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番外 天也2
しおりを挟む咲夜が泣いていると聞き、いてもたっても居られなくなり、家を飛び出した。
それから、少し冷静になるためにも咲夜の大好物であるマカロンをいくつか買ってからタクシーを捕まえて咲夜の家まで走らせた。
タクシーの中、俺は奏橙から詳しい話を聞いた。
泣いている原因はどうやら松江愛梨らしい。
松江愛梨の嘘により父親と仲違いしたらしい。
他にも色々あったようだが頭の中に入って来なかった。
咲夜の家の事情は俺もよく知っている。
咲夜の両親は海外にいることが殆どで1年に1回、こちらに帰ってくる程度なのだそうだ。
それでも誕生日のパーティーには参加しているが。
今回の滞在期間は3日間。
その大切な時間をこんなことで潰されたのだ。
しかも、それにより咲夜は泣いている。
そう思うと、松江愛梨に対する怒りが湧き上がってきた。
俺が咲夜の家に着くと既に愛音や結城がいた。
悠人先輩も当然いたが、怒りのオーラを全開としたように笑みを浮かべていた。
普段ならば恐怖を感じるのだろうが幸いと言うべきか、この時の俺は咲夜の事で夢中だった。
部屋にいるだろう咲夜に向かって声をかけるが返ってきたのは拒否の言葉だった。
「……来ないで…ください。
すいませんが、今日は…帰ってください…。
また、今度に……今は…1人にして…ください…」
それだけで咲夜が相当参っている事が分かる。
そして、泣いていたというのは本当なのか声が上擦っていた。
俺が何も言葉を発せない間も 愛音や結城、奏橙がそれぞれ言葉をかけていく。
当然、俺も声をかけるが反応は返って来なかった。
黙って見ていた悠人先輩だったが突然、壁をドンッと蹴る。
「クソっ……。
松江愛梨……。
やっぱり前に潰しておけばよかった。
咲夜を泣かせる原因は全て潰さなければいけなかったんだ」
などと物騒な事を言っていた。
それに思わず顔を引き攣らせる。
俺は咲夜を好きだと言った時、悠人先輩に殺されるんじゃないだろうか?
そんな時、微かにカタカタと軽い音がした気がした。
それは咲夜の部屋から聞こえてきた気がしたのだが……泣いていたと聞いたのにも関わらず、だ。
きっと気の所為だろう。
「咲夜、倒れてはいないよね?
咲夜……僕の可愛い天使、世界一可愛い僕の妹……。
松江……潰す……。
父さんも後悔させてやる……」
最後にボソッと呟いた悠人先輩の言葉はよく聞こえなかったが……『後悔』という言葉だけは聞こえた。
……悠人先輩のシスコンは重度の病気の様だ。
すると、少しして咲夜が扉を開けた。
咲夜の目は赤く腫れていて泣いていた事が分かる。
だが、それでも咲夜は気丈に振る舞うように微笑んだ。
「ご心配お掛けしました。
お兄様、愛音、紫月、天也、奏橙、お入りください」
それぞれ咲夜に言葉をかけると俺達は咲夜の部屋に入る。
咲夜の部屋に入ったのは初めてだが、咲夜の趣味では無さそうな可愛らしいピンクの部屋だった。
だが、その奥にあるウサギの人形を見て咲夜の趣味ではない事が分かる。
絶対に悠人先輩が咲夜に買った物だろう。
だが、咲夜があのウサギの人形を抱えたら……絶対可愛いだろうな。
「ご心配をお掛けしてしまい申し訳ありませんわ。
…ということで、協力してくださりませんか?」
「あぁ、何でもするよ」
何の協力かも聞かずに悠人先輩は引き受ける。
……まぁ、悠人先輩なら咲夜の頼みは何でも引き受けるからな。
それに対し、咲夜は少し顔を引き攣らせたものの笑顔で対応した。
これが慣れなのだろうか?
まぁ咲夜なら無理は言わないだろうと頷く事にした。
「先程、愛梨さんに連絡を取りましたの。
謝罪をする様でしたら何も致しません、と。
ですがあの方は謝罪はしないでしょうから……穏便にことを運びたかったですがあの方は少しやりすぎましたわ。
私の大切な友人を傷つけるだけでなく私の家族との仲も悪くしようとするだなんて……」
……どうやら先程カタカタ聞こえたのはパソコンの文字を打つ音だったらしい。
気の所為ではなかった様だ。
咲夜は静かに怒っていた。
その証拠に悠人先輩に似た笑みを浮かべている。
その辺は兄妹のようだと感じる。
いつもは悠人先輩の溺愛ぶりが激しくて兄妹の様には見えないからな。
「そうだね。
個人的にも恨みはあるし、僕の可愛い可愛い天使に手を出したんだ。
少し思い知らせてやらないとね」
そう笑顔で告げる悠人先輩が恐ろしかった。
とはいえ、今回は俺も悠人先輩と同意見なのだが。
俺の現友人であり、好きな奴に手を出したんだ。
少しくらいやり返したいと思うのは当然の事だろう。
「咲夜を泣かせたんだから当たり前だな」
「そうだね。
僕としても彼女は少し……。
だから咲夜に協力するよ」
奏橙は咲夜にそう言った後、俺に耳打ちした。
「僕は影に徹するから、天也、頑張ってね?
咲夜には悪いけど……いいチャンスだし」
「なっ……!?
うっ、分かった、善処する……」
これでは咲夜を好きなのがバレバレじゃないか。
咲夜に不審がられたらどうしてくれる……。
いや、それで咲夜の意識が変わるならいいのか?
「一芝居、うちましょうか」
その咲夜の一言で明日、とる行動が決定した。
咲夜のやり方に文句は言えないが流石にこれでは温すぎると思う。
それは悠人先輩も同じようで密かに作戦を練っていた。
俺は咲夜にマカロンを渡すと、留めていたタクシーで家に帰る。
その日、俺はマカロンをあげた時の咲夜の花のような笑顔が頭からずっと離れずあまり寝れなかった。
咲夜が可愛過ぎて辛い……。
次の日の朝。
俺はいつも通り奏橙と共に登校する。
先に来ていた愛音と少し話し、段取りを確認していた。
そして、咲夜が登校して来てシナリオ通りに進める。
するとクラスメイト達が咲夜のために行動を開始する。
そのあまりの行動の速さに咲夜への人望が伺える。
そして、男子の中には咲夜に対し熱の篭った視線を送る者もいた。
そいつらの事は敵認定しておいた。
後で悠人先輩にでも伝えておけば問題ないだろう。
そして昼休み、俺はとんでも無い事を知ることになった。
それは昼食をとっている時だった。
「見つけましたわ!
海野咲夜!!
あなた、よくも私を……!」
などと大声で叫ぶ馬鹿がきた。
誰かと思い見てみるとあの松江愛梨だった。
それに思わず顔を歪める。
先輩方もその失礼な行動に対し顔を顰めていた。
それが咲夜や愛音ならばまだ、違っていたのだろうが……。
咲夜や愛音であれば友人のように接していることもあり多少なら見逃すだろう。
だが初対面の者に関してはそうはいかない。
だからこそ、咲夜も嫌そうな顔をする。
「松江さん……。
申し訳ありませんが放課後にしていただけませんか?」
それは、ここで事を起こさないという咲夜なりの優しさだった。
だが、松江愛梨はそれに気付かずに怒りだす。
そのせいで更に、自分の印象が悪くなっているとは考えないのだろう。
こんな馬鹿のせいで咲夜は泣かされたのか。
急激に冷めていく心を隠し、俺はあくまでいつも通りの表情を維持する。
そうでなければ感情を抑えられそうになかったからだ。
「なっ……あなた自分がやった事に対して……!」
その松江愛梨の一言で悠人先輩がキレた。
その怒りは俺や奏橙まで震え上がらせる程だ。
だが、松江愛梨はそれに気付かずに地雷を踏み続けていた。
「咲夜、いいのか?」
ここで事を起こしてもいいのか、そういう意味を込め、聞いてみる。
ここで事を起こすと後々、悠人先輩が何かしでかすかもしれないからだ。
咲夜は少し考えてからため息をついた。
「……えぇ、問題ありませんわ。
優先順位の違いというだけですもの」
それは先輩方に対して申し訳ないから、という事だろうか?
自分の事よりも先輩を重視している咲夜に思わず苦笑をもらす。
咲夜らしい、そう感じたからだ。
「あ、あなた……どこまで私を侮辱すれば気が済むのよ!」
それはこちらのセリフだ。
思わずそういいそうになるのをグッと堪える。
ここで、全て台無しにしてしまうことは出来ないからだ。
それに、松江愛梨、彼女には先輩達が見えていないのだろうか?
先輩に敬意を払うのは当然の事なのだが彼女の行動は敬意を払うどころかその真逆だ。
そんな失礼すぎる彼女に思わず呆れてしまう。
そして、咲夜がどこか諦めたように箸をおいた。
すると箸をおいた咲夜を見て彼女は何を勘違いしたのか
「わ、分かればいいのよ」
などと口にした。
あまりの馬鹿さ加減に先輩方も俺達も呆れ果てていた。
「巫山戯ないでくださいまし。
見て分からないのですか?
私は今、先輩方と昼食をとっているのです。
先輩方に挨拶もしないだなんて失礼でなくて?
大声で叫ぶ事もはしたないと言われませんでししたの?
常識というものをもう一度学び直して来たらどうなのかしら。
それと、紫月に謝ってください。
あなたのせいで私の大切な友人が泣いてしまったのですよ?
それどころか、あなたが引き起こした事を、『私のせいで』と私に謝罪をしてきましたの。
その意味がお分かりでしょうか?」
咲夜も不機嫌さを丸出しで咎め始める。
それは当然の事だといえるが、彼女はそうは捕えなかったようだ。
そこに、まだ穏便に済ませてやろうという咲夜の優しさが含まれていることに気付いていないようだ。
「松江さん、あなたの行動のせいで私とお父様の関係にヒビが入ってしまうところだったのですよ?
あなたの嘘1つでそこまでの事が起こりゆるという事を理解してくださいませ。
それともう1つ、今後一切紫月に関わらないでくださいませ。
謝罪もする気が無いようですし」
咲夜はそう言うと要件は済んだと言うように食事を再開しようとする。
こんな状況ではあるが、凛とした咲夜の姿が綺麗だった。
いつもの可愛らしい様子とは異なるその様子に益々好きになってしまう。
「な、な……何でそんな事をあなたなんかに言われないといけないのよ!
あなたが居なければ、神崎様だって……!」
奏橙が原因だったのかと奏橙を見て見るといつに無く冷たい視線で彼女を見ていた。
それは、軽蔑の目だった。
だが、そんなにも冷たくさめきった奏橙の目は初めて見た気がした。
奏橙でもそんな表情をするのか。
「……それは、ないよ。
僕は君といる気はないからね。
僕の友人である咲夜を陥れようとした君と一緒にいるだなんてお断りするよ」
その声のトーンはいつもよりも数段低い気がした。
それだけ奏橙は今回の事に怒りを感じているという事だろう。
「残念でしたわね、松江さん。
わざわざ私に虐められただなんて嘘を吐いてまで奏橙と友人になりたかったのでしょうけど……」
……うん?
友人?
恋仲ではなく友人?
「……咲夜、違うと思うよ?」
愛音が咲夜を呆れた様子で見つめながら訂正した。
「友人よりももっと親しい関係になりたかったんじゃないかな?
有り得ないけどね。
こんなことして奏橙が好きになるわけないのに。
……もしかして咲夜、クラスの男子から昼食誘われるのって自分と友人になりたいからって思ってた?」
すると咲夜はキョトンとした表情になった。
「……違いますの?」
まさかの事実だった。
咲夜は自分に向けられる好意を全て勘違いしていた。
咲夜の中には恋愛感情というものが無いのだろうか?
思わず頭を抱えたくなった。
これでは、俺を恋愛対象として見る以前の問題だと気づいたからだ。
「……奏橙、後でいいか?」
「いいよ」
「悪い……」
まさかここからだとは思っていなかった。
ここまで鈍いとは思ってはいなかったが、これでは好きな奴もいないだろうしな。
咲夜にはまだ好きな異性がいないと考えるとまだ勝ち目はありそうな気がしてくる。
だが、そんな中、妙に嬉しそうな悠人先輩の表情が1人浮いていた。
そして放課後、俺と奏橙は個室にいた。
「……なぁ、奏橙。
……友人である以前の問題だったんだが」
話題は勿論、咲夜の事だ。
「……流石にあそこまでとは誰も思わないって」
問題は悠人先輩ではなく、咲夜の鈍さだった。
あれが演技だったらまだいいのだが……あの様子であれば本気だろう。
「はぁ、仕方ない。
奏橙、どうすればいいと思う?」
「あれはどうしようもない気がするけど……。
だって、演技じゃなくて素じゃん」
奏橙もお手上げの鈍さなのか……。
分かってはいたがこれは苦労しそうだ……。
「愛音に相談してみるのは?」
「……そう、だな」
悠人先輩に相談するより全然いいだろうしな。
咲夜を取られる心配も無いしな……。
「……明日にでも相談するか」
咲夜の知らぬところで協力者が増えていくのであった。
そして、直面した新たな問題に頭を抱える俺だった。
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