【R18】再会した幼なじみの執着系弁護士に結婚を迫られても困ります!

前澤のーん

文字の大きさ
34 / 56

19.冷たい瞳

しおりを挟む



「ぱっと渡して帰るだけ。ぱっと渡して帰るだけ」

 何度も復唱しながら棗ちゃんのマンションの広いエントランスに入る。

(えーっと、棗ちゃんの部屋は……)

 前に来た記憶から部屋番号を思い出そうとしていれば、エントランスに並べられたソファに腰掛けている棗ちゃんの姿。

(あっ、このまま渡して帰れるかもっ!?)

 ほっとするような安堵感に棗ちゃんの方へ駆け寄ろうとしたとき……。

「わざわざ俺のマンションにまで来ないでほしいんですが」

 冷たい棗ちゃんの声に足が止まる。見ればローテーブルを挟んだ向かいのソファに女性が座っている。四十代くらいの女性。長い綺麗な黒髪に切れ長の瞳、凛とした顔立ちで綺麗な人だ。身なりもスーツで優雅に足を組むのに、いかにもお金持ちなオーラを感じる。

「あなたがなかなか家に来ないからでしょう」
「なぜ家に行く必要が? 電話でやり取りはできますし、物のやり取りも郵送していただければいいとお伝えしてますよね」
「はぁ、そういうことじゃなくて……」

 女性が話を変えるように珈琲のカップを手に取り、口をつける。あまりに重々しい雰囲気に思わず柱の後ろに隠れてしまう。

「正二郎さんがあなたに会いたいと言っていたわ。一度でいいから家に帰ってきなさい」
「あぁ、ではあなたがいない日を教えてください。あなたと会うのは今日で充分ですから」
「久しぶりに会えたというのに……どうしてそんな言い方しかできないのかしら」

(ッ……)

 笑顔で冷たい言葉を返す棗ちゃんになにごともないように視線を落としつつ、カップをソーサーに置く女性。
 もしかするとこの女性は……。

「あなたに似たのでは? よかったですね。母の面影がなくなってきてあなたに似て」
「棗、あなたのいまの母親は私でしょう。なぜそんな言い方をするの」

(やっぱり。棗ちゃんのいまのお母様だったのね)

 そう確信を持つとなおのこと二人の会話が生々しく感じる。それに棗ちゃんのお母様に対する態度はとても冷たい。家族になって二十年近くになるはずなのに見知らぬ他人に接するようだ。

「それは、あなたのせいでしょう。母親譲りの髪色を見たくなくて、俺の髪を黒色に染めたのは誰ですか?」
「それは……」
「あぁ、この瞳も嫌いでしょう。今日は黒のカラーコンタクトを入れるべきでしたね。それとも今度は……」

 ────『瞳ごとくり抜きますか?』

 そう笑いながら指先で瞳に触れて、その指の隙間から冷たい視線を向ける。その恐ろしい言葉と表情に背筋がぞくりと凍りつく。

「あなたの担当する刑事事件の被疑者が相談に来られましたが、威圧的な態度はお変わりがないようですね」
「あぁ、意見書が届いていたわね。心配しなくとも彼は不起訴にする予定よ」
「ちゃんと調べずに決めつけるのはよくありませんよ。それでも検事ですか」

 蔑むように笑う棗ちゃん。そんな棗ちゃんに動揺する素振りもなく、またカップを手に取り口をつける。ゆっくりと唇を離されるカップ。

「……あなたが検事にならずに弁護士になった理由がわかったわ」

 口紅がつくカップを親指の腹で撫でて拭ぐう。その俯いていた瞳がゆっくりと上目いて棗ちゃんを捉える。

「私への当てつけがしたいのね」

 強く視線を返すお母様の瞳は棗ちゃんと同じように冷たいもの。

「そうだとしたら……?」
「そんなことならやめてしまいなさい。あなたに依頼する人が可哀想だわ」

 重く響くお母様の声。けれど……。

(なんだか悲しそう……)

 そう感じるのは私だけなのだろうか。棗ちゃんが冷ややかにお母様を睨むのは変わりなかったから。
 棗ちゃんがソファから立ち上がって、お母様を見下ろして睨む。

「その言葉はそのままあなたに返しますよ。では話はそれだけのようなので失礼します」

 けれどすぐに睨んでいた表情がぱっと変わって微笑む。そのまま背中を向けて離れて行ってしまった。

(……すごい現場に遭遇してしまった)

 もはや書類を渡せる雰囲気ではない。それに終始冷ややかな棗ちゃんの態度。普段も職場では冷たいけれど、それとは違ったもので憎悪と怒りから来る重苦しい冷たさに感じる。

「はぁ……」

 ため息が聞こえてビクリと身体が跳ねる。こっそりと壁からまた覗けば、お母様が冷えた珈琲にまた口をつけている。

「本当に嫌味たらしい子供」

 絞り出すような声で罵る。でも……。

(手が震えてる)

 目に入ったのはお母様の微かに震える手。乾いた唇を潤すだけのように珈琲のカップに口をつけている。
 それに罵った声には棗ちゃんのような憎悪は感じなかった。本当に手に負えない子供に呆れているようなものだった。

 そんなお母様に胸が辛く痛く感じる。

(だとしても……他人の家庭事情に踏み入るのはよくないわね)

 きっといまの棗ちゃんは誰にも会いたくないかもしれない。覗いていた壁からすっと離れて、書類はコンシェルジュの方に棗ちゃんに渡してもらうようにお願いしてマンションから出た。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...