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第九章 宮廷の陰謀と公爵夫人の計謀

9 公爵夫人の提案

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「できれば、王女様付きの女官や侍女も何人かお呼びください」
「女官たちも?」
「人数が多ければ多いほど都合がよろしいかと」
「王女はすでに休んでいるかもしれないが」
「起こしてください」

 ベルティーユの提案に、アントワーヌ五世は首を傾げつつも頷いた。
 すぐに従僕は王女を呼びに行かせる。

「陛下は、ロザージュ王国との関係が危うくなりそうな気配があることはご存じですか?」
「宰相から、話は聞いている。ロザージュ王国の大使がよくない噂ばかり耳をしているらしい」
「それはつまり、陛下と王女様の関係がよろしくないという噂ですよね」
「そうだ」
「では、いますぐ関係改善に取り組みましょう」
「いますぐ?」
「いま、すぐ」

 強い口調でベルティーユは言い放った。

「こういうことはすみやかに、多少強引でも実行あるのみです。日和見では物事は進みません」
「しかし、相手もいることだから――」
「陛下はお優しい方ですから、王女様を気遣われていらっしゃることは承知しております。しかし、ときには王太后様のように強行突破をすることも必要です」
「母のやり方はあまり褒められたものではないだろう?」
「でも、いまはそれしかないんです。このままでは、また戦争が起きるのかもしれないんですよ?」
「そこまで深刻では……」
「それくらいの危機感を持って取り組むべき問題です!」

 ベルティーユが断言すると、アントワーヌ五世は苦笑いをした。

「貴女と話をしていると、宰相と話をしているような気になってくるな。宰相はもう少し回りくどい言い方をするが」
「お褒めいただいたものと受け取っておくことにしますわ」

 これはアントワーヌ五世とファンティーヌ王女のふたりだけの問題ではない。
 ベルティーユが加わって三人の問題になるわけでもない。
 最悪、国家間の問題に発展するのだ。
 もしベルティーユが王妃になっていれば、アントワーヌ五世との関係が多少悪化したところで夫婦間の問題で終わることだが、ファンティーヌ王女はロザージュ王国の王女だ。しかも、政略結婚で嫁いできている。
 夫婦関係がすぐに外交問題に発展してしまう。

「陛下、よろしいですか。四の五の言わずに覚悟を決めてファンティーヌ王女と向き合ってください。結果として王太后様から耳障りなことを言われるかもしれませんが、宰相から嫌味と皮肉と当てこすりを言われることを思えばたいしたことはないはずです!」
「どちらも嫌だが、母が臍を曲げるくらいならなんとか機嫌を取ることはできるな」
「宰相には、わたくしが言ったとおりに行動したと言えば良いのです。実際そうなんですから。それに伯父は、わたくしがいくらか変な知恵を陛下に授けたからといって、陛下になにか文句をつけることはないはずです。なにか文句を言いそうであれば、わたくしが陛下をお助けします」

 さぁ、とベルティーユは居間へアントワーヌ五世を連れ出した。
 同時に、ファンティーヌ王女が女官を五名ほど連れて現れる。
 そう時間がかからずやってきたところを見ると、まだ寝支度はしていなかったようだ。服装は日常着のままで、狐色の髪だけ簡単に結い上げている。灰色の瞳は長い睫で半分隠れているが、眠そうではない。
 王女のすぐ背後に立っていた一番年上らしき女官が、顔をしかめてずいっと王女の隣まで出てくると声を上げた。

「急なお召しと伺いましたが、どのような御用でしょうか。王女様におかれましては、もうお休みのお支度に取りかかっておりましたのに、このように突然呼びつけられますと、王女様の体調に支障をきたします」

 ロザージュ王国からついてきた女官なのだろう。
 多少癖のある話し方をする女官は、アントワーヌ五世に対して明らかに敵意を見せていた。
 しかも、王の私室に見知らぬ女がいるのだ。
 王女でなくとも警戒するのは当然だろう。

「王女。こちらはダンビエール公爵夫人だ」

 女官は無視して、アントワーヌ五世はファンティーヌ王女にベルティーユを紹介した。

「はじめまして、殿下。わたくしはダンビエール公爵の妻でベルティーユ・デュフィと申します。伯父は宰相を務めておりますガスタルディです。わたくし、是非殿下の女官に加えていただきたく、陛下に無理を言っておりましたところですの」

 通常、公式の場では身分が上の者から声をかけられなければ公爵夫人といえども王女には話しかけられないが、国王から紹介されたとなるとベルティーユから先に話をしても問題はない。
 もっとも、ベルティーユが喋らなければこの部屋では沈黙が続くばかりだったはずだ。

「殿下の女官ですって!? なんてずうずうしい!」

 さきほど王女の代わりに発言した女官が目をつり上げる。

「あら、そうですか? わたくしが殿下の女官になれば、王妃様としてこの王宮でなんのご不便もなくお過ごしいただけるように取り計らうことなどたやすいことですわ。殿下はこちらにいらして、お友達はできましたか? 殿下のご身分に釣り合う方を紹介いたしますわ。宰相からなにか言われましても、わたくしにおっしゃっていただければ、万事殿下のご期待にそえるように取り計らいますわ。王太后様とのお付き合いについても、助言いたしますわ。そちらの女官の方々は殿下をお守りすることに必死のようですけれど、わたくしは殿下がこの国の王妃様として立派におつとめが果たせるようにお助けいたしますので、女官として任命しない選択肢はございませんよ?」

 女官たちの顔がこわばるのを無視して、ベルティーユは王女に対して熱弁を振るう。

「……無礼な」

 ぼそり、と王女は小声で呟いた。

「これがラルジュ王国流ですわ、殿下」

 即座にベルティーユは断言する。

「この国の流儀に馴染んでくださいませ、殿下。そして、陛下の妃であることを国民すべてに認めさせるのです。ロザージュ王国の王女ではなく、ラルジュ王国の王妃である、と」
「……わたくしに、どうしろと言うのです」

 灰色の瞳を少しだけ見開き、王女は覇気のない声で訊ねた。
 周囲の女官たちは「王女様っ」と制止しようとしたが、王女は無視した。
 思ったよりも女官たちの言いなりになっていない様子に、ベルティーユは安堵する。

「今夜から、陛下と一緒にお休みください。今夜は陛下のお部屋で。明日は陛下が殿下のお部屋を訪ねられるかもしれません。とにかく一緒にいらっしゃればよろしいのです。一緒に!」
「……まだ婚儀は済んでいないのに」
「四の五の言わずに一緒に過ごしましょう! 陛下は公務でお忙しいので、なかなか昼間は時間がとれませんから、もう夜しかないんです! 覚悟を決めて陛下と一晩お過ごしください! それができないなら、お国に帰るお覚悟でこのお部屋からお出になってくださいませ」

 強引すぎるベルティーユの理屈にかなり退いていたアントワーヌ五世だが、ベルティーユに目配せされて、慌てて王女に手を差し出した。

「どうか、貴女の時間を私にくれないだろうか」

 穏やかな口調でアントワーヌ五世が声を掛けると、王女はしばらく迷った様子を見せたが静かに頷いた。

(さすが陛下! あれだけの打ち合わせでそこまで言えるとは、さすがは空気を読むのが国一番上手いと伯父様が褒めるだけのことはあります!)

 アントワーヌ五世は王女に歩み寄ると、片手をそっと握った。
 そのまま手を引くと、王女はおずおずとアントワーヌ五世に近づく。

「王女様……」

 女官たちは悲鳴のような声を上げるが、王女は振り返らなかった。
 そのまま、アントワーヌ五世と一緒に寝室へと姿を消した。
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