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第一章 公爵の求婚
2 公爵の提案
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「わたしが、あなたと結婚する……?」
ベルティーユはまじまじと自分の手をしっかりと握る相手を見つめた。布越しでも相手の体温は伝わってくる。
兄の親友であるオリヴィエール・デュフィは五つ年上の若きダンビエール公爵だ。
二ヶ月前に彼の祖父である前ダンビエール公爵が亡くなり、彼の父親は故人であったため、直系の孫であるオリヴィエールが爵位を継いだ。
喪中である彼は常に黒い服に身を包んでおり、黒髪に紫紺色の瞳をしているため全身が黒ずくめになっている。さらに顔立ちがきわめて端麗なので、彼を不気味だと恐がる者もいた。
子供の頃からオリヴィエールと接しているベルティーユは、彼を怖いと感じたことは一度もない。幼い頃から周囲に「美人だ」と褒められて育った彼女ですら負けを認めるほどに常人離れした美貌だとは思うが。
「君はもう十七だ。いまから結婚相手を探して婚約して結婚するとなると、陛下のご成婚よりも後になるだろう。そうなれば、愛妾として王宮に上がる機会を逃してしまうかもしれない。それに、これから出会う君の結婚相手が必ずしも君が陛下の愛妾になることに理解をしめすとは限らないだろう?」
「そ、それもそうね」
オリヴィエールの指摘に、ベルティーユはしぶしぶ頷いた。
これまで王妃候補としての鍛錬に邁進してきた彼女は、園遊会や舞踏会に出る目的は王妃に選ばれたときのための人脈作りだった。誰とどのような関係を築けば宮廷で円滑な人間関係を築けるかが、最重要課題だった。
他の未婚の令嬢たちが結婚相手探しで奔走している中、ベルティーユはただひとり、どうすればひとりでも多くの味方を得て、ひとりでも敵を減らすことができるかを考えていた。
独身の男性貴族たちを自分の夫候補として見たことは、一度としてなかった。
もちろんそれはオリヴィエールに対しても同じだ。
兄の親友である彼とはかなり親しい仲ではあったけれど、彼を結婚相手として意識したことはなかった。
「僕はいま祖父の喪に服しているから、正式に婚約できるのは半年後だけど、君が十八になる頃には結婚できる。陛下より先に結婚し、陛下がロザージュ王国王女と結婚するときにダンビエール公爵夫人として王宮に出仕することだって可能だ」
「――なるほど!」
「なるほどじゃないっ!」
眉を吊り上げたシルヴェストルは目を輝かせている妹の肩を掴んだが、ベルティーユの耳には兄の声はまったく届いていなかった。
「ベル。貴族の結婚というのは当人同士だけで決めるものではないんだよ。もちろん、オリヴィエールはお前の結婚相手としてまったく不足はないが、こういう話はまず父上を通して……」
「御父君には僕から話をしておこう」
シルヴェストルの言葉を遮ると、オリヴィエールはほんのわずかに微笑みながらベルティーユに告げた。
十年近い付き合いの中で、オリヴィエールの冷笑なら嫌というほど見てきたが、親友が嬉しそうに表情を緩ませるところは一度として見たことがなかったシルヴェストルは、言葉を失った。
(この結婚に反対したら、どんな報復が待っているかわかったもんじゃない)
そもそも、国王の忠臣としてラルジュ王国の歴史に幾度もその家名を刻んできたダンビエール公爵との結婚は、カルサティ侯爵家にとっても良縁だ。
すでに十七歳のベルティーユが王妃になれないことが決定した以上、早急に彼女の結婚相手を探す必要がある。
カルサティ侯爵家としては、娘が王妃になるのであれば婚期が多少遅くなろうとも気にすることはなかったが、王妃になれないとなれば話は別だ。さっさと結婚相手を見つけなければ、嫁き遅れることになる。いくら元王妃候補とはいえ、嫁き遅れとなれば良縁は減る。
ただ、シルヴェストルは親友の求婚の仕方が気に入らなかった。
まるで、ベルティーユを王の愛妾にして自分は宮廷で権力を得たいと言っているように聞こえる。
「ベルティーユ。結婚相手はもう少し慎重に選ぶべきだ。ふたりが出会った瞬間に恋をして結婚するならすぐにでも婚約しようとする気持ちもわかるが――」
「お兄様ったら、あいかわらず恋物語がお好きね。出会ってお互いの名前も知らないまま恋をするとか、身分違いの恋の物語を涙しながら読んでいらっしゃるだけのことはあるわね」
「あぁいった物語は王宮勤めで疲れた心を癒やしてくれるんだ!」
愛読書の詳細な内容が妹に把握されていたことは恥ずかしかったのか、シルヴェストルは顔を赤らめて言い訳をした。
歴史書を好んで読むベルティーユとは違い、シルヴェストルは物語を好んでいた。
「だいたい、結婚前から陛下の愛妾になりたいだのと――愛妾はどういうものかわかっているのか?」
顔を顰めてシルヴェストルはベルティーユを睨んだ。
さきほどからベルティーユの手を掴んだまま離さないオリヴィエールもなんとなく気に入らなかった。
「え? うーん、そうねぇ」
軽く首を傾げてベルティーユはシルヴェストルとオリヴィエールを交互に見つめた。
「陛下の」
しばらく言い淀んでから、ベルティーユは答えた。
「話し相手かしら」
ベルティーユはまじまじと自分の手をしっかりと握る相手を見つめた。布越しでも相手の体温は伝わってくる。
兄の親友であるオリヴィエール・デュフィは五つ年上の若きダンビエール公爵だ。
二ヶ月前に彼の祖父である前ダンビエール公爵が亡くなり、彼の父親は故人であったため、直系の孫であるオリヴィエールが爵位を継いだ。
喪中である彼は常に黒い服に身を包んでおり、黒髪に紫紺色の瞳をしているため全身が黒ずくめになっている。さらに顔立ちがきわめて端麗なので、彼を不気味だと恐がる者もいた。
子供の頃からオリヴィエールと接しているベルティーユは、彼を怖いと感じたことは一度もない。幼い頃から周囲に「美人だ」と褒められて育った彼女ですら負けを認めるほどに常人離れした美貌だとは思うが。
「君はもう十七だ。いまから結婚相手を探して婚約して結婚するとなると、陛下のご成婚よりも後になるだろう。そうなれば、愛妾として王宮に上がる機会を逃してしまうかもしれない。それに、これから出会う君の結婚相手が必ずしも君が陛下の愛妾になることに理解をしめすとは限らないだろう?」
「そ、それもそうね」
オリヴィエールの指摘に、ベルティーユはしぶしぶ頷いた。
これまで王妃候補としての鍛錬に邁進してきた彼女は、園遊会や舞踏会に出る目的は王妃に選ばれたときのための人脈作りだった。誰とどのような関係を築けば宮廷で円滑な人間関係を築けるかが、最重要課題だった。
他の未婚の令嬢たちが結婚相手探しで奔走している中、ベルティーユはただひとり、どうすればひとりでも多くの味方を得て、ひとりでも敵を減らすことができるかを考えていた。
独身の男性貴族たちを自分の夫候補として見たことは、一度としてなかった。
もちろんそれはオリヴィエールに対しても同じだ。
兄の親友である彼とはかなり親しい仲ではあったけれど、彼を結婚相手として意識したことはなかった。
「僕はいま祖父の喪に服しているから、正式に婚約できるのは半年後だけど、君が十八になる頃には結婚できる。陛下より先に結婚し、陛下がロザージュ王国王女と結婚するときにダンビエール公爵夫人として王宮に出仕することだって可能だ」
「――なるほど!」
「なるほどじゃないっ!」
眉を吊り上げたシルヴェストルは目を輝かせている妹の肩を掴んだが、ベルティーユの耳には兄の声はまったく届いていなかった。
「ベル。貴族の結婚というのは当人同士だけで決めるものではないんだよ。もちろん、オリヴィエールはお前の結婚相手としてまったく不足はないが、こういう話はまず父上を通して……」
「御父君には僕から話をしておこう」
シルヴェストルの言葉を遮ると、オリヴィエールはほんのわずかに微笑みながらベルティーユに告げた。
十年近い付き合いの中で、オリヴィエールの冷笑なら嫌というほど見てきたが、親友が嬉しそうに表情を緩ませるところは一度として見たことがなかったシルヴェストルは、言葉を失った。
(この結婚に反対したら、どんな報復が待っているかわかったもんじゃない)
そもそも、国王の忠臣としてラルジュ王国の歴史に幾度もその家名を刻んできたダンビエール公爵との結婚は、カルサティ侯爵家にとっても良縁だ。
すでに十七歳のベルティーユが王妃になれないことが決定した以上、早急に彼女の結婚相手を探す必要がある。
カルサティ侯爵家としては、娘が王妃になるのであれば婚期が多少遅くなろうとも気にすることはなかったが、王妃になれないとなれば話は別だ。さっさと結婚相手を見つけなければ、嫁き遅れることになる。いくら元王妃候補とはいえ、嫁き遅れとなれば良縁は減る。
ただ、シルヴェストルは親友の求婚の仕方が気に入らなかった。
まるで、ベルティーユを王の愛妾にして自分は宮廷で権力を得たいと言っているように聞こえる。
「ベルティーユ。結婚相手はもう少し慎重に選ぶべきだ。ふたりが出会った瞬間に恋をして結婚するならすぐにでも婚約しようとする気持ちもわかるが――」
「お兄様ったら、あいかわらず恋物語がお好きね。出会ってお互いの名前も知らないまま恋をするとか、身分違いの恋の物語を涙しながら読んでいらっしゃるだけのことはあるわね」
「あぁいった物語は王宮勤めで疲れた心を癒やしてくれるんだ!」
愛読書の詳細な内容が妹に把握されていたことは恥ずかしかったのか、シルヴェストルは顔を赤らめて言い訳をした。
歴史書を好んで読むベルティーユとは違い、シルヴェストルは物語を好んでいた。
「だいたい、結婚前から陛下の愛妾になりたいだのと――愛妾はどういうものかわかっているのか?」
顔を顰めてシルヴェストルはベルティーユを睨んだ。
さきほどからベルティーユの手を掴んだまま離さないオリヴィエールもなんとなく気に入らなかった。
「え? うーん、そうねぇ」
軽く首を傾げてベルティーユはシルヴェストルとオリヴィエールを交互に見つめた。
「陛下の」
しばらく言い淀んでから、ベルティーユは答えた。
「話し相手かしら」
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