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13.チェーンが切れた栓
しおりを挟む────ちゃぷんっ。
「ふぁ~……なんだか、すっごい疲れた……」
その日の夜、強烈な疲れから身体を休めるために狭い浴槽にお湯をためてつかる。狭いから三角座りしなきゃ入れないから疲れが取れてるのかは謎だけれど。
乳白色の滑らかな入浴剤を入れたお湯に肌がつるつるになった気がする。これも棗ちゃんダンボールの中に入っていた高級入浴セット。なにからなにまで生活に必要なものすべてが揃えられていることに気味の悪さは感じるけれど、化粧品セットと同様に節約になると諦めの境地で使用している。
『りいちゃん』
湯気で視界に靄がかかる中、思い出すのは可愛い昔のなつめちゃん。けれどその横に浮かぶのは今の姿で。
(まさか久世さんがなつめちゃんだったなんて……)
いまだに頭が混乱している。
「それに……結婚って……本気だったのか」
あの鬼気迫るような棗ちゃんの圧。
正直怖かった。有無を言わせないあの強烈な圧。そんなこと急に言われても困るのは当たり前なのに、まるで私がおかしいのではと思ってしまうほど。というか……。
「なんで私と結婚したいんだろう?」
んーっと濡れた手でこめかみをくるくるとしながら考えるけれど、考えれば考えるほど謎が深まってくる。
さすが小さい頃、顔面天才だったなつめちゃんは大人になっても国宝級イケメンになっていた。そんな棗ちゃんが貧乏人に成り果てた私になぜ執着するのか。
『ずっと探してた』
そう棗ちゃんは言っていた。まさか私が暮らしていた島まで来ていたなんて思いもしなかった。それに昔に書いた誓約書まで大切に取っておいてあるなんて。
手で唇を触ればお湯に濡れて火照っている。その熱さとしっとりした感触に、棗ちゃんの柔らかな唇と舌を思い出して、お湯の雫に紛れてダラダラと額から汗も流れてくる。
(まさか……そんな……そんなわけ……)
────棗ちゃんは私のことが好き?
そう心の中で結論付けると、さらに滝のように汗が溢れてお湯に流れ落ちていく。
「いやいや!? あんな国宝級イケメンが私を好き? あはははー、ありえない、アリエナイ!」
ぶんぶんと頭を横に振って汗を振り払う。毎日を生きることに必死なハードモード人生を歩んできたおかげで男性経験がまったくないから、わからなすぎる。
(なにか裏があるに違いないわ)
両親が騙されてきたのを目の当たりにしてきたから、人を軽く信じることもできなくなってる。
今度はうんうんと頭を縦に振って確固たるものにする。いくらあのなつめちゃんでも簡単に信用はできない。それこそ、あのなつめちゃんに『全部嘘でした』なんて言われたら……。
あの綺麗な顔で『騙される方が悪い』と口の端があがる姿を想像して背筋が凍る。
「やっぱり少し様子を見ないと。婚姻届ははぐらかしていくしかないわ」
といいつつ今日も流されてしまったことに反省する。なんていうか棗ちゃんを目の前にすると色々と弱いのだ。昔から可愛くて大事な存在だったからか。いや本音を言えば……。
────めちゃくちゃタイプなんだから仕方ない!!
そう、棗ちゃんはどストライクの顔。
昔から色素の薄い透き通るような瞳に、優しい微笑み。すべてが私のどストライクポイントを突いてくる。
初めて会ったとき流されてしまったのはお酒の力もあるけれど、その理由もある。
「いや! だとしてもっ!! 今度は流されないわ」
ザバッと浴槽から立ち上がって栓を抜いてお湯を流す。勢いよく排水溝に渦を巻いて流れていくお湯に、いま誓ったことと真逆の状態に不安を覚えるが仕方がない。
(危なくなったら栓をすればいいのよ……理性という栓を)
ふふっとぎこちない笑顔で栓に繋がるチェーンを引っ張ると、ブチッという音ともに切れるチェーン。
切れたチェーンの先にプラーンと繋がる栓が嘲笑うように揺れている。
「えっ!? ちょっ、なんで切れるのよ。うわぁ、修繕費かかるじゃん、最悪!」
慌てて直そうとしたけれど金具が腐ってしまっていて、まったく直せなかった。渋々、なけなしのお金を払って直してもらったのだった。
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