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32話「繋がる穢れ」
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薄暗い部屋の奥、闇のようなローブを纏った男が、机を拳で叩きつけた。
「……シトリーが、やられた……だと……?」
怒声が壁を揺らす。ランプの火が揺らめき、静まり返った室内に、血のような赤がにじんだ。
バティムはゆっくりと立ち上がった。手の中に握っていた小さな黒晶が、罅割れて砕ける。
シトリーと繋がっていた“媒介”――つまり、その死が確定した証だ。
「この俺の“器”にまで指を伸ばすとは……やってくれるな、小僧」
怒りは沈黙よりも重く、部屋の空気が粘りつくように濁った。
部屋の外では誰かが呻き声をあげていた。床に転がるのは、半ば魂を抜かれた老人の残骸。既に目は虚ろで、口は微かに動いているが、言葉にはなっていない。
バティムはそれに一瞥もくれず、窓の外を見た。
眼下には、貧民街が広がっている。
腐った木材、歪な屋根。煙すら立ち上らぬほどの静けさ。人の気配はあるのに、息遣いが聞こえてこない。まるで町そのものが死を飲み込んでいるかのようだった。
「貧民層の魂は弱い。脆い。だが数はいる……それが唯一の利点だった」
バティムの視線が下へ向く。小さな魂の水晶がいくつも積まれている。微かに揺れる光。だが、どれも鈍く、力に満ちてはいない。
「……これだけ集めてようやく、一体……。一匹の怪物を生むのに、どれだけの労力を要したと思ってる……!?」
言葉の後半は誰に向けられたものでもなかった。
ただ、自身の怒りを制御するために吐き出しただけ。
バティムは机の奥に手を差し入れると、黒鉄で作られた小さな端末のような装置を取り出した。古代術式と機械技術を組み合わせたもの。魂の波長に反応し、遠方の術者と接触が可能な“霊絡器”だった。
ゆっくりと力を流す。淡い光が浮かび、やがて仮面のような顔が現れた。
精密な面と仮装のような異様な装飾。低く、機械的な声が応答した。
『……バティム。随分と久しぶりだな。』
「貴様のところの進捗はどうだ」
『順調だ。こっちは市民層から順に、“試料”を集めている。魂の質も悪くない。あんたの町より効率的だな』
「……チッ。貧困層ばかりじゃ“器”にすら足りん。選りすぐっていては手間ばかり増える……!」
バティムの目が血走る。
「シトリーがやられた。例のガキどもだ。名は……サリエルと、ジブリール」
『ああ……そちらで話題になってるな。ギルドの記録にも出ていた。』
「ガキどもに構っていられる時間はない……今のままでは、“渾沌の核”を完全に満たすには程遠い」
バティムは背後の壁を睨みつける。
そこには複雑な術式と、歪んだ紋様が刻まれていた。
脈動するように揺れる紋章の中心には、小さな球体――“核”がある。
そこには今までに集めた魂が封じられている。だが、まだ完全ではない。今なお、無数の魂が必要だった。
『そっちは見限るのか?』
「いいや……こっちの収集は継続させる。だが、お前の方と“リンク”を強化する。魂の流通を開放しろ」
『……あの術を使うのか? 距離の制限はあるぞ。』
「知っている。だが、やる。魂を循環させ、こちらで怪物を量産する。お前の町で“質”を集めろ。こっちは“数”を支える」
仮面の男が低く笑う。
『良い。ならば“供給”は任せてくれ。だが見返りももらうぞ、バティム。そちらの“核”が完成したら、第一優先で俺に還元してもらう』
「……いいだろう。約束は果たす。だがその前に――“奴ら”を潰す」
バティムは目を細めた。まるで地獄の底を覗くような瞳だった。
「俺は怒っているんだ。シトリーを潰しただけじゃない。俺の“実験場”を荒らした。貴様ならわかるだろう、俺のこの感情を……!」
『ふふ、わかるとも。怒りは良い。混沌を動かす力だ。』
通信が切れた。
部屋に再び静けさが戻る。だがその沈黙は、以前よりも重く、黒く、鈍いものだった。
バティムは核の前に立ち、手を翳した。唇から低い呪文が漏れる。
霊絡の術式が展開され、魂の通路が一時的に開かれる。
「さあ……この町は、“選ばれた地”だ。もう逃げられんぞ、小僧……!」
バティムの口元がゆがんだ。
それは冷酷な笑みでも、満足げな微笑でもない。
怒りと執着と、歪んだ愛情のまじった――狂気そのものだった。
「……シトリーが、やられた……だと……?」
怒声が壁を揺らす。ランプの火が揺らめき、静まり返った室内に、血のような赤がにじんだ。
バティムはゆっくりと立ち上がった。手の中に握っていた小さな黒晶が、罅割れて砕ける。
シトリーと繋がっていた“媒介”――つまり、その死が確定した証だ。
「この俺の“器”にまで指を伸ばすとは……やってくれるな、小僧」
怒りは沈黙よりも重く、部屋の空気が粘りつくように濁った。
部屋の外では誰かが呻き声をあげていた。床に転がるのは、半ば魂を抜かれた老人の残骸。既に目は虚ろで、口は微かに動いているが、言葉にはなっていない。
バティムはそれに一瞥もくれず、窓の外を見た。
眼下には、貧民街が広がっている。
腐った木材、歪な屋根。煙すら立ち上らぬほどの静けさ。人の気配はあるのに、息遣いが聞こえてこない。まるで町そのものが死を飲み込んでいるかのようだった。
「貧民層の魂は弱い。脆い。だが数はいる……それが唯一の利点だった」
バティムの視線が下へ向く。小さな魂の水晶がいくつも積まれている。微かに揺れる光。だが、どれも鈍く、力に満ちてはいない。
「……これだけ集めてようやく、一体……。一匹の怪物を生むのに、どれだけの労力を要したと思ってる……!?」
言葉の後半は誰に向けられたものでもなかった。
ただ、自身の怒りを制御するために吐き出しただけ。
バティムは机の奥に手を差し入れると、黒鉄で作られた小さな端末のような装置を取り出した。古代術式と機械技術を組み合わせたもの。魂の波長に反応し、遠方の術者と接触が可能な“霊絡器”だった。
ゆっくりと力を流す。淡い光が浮かび、やがて仮面のような顔が現れた。
精密な面と仮装のような異様な装飾。低く、機械的な声が応答した。
『……バティム。随分と久しぶりだな。』
「貴様のところの進捗はどうだ」
『順調だ。こっちは市民層から順に、“試料”を集めている。魂の質も悪くない。あんたの町より効率的だな』
「……チッ。貧困層ばかりじゃ“器”にすら足りん。選りすぐっていては手間ばかり増える……!」
バティムの目が血走る。
「シトリーがやられた。例のガキどもだ。名は……サリエルと、ジブリール」
『ああ……そちらで話題になってるな。ギルドの記録にも出ていた。』
「ガキどもに構っていられる時間はない……今のままでは、“渾沌の核”を完全に満たすには程遠い」
バティムは背後の壁を睨みつける。
そこには複雑な術式と、歪んだ紋様が刻まれていた。
脈動するように揺れる紋章の中心には、小さな球体――“核”がある。
そこには今までに集めた魂が封じられている。だが、まだ完全ではない。今なお、無数の魂が必要だった。
『そっちは見限るのか?』
「いいや……こっちの収集は継続させる。だが、お前の方と“リンク”を強化する。魂の流通を開放しろ」
『……あの術を使うのか? 距離の制限はあるぞ。』
「知っている。だが、やる。魂を循環させ、こちらで怪物を量産する。お前の町で“質”を集めろ。こっちは“数”を支える」
仮面の男が低く笑う。
『良い。ならば“供給”は任せてくれ。だが見返りももらうぞ、バティム。そちらの“核”が完成したら、第一優先で俺に還元してもらう』
「……いいだろう。約束は果たす。だがその前に――“奴ら”を潰す」
バティムは目を細めた。まるで地獄の底を覗くような瞳だった。
「俺は怒っているんだ。シトリーを潰しただけじゃない。俺の“実験場”を荒らした。貴様ならわかるだろう、俺のこの感情を……!」
『ふふ、わかるとも。怒りは良い。混沌を動かす力だ。』
通信が切れた。
部屋に再び静けさが戻る。だがその沈黙は、以前よりも重く、黒く、鈍いものだった。
バティムは核の前に立ち、手を翳した。唇から低い呪文が漏れる。
霊絡の術式が展開され、魂の通路が一時的に開かれる。
「さあ……この町は、“選ばれた地”だ。もう逃げられんぞ、小僧……!」
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