トイ・チルドレン

鍵谷端哉

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犯人の思惑

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 沙都希さつきの家のリビングには数人の警察官と刑事が待機していた。
 その中にはもちろん、あきら安曇あずみもいる。
 
「では、犯人は何も要求してこなかったというわけですね」
 
 以前とは違い、真剣な口調の安曇。
 まだ悪戯という可能性があるが、犯人から連絡があったことで事件性が認められたのだ。
 
「……はい」
「娘さんの声も聞けなかったんですよね?」
「……」
 
 ゆっくりと頷く沙都希。
 声が聞けなかったことは沙都希の不安を掻き立てる反面、まだ悪戯という可能性もゼロではないと自分に言い聞かせているようだ。
 
「なるほど……」
「まさか、いわさん、疑ってるんすか? 悪戯じゃないかって」
「いや。相手は、娘の携帯から掛けてきている。十中八九、本物だ」
「ですよね」
 
 もし、その場に娘である由依香ゆいかがいなかったとしても、携帯を持っている時点でなにかしらの接触があったということだ。
 まだ、携帯を拾ったという可能性もあるが、パスワード設定をしているはず。
 さらに偶然パスワードを当てたとしても、由依香が家に帰っていないと知っていないと、ああは言ってこないだろう。
 
「となると、なんで、このタイミングなのかが問題だな」
「どういうことっすか?」
「娘を浚った犯人は、おそらく2パターン考えられる。1つは……」

 安曇が指を一本立てる。

「桐ケ谷さんを恨んでいる人物」
「そうだ。が、その場合、誘拐してすぐ連絡してくるはずだ」
「……あえて、心配させるために時間を置いた……とかっすかね?」
「失踪より、誘拐の方が精神的ダメージはデカいだろ」
「あっ……」
「あとは、誘拐することに手間取って、この時間になった……か」
 
 女の子とはいえ、人間一人を誘拐するのは大変である。
 誰かに見られてもいけないし、何より逃げられでもすれば最悪だ。
 誘拐するタイミングを伺っていて、時間がかかったというのは十分頷ける。
 
「そうなると、今度は、それまでの時間、由衣香さんがどこにいたのかが問題っすよね?」
「そうだ。後は、何も要求して来ないのもおかしい。苦しめたいなら、何かしら無茶な要求をしてくるはずだ」
「確かに……」
「要求がないって時点で、金銭目的での誘拐も消えた。まあ、そもそも、最初から狙われるほど金持ちってわけじゃなさそうだがな」
「……パートを増やすくらい、生活がキツイ感じっすからね」
 
 恨みで誘拐をするような犯人がまさか沙都希の経済状況を把握してないことはないだろう。
 
 ここまでがパターン1だ。
 安曇はもう1本指を立てる。
 
「あと、もう1つのパターンは、わかるか?」
 
 もう1つのパターン。
 つまり、犯人が恨みではないということだ。
 となると、娘の由依香の方に関りがあるということだろう。
 そこまで考えて、暁はある考えに思い当たる。
 
「あっ! パパ活の相手!」
「そうだ。あえて、母親に恨みを持っていると装って、自分を疑いから逸らそうって考えているパターンだ」
「なるほどっす」
「ただ、このパターンの場合も、やはり、連絡してきたのが、このタイミングってのが引っかかる」
 
 面倒くさそうに頭をガシガシと掻く安曇。
 
「へ? どこがっすか?」
「電話が来るまでは、娘はあくまで失踪だ。幼児ってわけじゃないから、警察だってそこまで本格的に捜査はしない」
 
 実際、安曇は最初、沙都希の話を真面目に聞かなかった。
 それは安曇が面倒くさがりなだけではなく、ほとんどの刑事はそうするだろう。
 暁も母親のことを思い出さなければ、安曇と一緒に帰っていたはずだ。
 
 だが、犯人は電話をかけてきた。
 そのことで、今、沙都希の家には警察官と刑事が待機している状況になっている。
 
「犯人からすれば、少しでも時間を稼ぎたいはずだ。わざわざ、連絡して事件にする意味がわからん」
「犯人は、何がしたかったんすかね?」
「恐らく、このタイミングになったのは、犯人に予想外のことが起きたんだ」
「……予想外のこと。なんっすかね?」
「さあな。だが、ここに犯人の手掛かりがあるはずだ」
 
 安曇の方は今までの経験から犯人像を探っていく。
 だが、暁は正直、経験もなければ推理できるほどの頭がない。
 アニメで見た主人公の台詞を言ってみたいと思ってはいたが、実際、そんな推理なんかできるわけがないことはわかっている。
 となれば、やることは1つだ。
 
「いわさん。俺、ここで待ってても仕方ないんで、ちょっと聞き込みに行ってくるっす」
「聞き込み?」
「俺、やっぱ、パパ活の方が、何か気になってるんすよね」
「わかった。なにかあったら、すぐに連絡してやる」
「うっす」
 
 玄関の方へ向こうとしたときだった。
 テーブルの上のノートパソコンを見ていた女性捜査官が声をあげる。
 
桐ケ谷きりがや由衣香さんの携帯の電源が入って、GPSで場所の特定ができました」
「本当ですか!?」
 
 その声に暁と安曇が反応し、捜査官の方へ駆け寄る。
 
「場所は?」
「ここから10キロ先の山奥です」
 
 パソコンの画面に映し出されている地図を指差す。

八神やがみ、行くぞ!」
「はいっす!」
「あなたはどうされますか?」
 
 安曇が沙都希を見る。
 沙都希は顔を上げ、はっきりと言う。
 
「行きます! 行かせてください!」
 
 その目は力強く、先ほどまでの震えて青い顔をしていたのが嘘のようだった。
 
 
 
 パトカーの中。
 沙都希は祈るように手を組み、目を瞑りながら娘の名を口にする。
 
「……由衣香」
 
 沙都希の脳裏に浮かんでくるのは由依香の姿だった。
 
 
 幼稚園に通っていた頃。
 キッチンで夕食を作っている沙都希の元へニコニコした由依香がやってきた。
 そして、持っていた紙をバッと広げる。
 
「お母さん! これ、お母さんの絵!」
「あら、ありがとう、由衣香。とっても上手いわ」
「えへへ。お母さん、大好き!」
 
 あの満面の笑み。
 小さい体で足に抱き着いてくる。
 沙都希はゆっくりと由依香の頭を撫でた。
 
 
 今度は由依香が小学校に入学した時のこと。
 小学校の校門の前で記念撮影をする。
 大きめのランドセルを背負っている由依香はとても可愛らしかった。
 
「由衣香。小学校、入学おめでとう」
「友達100人できるかな?」
「ふふ。きっとできるわよ。友達がたくさんできたら、寂しくなくなるわね」
「……私、やっぱり、友達いらない」
「どうして?」
「だって、私、寂しくないから!」
「……え?」
「お母さんがいるから! だから、私、寂しくないよ!」
「……由衣香」
 
 小さいながらも母親に気を使っている我が子を、愛おしくて抱きしめる沙都希。
 きっと、由依香は寂しいと思っていたはず。
 他の子にはいて、自分にはいないもの。
 父親の存在。
 何度も欲しいと思ったはずだ。
 それでも、それを口にしないどころか、母親さえいればいいと言ってくれた。
 
 
 中学生の頃。
 夕食後、珍しく沙都希は晩酌をしていた。
 その日は由依香の入学式だったのだ。
 家で入学のお祝いをした際に、由依香からたまにはお酒でも飲んだら、と勧められたのだ。
 ほろ酔いになり、テーブルに頬杖をつきながら沙都希は由依香をジッと見る。
 
「由衣香も、もう中学生か。早いわね」
「んー。私はもっと早く成長したいな」
「ふふ。大人に憧れるのはわかるけど、そこまでいいものじゃないわよ、大人って」
「それでも早く大人になりたいな。……それで、お母さんのこと助けたい」
「……由衣香」
 
 そのときは泣き出しそうになるのを必死にこらえるのに苦労した記憶がある。
 中学生なんて、普通ならまだまだ親に甘えるのが当たり前の年齢。
 それなのに、娘の由依香は親の沙都希を助けたいと言ったのだ。
 見た目とは裏腹に精神的にドンドン成長していく由依香。
 嬉しくも寂しいという思いが沙都希の胸を熱くしたのだった。
 
 
 そして、高校の合格発表の日。
 その日は奮発して外食をした。
 由依香の大好物のハンバーグを食べに行った。
 お店で由依香は美味しい美味しいとずっと幸せそうな顔をしていた。
 沙都希はそんな由依香の顔を見て、奮発してよかったと思った。
 
 だけど、帰りの電車の中。
 由依香は少し照れ臭そうに「お母さんのハンバーグの方が好きだな」なんてことを言った。
 これも沙都希に気を使った言葉だったのだろう。
 滅多に外食なんて行けないのだから。
 
 そんな由依香に少しだけ目を潤ませた沙都希は改めてと前置きをしてこう言った。
 
「由衣香。高校合格、おめでとう」
「お母さんが協力してくれたおかげだよ」
「ううん。由衣香が頑張ったからよ」
「……あのね、お母さん」
「ん? どうしたの?」
「私、お母さんのこと、大好きだからね」
「……由衣香。お母さんも、由衣香のこと愛してるからね」
 
 考えてみると電車の中でする会話じゃなかったかもしれない。
 恥ずかしさもあった。
 でも、それよりも嬉しさの方が上回っていた。
 
 由依香はまっすぐに育ってくれた。
 それがとても嬉しかったし、誇りでもあった。
 
 
 
 パトカーの中、まるで走馬灯のように昔のことを思い出す沙都希。
 
「由衣香。お願い。無事でいて」
 
 沙都希は祈るように呟くのだった。
 
 
 
 GPSが示した山奥に着いた時には、すでに太陽は傾き始めていた。
 辺りがうっすらと赤に染まり始める。
 
 ここまではパトカー2台でやってきた。
 この場にいるのは暁、安曇、沙都希、警察官2名。
 
「八神は、俺と来い」
「うっす」
「他は、周りに人がいないか探してくれ。見つけたらとにかく、引っ張っとけ」

 警察官にそう指示して、安曇は奥へと歩き出す。

「じゃあ、桐ケ谷さん、行きましょう」
「は、はい……」
 
 GPSの画面を見ながら3人で山の奥へと入っていく。
 完全な山の中というわけではなく、獣道のようなものが出来ている。
 それに沿って進んでいく3人。
 
「……まさか、犯人がいるってことはないっすよね?」
「十中八九ねーな」
「何が目的なんすかね?」
「さあな」

 3人の草の根を進む音だけが辺りに響く。

「……例えば、行った先に何か指示がある、とかっすかね?」
「ドラマの見過ぎだ。それなら、電話で言えばいいだろ」
「電話で話せないとか……もしくは、現場に来させることが目的とかっすかね」
「それも、電話で言えばいいだろ。どこどこに来いってな」
 
 面倒くさそうに答える安曇に、暁は不満そうに口を尖らせる。
 
「……いわさんも、考えてくださいっすよ」
「意味ねーだろ。行きゃわかるんだから」
「……相変わらずっすね」
「合理的って言え。っていうより、少しはしゃぎ過ぎだ。気を引き締めろ」
「……すいませんっす」
「……っと、そろそろだ。警戒しておけ」
「うっす」
 
 沙都希の表情が一気に固くなる。
 暁も少しだけはしゃいでいたことに気づき、反省する。
 そして、安曇に対して注意してくださいっすよ、なんて身勝手なことを考える。
 
 慎重に進んでいく3人。
 太陽はほとんど沈んでいる。
 安曇が用意してきた懐中電灯の光だけが頼りだ。
 
「……この辺のはずなんだがな」
「桐ケ谷さん。携帯、かけてみて貰えませんか?」
「は、はい」

 沙都希が由衣香の携帯にかける。
 すると、近くで、着信音が聞こえてきた。
 
 かなり近い。
 
「あっちっす!」
 
 注意しつつも着信音がする方へと急ぐ。
 徐々に聞こえてくる着信音が大きくなっていく。
 
「っ!?」
「なっ!」
 
 暁と安曇が息を飲んだ。
 
 そして――。
 
「いやあああああああああ!」
 
 沙都希の悲鳴が山奥に響く。
 
 沙都希の目に映ったもの。
 それは、全身が焼かれ、首をくくった状態で木に吊るされていた女の子の姿だった。
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