31 / 73
第五章 新婚旅行
9 事情
しおりを挟む
「事情はなんとなくわかったけれど、伯父様はわたしになにを望んでいるのかがよくわからないわ。あなたの役割はオリヴィエールが暗殺されないように警護するってことのようだけれど、それだけならわざわざわたしに説明したりはしないわよね」
「しませんね。しかも、奥様の部屋にこっそり窓から忍び込むような真似までするなんて、護衛のすることじゃないですからね。でも、予想以上にあの公爵様が奥様にべったりで、ろくに話をする機会がいただけなかったんでね。新婚ほやほやの夫の独占欲がここまで面倒だとは思いませんでしたが、俺が変な誤解を生むような真似をしておふたりの新婚旅行の邪魔をしてあとで関係がこじれようものならさらに面倒なことになるので……あ、これはただの独り言ですから聞き流してください」
「――そうするわ」
愚痴をまくし立てるディスの話の後半を、ベルティーユは聞かなかったことにした。
「宰相閣下が望んでいるのは、公爵様が奥様と一緒に無事王都へ帰還すること。社交界で仲睦まじい様子を皆に見せつけて、奥様が公爵様と離婚して陛下に嫁ぐことなど有り得ないこと知らしめること。そして、できれば奥様が早々に懐妊されること。さらに――」
「だいたいわかったからいいわ。つまりはわたしが陛下と結婚する可能性をすべて潰せばいいってことよね?」
「さすが閣下の姪御様。お察しがよろしくて助かります」
ディスは調子よく妙な褒め方をしたが、ベルティーユは顔を顰めたままだった。
「わたしは陛下の、ひいてはこの国のためにならないような真似はしないつもりよ」
元王妃候補の筆頭であった矜持はある。
どのように行動すれば国王のためになるかも、それなりに理解しているつもりではある。
ラルジュ王国のことを思えばこそ、ダンビエール公爵夫人になったのだ。
とはいえ、まさか国王の愛妾の座を狙っているとはディスに告げるわけにはいかない。
(いまのところ、陛下の愛妾になる計画は伯父様に知られるわけにはいかないし、陛下がロザージュ王国の王女様を王妃に迎えられるまでは誰にも知られない方が良さそうね)
ベルティーユが国王の愛妾になることを望んでいると知れようものなら、愛妾よりも王妃になれと言い出す者が出てくるかもしれない。
そうなれば、アントワーヌ五世とロザージュ王国王女の結婚に波風を立てることになりかねない。
アントワーヌ五世とロザージュ王国王女との結婚は、滞りなくおこなれることをベルティーユは望んでいた。
戦後の和平締結のための政略結婚とはいえ、アントワーヌ五世は花嫁と幸せになり、ベルティーユはそれを陰で支えたかった。
それを実現するために、愛妾という立場が欲しいだけだ。
「でしたら、四六時中公爵様と一緒に過ごして、新婚激甘夫婦を演じてくださいよ。公爵様を狙う暗殺者が見てるだけで胸焼けがするような新婚旅行にしてください」
「それって、どんな風に振るまうのが良いのかしら」
「わかりません」
ベルティーユの質問に、ディスは即答した。
「独り者の俺に聞かないでください。ま、しいていえば、二日酔いで奥様ひとりが寝室で寝込んでいるのはよろしくないってところでしょうか」
「別に好きで二日酔いになったわけではないのよ? これからはお酒は控えることにするわ」
「そうしてください。あと、椅子に座るときは公爵様の隣に座るとか、長椅子に座って公爵様に身体を密着させるとか、街中を歩くときは腕を組んであるくとか、公爵様に視線を向けるときはうっとりした視線を向けるとかしてください」
「……なんでそこだけ紙切れを読み上げているの?」
「これ、ラクロワ伯爵夫人からの新婚激甘夫婦の心得として伝えるように渡されたんですよ。どうぞ、差し上げます」
「なぜアレクサンドリーネがあなたにそんなものを渡すの?」
「奥様に渡しそびれたからだそうです。なぜ俺が護衛を務めることを伯爵夫人がご存じなのかは謎ですが、あの伯爵夫人も一筋縄ではいかない方ですからね」
「………………ありがとう」
釈然としないものが多々あるが、ひとまずベルティーユはアレクサンドリーネからの指示が書かれた紙片を受け取った。
彼女はベルティーユがアントワーヌ五世の愛妾を目指していることを薄々気付いているのかもしれない。なにしろ、ベルティーユが保管している膨大なアントワーヌ五世に関する資料を手放さないことについて、疑問を抱いている風だったのだ。
(オリヴィエールと新婚激甘夫婦を演じれば、わたしの計画が周囲にばれる危険は少ないって忠告なのかもしれないわ)
ベルティーユの行動に疑問は抱いても説教するのではなく、やんわりと取るべき行動を示してくれるところがアレクサンドリーネらしい親切さだ。
(でも、これで本当に新婚激甘夫婦になるのかしら? というか、激甘って……なに?)
紙片に書き殴るようにして綴られたアレクサンドリーネの指示を繰り返し目で追いながら、ベルティーユは唸った。
「しませんね。しかも、奥様の部屋にこっそり窓から忍び込むような真似までするなんて、護衛のすることじゃないですからね。でも、予想以上にあの公爵様が奥様にべったりで、ろくに話をする機会がいただけなかったんでね。新婚ほやほやの夫の独占欲がここまで面倒だとは思いませんでしたが、俺が変な誤解を生むような真似をしておふたりの新婚旅行の邪魔をしてあとで関係がこじれようものならさらに面倒なことになるので……あ、これはただの独り言ですから聞き流してください」
「――そうするわ」
愚痴をまくし立てるディスの話の後半を、ベルティーユは聞かなかったことにした。
「宰相閣下が望んでいるのは、公爵様が奥様と一緒に無事王都へ帰還すること。社交界で仲睦まじい様子を皆に見せつけて、奥様が公爵様と離婚して陛下に嫁ぐことなど有り得ないこと知らしめること。そして、できれば奥様が早々に懐妊されること。さらに――」
「だいたいわかったからいいわ。つまりはわたしが陛下と結婚する可能性をすべて潰せばいいってことよね?」
「さすが閣下の姪御様。お察しがよろしくて助かります」
ディスは調子よく妙な褒め方をしたが、ベルティーユは顔を顰めたままだった。
「わたしは陛下の、ひいてはこの国のためにならないような真似はしないつもりよ」
元王妃候補の筆頭であった矜持はある。
どのように行動すれば国王のためになるかも、それなりに理解しているつもりではある。
ラルジュ王国のことを思えばこそ、ダンビエール公爵夫人になったのだ。
とはいえ、まさか国王の愛妾の座を狙っているとはディスに告げるわけにはいかない。
(いまのところ、陛下の愛妾になる計画は伯父様に知られるわけにはいかないし、陛下がロザージュ王国の王女様を王妃に迎えられるまでは誰にも知られない方が良さそうね)
ベルティーユが国王の愛妾になることを望んでいると知れようものなら、愛妾よりも王妃になれと言い出す者が出てくるかもしれない。
そうなれば、アントワーヌ五世とロザージュ王国王女の結婚に波風を立てることになりかねない。
アントワーヌ五世とロザージュ王国王女との結婚は、滞りなくおこなれることをベルティーユは望んでいた。
戦後の和平締結のための政略結婚とはいえ、アントワーヌ五世は花嫁と幸せになり、ベルティーユはそれを陰で支えたかった。
それを実現するために、愛妾という立場が欲しいだけだ。
「でしたら、四六時中公爵様と一緒に過ごして、新婚激甘夫婦を演じてくださいよ。公爵様を狙う暗殺者が見てるだけで胸焼けがするような新婚旅行にしてください」
「それって、どんな風に振るまうのが良いのかしら」
「わかりません」
ベルティーユの質問に、ディスは即答した。
「独り者の俺に聞かないでください。ま、しいていえば、二日酔いで奥様ひとりが寝室で寝込んでいるのはよろしくないってところでしょうか」
「別に好きで二日酔いになったわけではないのよ? これからはお酒は控えることにするわ」
「そうしてください。あと、椅子に座るときは公爵様の隣に座るとか、長椅子に座って公爵様に身体を密着させるとか、街中を歩くときは腕を組んであるくとか、公爵様に視線を向けるときはうっとりした視線を向けるとかしてください」
「……なんでそこだけ紙切れを読み上げているの?」
「これ、ラクロワ伯爵夫人からの新婚激甘夫婦の心得として伝えるように渡されたんですよ。どうぞ、差し上げます」
「なぜアレクサンドリーネがあなたにそんなものを渡すの?」
「奥様に渡しそびれたからだそうです。なぜ俺が護衛を務めることを伯爵夫人がご存じなのかは謎ですが、あの伯爵夫人も一筋縄ではいかない方ですからね」
「………………ありがとう」
釈然としないものが多々あるが、ひとまずベルティーユはアレクサンドリーネからの指示が書かれた紙片を受け取った。
彼女はベルティーユがアントワーヌ五世の愛妾を目指していることを薄々気付いているのかもしれない。なにしろ、ベルティーユが保管している膨大なアントワーヌ五世に関する資料を手放さないことについて、疑問を抱いている風だったのだ。
(オリヴィエールと新婚激甘夫婦を演じれば、わたしの計画が周囲にばれる危険は少ないって忠告なのかもしれないわ)
ベルティーユの行動に疑問は抱いても説教するのではなく、やんわりと取るべき行動を示してくれるところがアレクサンドリーネらしい親切さだ。
(でも、これで本当に新婚激甘夫婦になるのかしら? というか、激甘って……なに?)
紙片に書き殴るようにして綴られたアレクサンドリーネの指示を繰り返し目で追いながら、ベルティーユは唸った。
10
あなたにおすすめの小説
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる