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第六章 公爵夫妻の蜜月

6 城館での夜 -閨にて-

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 狭い長椅子の上でベルティーユの肌を吸い上げるように音を立てて唇を押し付けていたオリヴィエールは、妻の日常着のぼたんをすべて外したところで、ほんのすこしだけ迷うように動きを止めた。

「ここでは狭いから、寝室に移ろうか」

 ベルティーユの足の間から指を抜くと、半分脱げている日常着ごと彼女を抱き上げる。

「きゃっ」

 急にふわりと身体が浮いたことに驚きベルティーユが悲鳴を上げると、オリヴィエールは紫紺色の瞳をほのかに輝かせた。

「昼間、ケリング卿らにからかわれたよ。貴女が狩りについてこなかったのは、僕が昨夜あなたを眠らせなかったからだろうってね。確かに貴女は今朝、疲れた様子だったし寝不足でもあったから、いくら乗馬が得意とはいえ狩りについてくるのは厳しかっただろうね。もちろん僕の責任であることは自覚しているけれど、貴女が憂えていたのはもっと別のことだろう?」

 扉が半分だけ開いていた寝室へベルティーユを抱き上げたまま身体を滑り込ませると、オリヴィエールは掛け布を半分剥いだ寝台の上にそっと妻を下ろした。
 そして、彼自身も寝台の上に上がる。
 ぎしりと寝台がきしむ音が寝室の中に響く。
 てんがい付きの寝台は広く、夫婦ふたりが横になってもまだ余裕があるほどだ。
 なぜか固さが異なる枕が六つも並んでいる。
 枕元の机に置かれたしょくだいの上では、三本のろうそくの炎が煌々と燃えている。

 なぜいまになって今朝のことを訊いてくるのか、ベルティーユには理解できなかった。
 同時に、アレクサンドリーネの「退いてみると良い」との忠告がこうも見事に効果を発揮したことに、がくぜんとしていた。
 あの親友が男女の機微に詳しいことは以前から知っていたが、オリヴィエールまでもが手のひらの上で転がされているようであることはなんとなく面白くなかった。とはいえ、さきほどの態度はアレクサンドリーネの忠告に従っただけだとは口が裂けても言えない。

「貴女が馬に乗れないくらいの行為をしたことは確かだけど、紳士とは言い難い発言で君とのことをされるのは不愉快だね。ラクロワ伯爵は、あれくらいの冷やかしはまだ上品な方だと言っていたのが信じられないくらいだよ」

 なぜかオリヴィエールは不機嫌そうにりだした。
 多分、いまのいままで腹の中に貯め込んでいたものが、狩りの最中の会話が頭に浮かんできたところで、いっきに噴き出してきたのだろう。

「わたしは、乗馬はあまり得意ではありませんの。人並みには馬に乗れますけど、狩り場で走らせるような真似はできませんわ。それに、馬に乗れないラクロワ伯爵夫人が残るとおっしゃったので、わたしも付き合っただけです。一緒に行った方が良かったのであれば、明日からはそうしますわ」

 どうやらオリヴィエールは疲れているらしい。
 新婚旅行とはいえ、毎日馬車に乗って移動をしたり、そう親しくもない貴族の館を訪問して狩りや食事をしなければならないのだ。
 さらには夫婦生活についても下品なせんさくをされるのだから、たまったものではないのだろう。
 まさかそんなことになっているとは露知らず、アレクサンドリーネと暢気に反省会をしていた自分をベルティーユは恥じた。

「ケリング卿夫人のお話ですと、明日は近くの丘に遊山ピクニックへ行く予定とのことですから、アレクサンドリーネもわたしもご一緒できますわ」

 詫びるように、ベルティーユは目の前にある夫の頬に軽く口づけた。
 途端に、オリヴィエールは我に返ったようにまばたきをしてから、目を細めた。

「――貴女は、明日も歩きかねているかもしれないよ」
「え? それは困……」
「心配しないで。そのときは、僕が貴女を抱いて行くから」
「そちらの方が恥ずかしいですわ!」

 ベルティーユは真っ赤になって抗議をしながらオリヴィエールの胸板を押したが、いくら力を込めてもびくともしない。
 それどころから、オリヴィエールは軽く妻の両肩を押しただけで、ベルティーユは敷布の上に仰向けに倒れ込んでしまった。

「僕がどれくらい貴女に溺れているか、貴女に知って欲しいんだ。昨夜は貴女の誘いにうっかり応じてしまって、僕の欲望をそのままぶつけてしまったけれど」
「うっかり!? わたしのせいだとおっしゃるの!?」

 昨夜の激しい行為の責任をすべて押し付けられたことに、ベルティーユは抗議した。

「貴女のせいに決まってるだろう? こんなに美しく愛らしい妻に誘われたりつれなくされたりすれば、理性が吹き飛ばない方が男じゃない」
「責任転嫁は止めてくださいませ!」
「僕の腕の中だけでみだらにあえぐ姿も妖艶でたまらないな」
「なぜ今夜はそんなにじょうぜつですの!? 酔っていらっしゃいます!?」

 晩餐の席でそれほど酒を飲んでいるようには見えなかったが、疲れていると酔いが回りやすいという。
それでオリヴィエールの様子がおかしいのだろうかとベルティーユは考えた。

「貴女に酔っているよ」
「お酒を召し上がりすぎたのですね!」

 さきほどの口づけの際、葡萄酒ワインではない酒の味がすると思ったが、蒸留酒ウィスキーをいくらか飲んでいるらしい。
 少々退いた態度を取っただけでやたらと絡んでくるからおかしいと思ったが、ベルティーユが見ていないところでかなり酒を飲んでいたようだ。
 晩餐の後、男性陣は喫煙室で酒と煙草をたしなむものだが、そこで蒸留酒を飲み過ぎたのだろう。
 女性陣はその間別室で紅茶と菓子をいただきながら女同士の話に花を咲かせていたのだが、まさかオリヴィエールが食後に酔うほど飲むとは予想外だった。
 よくよく注意すると、彼の髪や服からは香水に混じってかすかに煙草の臭いと、嗅ぎ慣れない蒸留酒の匂いがする。

「黙らせたいのなら、貴女の唇で僕の口をふさいでくれないかな」
「……わたしの旦那様は、素面しらふでそんなことをおっしゃるような方ではありませんわ」

 酔っ払った夫の扱い方は、さすがにどの家庭教師たちも教えてはくれなかった。
 とはいえ、期待に満ちた眼差しを向けられると、ベルティーユもこのまま無下にするわけにはいかない。

(そうだわ! これは新婚激甘夫婦作戦の一環よ!)

 なんとかもっともらしい理由を見つけ、ベルティーユはぎゅっと目をつぶり恐る恐る夫の顔に近づいた。
 かすかに唇と唇が触れた瞬間、むさぼるようにオリヴィエールはベルティーユの唇を吸い上げる。

「ふっ……んっ」

 いっきに呼気を奪われ、舌が歯列を割って口の中に入り込んできた。
 絡みつく舌と流れ込んできた唾液が刺激的な音を立てる。
 そのまま頭は羽毛の枕に沈み込むように寝台に押し付けられ、熱に浮かされたようになんども口を塞がれた。
 息苦しさのあまりまいを覚えたベルティーユがオリヴィエールのシャツを掴むと、彼はベルティーユの両手首をそれぞれ掴んで敷布の上に押し付ける。

「ますます貴女に酔ってしまったようだ」
「酔い覚ましにいますぐお風呂に入ってくださいませ!」
「貴女と一緒なら、入るよ」
「おひとりでどうぞ!」
「酔っ払って風呂に入ると、溺れることがあるらしいよ。もっとも僕はいま、貴女に溺れて死にそうだけどね」

(な、なんか酔っ払ったオリヴィエールって、すっごく面倒臭い!)

 先日の自分のように酔っ払って眠ってしまうくらいのしゅうたいは可愛いものではないか、と褒めたくなるくらいだ。
 これまで酔っ払った家族を介抱する経験がないベルティーユには、この状況でどう振る舞えば良いのかまったくわからなかった。
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