公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す

友鳥ことり

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第五章 新婚旅行

5 疑問

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 荷物が運び込まれ、支度が調った部屋に公爵夫妻が案内されたのは到着から半刻ほど経った頃のことだった。
 広間の暖炉の前で休憩をしているうちに眠気に襲われたベルティーユは、人前で眠らないようになんとか目を開けようと努力はしたが、途中でなんどか意識が飛びかけたものだ。
 通された部屋は居間と寝室、化粧室が続き部屋になっており、浴室もしつらえられていた。貴族や富裕層が利用すると思われる部屋で、室内には立派な調度品が並び、窓のとばりも上品な柄のものだ。
 寝室も広く、天蓋付きの寝台は大きい。
 居間のだんではたくさんのまきが燃やされ、室内の空気を暖めている。

「素敵なお部屋ね」

 ろうそくあかりで照らされた室内を見回してベルティーユが感想を述べると、はたの主は嬉しそうに笑みを浮かべた。
 すぐに部屋へ食事が運ばれ、遅い夕食となった。
 豆と玉子のスープ、川魚の揚げ物にでた芋、パン、どうといった地元の食材を使った質素な料理だったが、初めての旅で疲れていたベルティーユにはちょうど良い量だった。
 入浴をして寝室へ向かうと、またしょくだいに灯された蝋燭が一本だけと薄暗く、身体が温まっていることもあって眠気を誘う。

「では、おやすみなさいませ、奥様」

 ミネットは挨拶をすると寝室から出て行った。
 侍女のための小部屋がないため、ミネットは階下の部屋で休むのだ。

「おやすみなさい」

 ミネットが部屋の扉を閉める音が響く。
 オリヴィエールは入浴中のため、広い寝台が独り占めだ。
 せっけんの匂いがするのりの利いた敷布の上にばたんと倒れたベルティーユは、大きく息を吐く。
 疲れのせいでまぶたが重い。
 オリヴィエールが戻ってくるまで起きていられる自信がなかった。
 眠ってしまってもかまわないだろうか、と考えているだけで意識が遠退きかける。
 横にならなければ起きていられるかというとそうでもなく、寝台の上に座ったまま眠りそうだ。

(あぁ、そうよ。ディスとペランがこの旅に付いてきていることをちゃんと考えなくちゃ。ディスには誤魔化されたけど、あれは絶対になにか事情を知っている顔だったわ)

 トマ傭兵団は政情にも通じている部分があり、いくら宰相の姪のためとはいえ、そう簡単に精鋭の団員を貸すような真似はしない。
 オリヴィエールの様子からすると、彼はトマ傭兵団についてそこまで詳しくないようだ。

(きっと、お兄様が紹介したのね。ということは、お兄様にトマ傭兵団を紹介するよう伯父様が指示した可能性が高いわ。そうでなければ、わざわざ団長がディスたちを貸してくれるはずがないもの)

 そうなると、宰相はダンビエール公爵夫妻の新婚旅行に関してなんらかの事件を心配しているということになる。
 多分、強盗を装った何者かに狙われる可能性があるのだろう。
 街道で強盗に襲われる事件が起きていることは嘘ではないはずだ。戦争が終わった後の数年間は帰還兵による犯罪が多発するという新聞記事も読んだ。戦場から故郷に戻ってきたのはいいが、怪我などで仕事ができなかったり、仕事が見つからず浮浪者になる者もいるそうだ。

(もっと救貧院を増やし……ではなく、なんでわたしたちが狙われるかってことよね)

 強盗事件が増える理由を考えている場合ではなかった、とベルティーユは思考を切り替える。

(わたしはダンビエール公爵夫人になったのに、それが気に入らないって人がいるのかしら? わたしがオリヴィエールと結婚したことに嫉妬して、わたしを殺そうとしている人がいるってこと? オリヴィエールに恋人がいたという話は聞いたことがないけれど)

 オリヴィエールはダンビエール公爵家の跡継ぎだった頃から、眉目秀麗で将来有望と社交界ではその存在が有名だったが、どんな美女の秋波にもなびかなかったことでも知られている。
 とにかく身持ちが堅く、舞踏会などでは未婚の令嬢とは踊らず、既婚の婦人とばかり踊るので年上好きなのかと噂されたことがあるほどだ。
 その彼が元・国王妃候補のベルティーユと結婚したことで、彼に惚れていた婦人のひとりやふたりが怒り狂ってベルティーユの命を狙うということも――。

(あまり現実的ではないわねぇ)

 オリヴィエールにそこまで執着している夫人がいるという話を聞いたことがない。
 彼に関する噂のすべてがベルティーユの耳に入ってくるわけではないが、あるていどの情報は伯父からもたらされる。
 ベルティーユの命にかかわるようなことであれば、しゅうぶんのたぐいであっても知らせてくれる。
 しかし今回、伯父からは特に知らせはなかった。
 シルヴェストルもオリヴィエールに旅の護衛の必要性は告げたようだが、ベルティーユに気をつけろとは言わなかった。そんな手紙も受け取らなかった。
 アレクサンドリーネからの手紙にも、それらしい一文はなかった。

(考えすぎかしら。世の中が比較的平和で、傭兵団は暇で、強盗対策の護衛くらいしか仕事がないから、報酬が高い公爵家に優秀なふたりを派遣しただけなのかしら……)

 つらつらと答えの出ない問いを考えている間に、ベルティーユの意識は途切れた。

     *

 なぜか息苦しい、と思った瞬間、ベルティーユは目が覚めた。

「あ、ようやく起きたね」

 ベルティーユが瞼を開けると、鼻先にオリヴィエールの紺碧の双眸があった。

「え? もう朝?」

 室内は蝋燭の灯りしかなく、薄暗い。
 とはいえ、起こされた理由が他に思いつかなかった。

「まだ夜だよ」

 涼しげな顔でオリヴィエールは答える。
 どうやら彼はベルティーユの鼻をつまんでいたらしく、ひらひらと片手を目の前で振る。

「旅で疲れているとはいえ、新婚旅行の夜に新婚らしいことをしないなんてつまらないだろう? ひとりで君の寝顔を見ているのも悪くはないけれど、せっかくだから君といっしょに夜を楽しみたいしね」

 どういう理屈なのかベルティーユにはよくわからなかった。

「それに、新婚旅行の最中だっていうのに夫の僕以外の男と喋る妻には、きちんと伝えておく必要があると思ってね」
「――なにを?」

 恐る恐るベルティーユが訊ねると、彼は楽しげに答えた。

「貴女の気をこうとする男とは、いつでも決闘する気構えがあるってことを」
「えぇ!?」
「相手が傭兵だろうが、差し違える覚悟はあるよ」
「勝てっこないわ! やめてちょうだいな!」
「なら、あの傭兵と親しげに話をしないこと。僕の身を案じてくれるなら、ね」

 オリヴィエールは笑みを浮かべながら唇を押し付けてきた。
 まるでベルティーユの返事など聞きたくないといわんばかりに、荒々しく舌を絡めてくる。
 風呂から出てそう時間が経っていないのか、寝間着越しに感じる彼の身体は熱かった。
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