公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す

友鳥ことり

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第四章 公爵と侯爵令嬢の結婚

4 初めての朝

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 ベルティーユが目覚めたとき、すでに太陽は南の空に昇りきっていた。

「おはようございます、奥様。ご気分はいかがですか」

 天蓋の垂れ幕を上げながら、侍女のミネットが気遣わしげに訊ねてくる。
 柔らかな羽毛の枕に顔を埋めていたベルティーユは、すこしだけ顔をずらして声がする方向へと視線を向けた。
 ミネットが「奥様」と呼ぶのは自分の母のはずだが、母がこの部屋にいるのだろうか、と辺りを見回し、見慣れない室内に戸惑う。
 数秒、初秋の暖かな陽射しが差し込む硝子窓を眺めた後、ここがダンビエール公爵邸であることを思い出した。

(そういえば、昨日結婚したのだったわ)

 まだ意識が覚醒していない状態で、ベルティーユはぼんやりと考える。
 寝室の壁紙は明るい色の小花を散らした模様で、窓幕は淡く上品な紅色だ。
 窓辺に置かれた円卓の上には青磁の大きな花瓶に生けられた薔薇が芳しい香りを漂わせている。
 開いた窓の隙間からは、中庭の草木が風で揺れる音と、鳥の鳴き声が響いていた。

「――喉が渇いたわ」

 寝転がったまま発した声は、どういうわけか嗄れていた。
 しかし、普段ならほんのすこしでもベルティーユの声がかすれているだけで風邪を心配するミネットがなにも言わない。

「すぐにお水をお持ちしますね」

 心得た様子でミネットはすぐ寝室から姿を消した。

(……あら?)

 どうも様子がおかしい。
 寝台の上で上半身を起こし掛けたベルティーユは、自分が裸のまま毛布をかぶっていたことに気付いた。

(え――? あ……っ)

 昨夜の出来事が脳裏に甦り、ベルティーユは枕に勢いよく突っ伏した。
 顔に全身の血が集まっているのではないかというくらい、火照っている。
 なにがあったのか覚えているようなうろ覚えのような覚えていないような、とにかく曖昧な記憶ながら、思い出すとしゅうしんもだえしてしまう。

(そ、そういえば、オリヴィエールは?)

 慌てて枕から再び顔を上げて寝台を見回すが、オリヴィエールは気配もない。
 ベルティーユが目覚めるずっと前に、彼は起きたのだろう。
 貴族の奥方は早起きするものではないが、殿方は王宮に出仕したり様々な用事があるので朝が早い。
 奥方が早く起きると、世話をする侍女も早起きせねばならず、また奥方の部屋の掃除をする女中たちもさらに早起きをして暖炉に石炭を入れたりしなければならないので、奥方の早起きは使用人たちには歓迎されないのだ。
 そういう意味では、ベルティーユが寝坊したところで困る者はいない。

「水をお持ちしました、奥様」

 銀の盆の上に水をなみなみ注いだ硝子の杯をミネットは持ってきた。
 よく冷えたその水をゆっくりと飲み干すと、すこしだけ気持ちが落ち着いてきた。

「湯浴みをされますか、奥様」

 杯に水を追加しながら、ミネットが訊ねる。

「え? えぇ、そうね」

 そういえば昨夜は湯浴みをしなかった、と思い出したところで、ベルティーユは全身が怠いことに気付いた。
 怠いだけではない。
 腰は痛いし、足のつけ根の辺りは違和感がある。
 頭はすっきりとしてきたが、身体は重い。
 これは昨夜の『あの行為』の名残なのか、とまた気恥ずかしさで頭が沸騰しそうになったところで、腕の肌に小さなあざがあることに気付いた。
 腕だけではない。
 胸元や腹にも、痣は点々とある。

「――っ」

 明るい陽の下で見ると、恥ずかしさは倍増した。
 昨夜は暗闇の中での出来事だったので、まさかこんな痕になるとは思いもしなかったのだ。
 ミネットは黙っているが、気付いていないはずがない。

(なにも言われないのも、気まずいものだわ)

 侍女というのはこういうとき、なにも言わないものなのだろうか。
 指摘して欲しいわけではないが、まったく話題にならないのも不自然だ。
 多分、ミネットもどうやって女主人に声をかけるべきか迷っているのだろう。
 なにしろ、お互いこのような状況は初めてなのだ。

「湯浴みの支度をしてまいります」

 いささか緊張した空気がふたりの間に流れる中、ミネットはそう告げて浴室へと姿を消した。

(やっぱり、なにか言って欲しかったわ)

 水を飲みながら、ベルティーユは軽くため息をつく。
 こういうときどんな態度をとれば良いのかは、母も嫁ぐ前に教えてくれなかった。

(オリヴィエールがこの場にいたら、また状況は違ったでしょうけれど、それはそれで微妙な空気になりそうな気がするから、いなくて良かったと思うべきかしら)

 ダンビエール公爵家には、現在ベルティーユの相談にのってくれる同じ貴族の婦人はいない。
 姑がいないのはうらやましい、と結婚前アレクサンドリーネに言われたが、寝室でひとり取り残された形のベルティーユはいささか心細く感じた。
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