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19.冷たい瞳②
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「いい加減にしてくださいっ!! もう失礼します!」
────バンッ!
扉が勢いよく開けられて相談室から出てくる年配の女性と若い高校生くらいの女の子。明らかに激怒している女性がその女の子の手を掴んでオフィスから出ていってしまう。
あまりのいきなりの出来事にオフィスにいた人たちが目を丸くして固まっている。
「ねぇ、莉衣。あれって久世先生が相談受けてた人じゃないの?」
「う、うん。なにがあったんだろう……」
少ししてから騒ぎをききつけたのか西園寺先生が相談室に入って、かわりに箕輪くんが部屋を出てくる。げっそりとした顔で、大きな音を立てて椅子にもたれ掛かる箕輪くん。
「ちょっと、涼太。なにがあったの?」
「いや~、なかなかのモンペでさ~……」
「モンペ? あぁ、モンスターペアレント。毒親?」
「ああ。簡単に言うと、全部あの母親が話を脱線させて進めてくから、久世先生が正論ぶちかましちゃったってやつ」
「なるほど。それであんなに激怒してたのか」
鈴奈が首を傾げてから疲れきった箕輪くんに机の引き出しから餞別のチョコをあげる。なにも言わず口を開いた箕輪くんにチョコを口の中にに放り投げてる。
「にしても珍しいわね。久世先生ってそういう人をいかに懐柔してくかを生きがいにしてそうだったのに」
「ん~、そんなんだよな。俺もびっくり……まぁ、久世先生も人間の感情があったってことかも」
「涼太、さすがに失礼だよ……」
(うーん。でもそれはわからなくもないかも)
ここに務めて棗ちゃんの傍で働いてきてわかったこと。棗ちゃんはどんな理不尽なことを相談されても上手く丸め込んでいく。相手を決して怒らせることはなく、手の上で転がしていくのを愉しそうにしている。
いつでも冷静沈着な棗ちゃんが珍しく相談者の方を怒らせてしまうほど、感情を出してしまったのは……。
(この間のお母様とのやり取りが原因なのかもしれない)
心配から棗ちゃんのいる相談室を見つめたが、固く閉ざされた扉からは中の様子はわからない。それにいまは西園寺先生と話をしているだろうから邪魔してはいけないとパソコンに向き直した──……。
「棗ちゃん」
お昼休み。ビルの屋外にある庭のベンチに腰掛けて本を読む棗ちゃんに声をかけると、読んでいた本から目線を外して私に微笑む。
(よかった。なんともなさそう)
棗ちゃんの変わりのない優しい笑顔に安心する。
「珍しいね。莉衣から声をかけてくるなんて」
「たまたまだよ。ご飯食べようと思ったら棗ちゃんがいただけ」
「そっか。隣どうぞ」
お弁当を入れたバックを持って、棗ちゃんの隣に座る。たまたまというのは嘘。本当は心配で探してたのは絶対に教えないでおこう。
(我ながらお人好しにもほどがあるなぁ)
お弁当の包みを開いていると目に入るベンチに置かれた栄養バーの袋。
「棗ちゃんのご飯それだけ? 私にはたくさん食べろって言うのくせに」
「いつ食べれるかわからないから。それに会食とかあるから食べてるよ」
「それじゃあ栄養が偏るでしょう?」
「サプリで補ってるから大丈夫。そんなに心配なら、そのお弁当くれるの?」
強請るように私のお弁当を見つめてくる棗ちゃん。
「あ、あげないよ……」
「ふーん? じゃあどうしてコンビニでパンやおにぎりまで買ってるの?」
「これはっ、夜ご飯用でっ……」
「いつもお金がないって言ってる莉衣が夜ご飯にコンビニ? 珍しいね」
「うっ!」
お弁当を入れていたバックに入っていたコンビニのパンとおにぎり。めざとく見つけられてギクリと肩が揺れる。
(はぁ、棗ちゃんには嘘はつけないなぁ)
少し口をつけてから、お腹が痛いとか言って渡そうと思っていたのに……。
「はぁ、どうぞ。食べて」
「うん。ありがとう」
むぅっと口を尖らせながら、棗ちゃんの方を見ずにお弁当を差し出す。声が嬉しそうに響くから、きっといつもの笑みを浮かべてるんだろう。
「やっぱり莉衣の手料理は美味しいね。また作ってよ」
「やだよ。そんな大層なものじゃないし。お金がないから外食できないし料理を作らざるを得なかっただけだよ」
すぐにすべて食べ終えた棗ちゃんに少し嬉しくなって口が緩むのを必死にこらえる。それに変わらない棗ちゃんの嬉しそうな笑顔にまた安心する。
そんな私の気持ちがわかっているのだろうか、ふっと可笑しそうに笑われてしまう。
「西園寺先生に少し怒られただけ。心配しなくても大丈夫だよ」
「し、心配なんかしてないっ」
「えぇ? 素直じゃないなぁ。でもそのおかげで莉衣からの愛妻弁当もらえたからよかったのかも」
「なっ!? 愛っ……だ、だから結婚しないってば!」
「ふふ。また無駄な抵抗して……でも莉衣のご飯で元気出た。また頑張るね」
すっと立ち上がって背伸びをする棗ちゃん。
「棗ちゃん」
「ん?」
「無理しないでね」
私の言葉に一瞬だけ目を開いたけれど、すぐに瞳が緩くカーブを描く。
「大丈夫だよ」
木漏れ日の下で微笑む。白い肌の血色を補うように降り注ぐ太陽の日差し。
────棗ちゃんの嘘つき。
昔も今も棗ちゃんが弱音を吐くことはない。そんな棗ちゃんに心の中でそう返事を返した。
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