公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す

友鳥ことり

文字の大きさ
62 / 73
第九章 宮廷の陰謀と公爵夫人の計謀

8 公爵夫人の計画

しおりを挟む
「陛下? なにか――」

 アントワーヌ五世の背後で、侍従が緊張をはらんだ声を上げる。

(ま、まずいわ)

 このまま隠れているわけにはいかない。
 侍従が寝室に踏み込んできて騒ぎになっては、王太后の思うつぼだ。
 かといって、このまま姿を消すこともできない。

「あ、あの……」

 仕方なく、ベルティーユは天蓋の幕の間から姿を見せた。

「ベルティーユ嬢……ダンビエール公爵夫人?」

 アントワーヌ五世が戸惑った声を上げる。
 それはそうだろう。
 まさか自分の寝室に呼んでもいないベルティーユがいるのだ。

「あの、申し訳ございません。わたくしもなにがなんだかよくわからないのですが、目を覚ましたらここにおりましたの」
「目を覚ましたら!?」
「はぁ……、そうですの」

 歯切れ悪くベルティーユが弁解すると、アントワーヌ五世は困惑の表情を浮かべた。
 アントワーヌ五世の背後から部屋をのぞき込んだ侍従は、燭台の明かりに照らされたベルティーユの姿に目を剥く。

「その、伯父のところにまいりまして、その後、少々他のお部屋に招かれた後にどうやら眠ってしまったようで……」
「他の部屋というのは、まさか――母か?」
「――――――お招きをお断りできず」

 首を縦に振ることはしなかったが、否定もしなかった。
 それだけでアントワーヌ五世は状況を察したのか、額に手を当てて天井を仰ぐ。

「母上は、私を殺したいのか!」
「いえ、そういうことではないと思いますが……わたくしは刺客ではありませんし」
「宰相と公爵が私を暗殺しようとするだろう!」
「まさか。そのようなこともないと思いますが」

 アントワーヌ五世が宰相とダンビエール公爵をどのように見ているかが初めてわかった瞬間だった。
 どちらも危険人物らしい。

(オリヴィエールはともかく、伯父様はそこまでしないと思うのですけど)

 もちろん、ベルティーユが知る伯父はあくまでも伯父なので、宰相としての彼がどのようにアントワーヌ五世に接しているかは詳しくは知らない。

「先日、宰相からはダンビエール公爵夫人には不用意に声をかけないよう忠告されたばかりなのだよ」
「まぁ、そのようなことがございましたか」

 ロザージュ王国の大使に変な勘ぐりをされないための予防策として宰相は忠告したのだろうが、アントワーヌ五世は別の意味に捉えたらしい。

「宰相が万が一にも自分の姪が王の愛妾などと呼ばれる日が来ようものなら、ダンビエール公爵と結託して王家に反旗をひるがえすつもりだろう」
「宰相はそこまで過激な人ではありませんわ」

 オリヴィエールはどうだろう、と考えかけて、ベルティーユはそれ以上は考えないことにした。

「宰相は恋人のために爵位と実家を捨てた人だよ?」

(陛下。兄と同類でけっこう恋愛に対して夢想家ロマンチストですね)

 さすがに伯父も恋に盲進して駆け落ちしただけではありません、と言いかけたがベルティーユは黙っておいた。
 恋愛話をしたいのなら、今度宰相からじっくりと実体験を聞いてもらうしかない。
 ちなみにベルティーユは、宰相夫人から駆け落ちの経緯はすべて聞いている。

「このままでは、いろいろと口さがない方々から噂されることは目に見えていますわ。わたくしのことよりも、陛下のお立場が難しくなることもわたくしは承知しております。ただ、わたくしをこの部屋へ送り込んだ方はその辺りはあまり気にされていないらしく……」
「まったくだ。私が宰相から切り捨てられたら、王家などひとたまりもない」

 あまり事情を曖昧にぼやかしすぎたせいか、アントワーヌ五世にはロザージュ王国との関係悪化が正しく伝わっていないのか、ベルティーユとは異なる心配をしている。
 内政よりも外交の問題です、とベルティーユは叫びたかったが、そんなことを議論している暇はない。
 いつまでもここにとどまっているわけにはいかないのだ。
 アントワーヌ五世に見つかってしまった以上、なにも起きないうちにここから出て行かなければならない。
 目撃者が王の侍従ひとりであれば、なんとか口を塞いでおいてもらうことはできるだろう。

「わたくしはどのようにこの部屋に連れてこられたのかはわかりませんが、陛下のお部屋には秘密の通路があると宰相から聞いたことがあります。できれば、その通路を使って穏便にここから立ち去らせていただきたいのです」
「秘密の通路か。確かにあることはあるが……緊急時に王族が避難するための通路であるから、貴女に使わせるわけにはいかないのだ」
「陛下にとって、いまはかなりの緊急時だと思いますが」
「それはそうだが――――やはり駄目だ」

 さすがにアントワーヌ五世は秘密の通路の場所を教えてはくれなかった。
 いくら王妃候補だったとはいえ、現在のベルティーユは臣下であるダンビエール公爵夫人だ。

「そうですか……」

 秘密の通路が使わせてもらえないとなると、他の手を考えるしかない。
 できるだけ人目につかず、衛兵にも見られずに部屋から出る方法を探すしかないのだ。

(陛下とそこの侍従以外には見られないように、向こうの居間の扉から出る方法……)

 素早く状況を精査し、計画を練り直す。

(誰にも見られずに……無理よ……廊下には衛兵がいるし、たくさんの人の目があるし……すぐにロザージュ王国の王女に報告がいくわ。国王の寝室からわたしが出てきたって……王女に……)

 いくつもの計画を練っては捨て、練っては捨てを頭の中で繰り返したところで、ふっとベルティーユは思いついた。

(誰にも見られずに出ていくことができないなら、誰からも見られつつ堂々と出て行ける状況にすれば良いのよ!)

「陛下。ひとつ、提案があります」

 こうなったら腹を括るしかない。
 ベルティーユは強い決意を込めてアントワーヌ五世を見上げた。

「ファンティーヌ王女様をいますぐこちらにお呼びいただけますか」
「王女を?」
「はい、そうです。いま、すぐ、です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...