トイ・チルドレン

鍵谷端哉

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中里修二の回想②

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 亜里沙ありさが小学校に通うになってから、風邪を引くことが多くなった。
 修二しゅうじは亜里沙が「具合が悪い」というと、すぐに学校を休ませた。
  
 そして、病状が悪化したら電話をしろと言い残して会社に行くという対応だった。
 小学2年生くらいまでは月に2回くらいだったのだが、高学年になる頃には週に数回休むようになっていた。
 
 それでも修二は特に気にすることなく、相変わらず亜里沙が「具合が悪い」と言えば休んでいいという始末だ。
 
 今、考えてみると仮病だったのだろうと思う。
 家政婦が家に来ていた時は風邪を引いたことなんてなかった。
 
 いや、もしかすると風邪を引いていたのかもしれなかったが、家政婦が看病するので修二が気づかなかったという可能性も考えられる。
 そして、家政婦が来なくなってからは、食生活も荒れた。
 
 修二が料理を作れるわけもなく、弁当や冷凍食品、カップ麺と、あまり栄養の面を考えた食事ではなくなった。
 そのことで亜里沙の体が弱くなった可能性だってある。
 
 だが、それでもやっぱり仮病なのだろうと思うのは、亜里沙が学校に行きたがらなくなったからである。
 あるとき、亜里沙は「具合が悪くなった」というのも面倒くさくなったのか、単に「学校に行きたくない」と言い出したのだ。
 
 修二は最初こそは、「そんなこと言ってないで、行きなさい」と𠮟っていたが、3回目くらいには「勝手にしろ」と言って放置したのである。
 とにかく、修二は亜里沙に関わろうとはしなかった。
 
 いや、どう関わっていいかわからず逃げていたのだ。
 
 そして幸いというか、最悪なことに亜里沙の方も修二に関わろうとはしなかった。
 亜里沙にとって修二は父親ではなく、同居人くらいの感覚だったのではないだろうか。
 家政婦だけが亜里沙にとっての家族であり、肉親だったのかもしれない。
 
 だが、その家政婦も自分を置いて、いなくなってしまった。
 亜里沙はそれをどんな風に思っていたのだろうか。
 
 とにかく修二は仕事に集中するという言い訳を元に、亜里沙に、子育てに全く関与しなかった。
 
 そして、亜里沙が中学生に入学したときだった。
 仕事中にいきなり病院から連絡が来た。
 行ってみると、亜里沙は上唇を自分で切り裂いたのだという。
 
 修二は亜里沙になぜ、そんなことをしたのかと問いかけたが、亜里沙は一言も口を聞こうとしなかった。
 もしかしたら、自分で切ったのではなくイジメだったのかもしれない。
 だが、仮にイジメだったとしても、学校も修二も対処などしたくはなかった。
 だからこそ、理由を無理やり聞き出すことも、学校に問い合わせることもなく、放置する。
 
 そのときから、亜里沙はほとんど学校へ行かなくなった。
 
 さらにその頃の修二の会社の業績は伸び続けていた。
 右肩上がりの業績に、修二は喜びを覚えて仕事に熱中する。
 おそらくは、亜里沙への罪悪感を紛らわせるのいうこともあったのだろう。
 
 なんと修二は会社の近くに賃貸を借り、そこで寝泊まりをするようになった。
 亜里沙が住む家には週に1度帰り、5万ほど置いていく。
  
 そんな生活を1年ほど続けた頃だった。
 2回目の病院からの呼び出しがある。
 
 行ってみると亜里沙が手首を切り、自殺未遂をしたのだという。
 
 そのとき、修二は亜里沙がなんでそんなことをしたのかがわからなかった。
 そして、修二は初めて亜里沙を叱った。
 
「もう二度と、こんなことはするんじゃない!」
 
 だが、亜里沙は何も言わず……薄く笑った。
 
 修二は背中に寒気が走ったのを感じる。
 自分の娘なのに何を考えているか全くわからない。
 とにかく不気味だった。
 
 それからは家に帰るのが月に1度になり、置いていくお金は30万になる。
 
 なるべく亜里沙に関わりたくなかった修二だが、毎月一度は亜里沙の自殺未遂で病院に呼び出されていた。
 それが煩わしくなり、修二は亜里沙をどこかの施設に入れようと考え始める。
 
 施設を色々と調べているとき、またも亜里沙が手首を切り、自殺を図った。
 病院に行くと、医者が神妙な顔になり「今回は本気だった」と言った。
 
 いつもは違うのかと修二が問いかける。
 
「亜里沙さんが手首を切ったときは、いつも自分で通報してました」
「……自分で切って、自分で通報したということですか?」
「ええ、そうです」
「なぜ、そんなことをするんですか? そんなことをしたら失敗しますよね?」
 
 すると医者は大きくため息をついた。
 
「自殺をしてみせることで、父親に構って欲しかったのではないでしょうか。……いえ、もしかすると、ただ単に会いたかったのかもしれません」
「……はは。そんな馬鹿な。今更、あいつが俺に会いたいだなんて思うわけありませんよ」
 
 そんな修二の言葉を聞き、医者は諦めたような顔した。
 そして、今回の治療費ですと言って、治療内容が書かれた紙を渡してくる。
 
 チラリと見ると、今回は輸血をしたようだった。
 
 すぐに折り畳んでしまおうとした時だった。
 ある項目に目が釘付けになる。
 
 今回、亜里沙に輸血されたのはB型の血液だ。
 
 そして、修二と亜衣加は――A型だ。
 つまり、子供はA型かO型しか生まれないはずである。
 
 ……どういうことだ?
 
 修二の頭の中は真っ白になった。
 
 
 
「……やっぱりな」
 
 それが修二の率直な感想だった。
 修二の中で疑惑が出てすぐに、亜里沙とDNA鑑定を行った。
 
 その結果は『親子の可能性は0』というものだった。
 
 しっくりくる。
 というより、修二は一度も、亜里沙を自分の子供だという感覚を持てなかったのだ。
 
 それはそうだろう。
 なぜなら、本当に自分の子供ではなかったのだから。
 
 だが、今度は逆にある疑問が湧いて出てくる。
 
 ――あの子は一体、誰なんだ?
 15年以上も自分の子供だと思って育ててきた、あの子供は一体誰の子供なのか?
 
 修二は考える。
 15年前のあの日。
 
 修二は亜衣加と『生まれた』赤ちゃんを見に行った。
 そう。修二は出産に立ち会っていない。
 
 そして、「この子があなたの子供です」と看護師に渡されただけだ。
 つまり、亜衣加が生んだ後の本物の子供を『見ていない』のだ。
 
 入れ替えられた?
 
 その考えに至るのに長い時間は必要ではなかった。
 そして、それと同時にあることにも気づく。
 
 それは――。
 
 本当の子供はどこに行ったのか。
 
 入れ替えられたというのなら、あの子の代わりに誰かが育てているはずである。
 修二と、最愛の妻である亜衣加の子供を。
 
 修二はすぐに会いたいと思う。
 亜衣加の忘れ形見である自分の子供に。
 
 きっと可愛いはずだ。
 その子なら今からでも受け入れてくれるはず。
 この失われた15年以上も埋められる。
 
 修二は本気でそう思った。
 
 早く探し出さなければと思い、山城やましろ病院に問い合わせようとする。
 だが、通話を切る。
 
 ――復讐しなければ。
 
 一気に怒りの感情が溢れ出す。
 自分の最愛の子供を浚った人間を許すことはできない。
 
 だから、山城病院経由で、正規のルートで探し出せば、自分と浚った相手の接点が知られてしまう。
 修二が望んだのは法での罰ではなく、自分の手での復讐だった。
 
 秘密裏に探し出さなければならない。
 誰にも知られずに。
 下手をすると、自分の存在を知った相手が子供を連れて消息を絶つということも考えられる。
 
 修二は探偵を雇い、探すことにした。
 幸い、金はある。
 
 そして、我慢することには慣れているのだ。
 
 
 
 そこからの2年は修二にとってはかなり長いものだった。
 秘密裏に、自分の娘を浚った人間を見つけると決意した修二だったが、そうそう上手くはいかなかった。
 
 なぜなら、ほとんど手がかりがないからだ。
 修二が持っている情報と言えば、亜里沙のDNAの情報と、亜里沙が生まれた時期と同じ時期に山城病院で出産を迎えた人間、ということだけだった。
 
 DNAの情報はある程度、目星をつけた時の決定的な証拠にはなるが、そこから手がかりとして人を探すのは不可能だ。
 そして、山城病院で出産した人間を調べるのには、山城病院内のデータを見るのが一番早い。
 
 だが、その情報を手に入れるのは非常に困難だった。
 何人かの探偵にお願いしてみたが、成功することはなかった。
 
 山城病院に勤めているスタッフを買収して情報を抜き出すという方法を探偵から提案されたが、そうなると、そこから修二に行きつく可能性がある。
 なので、探偵自らデータを盗ってきてもらうのがベストだった。
 だが、そんな違法なことをやってくれる探偵が見つからない。
 
 悪戯に時間が過ぎていく中、修二は焦り始めていた。
 もちろん、その2年の間、亜里沙は何度も自殺をする始末だ。
 
 いっそ、見捨てて死なせようかとも思った。
 だが、ここで世間から注目を集めるわけにもいかない。
 なにより、自分の娘を浚った相手に、あの厄介な子を押し付けたかった。
 それが、修二の復讐の一つでもあった。
 
 今度はお前が苦しめ。
 
 その復讐心だけが、亜里沙を守っていた。
 修二は家に帰るようになり、極力、亜里沙を見張った。
 
 幸いなことに、修二が家に帰るようになってからは、亜里沙の自殺未遂の回数は減っていく。
 
「亜里沙。今度、会社で休みが取れるから、どこか出かけようか?」
「……」
「ほら、たまには外に出ないと」
「……今更、父親面しないで」
 
 ある日の夕食時の会話である。
 最初は全く部屋から出なかった亜里沙だったが、根気よく話しかけることを続けた結果、一緒に夕食を食べるくらいには、距離が縮まった。
 
 まだまだ、一緒に出掛けたりすることはできそうになかったが、続けて行けば一緒に出掛けるようになってくれるかもしれない。
 試してみる価値はありそうだ。
 
 なぜ、修二が急に亜里沙に歩み寄ったのか。
 それは本物の亜里沙と会った時の練習を兼ねていた。
 
 本物の亜里沙に会えることを考えれば、あの子にどんなに冷たくあしらわれても平気だった。
 本物の亜里沙に会えることを夢見ながら、様々な探偵の元へ行った。
 
 そして、修二は見つけた。
 阿比留あびる邦弘くにひろを。
 
 阿比留は金さえ払えば、どんな違法なことも平気でやる、何でも屋だった。
 
「山城病院から、個人情報を盗ってくればいいんだろ? チョロいよ」
「……本当ですか?」
「けど、まあ、ちょっと手間がかかるから、報酬は高くなると思うけど」
「どのくらいですか?」
「んー。100万」
「いいですよ」
 
 そのときの修二の感覚では思ったよりも安い、だった。
 だが、この即答が修二の運命を決めたと言っても過言ではない。
 
 それから、3ヶ月後。
 阿比留から修二の元に連絡が来た。
 
「データを入手した」
「すぐ行きます」
 
 高揚する心をなんとか抑えながら、修二は阿比留の元へと急いだのだった。 
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