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33話「静寂の中の蠢き」
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街は、静かだった。
不気味なほどに。
魂狩りが終息した今、町の人々の顔には安堵と疑念が交錯していた。
失踪事件という狂気じみた噂が現実だったと気づいた者もいれば、ただの噂だったと片付ける者もいた。
けれど確実に、子どもたちの目に宿る不安だけは、あの日から薄れていた。
冒険者ギルドの受付カウンターに、サリエルは顔を出していた。
「依頼書の確認が終わりました。ありがとうございました。……次の仕事ですが、薬草の採集か、護衛の短期派遣、あるいは……」
アニィの無表情な声が淡々と続く。
変わらぬ口調だが、サリエルの中では不安が募っていた。
「……護衛でいい。あんまり遠くないやつで」
ジブリールも隣でうなずく。
彼女はあれ以来、街の外れで小鳥たちと会話を交わす時間が増えていた。
動物たちの目を借りて、この町の“外”に広がる何かを探していたのだ。
「でもやっぱり、変な気配はしないって。みんな、ただ怯えてるだけ」
彼女は小声でそう言った。
サリエルは納得がいかなかった。
バティムの存在は、確かにこの町に根を張っていたはずだ。
シトリーの動きも、その延長線上にあったと考えていい。
だとすれば――バティムと繋がっていた“もう一人”の影。アギラ。
あのチンピラ風の男の姿が、ずっと頭から離れなかった。
「……アギラ。あいつ、まだ町にいると思う」
「どうして?」
「姿を消すには早すぎる。それに、バティムが手駒を簡単に捨てるとも思えない」
「でも、痕跡もない。声も聞こえない。あたしの鳥たちだって、あいつの姿を見てない」
ジブリールの言葉に、サリエルは歯噛みする。
実際、冒険者ギルドの仕事は小康状態を迎えていた。
サリエルとジブリールはその間に複数の依頼をこなしていた。
商人の護衛、病人の薬の調達、迷い子探し、時には単純な荷物運び――
どれも、かつての“冒険者らしい仕事”だった。
だが、その中にもいくつか不穏な気配が混じっていた。
例えば、とある山小屋で依頼人が忽然と姿を消していたこと。
また、遠征先の森で、動物たちの異様な怯え方が見られたこと。
「……森の中で、獣たちが“ある方角”を避けてる場所があったの」
ジブリールはぽつりと言う。
「でもね、何もいないの。音も、匂いもないのに。まるで“そこ”だけ、世界が拒絶してるみたいだった」
サリエルは地図を開いた。
ジブリールが指し示したのは、町の北東――本来は狩猟区域としても使われる、静かな森。
「行ってみるか?」
「ううん。あたしじゃ無理。動物たちがあそこに入ると、すぐ逃げちゃうの。誰か、強い人じゃないと入れない。……って、みんな言ってる」
「……そうか」
サリエルは少しだけ目を伏せた。
その夜、彼はサンダルフォンのもとを訪れていた。
旅の占い師は、今日も街角の小さな屋台でカードを並べていた。
観光客や地元の女性たちが並び、冗談混じりに運勢を占ってもらっては、楽しげに去っていく。
だがサリエルの前では、サンダルフォンは真顔だった。
「バティム、そしてアギラ……両者とも、確かにこの町に一度は姿を見せている。しかし、今は完全に霧の向こうだ」
「占いでも、駄目か?」
「“視界”が歪められている。意図的に、な」
サンダルフォンはカードを一枚、テーブルに伏せた。
それは“月”のカードだった。
明暗の狭間に潜むもの、欺瞞、そして潜伏を意味する。
「だが、あきらめるにはまだ早い。必ず“何か”が残っている。あるいは、わざと残されている。バティムは賢い男だ。足跡を消すだけの男じゃない。――おそらく、“誘導”している」
「俺たちを?」
「あるいは、この町そのものを。……器を創るには、ただ魂を集めればいいというわけじゃない。生け贄となる“人の心”が要る」
「……」
サリエルはその言葉を深く胸に刻み、屋台を後にした。
夜風が冷たい。
ギルドへと続く石畳を踏みながら、彼はふと足を止めた。
子どもたちの笑い声が、遠くから聞こえる。
どこかで母親が名前を呼ぶ。
鍛冶場の火が、遅くまで赤く燃えていた。
“日常”は戻りつつある。だがそれは、仮初めの静けさだ。
「……まだ、終わっていない」
サリエルはそう呟いた。
そして思う。
もし、あの時ジブリールがいなかったら。
もし、シトリーの情報が遅れていたら。
もし、アギラの行方があと少しでも掴めていたなら――
“何かが変わっていたかもしれない”。
だから、手を止めるわけにはいかない。
戦いは、まだ続いているのだから。
不気味なほどに。
魂狩りが終息した今、町の人々の顔には安堵と疑念が交錯していた。
失踪事件という狂気じみた噂が現実だったと気づいた者もいれば、ただの噂だったと片付ける者もいた。
けれど確実に、子どもたちの目に宿る不安だけは、あの日から薄れていた。
冒険者ギルドの受付カウンターに、サリエルは顔を出していた。
「依頼書の確認が終わりました。ありがとうございました。……次の仕事ですが、薬草の採集か、護衛の短期派遣、あるいは……」
アニィの無表情な声が淡々と続く。
変わらぬ口調だが、サリエルの中では不安が募っていた。
「……護衛でいい。あんまり遠くないやつで」
ジブリールも隣でうなずく。
彼女はあれ以来、街の外れで小鳥たちと会話を交わす時間が増えていた。
動物たちの目を借りて、この町の“外”に広がる何かを探していたのだ。
「でもやっぱり、変な気配はしないって。みんな、ただ怯えてるだけ」
彼女は小声でそう言った。
サリエルは納得がいかなかった。
バティムの存在は、確かにこの町に根を張っていたはずだ。
シトリーの動きも、その延長線上にあったと考えていい。
だとすれば――バティムと繋がっていた“もう一人”の影。アギラ。
あのチンピラ風の男の姿が、ずっと頭から離れなかった。
「……アギラ。あいつ、まだ町にいると思う」
「どうして?」
「姿を消すには早すぎる。それに、バティムが手駒を簡単に捨てるとも思えない」
「でも、痕跡もない。声も聞こえない。あたしの鳥たちだって、あいつの姿を見てない」
ジブリールの言葉に、サリエルは歯噛みする。
実際、冒険者ギルドの仕事は小康状態を迎えていた。
サリエルとジブリールはその間に複数の依頼をこなしていた。
商人の護衛、病人の薬の調達、迷い子探し、時には単純な荷物運び――
どれも、かつての“冒険者らしい仕事”だった。
だが、その中にもいくつか不穏な気配が混じっていた。
例えば、とある山小屋で依頼人が忽然と姿を消していたこと。
また、遠征先の森で、動物たちの異様な怯え方が見られたこと。
「……森の中で、獣たちが“ある方角”を避けてる場所があったの」
ジブリールはぽつりと言う。
「でもね、何もいないの。音も、匂いもないのに。まるで“そこ”だけ、世界が拒絶してるみたいだった」
サリエルは地図を開いた。
ジブリールが指し示したのは、町の北東――本来は狩猟区域としても使われる、静かな森。
「行ってみるか?」
「ううん。あたしじゃ無理。動物たちがあそこに入ると、すぐ逃げちゃうの。誰か、強い人じゃないと入れない。……って、みんな言ってる」
「……そうか」
サリエルは少しだけ目を伏せた。
その夜、彼はサンダルフォンのもとを訪れていた。
旅の占い師は、今日も街角の小さな屋台でカードを並べていた。
観光客や地元の女性たちが並び、冗談混じりに運勢を占ってもらっては、楽しげに去っていく。
だがサリエルの前では、サンダルフォンは真顔だった。
「バティム、そしてアギラ……両者とも、確かにこの町に一度は姿を見せている。しかし、今は完全に霧の向こうだ」
「占いでも、駄目か?」
「“視界”が歪められている。意図的に、な」
サンダルフォンはカードを一枚、テーブルに伏せた。
それは“月”のカードだった。
明暗の狭間に潜むもの、欺瞞、そして潜伏を意味する。
「だが、あきらめるにはまだ早い。必ず“何か”が残っている。あるいは、わざと残されている。バティムは賢い男だ。足跡を消すだけの男じゃない。――おそらく、“誘導”している」
「俺たちを?」
「あるいは、この町そのものを。……器を創るには、ただ魂を集めればいいというわけじゃない。生け贄となる“人の心”が要る」
「……」
サリエルはその言葉を深く胸に刻み、屋台を後にした。
夜風が冷たい。
ギルドへと続く石畳を踏みながら、彼はふと足を止めた。
子どもたちの笑い声が、遠くから聞こえる。
どこかで母親が名前を呼ぶ。
鍛冶場の火が、遅くまで赤く燃えていた。
“日常”は戻りつつある。だがそれは、仮初めの静けさだ。
「……まだ、終わっていない」
サリエルはそう呟いた。
そして思う。
もし、あの時ジブリールがいなかったら。
もし、シトリーの情報が遅れていたら。
もし、アギラの行方があと少しでも掴めていたなら――
“何かが変わっていたかもしれない”。
だから、手を止めるわけにはいかない。
戦いは、まだ続いているのだから。
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