公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す

友鳥ことり

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第四章 公爵と侯爵令嬢の結婚

1 披露宴のあと

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 初秋のよく晴れたある日、王都エテルネルの高級住宅街にあるダンビエール公爵邸では結婚式と披露宴が催されていた。
 ラルジュ王国の結婚は基本的に人前式だ。
 公証人が結婚誓約書を読み上げ、花婿と花嫁、そして双方の証人が結婚誓約書に署名をして式は終了する。
 あとは披露宴で賑やかに夜まで結婚を祝う。
 ダンビエール公爵邸の中庭が披露宴会場となった。
 庭に並べられた長机には白い布がかけられ、飲み物と食べ物がところ狭しと並べられた。酒も飲みきれないほどに用意され、給仕たちはひっきりなしに皿と酒杯グラスを運び続けた。
 純白の花嫁衣装に身を包んだベルティーユの美しさは、招待客の視線を釘付けにした。
 結い上げた髪を薔薇で王冠のように飾り、大粒の真珠の首飾りに青みがかった紅玉ルビーの耳飾り、襟元、袖口などの縁をたくさんのレースで飾った花嫁衣装など、ベルティーユが身に付けたすべてがダンビエール公爵夫人にふさわしい装いだったが、その美しさは宝石や花に負けることはなかった。
 花婿と花嫁は、次々と祝辞を述べにくる招待客に笑顔で挨拶をしているだけで時間が過ぎていった。

「――さすがに喉が渇いたしお腹空いたわ」

 日没と同時に披露宴は終わった。
 ダンビエール公爵邸内に新妻のために用意された部屋に足を一歩踏み入れると、花嫁はよろめきながら長椅子に倒れ込んだ。
 披露宴の間中、ほとんど飲み食いする暇がなかった。

「お嬢……じゃなかった、奥様。こちらにお食事を用意しておりますよ」

 ミネットはベルティーユの首飾りや耳飾りを手際よく外しながら、長椅子の前の円卓を指した。
 円卓の上には皿に盛られた料理、菓子、果物などが女主人のためだけに準備されている。また、飲み物として葡萄酒、林檎酒、水が揃っていた。

「林檎酒を召し上がってみてはいかがですか? よく冷えていますし、公爵家の農園でできた林檎を使って造ったお酒だそうですよ」
「じゃあ、それをいただくわ」

 長椅子の上に寝転がったまま、ベルティーユは答える。
 披露宴には大勢の親族友人知人を招待したが、ほとんどの人が出席してくれた。
 皆が結婚を祝ってくれて、披露宴では数年ぶりに会う顔ぶれもあり、とても嬉しいひとときだった。
 ベルティーユが国王妃になれないと決まったときは周囲から腫れ物を触るような態度を見せていた人々も、彼女は公爵夫人になったことを喜んでくれた。
 宰相である伯父も、祝ってくれた。

「そういえばあたし、宰相夫人とは初めてお目にかかりましたが、とても美しい方ですね。どちらのご出身の方ですか?」

 がらさかずきに林檎酒を注いでベルティーユに差し出しながら、ミネットが訊ねてきた。

「あの方の実家は貴族ではないの。伯父様は大恋愛のせん結婚をされて、それがお祖父様の逆鱗に触れたものだから、廃嫡されてしまったの。それで次男のお父様が爵位を継いだのよ」
「え? あの仕事一筋って感じの冷徹宰相閣下が大恋愛!?」

 初めて聞く話だったらしく、ミネットは大きく目を見開く。
 カルサティ侯爵家ではまだ禁句の話だったのだろうか、と考えつつ、ベルティーユは頷いた。

「そうらしいわよ。お祖父様は伯父様を廃嫡にはしたものの勘当はしなかったので、ガスタルディの姓を名乗ることを許されたし、王宮に仕官することもできたんですって。もし勘当されていたら、いまごろ夫婦で路頭に迷っていただろうって伯父様はときどき笑っておっしゃるのだけど……路頭に迷うってどういうことかしら?」
「――多分、奥様は一生縁の無い状況だと思います」
「わたし、伯父様のお話を聞くたびに思うの。恋ってなにかしらって」
「それはもちろん、たちの悪いやまいですよ」

 きっぱりとミネットは断言した。

「そうなの?」
「閣下が廃嫡覚悟で貴賤結婚を選ばれたというのが、なによりの証拠じゃないですか」
「でも、伯母様はとても素敵な方よ。どこかのお屋敷で侍女勤めをしていたそうだから、あなたにだって同じような出会いがあるかもしれないわよ」
「あたしはそんな夢みたいなこと、期待したりしません。一生、奥様のお側で侍女として働きます」
「あら、それは嬉しいわ」

 ふふっと微笑みながら、ベルティーユは林檎酒を一気に煽った。
 喉を冷えた林檎酒が潤す。空腹だったので酒が胃に流れ込んだ途端、じわりと熱くなった。

「おかわりをちょうだいな」
「はい、ただいま」

 円卓の上のあんずを食べながら、ベルティーユは二杯目の林檎酒を飲み干した。喉の渇きはまだ収まらなかった。

「ミネット、もう一杯……」

 ベルティーユが硝子の杯をミネットに差し出そうとした瞬間、横から手が伸びて、杯を奪われた。

「それ以上飲むと酔っ払うよ」

 頭の上から聞こえてきた声に視線を向けると、まだ礼装姿のオリヴィエールがいつのまにか立っていた。
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