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34話「拒絶の森へ」
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町の北東に広がる狩猟区域は、普段なら木々の間を小動物たちが跳ね回り、猟師たちの足音が響く場所だ。
だがその一角――ごく限られた一帯だけが、まるで“拒絶”されていた。
動物たちは決してそこへ近づかず、ジブリールがいくら言葉を交わしても、その区画のことになると一様に怯えて話さなくなる。
その森の地図を広げたギルドの依頼所で、サリエルは受付嬢アニィと短く言葉を交わしていた。
「前にも依頼で組んだ四人組が、またこの町に戻ってきています。協力を仰ぎますか?」
「頼めるなら、そうしたい。人数も要る」
「伝えておきます。……あなたたちがここを守っていること、私は知っています」
淡々とした口調のまま、アニィはほんのわずか、目を細めてそう言った。
サリエルは軽くうなずき、地図を折りたたんだ。
――翌朝。
町の北門に、すでに見知った顔ぶれが集まっていた。
「おっ、サリエルじゃねぇか! 久しぶりだなぁ!」
屈強な体格の戦士プリアプスが腕を広げて近づいてきた。柔らかな笑みを浮かべてはいるが、その両腕は斧を振るうために研ぎ澄まされている。
「前に組んだとき、こいつぁ楽しかったからな。またよろしく頼むぜ?」
「頼りにしてる」
サリエルが短く返すと、その後ろから魔法使いのザバーニアが酒瓶を口に当てたまま、ゆらりと現れた。
「この街、空気は乾いてるのに妙に重いな……。こりゃ嫌な予感しかしねぇ」
「朝から飲むなっての! こっちは山登りなんだから!」
回復士のミカイールが肩にリュックを担ぎながら苛立った声を上げる。
彼女は腕を組み、サリエルに目を向けると、やや強引にこう続けた。
「……で、なんであたしたちを呼んだのよ? 危険手当はしっかり貰えるんでしょうね?」
「ギルドからは支給される。お前らが動く価値のある内容だ」
最後に現れたのは、弓使いのリドワンだった。
その端整な顔立ちは変わらず、穏やかな微笑を浮かべながらも、彼の目だけは鋭く森の奥を見据えていた。
「動物が避ける一帯。視界が遮られ、風の流れも止まっている。……まるで“何か”が、そこにいるのを望んでいるようだ」
「それが分かるのか?」
「森は語りますよ。嘘つきよりも正直です」
サリエルは改めて五人の顔を順に見渡し、短くうなずいた。
「――行こう」
森の入り口から、彼らは慎重に進み始めた。
道はぬかるみと湿気を含んでおり、視界は徐々に暗さを増していく。
あたりを漂うのは腐葉土と苔のにおい。しかしある地点を過ぎると、それすらも消え失せた。
「……ここか」
サリエルの呟きに、全員が足を止めた。
そこは、まるで空気そのものが“圧縮”されているかのようだった。
風が吹かない。虫がいない。木の葉も揺れない。
音が、消えていた。
「……俺の魔法が通るか、試してみるぜ」
ザバーニアが短く詠唱し、小さな火球を手のひらに作り出す。
しかしその火は、空中で弾かれるようにして、すぐに消えた。
「……あら、やだ。魔法、効かないの?」
ミカイールが目を見開く。
「魔力の通り道がねじれてるな。ここだけ“異なる層”にでも繋がってるみたいだ」
「要するに気持ち悪いってことだろ」
プリアプスが軽く斧を握り直した。
「前へ出るぞ。罠があるかもしれない。油断するな」
サリエルの号令で一行は進んだ。
やがて、森の中にぽっかりと開けた空間が現れた。
そこは不自然なほどに丸く、周囲の木々は途中で折れたように枯れていた。
中央に、石で組まれた円形の壇――まるで祭壇のようなものが鎮座していた。
「……なんだ、これ」
サリエルが近づこうとしたその時、リドワンが小さく息を呑んだ。
「足跡がある。人間のものだ。……だが、数日前から更新されていない」
「この場所……誰かが使っていた、ということか?」
「儀式かもしれねぇな」
ザバーニアが周囲の残留魔力を感じ取ろうと集中しながら呟いた。
「でもよ、何も見えねぇ。力だけはあるってのに……本当に気味が悪ぃ」
「ここの地面、ちょっと掘ってみる?」
ミカイールがしゃがみ込み、地面に手をかけようとした瞬間、プリアプスがすっと斧を前に出した。
「来るぞ。気配がある。下がれ」
全員が一斉に警戒を強める。
しかし――何も起きなかった。
静寂の中、ほんの一瞬だけ、石壇の縁に“黒い何か”が走ったように見えた。
まるで影が形を持ったかのように。
「……っ、いま、誰か見たか?」
「見た。けど、気のせいにしたいくらいにな」
ザバーニアが鼻で笑う。
「……戻ろう」
サリエルが言った。
「この場は罠かもしれない。いまは深入りすべきじゃない。痕跡だけ持ち帰る」
リドワンが手早く紙に足跡のスケッチを描き、ザバーニアが空間に触れて魔力の痕を保存する。
一行は即座に退却に移った。
森を抜けたその瞬間、風がまた吹き始めた。
「……なあサリエル。あそこに何があるんだ?」
プリアプスが珍しく真顔で問いかけた。
サリエルは空を見上げた。
雲が流れている。
「――まだ、分からない。ただ、確実に“何か”が仕込まれてる」
「バティムか?」
「おそらく。だが、その意図までは……」
全員が言葉を失った。
ただ一つ、確かなのは、あの場所がただの森ではないということだった。
サリエルはギルドへと足を向けながら思った。
“あそこは、誰かが“次”のために準備した場所だ”。
そして“次”は、そう遠くない未来に迫っている――
だがその一角――ごく限られた一帯だけが、まるで“拒絶”されていた。
動物たちは決してそこへ近づかず、ジブリールがいくら言葉を交わしても、その区画のことになると一様に怯えて話さなくなる。
その森の地図を広げたギルドの依頼所で、サリエルは受付嬢アニィと短く言葉を交わしていた。
「前にも依頼で組んだ四人組が、またこの町に戻ってきています。協力を仰ぎますか?」
「頼めるなら、そうしたい。人数も要る」
「伝えておきます。……あなたたちがここを守っていること、私は知っています」
淡々とした口調のまま、アニィはほんのわずか、目を細めてそう言った。
サリエルは軽くうなずき、地図を折りたたんだ。
――翌朝。
町の北門に、すでに見知った顔ぶれが集まっていた。
「おっ、サリエルじゃねぇか! 久しぶりだなぁ!」
屈強な体格の戦士プリアプスが腕を広げて近づいてきた。柔らかな笑みを浮かべてはいるが、その両腕は斧を振るうために研ぎ澄まされている。
「前に組んだとき、こいつぁ楽しかったからな。またよろしく頼むぜ?」
「頼りにしてる」
サリエルが短く返すと、その後ろから魔法使いのザバーニアが酒瓶を口に当てたまま、ゆらりと現れた。
「この街、空気は乾いてるのに妙に重いな……。こりゃ嫌な予感しかしねぇ」
「朝から飲むなっての! こっちは山登りなんだから!」
回復士のミカイールが肩にリュックを担ぎながら苛立った声を上げる。
彼女は腕を組み、サリエルに目を向けると、やや強引にこう続けた。
「……で、なんであたしたちを呼んだのよ? 危険手当はしっかり貰えるんでしょうね?」
「ギルドからは支給される。お前らが動く価値のある内容だ」
最後に現れたのは、弓使いのリドワンだった。
その端整な顔立ちは変わらず、穏やかな微笑を浮かべながらも、彼の目だけは鋭く森の奥を見据えていた。
「動物が避ける一帯。視界が遮られ、風の流れも止まっている。……まるで“何か”が、そこにいるのを望んでいるようだ」
「それが分かるのか?」
「森は語りますよ。嘘つきよりも正直です」
サリエルは改めて五人の顔を順に見渡し、短くうなずいた。
「――行こう」
森の入り口から、彼らは慎重に進み始めた。
道はぬかるみと湿気を含んでおり、視界は徐々に暗さを増していく。
あたりを漂うのは腐葉土と苔のにおい。しかしある地点を過ぎると、それすらも消え失せた。
「……ここか」
サリエルの呟きに、全員が足を止めた。
そこは、まるで空気そのものが“圧縮”されているかのようだった。
風が吹かない。虫がいない。木の葉も揺れない。
音が、消えていた。
「……俺の魔法が通るか、試してみるぜ」
ザバーニアが短く詠唱し、小さな火球を手のひらに作り出す。
しかしその火は、空中で弾かれるようにして、すぐに消えた。
「……あら、やだ。魔法、効かないの?」
ミカイールが目を見開く。
「魔力の通り道がねじれてるな。ここだけ“異なる層”にでも繋がってるみたいだ」
「要するに気持ち悪いってことだろ」
プリアプスが軽く斧を握り直した。
「前へ出るぞ。罠があるかもしれない。油断するな」
サリエルの号令で一行は進んだ。
やがて、森の中にぽっかりと開けた空間が現れた。
そこは不自然なほどに丸く、周囲の木々は途中で折れたように枯れていた。
中央に、石で組まれた円形の壇――まるで祭壇のようなものが鎮座していた。
「……なんだ、これ」
サリエルが近づこうとしたその時、リドワンが小さく息を呑んだ。
「足跡がある。人間のものだ。……だが、数日前から更新されていない」
「この場所……誰かが使っていた、ということか?」
「儀式かもしれねぇな」
ザバーニアが周囲の残留魔力を感じ取ろうと集中しながら呟いた。
「でもよ、何も見えねぇ。力だけはあるってのに……本当に気味が悪ぃ」
「ここの地面、ちょっと掘ってみる?」
ミカイールがしゃがみ込み、地面に手をかけようとした瞬間、プリアプスがすっと斧を前に出した。
「来るぞ。気配がある。下がれ」
全員が一斉に警戒を強める。
しかし――何も起きなかった。
静寂の中、ほんの一瞬だけ、石壇の縁に“黒い何か”が走ったように見えた。
まるで影が形を持ったかのように。
「……っ、いま、誰か見たか?」
「見た。けど、気のせいにしたいくらいにな」
ザバーニアが鼻で笑う。
「……戻ろう」
サリエルが言った。
「この場は罠かもしれない。いまは深入りすべきじゃない。痕跡だけ持ち帰る」
リドワンが手早く紙に足跡のスケッチを描き、ザバーニアが空間に触れて魔力の痕を保存する。
一行は即座に退却に移った。
森を抜けたその瞬間、風がまた吹き始めた。
「……なあサリエル。あそこに何があるんだ?」
プリアプスが珍しく真顔で問いかけた。
サリエルは空を見上げた。
雲が流れている。
「――まだ、分からない。ただ、確実に“何か”が仕込まれてる」
「バティムか?」
「おそらく。だが、その意図までは……」
全員が言葉を失った。
ただ一つ、確かなのは、あの場所がただの森ではないということだった。
サリエルはギルドへと足を向けながら思った。
“あそこは、誰かが“次”のために準備した場所だ”。
そして“次”は、そう遠くない未来に迫っている――
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