をしてるという疑惑はどこから出て来たんっすか?」
「……見たんですよ。街中で。由衣香ちゃんが男と腕を組んで歩いているところを」
「そんなの、見間違いに決まってます」
「最初は私もそう思ったんだ。だが、見たのは一度や二度じゃない……」
やはり沙都希も和夫も信じられないといったような感じだ。
確かに話を聞く限り、暁もそんなことをするような子とは思えなかった。
だが、主観が入った2人の証言よりも、第三者である駅で話を聞いた女子高生たちの方が信憑性は高い。
「ちなみに、どんな男だったんすか?」
「恐らく、40前後だと思います。割と渋い感じで、スーツを着ていたのもありますが、金持ちでそれなりに地位がありそうな雰囲気でした」
「……」
具体的な話になり、沙都希は聞きたくなさそうな表情をするが聞かないわけにはいかないだろう。
顔が徐々に青ざめながらも和夫の言葉に耳を傾ける。
「そうっすか……。腕を組んでいるという時点で、担任や部活の顧問などの公な関係ではないってことっすよね?」
「はい……」
「ど、どうして、教えてくれなかったんですか!?」
「い、言えるわけないだろう」
「もう! 余計なことはすぐ話す癖に、どうして重要なことは隠すんですか!」
「余計な事って、もしかして、桐ケ谷さんがパートを増やしたことを言ってるのか? それは、誤解だよ」
「なにが誤解なんですか? 店長が由衣香に話したんですよね?」
「待ってくれ。話したといっても……」
和夫がいうには、2週間ほど前の話らしい。
夕方で学校帰りらしき由依香がスーパーに買い物に来ていたので話しかけたのだという。
「由衣香ちゃん、買い物かい?」
「はい。晩御飯を作ろうと思って」
「ほー。それは偉いな」
「お母さん、清掃会社のパート増やして、大変そうだから」
「なんだ、由衣香ちゃん、知ってたのか。桐ケ谷さんがパート増やしたこと」
話の口ぶりからして当然知っている前提での話だったから、つい言ってしまったのだという。
すると。
「やっぱり!」
「へ?」
「お母さん、私に隠して、パート増やしたんだ……」
「あ、いや、その……」
和夫はバツが悪そうにうつむく。
由依香にまんまとカマをかけられてしまったのだ。
だが、言い訳のように言葉を付け加える。
「私が話したというより、元々知ってたという感じだったんだ」
「どこでそんなこと……。それに、どうして、清掃会社だって知ってのかしら?」
「桐ケ谷さんと店長さん以外で、そのことを知ってる人はいないんすか?」
「いないはずです。清掃会社の人も、由衣香とは繋がりはないですし……」
「そうっすか……」
和夫の言うように、あらかじめそれなりの情報を掴んでいたように思える。
和夫へのカマかけはあくまで確認という意味合いが強いだろう。
沙都希と和夫しか知らない情報をなぜ知っているのか?
確かに気になるところだが、今はパパ活をしていたということの方が重要な情報である。
今はその男の方を追う方が重要だと暁は頭を切り替える。
と、そこであることを思い出す。
「あ、そうだ。桐ケ谷さん、捜索願を出しに、一旦、署に行きましょう」
「え? あ、はい。わかりました」
沙都希にとっても完全に忘れていたことだったようだ。
ハッとした表情で頷く。
「それじゃ、千田さんも、一緒に署に来てもらってもいいっすか?」
「え、ええ。わかりました」
3人で出口に向おうとしたときだった。
突如、沙都希のスマホが鳴り始めた。
「あっ! 由衣香からです!」
「マジっすか。無事だったんすね!」
単なる無断外泊。
オチとしては弱いが、無事であるに越したことはない。
これで事件解決かと暁はホッとする反面、少しだけ寂しい気持ちになった。
沙都希がすぐに通話ボタンを押してスマホを耳に当てる。
「由衣香! 今、どこにいるの!?」
するとボイスチェンジャーで変えた声が聞こえてきた。
「娘は預かった」
「……え? だ、誰? 預かったって、どういうこと!?」
「悔い改めろ」
「待って! 由衣香は無事なの!? 声を聞かせて!」
だが、沙都希の願いも虚しく電話が切れてしまう。
「……そんな。由衣香……」
事件解決なんてとんでもない。
事件はここから本格的に始まる。
無意識にそう思う暁だった。
典型的な男の一人暮らし。
暁は部屋の中を見た瞬間にそう感じた。
乱雑に本やノート、写真が散らばり、ペットボトルや弁当の器が雑にまとめて置かれている。
テレビはなく、机の上にディスクトップのパソコンと大きめのモニターがある。
部屋の中央には倒れていた死体をかたどるようにテープが貼られている。
死体はうつぶせに倒れていて、後ろからロープのようなもので首を絞められたらしい。
「死んでいたのは、阿比留 邦広。38歳だ」
安曇がメモを読み上げる。
今は全ての窓が全開になっているが、発見当時は全て閉まっていて臭いがかなりヤバかったそうだ。
言われてみると、今でもまだ鼻の奥をつく独特の臭いがしている。
「被害者は男っすよね?」
「女で、この名前はなかなか見ないな」
暁が顔をしかめながら言った質問に、安曇が面倒くさそうに答える。
不満満々というより、納得がいかないというような表情の暁。
「どうした?」
「驚かせないでほしいっす!」
「あん? なんの話だ?」
「……あ、いえ、なんでもないっす」
あのタイミングで電話がかかってきたことから、暁はてっきり由依香の死体が見つかったのだと思い込んだ。
だから、速攻でここまでやってきたのだ。
しかし、来てみれば全然関係のない男の死体だったというわけだ。
「阿比留の死因は絞殺で、死亡推定時刻は、大体、3から4ヶ月前ってところだな」
「随分、曖昧っすね」
「かなり腐乱が進んでたからな。詳しいことは鑑識から来ないことにはわからん」
「現場は、ここっすか?」
「恐らくな。争った形跡もあるし。ただ、凶器は見つかってない」
「……怨恨すかね?」
部屋は散らかっているが、犯人が荒らしたというより、単に被害者がずぼらで掃除をしてないだけだ。
「恐らくな。聞き込みしてみないことには、ハッキリしないが、大分恨みを買ってたらしい。何でも屋と名乗って、色々やってたようだしな」
「何でも屋っすか」
「もちろん、裏のな。金を貰えれば、非合法なことでも、何でもやってたらしい。盗み、脅し、盗撮……まさに、犯罪のオンパレードだ」
「つまり、死んで当然って奴だったんすね」
「八神。刑事なら、思ってても口に出すんじゃねえ」
「……すんませんっす」
口は災いの元。
暁のように思ったことを口に出すタイプは、問題発言をしてしまうことが多い。
現に一度、強盗未遂をした男に暴言を吐いて、部長にこっぴどく叱られている。
そのときは安曇のおかげで問題にはならなかったのだが。
「どうする? 本庁の奴らが来るまで、まだ時間はある。現場、調べるか?」
死体の発見は昨日の深夜で、現場検証自体は終わっている。
本来であれば、こういう仕事は新米である暁が呼び出されてやる仕事だ。
だが、昨日の沙都希の相談を担当することもあり、安曇が気を利かせて呼ばなかったのだろう。
なんだかんだ言って、安曇は暁に甘いのである。
とはいえ、安曇も自分で現場検証をやったわけではなく、おそらくは山下あたりが犠牲になったのだろう。
現場検証が終わってから呼び出されたのは本庁が来るまでは『捜査のようなこと』ができるからだ。
いつもの暁であれば、喜んで色々と調べてやり過ぎだと安曇に怒られるところである。
だが、今はそんな気分にはなれなかった。
「いわさんは、調べたんすか?」
「やるわけねーだろ。どうせ、本庁の奴らがやるんだから」
馬鹿々々しいといった感じで肩をすくめる。
「……相変わらずっすね」
「合理的って言え」
いつも通りのやりとりに暁は少しだけ表情を緩ませるが、すぐに引き締める。
「すんません、いわさん。俺、あっちに戻っても大丈夫っすか?」
「なんだ? 随分と執着してるな。誘拐の可能性が高いのか?」
「……実は」
暁は安曇に駅で女子高生から聞いたことを話した。
「なるほど。その話が本当なら誘拐よりも監禁の可能性の方が高いな」
「っすよね……」
「捜索願はもうだしたのか?」
「あっ!」
「すぐに出すように言え」
「了解っす」
誘拐と言っても、現段階ではその証拠が少ないため警察は動かないだろう。
だが、捜索願を出せば、もしかしたら動いてくれる交番の警察官を確保できるかもしれない。
とにかく、少しでも人手が欲しいところだ。
「にしても、パパ活ねぇ。今どきって感じだな」
「……そうっすね。ただ、桐ケ谷さんの話だと、そんなことはしなさそうな子なんすけどね」
「親なんてそんなもんだ。子供の闇の部分なんて見えないし、見ようとしないさ」
「そうっすよね……」
「こっちの人手が足りなくなったら、呼び出すから、それまではあっちに集中しとけ」
「あざっす」
暁はアパートを出ると、すぐに沙都希のスマホに連絡する。
沙都希の方は既に学校から出て、パートで働いているスーバーへと向かっているらしい。
そこで落ち合うことにする。
千田ストアに到着し、裏口へと回る。
朝からスーツ姿でスーパーの中は目立つだろうし、万が一、暁を知る人間がいれば何か事件があったと勘ぐられてしまう。
客商売で、それはマイナスでしかないだろう。
裏口のドアには鍵がかかっていない。
一応はノックしてからドアを開ける。
「失礼するっす」
中では沙都希と店長の和夫が言い争っていた。
いや、言い争う問いよりは、沙都希が詰め寄っているという方が正しいだろう。
「店長、なんでもいいんです! 由衣香から何か聞いてませんか?」
「桐ケ谷さん、落ち着いて。まずは警察に連絡を……」
「あ、それは大丈夫っす」
ちょうど警察の話が出たので自己紹介もかねて声を掛ける。
「あ、八神さん」
「……警察の方、ですか?」
「ええ」
念のために警察手帳を見せ、昨日からの事情を話す暁。
そして、和夫からも沙都希との話を聞く。
なんでも、和夫は沙都希と長い付き合いでかれこれ17年らしい。
つまり、17年間ずっとこのスーパーで働いているということだ。
さらに、娘の由依香とも面識があり、和夫は由依香のことを自分の子供ように思っているのだという。
「念のため、聞いておきたいんすけど、昨日、由衣香さんから連絡があった、ということはないっすよね?」
「はい。今、桐ケ谷さんにも聞かれましたが……」
「何か、気付いたことってないっすか? なんでもいいんすけど……」
「あっ! あー……いや、特には……」
なにか言葉を濁した和夫に沙都希が詰め寄る。
「店長、何か隠してますね?」
「うっ! そ、そんなことは……」
「うそ! 店長、目を逸らすときは何か隠してる証拠です!」
「いや、し、しかし……」
由依香に関しての事情は既に話している。
それなのに言葉を濁すのはなぜなのだろうか。
そう考えた時、暁は駅で女子高生から聞いた話を思い出し、ピンときた。
「なにか、言い辛いことなんすね。例えば、異性関係…」
「なっ!」
「え? それは、どういう…?」
図星だったようで、和夫が目を丸くする。
その横では沙都希が眉間にしわを寄せた。
「由衣香さんの命にかかわるかもしれないんっす。…話してくれないっすか?」
「…わかりました」
和夫は観念したように、うつむきながら口を開いた。
「実は……その……由衣香ちゃんが援助交際をしてたかも……」
「何言ってるんですか、店長! 由衣香がそんなこと、するわけありません!」
「わ、わかってる! 私だって、由衣香ちゃんを信じてるんだ!」
今にも掴みかかろうとするくらいの勢いで沙都希が和夫に詰め寄る。
「じゃあ、援助交際をしてるという疑惑はどこから出て来たんっすか?」
「……見たんですよ。街中で。由衣香ちゃんが男と腕を組んで歩いているところを」
「そんなの、見間違いに決まってます」
「最初は私もそう思ったんだ。だが、見たのは一度や二度じゃない……」
やはり沙都希も和夫も信じられないといったような感じだ。
確かに話を聞く限り、暁もそんなことをするような子とは思えなかった。
だが、主観が入った2人の証言よりも、第三者である駅で話を聞いた女子高生たちの方が信憑性は高い。
「ちなみに、どんな男だったんすか?」
「恐らく、40前後だと思います。割と渋い感じで、スーツを着ていたのもありますが、金持ちでそれなりに地位がありそうな雰囲気でした」
「……」
具体的な話になり、沙都希は聞きたくなさそうな表情をするが聞かないわけにはいかないだろう。
顔が徐々に青ざめながらも和夫の言葉に耳を傾ける。
「そうっすか……。腕を組んでいるという時点で、担任や部活の顧問などの公な関係ではないってことっすよね?」
「はい……」
「ど、どうして、教えてくれなかったんですか!?」
「い、言えるわけないだろう」
「もう! 余計なことはすぐ話す癖に、どうして重要なことは隠すんですか!」
「余計な事って、もしかして、桐ケ谷さんがパートを増やしたことを言ってるのか? それは、誤解だよ」
「なにが誤解なんですか? 店長が由衣香に話したんですよね?」
「待ってくれ。話したといっても……」
和夫がいうには、2週間ほど前の話らしい。
夕方で学校帰りらしき由依香がスーパーに買い物に来ていたので話しかけたのだという。
「由衣香ちゃん、買い物かい?」
「はい。晩御飯を作ろうと思って」
「ほー。それは偉いな」
「お母さん、清掃会社のパート増やして、大変そうだから」
「なんだ、由衣香ちゃん、知ってたのか。桐ケ谷さんがパート増やしたこと」
話の口ぶりからして当然知っている前提での話だったから、つい言ってしまったのだという。
すると。
「やっぱり!」
「へ?」
「お母さん、私に隠して、パート増やしたんだ……」
「あ、いや、その……」
和夫はバツが悪そうにうつむく。
由依香にまんまとカマをかけられてしまったのだ。
だが、言い訳のように言葉を付け加える。
「私が話したというより、元々知ってたという感じだったんだ」
「どこでそんなこと……。それに、どうして、清掃会社だって知ってのかしら?」
「桐ケ谷さんと店長さん以外で、そのことを知ってる人はいないんすか?」
「いないはずです。清掃会社の人も、由衣香とは繋がりはないですし……」
「そうっすか……」
和夫の言うように、あらかじめそれなりの情報を掴んでいたように思える。
和夫へのカマかけはあくまで確認という意味合いが強いだろう。
沙都希と和夫しか知らない情報をなぜ知っているのか?
確かに気になるところだが、今はパパ活をしていたということの方が重要な情報である。
今はその男の方を追う方が重要だと暁は頭を切り替える。
と、そこであることを思い出す。
「あ、そうだ。桐ケ谷さん、捜索願を出しに、一旦、署に行きましょう」
「え? あ、はい。わかりました」
沙都希にとっても完全に忘れていたことだったようだ。
ハッとした表情で頷く。
「それじゃ、千田さんも、一緒に署に来てもらってもいいっすか?」
「え、ええ。わかりました」
3人で出口に向おうとしたときだった。
突如、沙都希のスマホが鳴り始めた。
「あっ! 由衣香からです!」
「マジっすか。無事だったんすね!」
単なる無断外泊。
オチとしては弱いが、無事であるに越したことはない。
これで事件解決かと暁はホッとする反面、少しだけ寂しい気持ちになった。
沙都希がすぐに通話ボタンを押してスマホを耳に当てる。
「由衣香! 今、どこにいるの!?」
するとボイスチェンジャーで変えた声が聞こえてきた。
「娘は預かった」
「……え? だ、誰? 預かったって、どういうこと!?」
「悔い改めろ」
「待って! 由衣香は無事なの!? 声を聞かせて!」
だが、沙都希の願いも虚しく電話が切れてしまう。
「……そんな。由衣香……」
事件解決なんてとんでもない。
事件はここから本格的に始まる。
無意識にそう思う暁だった。
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その神示を纏めた書類です。
私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。
日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。
殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。
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日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
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政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
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