公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す

友鳥ことり

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第五章 新婚旅行

9 事情

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「事情はなんとなくわかったけれど、伯父様はわたしになにを望んでいるのかがよくわからないわ。あなたの役割はオリヴィエールが暗殺されないように警護するってことのようだけれど、それだけならわざわざわたしに説明したりはしないわよね」
「しませんね。しかも、奥様の部屋にこっそり窓から忍び込むような真似までするなんて、護衛のすることじゃないですからね。でも、予想以上にあの公爵様が奥様にべったりで、ろくに話をする機会がいただけなかったんでね。新婚ほやほやの夫の独占欲がここまで面倒だとは思いませんでしたが、俺が変な誤解を生むような真似をしておふたりの新婚旅行の邪魔をしてあとで関係がこじれようものならさらに面倒なことになるので……あ、これはただの独り言ですから聞き流してください」
「――そうするわ」

 愚痴をまくし立てるディスの話の後半を、ベルティーユは聞かなかったことにした。

「宰相閣下が望んでいるのは、公爵様が奥様と一緒に無事王都へ帰還すること。社交界で仲睦まじい様子を皆に見せつけて、奥様が公爵様と離婚して陛下に嫁ぐことなど有り得ないこと知らしめること。そして、できれば奥様が早々に懐妊されること。さらに――」
「だいたいわかったからいいわ。つまりはわたしが陛下と結婚する可能性をすべて潰せばいいってことよね?」
「さすが閣下の姪御様。お察しがよろしくて助かります」

 ディスは調子よく妙な褒め方をしたが、ベルティーユは顔をしかめたままだった。

「わたしは陛下の、ひいてはこの国のためにならないような真似はしないつもりよ」

 元王妃候補の筆頭であった矜持はある。
 どのように行動すれば国王のためになるかも、それなりに理解しているつもりではある。
 ラルジュ王国のことを思えばこそ、ダンビエール公爵夫人になったのだ。
 とはいえ、まさか国王の愛妾の座を狙っているとはディスに告げるわけにはいかない。

(いまのところ、陛下の愛妾になる計画は伯父様に知られるわけにはいかないし、陛下がロザージュ王国の王女様を王妃に迎えられるまでは誰にも知られない方が良さそうね)

 ベルティーユが国王の愛妾になることを望んでいると知れようものなら、愛妾よりも王妃になれと言い出す者が出てくるかもしれない。
 そうなれば、アントワーヌ五世とロザージュ王国王女の結婚に波風を立てることになりかねない。
 アントワーヌ五世とロザージュ王国王女との結婚は、とどこおりなくおこなれることをベルティーユは望んでいた。
 戦後の和平締結のための政略結婚とはいえ、アントワーヌ五世は花嫁と幸せになり、ベルティーユはそれを陰で支えたかった。
 それを実現するために、愛妾という立場が欲しいだけだ。

「でしたら、四六時中公爵様と一緒に過ごして、新婚激甘夫婦を演じてくださいよ。公爵様を狙う暗殺者が見てるだけで胸焼けがするような新婚旅行にしてください」
「それって、どんな風に振るまうのが良いのかしら」
「わかりません」

 ベルティーユの質問に、ディスは即答した。

「独り者の俺に聞かないでください。ま、しいていえば、二日酔いで奥様ひとりが寝室で寝込んでいるのはよろしくないってところでしょうか」
「別に好きで二日酔いになったわけではないのよ? これからはお酒は控えることにするわ」
「そうしてください。あと、椅子に座るときは公爵様の隣に座るとか、長椅子に座って公爵様に身体を密着させるとか、街中を歩くときは腕を組んであるくとか、公爵様に視線を向けるときはうっとりした視線を向けるとかしてください」
「……なんでそこだけ紙切れを読み上げているの?」
「これ、ラクロワ伯爵夫人からの新婚激甘夫婦の心得として伝えるように渡されたんですよ。どうぞ、差し上げます」
「なぜアレクサンドリーネがあなたにそんなものを渡すの?」
「奥様に渡しそびれたからだそうです。なぜ俺が護衛を務めることを伯爵夫人がご存じなのかは謎ですが、あの伯爵夫人も一筋縄ではいかない方ですからね」
「………………ありがとう」

 釈然としないものが多々あるが、ひとまずベルティーユはアレクサンドリーネからの指示が書かれた紙片を受け取った。
 彼女はベルティーユがアントワーヌ五世の愛妾を目指していることを薄々気付いているのかもしれない。なにしろ、ベルティーユが保管している膨大なアントワーヌ五世に関する資料を手放さないことについて、疑問を抱いている風だったのだ。

(オリヴィエールと新婚激甘夫婦を演じれば、わたしの計画が周囲にばれる危険は少ないって忠告なのかもしれないわ)

 ベルティーユの行動に疑問は抱いても説教するのではなく、やんわりと取るべき行動を示してくれるところがアレクサンドリーネらしい親切さだ。

(でも、これで本当に新婚激甘夫婦になるのかしら? というか、激甘って……なに?)

 紙片に書き殴るようにして綴られたアレクサンドリーネの指示を繰り返し目で追いながら、ベルティーユは唸った。
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