霧と魔眼のファタ・モルガーナ

氷翠

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35話「黒き徘徊者たち」

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 祭壇を越え、森のさらに奥――
 七人の冒険者たちは、異様な静寂の中を進んでいた。
 空はすでに翳り、木々の間から差し込むはずの陽光すら、ここではまるで存在していないかのように消えている。湿気を帯びた空気は肺を鈍く圧迫し、足元の土は不気味なほど冷たく沈んでいた。

「……太陽が、まったく届いてないな」

 リドワンが警戒の目を周囲に向ける。

「異常ね。空間そのものが歪んでる気がする……」

 ジブリールの表情も硬い。
 まるでこの森の奥が、“もう一つの世界”に変貌しているかのようだった。

「サンダルフォンが言ってた、“シャドーピープル”ってやつ……出るなら、ここだな」

 ザバーニアが低く呟く。ミカイールは無言で塩の袋を取り出し、首からぶら下げている。
 サンダルフォンは小さく頷く。そう、それは予測されていた脅威だった。
 サンダルフォンの助言は明確だった。

『シャドーピープルには物理攻撃は効かない。霊的な存在だからね。対処法はふたつ。剣や矢に“聖水”を塗布すること。そして、“塩”を使うこと』

 そして今、それを試す時が来た。

「……来るぞ」

 プリアプスの声が、空気を切り裂いた。
 黒い影が、ふわりと漂っている。輪郭は揺らぎ、形を持たない。けれど確かに“人型”だった。目も口もない、ただの黒い亡霊。

「シャドーピープル……っ!」

 ジブリールが思わず身を引く。
 一体、また一体。木々の隙間から、地面の下から、宙から――無数の影が浮かび上がる。

「俺が試す」

 プリアプスが大斧を構え、最前列に出る。そして黒い影へ振り下ろす――!

 ガンッ!

 衝撃音。だが、影はただ揺らめくだけ。まるで斧が空気を切ったかのように、まったく手応えがない。

「……効いてねぇ!」
「プリアプス、下がって!」

 サリエルが叫び、腰の小瓶を取り出す。
 蓋を開け、剣に数滴の聖水を垂らす。白銀の刃が、一瞬だけ光を帯びた。

「これなら……ッ!」

 斬撃――今度は、影が断ち割れ、煙のように消える。

「効いた! 聖水だ!」
「こっちも準備できてる!」

 リドワンは矢の先に塩を指で塗りつけ、狙いを定める。放たれた矢は影の“頭部”を貫き、これもまた霧散した。

「物理無効、聖水と塩でのみ撃退可、っと……! 数が多い、気をつけろ!」

 ザバーニアの火球は効果が薄い。影をかすめるだけで、実体を持たないそれらには焼け焦げることもない。

「囲まれる前に抜けるぞ!」

 サリエルが前方を指差した。
 その先――木々の合間に、異様な建造物が姿を見せていた。

「……祭壇?」

 プリアプスの声が震える。
 それは巨大な石の構造物で、まるで地下から無理やり突き出たかのように傾いている。表面には文字とも絵ともつかない呪符のような刻印。石の割れ目からは濁った黒い霧が、噴き出すように立ちのぼっていた。
 そして、その裂け目から――また、新たなシャドーピープルが“生まれて”いる。

「……あそこが源だ」

 ジブリールが呟いた。

「止めないと、永遠に出続ける」
「突破するぞ! 敵は聖水か塩じゃなきゃ倒せない。節約して使え!」

 サリエルが先陣を切る。影たちが彼の前に現れるが、剣に滴る聖水がその身を裂いた。
 ミカイールが仲間たちに塩袋を配る。プリアプスとザバーニアも急ぎ対応し、剣に塩を塗り始める。

「塩撒くぞ、足元気をつけろ!」
「後ろ、来てるぞ!!」

 リドワンが警告し、矢を連射する。矢ごとに塩を指先でなぞり、狙撃する姿は既に職人のようだった。
 だが、影の数は絶え間ない。

「……クソッ、湧いてるのが見えるぞ、あの裂け目から!」

 ザバーニアが叫んだ。祭壇の割れ目から、黒い液体のようにシャドーピープルが“溢れ出す”様を目撃する。

「誰か、封じ込めできるか!?」
「俺の火じゃ足りん……!」
「破壊するしかないな」

 サリエルが前を睨む。

「一気にあの祭壇を――!」

 刹那、祭壇の周囲の空気が震えた。
 突風のような“呻き”が森全体を揺らし、黒い影たちが一斉に動きを止める。

「な、に……?」
「今の、なんだ……?」

 ジブリールが息を呑む。影たちの動きが、変わった。
 まるで“誰か”の意思を受け取ったかのように。

「……ここに、主がいるのか?」

 サリエルの問いに誰も答えられない。
 ただ、奥の祭壇から再び黒い霧が立ち上り、何かが“生まれよう”としていた。
 七人は武器を構え直し、闇の中へと歩みを進めた。

――次なる脅威が、そこにいる。
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