公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す

友鳥ことり

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第四章 公爵と侯爵令嬢の結婚

6 公爵夫人のつとめ

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「ところで、僕が出掛けている間、ベルはなにをしていたの?」

 ミネットが運んできた椅子に座り、新たに用意された紅茶を飲みながらオリヴィエールは笑顔で訊ねた。
 オリヴィエールが脱いだ外套を手にミネットは部屋から出て行ってしまったので、気付けばふたりきりだ。

「結婚式や披露宴に出席してくださった方と、結婚のお祝いを贈ってくださった方々にお礼状を書いていたの」
「もしかして、これ全部がお礼状?」

 ベルティーユの書き物机の上に積まれたカードの量にオリヴィエールは目を丸くする。

「そうよ」
「五十枚はあるように見えるけど」
「六十二枚あるわよ。たくさんの方々に祝っていただけて、嬉しいわ」

 すべてのカードにベルティーユは手書きで礼文をしたためるつもりだ。
 昨日、結婚式や披露宴で顔を合わせた人々のことをできるだけ思い出しながら、どんな話題で盛り上がったか、着ていた衣裳がどれほどすばらしかったかを文面に織り込んでいた。
 王妃を目指していたので、誰といつどこでどんな話をしたか、そのとき相手はどんな服を着ていたか、をほぼ完璧に記憶する技を習得している。
 さらにそれを手帳に書き記し、次に会った際にも話題にできるようにしていた。
 昨日の出席者名簿にも、ベルティーユは簡単に服装と話の内容を覚え書きしている。

「六十二枚!? そんなにたくさん、大変だろう。誰かに代わりに書かせたら?」

 オリヴィエールは心配そうに顔を顰めたが、ベルティーユは首を横に振った。

「これは、わたしの仕事だもの。お礼状を代筆するのはよくないわ」

 なんでもかんでも自分でするつもりはないが、手紙だけは自分自身で書くことで相手に誠意が伝わるとベルティーユは考えていた。

「これは、いつまでに出すつもり?」
「できれば明日か、明後日にはすべて送るつもりよ。お礼状だから、遅くなると失礼になってしまうわ」

 礼状が遅れると、相手は自分が後回しにされたと感じてしまわないとも限らない。
 すべての礼状はいっせいに送り、ほぼ同時期に相手の手元に届くように配慮する必要がある。

「明日、午後には出立だけど、間に合うかな?」
「えぇ、間に合わせるわ」

 明日から、新婚旅行でダンビエール公爵領へ向かうことになっている。
 領地までは馬車で三日かかるが、途中温泉がある保養地に立ち寄ったり、ダンビエール公爵家と古くから付き合いがある貴族の城に招かれたりする予定だ。

「集中してやれば、明日の午前中には全部書き終えられるわ」

 まだ半分も書けていないが、途中で休憩を挟みつつも徹夜すればなんとか書けるだろう。
 礼状書きは公爵夫人として最初の仕事であるだけに、ベルティーユはかなりはりきっていた。

「そんなにかかるの?」
「多分ね」
「僕の相手をしている暇がないくらい?」
「え?」
「なんだか――僕と話していても上の空に見えるよ」
「そ、そんなことはないわよ」

 実のところ、オリヴィエールとの会話に集中せず、礼状の内容を頭の片隅で考えながら喋っていたベルティーユは慌てた。

「ちゃんと話を聞いているわ」

 にっこりと微笑んでオリヴィエールに視線を向けると、いつのまにか至近距離にオリヴィエールの端整な顔があった。

「きゃっ!」

 あまりに近かったので、ベルティーユは思わず小さく悲鳴を上げる。
 彼の顔をまともに見てしまうと昨夜の出来事を思い出さずにはいられないので、わざと目をそらしていたのだ。

「貴女はダンビエール公爵夫人で、僕の奥方だよね」
「え、えぇ、そうよ」

 椅子を後ろにずらして適度な距離を保とうとベルティーユは努めたが、同じようにオリヴィエールが迫ってきたので、まったく距離は広がらなかった。

「わたし、ダンビエール公爵夫人として世間に認めて貰えるように頑張るわ」

 結婚して、ベルティーユの肩書きはカルサティ侯爵令嬢からダンビエール公爵夫人になった。
 とはいえ、社交界でベルティーユを公爵夫人として受け入れられるかどうかとはまた別問題だ。
 ふたりの結婚は身分上まったく問題なく、周囲の反対はいっさいなかった。
 オリヴィエールの妻の座を狙っていた未婚の貴婦人たちの反感を買いはしたが、ベルティーユが彼女たちから嫉妬されるのは慣れっこだ。
 王妃候補であった当時から、ベルティーユは称賛されるよりも妬まれる方が多かった。

「まずは公爵夫人として認められなければ、王宮に出入りすることも難しくなるわ」
「陛下の、愛妾になるために?」
「もちろん、そうよ」

 ベルティーユは大きく頷く。
 アントワーヌ五世妃になれないなら愛妾になる、という彼女の決意はいまでも揺らいでいない。
 国王が他国から妃を迎えることに反発する貴族は、まだ国内にたくさんいる。
 大臣たちの中には、いまでもアントワーヌ五世とロザージュ王国王女の結婚をなんとか阻止しようと考えている者もいるそうだ。
 宰相である伯父から聞いた話では、ベルティーユがダンビエール公爵との結婚を決めたことで、他の元妃候補たちもほとんどは王妃になることを諦めて結婚相手を探し始めたそうだが、中にはアントワーヌ五世とロザージュ王国王女との婚約破棄を待っている者もいるらしい。
 ロザージュ王国王女になにかよほどの不幸が起きない限り、この結婚はなくならないというのに。
 多少の醜聞など、政略結婚の障害にはならない。
 政治とはそういうものだと理解しているからこそ、ベルティーユは王妃になることを諦め、愛妾としてアントワーヌ五世を支えることを決めたのだ。

「ベルの考える公爵夫人って、どういうものかな」
「そうねぇ。公爵家の女主人として、家政を取り仕切ったり、自宅で催す晩餐会や茶会をとどこおりなく準備したり、招かれた舞踏会でそつなく振る舞ったりすることかしら」

 ベルティーユが理想とするのは、自分の母親の姿だ。
 カルサティ侯爵夫人である母は、貴族の奥方として忙しく過ごしている。
 貴族間の付き合いをおろそかにせず、侯爵である夫を陰日向で支え、周囲からも信頼されている。そのぶん、気疲れもあるようだが、使用人たちからもその人柄が親しまれていた。

「それも重要ではあるけれど、子供を産んで、公爵家を次代に繋ぐというのも貴女のつとめだよ」
「あ、それもあったわね」
「それが一番重要だよ」

 オリヴィエールは手にしていた茶器を円卓に置くと、両腕を伸ばしてベルティーユを抱きしめた。

「貴女はまず、公爵家の跡継ぎを産むという大仕事があるのを忘れないで。陛下の愛妾になるのはそれからだよ」
「え? そうなの?」
「そうだよ。子育ては乳母に任せることができるけれど、僕の子供を産むのはベルにしかできないからね。貴女の体調さえよければ、僕はいつでも頑張るよ」
「頑張るって……なにを?」
「子作り」

 艶のあるオリヴィエールの声を耳元で吐息とともに囁かれると、ベルティーユは身体が熱くなるのを感じた。
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