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10章 多重人格者の未来は

生命の限界点

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場所は薄暗い神殿、灯りの数が少ないため、全体的に真っ白い筈の神殿はねずみ色のような薄暗い雰囲気が漂っている。

神殿と聞くと物ものしい雰囲気があるイメージが強いが、この神殿に漂うのは

冷たい冷気と、剣の振るう音だけだった。

その場にいるのは、3名の人間

1人は全身が赤と金に包まれた戦士だ、背中には純白の羽がついており、折りたたまれた翼を広げて、時たま弾丸にも似たものを羽から撃ちだし、攻撃を加えている。

その攻撃方法は多種多様に別れ、中には徒手空拳での戦い方もある。

持っているのは、神器『ギリオン』

巨大な剣と、小さいバックラーにも似た盾を装備していた。

振るうのはレッド、松岡輝赤の主人格。



もう1人は、松岡輝赤と同じ顔の男。

しかし輝赤とはうって変わって、鎧というものを全くつけておらず、青と黒の服装に全身を染め上げている。

その攻め方は完全に我流であり、荒々しいながらも激しく攻め立てていく。

武器は宝具級武器の黒剣、能力は無い。

名は川崎真也、またの名を魔王。

レッドと同じく女神によって巻き込まれた異世界転生者である。

最後の1人、上述にあげた2人と争っているのは...

側から見れば一介の少年であった。

白髪、白衣を着込んでおり、武器は何も持っていない。

いや、左手に1つ、水晶を持ってはいたのだが、これは武器では無い。あくまで遠くを見通すためのものである。

攻撃方法は不明、というのも彼は一切攻撃していなかった。それどころか一歩も今いる場所を動いていない。ただその場で2人の攻撃をいなすのみである。

その少年の名はアイテール、オリジナルのアイテールその人である。

魔王の横薙ぎが、確かにアイテールの首筋を捉える。その一撃は多くの者の命を奪って来た魔王らしく、非常でなんの躊躇いもない。

しかしそんな一撃を、アイテールは足を動かすことなく手を滑らせただけでいなす。

「ふん...宝具か、斬れ味や硬度のみを取れば宝具最高水準だろうな...鎧を全て取り払ったのは私の速さに追いつくためか?なるほどなるほど魔王、確かに危ないなぁ」

「平然と交わしておいて良く言ってくれる...!!」

「まぁ、そう悲しむな。お前より言いたいことがある奴はいる...お前だグリーン!なんだその温い攻撃は!あの時、戦争時に見せたあのナイフ捌きを見せてみろ!」

そう言うとアイテールはおもむろに後ろを向き、右手で拳を放ち始める

そう、後ろから半端な殺気を出しながら剣を振ってきたレッドに拳を放ったのだ。

「くっ!」

「まだ私は右手しか使ってないぞ!どうしたその体たらくは...と思ったが硬いな、拳では砕けんか。流石は神器と言ったところか。」

レッドは神殿内にあった長椅子に衝突する、木が壊れるような音と地響きにも似た轟音と振動が神殿内に響いた。

「グリーン!くっ...おお」

「撃ち会うか?届かないと知っていながら」

「届かないと誰が言った?この剣が届くまで、何度だって挑戦してやろう!」

「......ほぉ!歴代最弱だと聞いていたが中々どうしてだなぁ今代の魔王!少し遊んでやろうじゃないか」









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「...お前がもしも全ての神器の適合者なら...いや、ツヴァイハンダーに適合してる時点で十分か。お前がもし全ての神器を揃えて私の前に現れていれば、あるいは私を倒し得ていたのかもしれないな...」

そう思いながら、片膝をつき、息も絶え絶えの魔王を、アイテールはゆっくりと見下ろした。既に頭から出血をしており、顔の一部に流れてきている。服も所々傷だらけで何度も地面に、壁に叩きつけられる跡があった。

「どうした...まだ俺は戦えるぞ?」

「いや、もう詰みだよ。」

「何ーーーー」

アイテールは既に魔王に詰めていた。そして魔王の顔を小さな掌で包み、そのまま地面へと突き刺した。

大理石でできているであろう神殿の床がいとも簡単に陥没し、魔王の頭がそこに埋め込まれる。

魔王はそのまま動くことはなかった。

神器を持つ者には身体能力におけるブーストがかかる、具体的には俊敏、力などの大幅な能力補正である。

神器を輝赤に譲り渡した魔王は、その辺の補正を全て放棄している。つまり、今ここにいる魔王は、純正たる一介のゴブリンが、限界まで進化した姿。

間違いなく現在魔族...この世界の生命体の最高峰に位置すると言える存在を沈めたアイテールだったが、1人、思考していた。

...これが今の全力か、と。

自分の推論通りにことが進んでいれば、この魔王のようなレベルの存在はいなくても、あの魔王軍の幹部ーー達程度の魔族が一般水準となるだろう。と

やはり自分の考えが正しい、この程度が最高水準では、一体あと何千年待てば人は神の域にたどり着く?






アイテールは思考していた、そう考えてしまったのだ。
戦闘中に思考するなど、戦士にとっては致命的な欠点だ。学者肌の彼は、その辺についての思考が甘すぎた。

そして、その剣に、ギリギリまで気がつかなかった。

その一刀は明らかに達人のそれであり、アイテールはそれをかわせず肩口を掠っただけでなく、大きく跳躍させた。

「ッグ...!!お前か」

「勝てる訳ないんだ...今までのは全部イエローが使っている者だ。同じ動きでそれができると言ったって、100%って訳じゃない...だから、ここからは僕だけのオリジナルだ。」

そう言うと、レッドは刀を前に出す基本的なスタイルで構える。それはさながら剣道のような形であり、しかしながら少し違った。

「...なるほど、今までのは全てブラフか、これはとんだ食わせ物だ。油断した隙を突いて首を狙うとはな...」

「いや...別に隠してたつもりじゃないんだ、使いたくなかった...これを使ったら、手加減できないから...」

「手加減か!そうか...私に手加減してくれていたのか............舐めてるのか貴様?」

「舐めてる訳じゃない、ただ...負けられないから、出し惜しみはしたくない。それだけだ...よっ!」

次の瞬間にレッドは一気に距離を詰める

手にした神器は、今や完全に刀の姿に形を変えていた。

大刀というコンセプトがなぜレッドに合う形であったのかは不明なままだったが、今は完全に刀となっている。

ーーレッドは一時期、とある道場に通っていた過去がある。その道場は、剣道だけでなく昔ながらの刀剣術...具体的に言えば戦場で使う無手での技術に至るまでを習得できる場所だったのである。

...まぁこの世界にくる少し前に辞めてしまっていたし、真面目にやっていたのはイエローとレッドだけであったが。

アイテールは、自らが所定の位置からずらされているのに対して苛立ちを覚えていた。

魔王の時は、自らの意思で、この者にトドメを刺す価値ありと判断して動いた、しかし今回は動かされた。所定の位置から、自らの意思でなく。

この世界の生命からの干渉で行動が制限されるのは久しぶりだった。

レッドの刀が、美しい曲線を描きながらアイテールの脳天に刺さる...のをアイテールが横っ跳びに避ける。

「ハァ...ハァ...」

「......まだ何か隠してるとは、恐れいった。こちらも武器を使って対抗するとしよう」

するとアイテールは左手に所持していた水晶を掲げる。まばゆい光が、神殿中に照らされていった。
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