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第十章 公爵夫妻のゆくさき
3 公爵夫妻の旅立ち
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ダンビエール公爵夫妻がロザージュ王国駐在大使として赴任が決まったのは、宰相が公爵邸を訪問した二日後のことだった。
ダンビエール公爵から引き受けるとの返事が届いた翌日の会議で正式に決定し、すぐに委任状が発行され、まだラルジュ王国はどこも雪深いというのに、夫妻は旅立つこととなった。
トマ傭兵団から数名の傭兵を護衛として雇い、公爵邸から連れて行く使用人を選出し、留守番を任せる使用人を補充し、荷物をまとめ、大忙しで準備をして五日後には王都エテルネルを出発した。
すでにルイ・ガスタルディはロザージュ王国へ出発している。
「わたし、結婚してまだ半年も経っていないのに……」
馬車の中から遠ざかるダンビエール公爵邸を眺めながら、名残惜しげにベルティーユは呟いた。
「赴任は長くても五年ていどだから、すぐに戻ってこれるよ」
「五年?」
「五年なんてすぐだよ。こどもがふたりくらいは生まれているかもしれないけど、そうなると戻ってきた途端に屋敷が賑やかになって良いね」
「こ、こども?」
「五人くらいはこどもが欲しいな。僕はひとりっこだったから、兄弟姉妹に憧れていたんだ。シルヴェストルと友達になったのは、彼に可愛い妹がいると聞いて羨ましいなと思ったからなんだよ。男の子が三人、女の子は二人……いや、やっぱり三人は欲しいな。でも、貴女によく似た女の子だと、結婚相手に対する条件が厳しくなってしまうだろうな」
ベルティーユの隣に座るオリヴィエールは、楽しげに家族計画を立てている。
(産むのはわたしなんですけど……)
伯父から見舞いとして届いた鼈を食べたオリヴィエールは、驚くくらい体調が回復し、すぐにでもロザージュ王国へ旅立てるほどに回復した。
長旅に耐えられるほどに体調が戻ったのは良かったが、ベルティーユには元気になりすぎているような気がしてならない。
なにしろ、毎晩のように激しく身体を求められるのだ。
(伯父様には、次からは鼈以外でお願いしておかなければ)
普段は冷静沈着で礼儀正しい公爵として評判のオリヴィエールだが、寝室では欲望のままに抱いてくる。
結婚当初は、新婚だからそうなのかとか、愛妾を目指すとベルティーユが宣言したからそうしているのかと考えていたが、どうやら違うらしい。
つまりは、彼がそうしたいからそうなるだけらしい。
「どうしたの? 馬車の揺れがつらい?」
しかめ面をしているベルティーユの頬に口づけをしながら、オリヴィエールが訊ねる。
「大丈夫ですわ」
下半身が痛むのは確かだが、ベルティーユはそっぽを向く。
「寒くない?」
機嫌良く、オリヴィエールは訊ねてくる。
腰に腕を回して密着してきているので、まったく寒くないのだが、なぜか彼は出発する前からやたらと聞いてくる。
「平気ですわ」
答えた途端、くしゅん、とベルティーユは小さくくしゃみをしてしまった。
「平気じゃないようだね」
おやおや、という顔をしてオリヴィエールはすぐさまベルティーユを抱きしめる。
馬車には執事と侍女も乗っているのに、オリヴィエールは使用人たちが存在していないような素振りだ。
「……苦しいです」
外套を羽織っている上から抱きしめられると、暑苦しいくらいだ。
「そう? 貴女が風邪を引くといけないと思って」
近頃、過保護になってきたオリヴィエールは、なにかと妻の世話を焼きたがる。さらには妻の気を引きたがる。
旅は、新婚旅行以来二度目だが、前はこれほど密着していなかった気がする。
(寒いから、ではないわよねぇ……)
昨日、オリヴィエールはひとりで王宮へ行き、国王にロザージュ王国へ大使として赴任するための挨拶をしてきた。
そこでどのような話をしたのかはわからないが、帰ってきて以降はとにかく上機嫌だ。
こんなに機嫌が良い彼は、ベルティーユも見たことがない。
旅を楽しみにしているのかといえばそうでもないらしく、雪道を旅するのは寒いし日数もかかるから大変だと零していたが、それでも機嫌が良い。
「そういえば、陛下からロザージュ王国の国王への親書を預かってきたんだ。国王に謁見するときに渡すつもりだけど、ファンティーヌ王女と親しくしていると伝えて欲しいと陛下はおっしゃっていてね。大使としての仕事もそう面倒ではなくなりそうで、嬉しい限りだよ」
「まぁ。それはよろしゅうございましたわ」
「仕事はそこそこにして、貴女とゆっくり向こうで過ごせそうだね」
「物見遊山に行くわけではありませんが」
「こどもは七人くらい欲しいかな」
「…………ロザージュ王国には大きな湖があって、冬でも氷に穴を開けて魚釣りができるそうです。わたし、そり遊びをしたことがないので、してみたいですわ」
王妃候補のときは、怪我をしてはいけないからと、雪遊びは一度もしたことがなかった。
そりに乗るのは子供だとわかっているが、一度もしたことがないとなると、やってみたい。
「そり遊びか。僕もしたことがないな」
「そうですの? では、一緒にしましょう!」
「うん。そうだね。そり遊びをしたり、釣りをしたり、遊山に出かけたり、こどもたちを連れていきたいね」
結局、なぜかこどもと遊ぶことの計画に発展している。
「わかりました。頑張って七人でも八人でも産みます」
ほぼ自棄になりながらベルティーユは宣言した。
「本当? 嬉しいな。じゃあ、僕も頑張ろう」
「……え?」
「今夜からもっと」
なぜかオリヴィエールを煽る結果となってしまったらしい。
(そんなに頑張らなくてもいいんですけど)
昨夜の振る舞いを思い出してしまい赤面するベルティーユの様子になにを思ったのか、オリヴィエールは微笑みながら頬に口づけを繰り返す。
「僕の美しくて淫らなベルティーユ。貴女がもっともっと僕に恋をしてくれるよう、これからさらに励むから、覚悟してね」
「――――――っ」
満面の笑みを浮かべた夫を見上げつつ、ベルティーユは彼が望む『恋』がまだ遠いようであることにため息をついた。
ダンビエール公爵から引き受けるとの返事が届いた翌日の会議で正式に決定し、すぐに委任状が発行され、まだラルジュ王国はどこも雪深いというのに、夫妻は旅立つこととなった。
トマ傭兵団から数名の傭兵を護衛として雇い、公爵邸から連れて行く使用人を選出し、留守番を任せる使用人を補充し、荷物をまとめ、大忙しで準備をして五日後には王都エテルネルを出発した。
すでにルイ・ガスタルディはロザージュ王国へ出発している。
「わたし、結婚してまだ半年も経っていないのに……」
馬車の中から遠ざかるダンビエール公爵邸を眺めながら、名残惜しげにベルティーユは呟いた。
「赴任は長くても五年ていどだから、すぐに戻ってこれるよ」
「五年?」
「五年なんてすぐだよ。こどもがふたりくらいは生まれているかもしれないけど、そうなると戻ってきた途端に屋敷が賑やかになって良いね」
「こ、こども?」
「五人くらいはこどもが欲しいな。僕はひとりっこだったから、兄弟姉妹に憧れていたんだ。シルヴェストルと友達になったのは、彼に可愛い妹がいると聞いて羨ましいなと思ったからなんだよ。男の子が三人、女の子は二人……いや、やっぱり三人は欲しいな。でも、貴女によく似た女の子だと、結婚相手に対する条件が厳しくなってしまうだろうな」
ベルティーユの隣に座るオリヴィエールは、楽しげに家族計画を立てている。
(産むのはわたしなんですけど……)
伯父から見舞いとして届いた鼈を食べたオリヴィエールは、驚くくらい体調が回復し、すぐにでもロザージュ王国へ旅立てるほどに回復した。
長旅に耐えられるほどに体調が戻ったのは良かったが、ベルティーユには元気になりすぎているような気がしてならない。
なにしろ、毎晩のように激しく身体を求められるのだ。
(伯父様には、次からは鼈以外でお願いしておかなければ)
普段は冷静沈着で礼儀正しい公爵として評判のオリヴィエールだが、寝室では欲望のままに抱いてくる。
結婚当初は、新婚だからそうなのかとか、愛妾を目指すとベルティーユが宣言したからそうしているのかと考えていたが、どうやら違うらしい。
つまりは、彼がそうしたいからそうなるだけらしい。
「どうしたの? 馬車の揺れがつらい?」
しかめ面をしているベルティーユの頬に口づけをしながら、オリヴィエールが訊ねる。
「大丈夫ですわ」
下半身が痛むのは確かだが、ベルティーユはそっぽを向く。
「寒くない?」
機嫌良く、オリヴィエールは訊ねてくる。
腰に腕を回して密着してきているので、まったく寒くないのだが、なぜか彼は出発する前からやたらと聞いてくる。
「平気ですわ」
答えた途端、くしゅん、とベルティーユは小さくくしゃみをしてしまった。
「平気じゃないようだね」
おやおや、という顔をしてオリヴィエールはすぐさまベルティーユを抱きしめる。
馬車には執事と侍女も乗っているのに、オリヴィエールは使用人たちが存在していないような素振りだ。
「……苦しいです」
外套を羽織っている上から抱きしめられると、暑苦しいくらいだ。
「そう? 貴女が風邪を引くといけないと思って」
近頃、過保護になってきたオリヴィエールは、なにかと妻の世話を焼きたがる。さらには妻の気を引きたがる。
旅は、新婚旅行以来二度目だが、前はこれほど密着していなかった気がする。
(寒いから、ではないわよねぇ……)
昨日、オリヴィエールはひとりで王宮へ行き、国王にロザージュ王国へ大使として赴任するための挨拶をしてきた。
そこでどのような話をしたのかはわからないが、帰ってきて以降はとにかく上機嫌だ。
こんなに機嫌が良い彼は、ベルティーユも見たことがない。
旅を楽しみにしているのかといえばそうでもないらしく、雪道を旅するのは寒いし日数もかかるから大変だと零していたが、それでも機嫌が良い。
「そういえば、陛下からロザージュ王国の国王への親書を預かってきたんだ。国王に謁見するときに渡すつもりだけど、ファンティーヌ王女と親しくしていると伝えて欲しいと陛下はおっしゃっていてね。大使としての仕事もそう面倒ではなくなりそうで、嬉しい限りだよ」
「まぁ。それはよろしゅうございましたわ」
「仕事はそこそこにして、貴女とゆっくり向こうで過ごせそうだね」
「物見遊山に行くわけではありませんが」
「こどもは七人くらい欲しいかな」
「…………ロザージュ王国には大きな湖があって、冬でも氷に穴を開けて魚釣りができるそうです。わたし、そり遊びをしたことがないので、してみたいですわ」
王妃候補のときは、怪我をしてはいけないからと、雪遊びは一度もしたことがなかった。
そりに乗るのは子供だとわかっているが、一度もしたことがないとなると、やってみたい。
「そり遊びか。僕もしたことがないな」
「そうですの? では、一緒にしましょう!」
「うん。そうだね。そり遊びをしたり、釣りをしたり、遊山に出かけたり、こどもたちを連れていきたいね」
結局、なぜかこどもと遊ぶことの計画に発展している。
「わかりました。頑張って七人でも八人でも産みます」
ほぼ自棄になりながらベルティーユは宣言した。
「本当? 嬉しいな。じゃあ、僕も頑張ろう」
「……え?」
「今夜からもっと」
なぜかオリヴィエールを煽る結果となってしまったらしい。
(そんなに頑張らなくてもいいんですけど)
昨夜の振る舞いを思い出してしまい赤面するベルティーユの様子になにを思ったのか、オリヴィエールは微笑みながら頬に口づけを繰り返す。
「僕の美しくて淫らなベルティーユ。貴女がもっともっと僕に恋をしてくれるよう、これからさらに励むから、覚悟してね」
「――――――っ」
満面の笑みを浮かべた夫を見上げつつ、ベルティーユは彼が望む『恋』がまだ遠いようであることにため息をついた。
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