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「ツェイ、僕のことは気にしないで。自分がしたいようにして」
ちらりと横目で見たテオドールは哀しそうに、けれど覚悟を決めたように微笑む。
「元から釣り合わないと気がついていた。だからすぐに手放せるようにしてたんだ」
(また……またこの人は……)
テオドールはこの帝国から祖国へ戻ることはない。その胸につけられた輝く帝国のブローチがそう語っている。
そんなツーツェイの視線から目を逸らして指先を絡める姿にツーツェイは口をぎゅっと噤む。
この男はこんなときまで残酷な優しさを見せる。『行かないで、そばにいて』と言ってくれれば……。
そんな甘い我儘を聞いてみたいと少し苛立ったけれど、ふぅと息を吐く。
(仕方のない人……)
その絡む指先を手に取る。そしてその指先を解くように自らの指に絡ませた。
「私はあなたのそばにおります」
ツーツェイの発せられたテオドールへの初めての言葉。それにテオドールが目を大きく開いた。その願いならば声に出してもテオドールを傷つけることはないと、それに文字ではなく自分の声で伝えたかった。
鞄からボードを取りだしてペンを走らせる。
『国には戻りません。ごめんなさい、お父様、お母様。私はただのツーツェイです。ただの平民の使用人です』
その文章を読むと二人が一瞬だけ哀しそうに眉を寄せたけれど、すぐにツーツェイに微笑む。
『私はこの方の婚約者ですから』
その微笑みに笑顔を返してそう書き記せば、互いに視線を合わせてからツーツェイに視線を戻して大きく頷いた。
「ここで幸せに、ツーツェイ」
女王陛下が微笑む横で、震えて号泣する王配である父親。ぎっとテオドールを睨みつけたのにテオドールが顔を青ざめさせたけれど、すぐにすっと背筋を伸ばしてから頭を下げる。
「これからは交流が増えるのだから、たまに遊びに来なさい……そこの男と」
「も、申し訳ありません」
「は? その謝罪はなんだ? 誰になにに対してだ」
「あの……えっと……」
「あぁ、もう。そんなに怒ったところで仕方がないでしょう?」
戦闘態勢の父親に手馴れたように女王陛下が止めに入れば、鼻息を漏らしてそっぽを向く。『娘をとられて拗ねているのよ。気にしないで』と付け加えればテオドールが慌ててまた頭を下げた。
「ふっ、ははは! これもまた面白い! 王女という立場を捨ててこの拗らせた重いテオドールを選ぶとは」
「拗ら……重い……」
「父上、さすがに言い過ぎかと……それは当たっていますが……」
「ははは! ノア、お前にすらそう言われたら相当だな」
陛下の馬鹿にするような笑い声に皇太子殿下の苛立ったように怒っている横でテオドールがショックを受けている。その姿にみな笑っている。ツーツェイも自然と笑ってしまっていれば……。
「ツーツェイ。手を出せ」
皇帝陛下にそう言われて慌てて手を出す。手のひらに置かれたのは黒い石。その石から細い金属の紐がつけられていてネックレスになっている。
(これは……)
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