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第五章 新婚旅行
8 密事
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大柄な体格に似合わず、ディスはほとんど物音を立てずに窓から寝室に侵入してきた。
ベルティーユが顔を上げると、ディスは口元に人差し指を当てて声を上げないようにと指示する。
この光景をオリヴィエールに見つかったらまた一騒動が起きそうな気がしたが、ベルティーユは起き上がるのが億劫だったので、そのまま寝転がって待つことにした。
「二日酔いに速攻で効く薬を持ってきましたよ。鬱金です。本当は酒を飲む前にこっちを飲んでおくと悪酔いしないんですけど、後から飲んでもそこそこ効きますよ。不味いですけど、良薬口に苦しってことで我慢してください」
囁くような小声で説明しながら、小指ほどの大きさの小瓶を上着の内ポケットから取り出したディスは、ベルティーユの枕元にそれを置いた。
「うちの傭兵団特製ですので、効果は実証済みです。瓶はちゃんと洗ってありますから清潔ですよ」
「ありがとう――いただくわ」
のろのろと瓶に手を伸ばすとベルティーユは礼を言った。
「公爵様が持ってきた贈り物の酒を飲んだそうですね」
ただ薬をこっそりと届けにきただけではなかったらしく、ディスは小声で喋り続けた。
「ひとつ忠告させていただきますが、これからは公爵様の荷物から出てきたものは酒だろうと菓子だろうと口にしないようにしてください。酒を飲むなら食堂で皆と同じ瓶から注がれた酒を飲み、料理も菓子も大皿に盛られたものを食べてください。特に、公爵様の杯や皿には手を出さないこと」
「――どういうこと?」
想像以上に不味かった薬を飲み干したベルティーユは、顔を顰めながら訊ねた。
「毒が仕込まれている可能性があります。それも、致死量の」
「オリヴィエールがわたしに毒を食べさせようとするというの?」
「いや、まさか。違いますよ」
驚いたベルティーユが大きな声を上げようとして、ディスは慌てて彼女の口を手で押さえた。
「公爵様を暗殺しようとする輩が、公爵様の食べ物に毒を入れる可能性があるってことですよ。昨夜おふたりが飲まれたブランデーだって、毒が入っていてもおかしくなかったんですよ。まぁ、奥様も口をつける可能性があるものに迂闊に毒を入れる真似はしないでしょうけれど」
「あんさ――――――っ」
またしてもベルティーユが声を上げようとしたので、ディスは彼女の口を塞いだ。
「これは内緒なんですけど、公爵様が俺たちを雇ったのはただの強盗対策ではないんですよ。まぁ、貴族の馬車を狙う強盗が増えていることは確かなんですけど、公爵様は命を狙われています。公爵様は強盗を装った刺客が自分たちの馬車を襲ってきて、奥様も巻き込まれるんじゃないかと心配して護衛を雇うことにしたみたいなんですけどね」
「刺客? それはまた随分と物騒な話ね。でも、オリヴィエールの昨夜の様子だと、ブランデーに毒が仕込まれている心配をしている風ではなかったわよ」
どちらかといえば、ベルティーユを酔わせて気分を盛り上げるためにブランデーを出してきたように見えた。
「公爵様は、あまりご自身に危険が迫っているという意識が低いようで、ご友人から贈られた酒などは安全だと思っているようですね。本当にその酒がご友人から贈られた物がどうかもわからないって言うのにね」
「その口振りだと、あなたたちはオリヴィエールに雇われているだけってわけではなさそうね」
ディスが持ってきてくれた薬が効いてきたからなのか、二日酔いで寝込んでいる場合ではなさそうな話が持ち込まれたせいか、ベルティーユの頭痛はすこしだけ改善され、まともに物事が考えられるくらいまでは直りつつあった。
「伯父様から、なにかわたし宛の指示があったのね」
「ご名答。さすがは閣下の姪御様」
かすかに笑みを浮かべてディスが頷く。
ディスとペランが護衛として雇われたというだけでも奇妙だと思っていたが、ディスが雇い主に隠れるようにしてベルティーユの寝室に忍び込んできたことでますます彼女の疑問は深まっていたところだった。
宰相である伯父からディスたちに依頼があり、ベルティーユにも指示があるのだとなれば、納得ができる。
「狙われているのは公爵様です。犯人たちは奥様の髪一本傷つけるつもりはないはずです。奥様が傷つけば、公爵様暗殺を企てている首謀者たちにとっては大損害ですからね」
「大損害?」
「この国の未来の王妃に傷が付くってことですよ」
「……まだそんなことを言っている人々がいるの?」
「いますよ。きっと、ロザージュ王国の王女様が陛下に嫁いできた後になっても、公爵様を亡き者にして奥様を王妃に擁立しようって輩はいなくならないでしょうね」
「それでは、ロザージュ王国との和睦が破棄されてしまいかねないんじゃないかしら」
「破棄されるでしょうね。でも、再び戦争が起きるよりも他国の王女が陛下に嫁いでくることに不満を持つ貴族は常に存在しています。連中は、奥様がお妃候補だった間はおとなしくしていましたが、ロザージュ王国王女が王妃になると決まった途端に動き出したんです」
「それは、陛下に対する反逆行為じゃないの?」
「そうですね。でも、陛下も閣下もそういった連中を表立って断罪することはできないんです。ようやく戦争が終わったっていうのに、今度は国内で小競り合いを起こすわけにはいきませんからね。できれば早々に首謀者を炙り出して、適当な理由で断罪しようと閣下は考えているようです。もちろん、公爵様の暗殺容疑ってわけにはいきませんので、密かに粛清することになるのでしょうけれど」
ディスの返事に、ベルティーユは眉を顰めた。
ベルティーユが顔を上げると、ディスは口元に人差し指を当てて声を上げないようにと指示する。
この光景をオリヴィエールに見つかったらまた一騒動が起きそうな気がしたが、ベルティーユは起き上がるのが億劫だったので、そのまま寝転がって待つことにした。
「二日酔いに速攻で効く薬を持ってきましたよ。鬱金です。本当は酒を飲む前にこっちを飲んでおくと悪酔いしないんですけど、後から飲んでもそこそこ効きますよ。不味いですけど、良薬口に苦しってことで我慢してください」
囁くような小声で説明しながら、小指ほどの大きさの小瓶を上着の内ポケットから取り出したディスは、ベルティーユの枕元にそれを置いた。
「うちの傭兵団特製ですので、効果は実証済みです。瓶はちゃんと洗ってありますから清潔ですよ」
「ありがとう――いただくわ」
のろのろと瓶に手を伸ばすとベルティーユは礼を言った。
「公爵様が持ってきた贈り物の酒を飲んだそうですね」
ただ薬をこっそりと届けにきただけではなかったらしく、ディスは小声で喋り続けた。
「ひとつ忠告させていただきますが、これからは公爵様の荷物から出てきたものは酒だろうと菓子だろうと口にしないようにしてください。酒を飲むなら食堂で皆と同じ瓶から注がれた酒を飲み、料理も菓子も大皿に盛られたものを食べてください。特に、公爵様の杯や皿には手を出さないこと」
「――どういうこと?」
想像以上に不味かった薬を飲み干したベルティーユは、顔を顰めながら訊ねた。
「毒が仕込まれている可能性があります。それも、致死量の」
「オリヴィエールがわたしに毒を食べさせようとするというの?」
「いや、まさか。違いますよ」
驚いたベルティーユが大きな声を上げようとして、ディスは慌てて彼女の口を手で押さえた。
「公爵様を暗殺しようとする輩が、公爵様の食べ物に毒を入れる可能性があるってことですよ。昨夜おふたりが飲まれたブランデーだって、毒が入っていてもおかしくなかったんですよ。まぁ、奥様も口をつける可能性があるものに迂闊に毒を入れる真似はしないでしょうけれど」
「あんさ――――――っ」
またしてもベルティーユが声を上げようとしたので、ディスは彼女の口を塞いだ。
「これは内緒なんですけど、公爵様が俺たちを雇ったのはただの強盗対策ではないんですよ。まぁ、貴族の馬車を狙う強盗が増えていることは確かなんですけど、公爵様は命を狙われています。公爵様は強盗を装った刺客が自分たちの馬車を襲ってきて、奥様も巻き込まれるんじゃないかと心配して護衛を雇うことにしたみたいなんですけどね」
「刺客? それはまた随分と物騒な話ね。でも、オリヴィエールの昨夜の様子だと、ブランデーに毒が仕込まれている心配をしている風ではなかったわよ」
どちらかといえば、ベルティーユを酔わせて気分を盛り上げるためにブランデーを出してきたように見えた。
「公爵様は、あまりご自身に危険が迫っているという意識が低いようで、ご友人から贈られた酒などは安全だと思っているようですね。本当にその酒がご友人から贈られた物がどうかもわからないって言うのにね」
「その口振りだと、あなたたちはオリヴィエールに雇われているだけってわけではなさそうね」
ディスが持ってきてくれた薬が効いてきたからなのか、二日酔いで寝込んでいる場合ではなさそうな話が持ち込まれたせいか、ベルティーユの頭痛はすこしだけ改善され、まともに物事が考えられるくらいまでは直りつつあった。
「伯父様から、なにかわたし宛の指示があったのね」
「ご名答。さすがは閣下の姪御様」
かすかに笑みを浮かべてディスが頷く。
ディスとペランが護衛として雇われたというだけでも奇妙だと思っていたが、ディスが雇い主に隠れるようにしてベルティーユの寝室に忍び込んできたことでますます彼女の疑問は深まっていたところだった。
宰相である伯父からディスたちに依頼があり、ベルティーユにも指示があるのだとなれば、納得ができる。
「狙われているのは公爵様です。犯人たちは奥様の髪一本傷つけるつもりはないはずです。奥様が傷つけば、公爵様暗殺を企てている首謀者たちにとっては大損害ですからね」
「大損害?」
「この国の未来の王妃に傷が付くってことですよ」
「……まだそんなことを言っている人々がいるの?」
「いますよ。きっと、ロザージュ王国の王女様が陛下に嫁いできた後になっても、公爵様を亡き者にして奥様を王妃に擁立しようって輩はいなくならないでしょうね」
「それでは、ロザージュ王国との和睦が破棄されてしまいかねないんじゃないかしら」
「破棄されるでしょうね。でも、再び戦争が起きるよりも他国の王女が陛下に嫁いでくることに不満を持つ貴族は常に存在しています。連中は、奥様がお妃候補だった間はおとなしくしていましたが、ロザージュ王国王女が王妃になると決まった途端に動き出したんです」
「それは、陛下に対する反逆行為じゃないの?」
「そうですね。でも、陛下も閣下もそういった連中を表立って断罪することはできないんです。ようやく戦争が終わったっていうのに、今度は国内で小競り合いを起こすわけにはいきませんからね。できれば早々に首謀者を炙り出して、適当な理由で断罪しようと閣下は考えているようです。もちろん、公爵様の暗殺容疑ってわけにはいきませんので、密かに粛清することになるのでしょうけれど」
ディスの返事に、ベルティーユは眉を顰めた。
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