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第九章 宮廷の陰謀と公爵夫人の計謀
8 公爵夫人の計画
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「陛下? なにか――」
アントワーヌ五世の背後で、侍従が緊張をはらんだ声を上げる。
(ま、まずいわ)
このまま隠れているわけにはいかない。
侍従が寝室に踏み込んできて騒ぎになっては、王太后の思うつぼだ。
かといって、このまま姿を消すこともできない。
「あ、あの……」
仕方なく、ベルティーユは天蓋の幕の間から姿を見せた。
「ベルティーユ嬢……ダンビエール公爵夫人?」
アントワーヌ五世が戸惑った声を上げる。
それはそうだろう。
まさか自分の寝室に呼んでもいないベルティーユがいるのだ。
「あの、申し訳ございません。わたくしもなにがなんだかよくわからないのですが、目を覚ましたらここにおりましたの」
「目を覚ましたら!?」
「はぁ……、そうですの」
歯切れ悪くベルティーユが弁解すると、アントワーヌ五世は困惑の表情を浮かべた。
アントワーヌ五世の背後から部屋をのぞき込んだ侍従は、燭台の明かりに照らされたベルティーユの姿に目を剥く。
「その、伯父のところにまいりまして、その後、少々他のお部屋に招かれた後にどうやら眠ってしまったようで……」
「他の部屋というのは、まさか――母か?」
「――――――お招きをお断りできず」
首を縦に振ることはしなかったが、否定もしなかった。
それだけでアントワーヌ五世は状況を察したのか、額に手を当てて天井を仰ぐ。
「母上は、私を殺したいのか!」
「いえ、そういうことではないと思いますが……わたくしは刺客ではありませんし」
「宰相と公爵が私を暗殺しようとするだろう!」
「まさか。そのようなこともないと思いますが」
アントワーヌ五世が宰相とダンビエール公爵をどのように見ているかが初めてわかった瞬間だった。
どちらも危険人物らしい。
(オリヴィエールはともかく、伯父様はそこまでしないと思うのですけど)
もちろん、ベルティーユが知る伯父はあくまでも伯父なので、宰相としての彼がどのようにアントワーヌ五世に接しているかは詳しくは知らない。
「先日、宰相からはダンビエール公爵夫人には不用意に声をかけないよう忠告されたばかりなのだよ」
「まぁ、そのようなことがございましたか」
ロザージュ王国の大使に変な勘ぐりをされないための予防策として宰相は忠告したのだろうが、アントワーヌ五世は別の意味に捉えたらしい。
「宰相が万が一にも自分の姪が王の愛妾などと呼ばれる日が来ようものなら、ダンビエール公爵と結託して王家に反旗を翻すつもりだろう」
「宰相はそこまで過激な人ではありませんわ」
オリヴィエールはどうだろう、と考えかけて、ベルティーユはそれ以上は考えないことにした。
「宰相は恋人のために爵位と実家を捨てた人だよ?」
(陛下。兄と同類でけっこう恋愛に対して夢想家ですね)
さすがに伯父も恋に盲進して駆け落ちしただけではありません、と言いかけたがベルティーユは黙っておいた。
恋愛話をしたいのなら、今度宰相からじっくりと実体験を聞いてもらうしかない。
ちなみにベルティーユは、宰相夫人から駆け落ちの経緯はすべて聞いている。
「このままでは、いろいろと口さがない方々から噂されることは目に見えていますわ。わたくしのことよりも、陛下のお立場が難しくなることもわたくしは承知しております。ただ、わたくしをこの部屋へ送り込んだ方はその辺りはあまり気にされていないらしく……」
「まったくだ。私が宰相から切り捨てられたら、王家などひとたまりもない」
あまり事情を曖昧にぼやかしすぎたせいか、アントワーヌ五世にはロザージュ王国との関係悪化が正しく伝わっていないのか、ベルティーユとは異なる心配をしている。
内政よりも外交の問題です、とベルティーユは叫びたかったが、そんなことを議論している暇はない。
いつまでもここにとどまっているわけにはいかないのだ。
アントワーヌ五世に見つかってしまった以上、なにも起きないうちにここから出て行かなければならない。
目撃者が王の侍従ひとりであれば、なんとか口を塞いでおいてもらうことはできるだろう。
「わたくしはどのようにこの部屋に連れてこられたのかはわかりませんが、陛下のお部屋には秘密の通路があると宰相から聞いたことがあります。できれば、その通路を使って穏便にここから立ち去らせていただきたいのです」
「秘密の通路か。確かにあることはあるが……緊急時に王族が避難するための通路であるから、貴女に使わせるわけにはいかないのだ」
「陛下にとって、いまはかなりの緊急時だと思いますが」
「それはそうだが――――やはり駄目だ」
さすがにアントワーヌ五世は秘密の通路の場所を教えてはくれなかった。
いくら王妃候補だったとはいえ、現在のベルティーユは臣下であるダンビエール公爵夫人だ。
「そうですか……」
秘密の通路が使わせてもらえないとなると、他の手を考えるしかない。
できるだけ人目につかず、衛兵にも見られずに部屋から出る方法を探すしかないのだ。
(陛下とそこの侍従以外には見られないように、向こうの居間の扉から出る方法……)
素早く状況を精査し、計画を練り直す。
(誰にも見られずに……無理よ……廊下には衛兵がいるし、たくさんの人の目があるし……すぐにロザージュ王国の王女に報告がいくわ。国王の寝室からわたしが出てきたって……王女に……)
いくつもの計画を練っては捨て、練っては捨てを頭の中で繰り返したところで、ふっとベルティーユは思いついた。
(誰にも見られずに出ていくことができないなら、誰からも見られつつ堂々と出て行ける状況にすれば良いのよ!)
「陛下。ひとつ、提案があります」
こうなったら腹を括るしかない。
ベルティーユは強い決意を込めてアントワーヌ五世を見上げた。
「ファンティーヌ王女様をいますぐこちらにお呼びいただけますか」
「王女を?」
「はい、そうです。いま、すぐ、です」
アントワーヌ五世の背後で、侍従が緊張をはらんだ声を上げる。
(ま、まずいわ)
このまま隠れているわけにはいかない。
侍従が寝室に踏み込んできて騒ぎになっては、王太后の思うつぼだ。
かといって、このまま姿を消すこともできない。
「あ、あの……」
仕方なく、ベルティーユは天蓋の幕の間から姿を見せた。
「ベルティーユ嬢……ダンビエール公爵夫人?」
アントワーヌ五世が戸惑った声を上げる。
それはそうだろう。
まさか自分の寝室に呼んでもいないベルティーユがいるのだ。
「あの、申し訳ございません。わたくしもなにがなんだかよくわからないのですが、目を覚ましたらここにおりましたの」
「目を覚ましたら!?」
「はぁ……、そうですの」
歯切れ悪くベルティーユが弁解すると、アントワーヌ五世は困惑の表情を浮かべた。
アントワーヌ五世の背後から部屋をのぞき込んだ侍従は、燭台の明かりに照らされたベルティーユの姿に目を剥く。
「その、伯父のところにまいりまして、その後、少々他のお部屋に招かれた後にどうやら眠ってしまったようで……」
「他の部屋というのは、まさか――母か?」
「――――――お招きをお断りできず」
首を縦に振ることはしなかったが、否定もしなかった。
それだけでアントワーヌ五世は状況を察したのか、額に手を当てて天井を仰ぐ。
「母上は、私を殺したいのか!」
「いえ、そういうことではないと思いますが……わたくしは刺客ではありませんし」
「宰相と公爵が私を暗殺しようとするだろう!」
「まさか。そのようなこともないと思いますが」
アントワーヌ五世が宰相とダンビエール公爵をどのように見ているかが初めてわかった瞬間だった。
どちらも危険人物らしい。
(オリヴィエールはともかく、伯父様はそこまでしないと思うのですけど)
もちろん、ベルティーユが知る伯父はあくまでも伯父なので、宰相としての彼がどのようにアントワーヌ五世に接しているかは詳しくは知らない。
「先日、宰相からはダンビエール公爵夫人には不用意に声をかけないよう忠告されたばかりなのだよ」
「まぁ、そのようなことがございましたか」
ロザージュ王国の大使に変な勘ぐりをされないための予防策として宰相は忠告したのだろうが、アントワーヌ五世は別の意味に捉えたらしい。
「宰相が万が一にも自分の姪が王の愛妾などと呼ばれる日が来ようものなら、ダンビエール公爵と結託して王家に反旗を翻すつもりだろう」
「宰相はそこまで過激な人ではありませんわ」
オリヴィエールはどうだろう、と考えかけて、ベルティーユはそれ以上は考えないことにした。
「宰相は恋人のために爵位と実家を捨てた人だよ?」
(陛下。兄と同類でけっこう恋愛に対して夢想家ですね)
さすがに伯父も恋に盲進して駆け落ちしただけではありません、と言いかけたがベルティーユは黙っておいた。
恋愛話をしたいのなら、今度宰相からじっくりと実体験を聞いてもらうしかない。
ちなみにベルティーユは、宰相夫人から駆け落ちの経緯はすべて聞いている。
「このままでは、いろいろと口さがない方々から噂されることは目に見えていますわ。わたくしのことよりも、陛下のお立場が難しくなることもわたくしは承知しております。ただ、わたくしをこの部屋へ送り込んだ方はその辺りはあまり気にされていないらしく……」
「まったくだ。私が宰相から切り捨てられたら、王家などひとたまりもない」
あまり事情を曖昧にぼやかしすぎたせいか、アントワーヌ五世にはロザージュ王国との関係悪化が正しく伝わっていないのか、ベルティーユとは異なる心配をしている。
内政よりも外交の問題です、とベルティーユは叫びたかったが、そんなことを議論している暇はない。
いつまでもここにとどまっているわけにはいかないのだ。
アントワーヌ五世に見つかってしまった以上、なにも起きないうちにここから出て行かなければならない。
目撃者が王の侍従ひとりであれば、なんとか口を塞いでおいてもらうことはできるだろう。
「わたくしはどのようにこの部屋に連れてこられたのかはわかりませんが、陛下のお部屋には秘密の通路があると宰相から聞いたことがあります。できれば、その通路を使って穏便にここから立ち去らせていただきたいのです」
「秘密の通路か。確かにあることはあるが……緊急時に王族が避難するための通路であるから、貴女に使わせるわけにはいかないのだ」
「陛下にとって、いまはかなりの緊急時だと思いますが」
「それはそうだが――――やはり駄目だ」
さすがにアントワーヌ五世は秘密の通路の場所を教えてはくれなかった。
いくら王妃候補だったとはいえ、現在のベルティーユは臣下であるダンビエール公爵夫人だ。
「そうですか……」
秘密の通路が使わせてもらえないとなると、他の手を考えるしかない。
できるだけ人目につかず、衛兵にも見られずに部屋から出る方法を探すしかないのだ。
(陛下とそこの侍従以外には見られないように、向こうの居間の扉から出る方法……)
素早く状況を精査し、計画を練り直す。
(誰にも見られずに……無理よ……廊下には衛兵がいるし、たくさんの人の目があるし……すぐにロザージュ王国の王女に報告がいくわ。国王の寝室からわたしが出てきたって……王女に……)
いくつもの計画を練っては捨て、練っては捨てを頭の中で繰り返したところで、ふっとベルティーユは思いついた。
(誰にも見られずに出ていくことができないなら、誰からも見られつつ堂々と出て行ける状況にすれば良いのよ!)
「陛下。ひとつ、提案があります」
こうなったら腹を括るしかない。
ベルティーユは強い決意を込めてアントワーヌ五世を見上げた。
「ファンティーヌ王女様をいますぐこちらにお呼びいただけますか」
「王女を?」
「はい、そうです。いま、すぐ、です」
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