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37.お宅訪問
しおりを挟む「いや、なんで……」
ガダガダと震える身体。燦々と降り注ぐ痛いくらいの夏の日差し。キラキラと太陽に照らされて輝く青い海。
「綺麗だね、少し遠いけど」
「いや……あの……ここ……」
楽しそうに船から降りてくる棗ちゃん。
(めちゃくちゃ見覚えがある……というか)
「私の暮らしてた離島なんだけど!?」
そう叫ぶけれど広く開けた船着き場で静かにこだまするだけ。
「おーい、先生。じゃあもう行くな~」
「はい、ありがとうございます。また連絡します」
ヒラヒラと手を振って手馴れたように船主のおじさんに挨拶すれば、そのまま船が水しぶきをあげて離れていった。
「まっ、待って! 途中からなんか見慣れた光景だなって思ってたけど! けどっ」
「うん。そうだね? 顔色が変わっていく莉衣を見るのは面白かった」
「いや、そういうことじゃなくて! なんで私より手馴れてるの!?」
島まで行くルートも完璧で先程の船主の人も顔見知りのような感じだった。
「あー! 久世先生っ! 今日は早かったんですね」
「まぁ、今日も素敵ですねぇ~」
(げ!?)
遠くから手を振って走ってくるのは見覚えのある夫婦で。というか見覚えどころか毎日顔を合わせていた人たちで……。それになぜか島民の人たちもわらわらと集まってくる。
「先生、今日はわしの家に泊まっていくかい?」
「いやぁ、この間大きな魚が釣れたから、私たちの家に……」
「先生~、勉強教えて~!」
いつの間にか島民の人たちと両親に囲まれてしまっている棗ちゃん。なぜか大人気すぎて目が回る。
「お、お父さん、お母さん! 私いるんだけど!?」
たまらずそう突っ込んでしまえば、やっと向こうも私の存在に気がついたのかこちらに視線を向ける。
「あぁ、莉衣もいたのか」
「ひどっ! 久しぶりだよね!?」
「うん。でもまぁ電話はしてるからな」
「なにその理由!?」
そのままガハガハと笑いながら棗ちゃんを連れて歩いて行ってしまう。その後ろを着いていく私は、まるでアイドルの出待ち現場に着いてきたマネージャーのような存在になっている。
島民のみんなからも、『莉衣ちゃん、いたのか。久しぶり』的な反応をされて悔しすぎて腹立たしい。棗ちゃんよりも長い間、一緒にいたのに!
そのまま連れていかれたのは私の家で。見慣れた古民家の居間で棗ちゃんと並んで座る。違和感がすごい。
「棗ちゃん、どういうことか説明してほしいんだけど?」
「うん、それは……」
────ガラガラッ。
「あっ、源さんっ!」
「久しぶりだな。りいちゃん」
居間の扉を開かれると、そこには畑仕事を終えたのかタオルを首に巻いて麦わら帽子を被った源さん。私を見て嬉しそうに笑ったあと、隣に座る棗ちゃんに気がついて表情が曇る。
「あぁ、龍ヶ岳元会長。昔の威厳がなくなりすぎるほど、島暮らしを満喫されているようで」
「ふん。さすが久世の息子だ。いつ見ても可愛げのない男だ」
「あぁ、失礼ですね。不祥事に巻き込まれたあなたを何度か助けてあげた父には感謝してほしいのですが」
「証拠もなく起訴すればそれこそ、そちらの問題になったからだろう?」
────ゴゴゴゴ……。
なんだか狭い居間で凍りつくような大きな話をされている気がする。
「あらあら、相変わらず仲がよろしいんですねぇ」
「仲良くない。本当ならば、こんな嘘くさい弁護士を周防くんたちに紹介するつもりはなかった。くそ、西園寺のやつめ。わざとだな」
「はは、僕たちは久世先生にはよくしてもらってますよ」
周防とは私の旧姓。普通に会話をする四人にますますわけがわからず頭がクルクルしている。そんな私にみかねてお母さんが説明してくれる。
「源さんがね、私たちのために弁護士さんを探してくれて。そこで紹介してもらえたのが久世先生なの」
「源さんが……また、ごめんなさい」
「いいんだ。気にしないでくれ。それくらいしかできないかはな」
(私たちを島に連れてきてくれて、隠してきてくれたのに。さらにまた……)
私が頭を源さんにさげると笑って、頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
「まぁ、お金もないし、ずっとお断りしてたんだけど久世先生が島に来て、無償で引き受けてくれるって」
「ええ!? 無償で!?」
棗ちゃんの弁護士費用の金額はめちゃくちゃに高かった気がする。それを無償でなんてありえないと震えながら棗ちゃんを見るけど何事もないように微笑んでる。
「大丈夫。いい観光も出来てるし。それに莉衣のご両親のご飯はとても美味しいから」
「ここでご飯も食べたの!?」
「はははっ。まさか莉衣にこんな素敵な恋人の弁護士さんがいるなんて。しかもあの大好きな『なつめちゃん』だったんだろう」
「な!? なんで棗ちゃんと付き合ってるって知ってるの! それになつめちゃんだってことも知ってるの!?」
(まだ恥ずかしくて報告もしてないし、棗ちゃんとのことは教えてないのに!)
「ふふ、莉衣が俺のこと昔から大好きだって教えてもらって嬉しかったなぁ」
「な、ななな……いつの間に……」
棗ちゃんにすっと差し出されるスマホの画面。なぜか両親と棗ちゃんの連絡アプリのグループができてる。
しかも履歴を辿れば結構な前からやり取りしていたようで……。
(このやり取り始まったの私が棗ちゃんと出会った頃に近くない?)
「あっ、いま源さんの分のお茶入れますね。源さんのお気に入りの茶葉は……」
「あっ、高いところにあるから俺がとりますよ。お義母さん」
「まぁ、ありがとうございます。助かりますわ」
「お、お義母さん!?」
隣に何食わぬ顔で当たり前のように私の家の物の場所を把握している棗ちゃん。まさか親まですでに懐柔済みだったとは。やはり恐ろしい男だ。
「はぁ、りいちゃん。だからこいつは危ないと思って、せっかく隠してきたのに。こんなやつに見つかってしまうとは……」
「源さん? う、うーん。それは大丈夫だよ」
(なんていうか、棗ちゃんがこうなのはもう慣れてきているし……)
「いまから考え直せないか。前から儂の孫息子がいいと勧めていたじゃないか」
「あぁ、えーっと……」
「龍ヶ岳元会長。いまから龍ヶ岳グループの株価を暴落させてもいいんですか。嫌なら黙っていてください」
「な、棗ちゃん?」
凄まじい怒りの笑顔を浮かべた棗ちゃんが勢いよく冷えたお茶が入れられたコップを机に置く。ちっと舌打ちして源さんが忌々しそうに棗ちゃんを睨みつけている。
「それより、上手くいったんだろうな。なんのためにお前なんかを雇ったと思ってるんだ」
「失礼ですね。心配しなくともすべて終わりましたから」
棗ちゃんが鞄から分厚い資料を取り出す。
「先生、まさか……」
「ええ。お二人を騙した詐欺師の証拠を抑えたので、じきに全額返ってきますよ」
にっこりと笑えばお父さんとお母さんの表情が明るくなる。まさかそこまで棗ちゃんが我が家のためにしてくれているとは。
申し訳ない気持ちと両親がやっと念願の夢を叶えられる嬉しさに複雑な気持ちになる。
「棗ちゃん……」
「このくらい気にしないで。そこまで大変な内容でもなかったし、契約書も色々と調べてみたら穴だらけだったから」
「ごめんね、ありがとう」
優しく微笑んで私の歪む瞳に慰めるように少し触れる。気がつけば目の前で嗚咽を漏らしながら号泣してる両親。あまりの号泣具合に私の溢れかけていた涙が一瞬で引っ込む。
(うっ、逆に恥ずかしくなってきた……)
「先生っ、すみません。ありがとうございます」
「本当に大丈夫ですよ。それに龍ヶ岳グループにも手伝っていただいたのも大きいですね。龍ヶ岳元会長には感謝していますよ」
「ふん。どの口が。りいちゃんの両親に気に入られたいからって、すべて自分のためだろう」
「はは、やだな。勘繰りすぎですよ」
私にふわりと笑うと両親が号泣しながら何度も棗ちゃんに頭を下げる。それに感謝の気持ちだと庭に置いてあった大量の野菜を持ってきて差し出してくるのに、さすがの棗ちゃんも困ったように苦笑する。
(もう恥ずかしすぎるからやめてほしい!)
「そんなに棗ちゃんは食べれないよ! もう恥ずかしいからやめてっ!」
「でもあげれるのがこれくらいしか……」
「ああ、じゃあかわりに莉衣の昔の写真でも貰えますか」
「そんなものならいくらでも!」
「そ、そんなもの!? それもそれで腹立つんだけど!」
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