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第一章 公爵の求婚
1 侯爵令嬢の決意
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ラルジュ王国の若き国王アントワーヌ五世とロザージュ王国のファンティーヌ王女の婚約が正式に発表されたその日、妃候補のひとりだったカルサティ侯爵令嬢ベルティーユ・ガスタルディは王都の侯爵邸で失意の底に沈んでいた。
国内の貴族令嬢の中でも才色兼備で家柄も文句なしという彼女、国内外の妃候補の中でも最有力視されていた。
物心つく前から当時王太子だったアントワーヌ五世の妃の呼び声が高く、彼女自身、周囲の期待に応えるため勉学に励み教養を高め容姿を磨いてきた。
それが、半年前に発生したロザージュ王国との一ヶ月に及ぶ戦争によって、水泡に帰した。両国の和睦のために、アントワーヌ五世はロザージュ王国王女と政略結婚することとなったのだ。
「なんてお気の毒な陛下! 国のためとはいえ、愛のない結婚をしなければならないなんて! こんな和解案しかロザージュ王国に提示できなかった宰相は無能だわ!」
カルサティ侯爵邸の居間では、新聞を握り潰しながら大仰に嘆くベルティーユと、それをなだめる兄シルヴェストルの声だけが響いていた。
「伯父上を無能呼ばわりするのは失礼だよ、ベル」
宰相を務める伯父が戦後処理のために不眠不休で政務に奔走していたことを知っているシルヴェストルは、穏やかな口調ながら妹をたしなめる。
「じゃあ、お兄様はこの政略結婚に賛成なの? これまで幾度も我が国に攻め込んできたロザージュ王国の王女が王宮に乗り込んでくるというのに! 陛下の寝首を掻くかもしれないのに!」
「王女が刺客のような真似をするものか」
「ロザージュ王国からついてくる王女の侍女は暗殺者かもしれないじゃないの!」
「陛下のご成婚話で理性を失っているいまのお前に、ロザージュ王国王女の人柄を説いたところで無駄だろうね」
ため息をつきながらシルヴェストルはお手上げといった様子で肩をすくめた。
「こうなったらわたし、陛下をお守りするために愛妾として王宮に上がることにするわ」
「――――――は?」
真剣な眼差しで告げる妹を、シルヴェストルは胡乱な目つきで見つめた。
「王妃として陛下をお助けできないなら、愛妾としておそばに置いていただくの! そうすれば、わたしは陛下のお役にも立てるわ! さっそく伯父様に相談してみるわ!」
「お前はまだ十七歳じゃないか! 陛下のためになにかしたいという気持ちはわかるが、お前のような若い娘がいきなり愛妾になりたいなどと言い出すのは……」
妹の突拍子もない発言に、シルヴェストルは頭を抱えた。
「とりあえず、一晩寝て頭を冷やしてはどうかな。伯父上に相談するのはそれからでも充分間に合うと思うよ。王女が嫁いでくるのは三年後だからね」
「でもっ!」
頭に血が上っているベルティーユは、どうにかして王宮に上がり、国王の傍らに侍ることしか考えられなかった。
「では、こうしてはどうかな」
兄妹の会話に、低い青年の声が割って入った。
そのときまですっかり客人の存在を失念していたシルヴェストルとベルティーユは、居間の窓際に立つ黒ずくめの男に視線を向けた。
片や不安げに、片や期待に満ちた眼差しを。
「ベルが陛下の愛妾になるとしても、ロザージュ王国王女との婚約が整った以上、相手の心情を考えると陛下が愛妾を持つのは結婚後ということになる。また、王の愛妾の条件のひとつに既婚者であることが求められている。つまり、いまの君は未婚だから、このままでは愛妾になれないということだ」
「そういえば……そうね」
ラルジュ王国の歴代国王たちの愛妾は、皆夫帯者だ。愛妾はあくまでも王の愛人であり、妃にはならない立場であることを周知するため、既婚であることが望ましいとされた。
過去の国王の愛妾の中には、愛妾になるために貴族の男と書類上の結婚をした者もいる。
「だから、僕と結婚すればいいんだよ、ベル」
黒衣の青年は、呆気に取られているシルヴェストルの目の前を横切ると、ベルティーユの両手を手袋越しにそっと握った。
「僕と結婚して、ダンビエール公爵夫人になればいいんだ」
国内の貴族令嬢の中でも才色兼備で家柄も文句なしという彼女、国内外の妃候補の中でも最有力視されていた。
物心つく前から当時王太子だったアントワーヌ五世の妃の呼び声が高く、彼女自身、周囲の期待に応えるため勉学に励み教養を高め容姿を磨いてきた。
それが、半年前に発生したロザージュ王国との一ヶ月に及ぶ戦争によって、水泡に帰した。両国の和睦のために、アントワーヌ五世はロザージュ王国王女と政略結婚することとなったのだ。
「なんてお気の毒な陛下! 国のためとはいえ、愛のない結婚をしなければならないなんて! こんな和解案しかロザージュ王国に提示できなかった宰相は無能だわ!」
カルサティ侯爵邸の居間では、新聞を握り潰しながら大仰に嘆くベルティーユと、それをなだめる兄シルヴェストルの声だけが響いていた。
「伯父上を無能呼ばわりするのは失礼だよ、ベル」
宰相を務める伯父が戦後処理のために不眠不休で政務に奔走していたことを知っているシルヴェストルは、穏やかな口調ながら妹をたしなめる。
「じゃあ、お兄様はこの政略結婚に賛成なの? これまで幾度も我が国に攻め込んできたロザージュ王国の王女が王宮に乗り込んでくるというのに! 陛下の寝首を掻くかもしれないのに!」
「王女が刺客のような真似をするものか」
「ロザージュ王国からついてくる王女の侍女は暗殺者かもしれないじゃないの!」
「陛下のご成婚話で理性を失っているいまのお前に、ロザージュ王国王女の人柄を説いたところで無駄だろうね」
ため息をつきながらシルヴェストルはお手上げといった様子で肩をすくめた。
「こうなったらわたし、陛下をお守りするために愛妾として王宮に上がることにするわ」
「――――――は?」
真剣な眼差しで告げる妹を、シルヴェストルは胡乱な目つきで見つめた。
「王妃として陛下をお助けできないなら、愛妾としておそばに置いていただくの! そうすれば、わたしは陛下のお役にも立てるわ! さっそく伯父様に相談してみるわ!」
「お前はまだ十七歳じゃないか! 陛下のためになにかしたいという気持ちはわかるが、お前のような若い娘がいきなり愛妾になりたいなどと言い出すのは……」
妹の突拍子もない発言に、シルヴェストルは頭を抱えた。
「とりあえず、一晩寝て頭を冷やしてはどうかな。伯父上に相談するのはそれからでも充分間に合うと思うよ。王女が嫁いでくるのは三年後だからね」
「でもっ!」
頭に血が上っているベルティーユは、どうにかして王宮に上がり、国王の傍らに侍ることしか考えられなかった。
「では、こうしてはどうかな」
兄妹の会話に、低い青年の声が割って入った。
そのときまですっかり客人の存在を失念していたシルヴェストルとベルティーユは、居間の窓際に立つ黒ずくめの男に視線を向けた。
片や不安げに、片や期待に満ちた眼差しを。
「ベルが陛下の愛妾になるとしても、ロザージュ王国王女との婚約が整った以上、相手の心情を考えると陛下が愛妾を持つのは結婚後ということになる。また、王の愛妾の条件のひとつに既婚者であることが求められている。つまり、いまの君は未婚だから、このままでは愛妾になれないということだ」
「そういえば……そうね」
ラルジュ王国の歴代国王たちの愛妾は、皆夫帯者だ。愛妾はあくまでも王の愛人であり、妃にはならない立場であることを周知するため、既婚であることが望ましいとされた。
過去の国王の愛妾の中には、愛妾になるために貴族の男と書類上の結婚をした者もいる。
「だから、僕と結婚すればいいんだよ、ベル」
黒衣の青年は、呆気に取られているシルヴェストルの目の前を横切ると、ベルティーユの両手を手袋越しにそっと握った。
「僕と結婚して、ダンビエール公爵夫人になればいいんだ」
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