【完結】サイレント、ナイト ~その夜のはじまり~

Fred

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本編5.パーティー・タイム

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薄暗い湾岸の堤防沿いの壁の上に目をつぶって寝転ぶカズヤ。

『ブオォォーーーッ』

遠くで鳴る船の汽笛で目を開け、ゆっくりと上半身を起こす。

目の前に大きく白いレインボーブリッジのループ橋、その弧の中に主塔が見える。


「はぁっ、ウザ……」


今のカズヤにはどんな綺麗な景色も皮肉としか捉えられない。

そして深く溜息をつき再び体を後ろに倒す。

すると、視界一杯に自分を覗き込むナナの姿が天地逆で飛び込んだ。


「わっ! うわっ!」


カズヤは跳ねるように身体を起こすとバランスを崩すが、壁に抱き着いて事なきを得る。


「フッ」


微笑を浮かべるナナ。


「な、なに?急に、アセるジャン!これ落ちたらヤバイよ」


カズヤは立ち上がり、ナナと向かい合う。


「こんばんは」


「はい、こんばんは……じゃなくってさっ…」


改めて見るナナの美貌に言葉が詰まるカズヤ。


「お暇?」


ナナはカズヤの目を見据えて話す。


「え、いや、う~ん、ひ、暇!全然」


カズヤは考えたようで、ただ間を嫌って言った。


「そうよね」


「そうよねって……俺、そんなに暇人に見える?」


カズヤは苦笑いして、今にも相手のペースに引き込まれそうな自分を感じた。


「うん、海辺のトドみたいに」


「あ、ひっでーなぁそれ!(笑)」


カズヤは、あ、だめだとあきらめた。
アリ地獄はもがくと余計に落ちていく。
カズヤにもそれくらいの防衛本能はあった。


「ねぇ、暇ならどこかに連れてってよ」


「え?今から?こんな日に俺と?」


「こんな日だからでしょ」


ナナは、淡々と言葉を続けた。


「ん?んー、でもいろいろ事情があるでしょ、たぶんお互いに」


「そうね。それは」


「いや、だっ…」


と言いかけたカズヤだったが、自分の状況は果たしてその「事情」にあたるのかが良くわからないことに気づいた。
そして瞬間的に、こんなに綺麗な女性が会ったこともない赤の他人と過ごそうなんて、しかもこんなところで、こんな夜に…と、ナナの境遇を巡らせるが、どれもナナのその淡々とした口調と凛とした表情に打ち消されてしまった。


「でもどっかって?どこ?」


「あなたの思うところへ」


思いがけないナナの言葉に、戸惑った自分を見せないようにごまかそう、カズヤは一瞬にして考えた。


「おっし。じゃぁラブホとか?」


「あなたがそう思うなら」


あくまでも淡々と言葉を続けるナナ。


「え?いや、そこは何言ってるのとか、デリカシーがないとかそう言ってもらわないと…っつーか、今日なんて何処も満杯だから安心して」


言わなければよかったと後悔すると同時に、まったく歯が立たないと諦めた。

ナナは強い目でカズヤの目をまっすぐと見つめる。


「直感で決めて」


「直感ねぇ、直感…てわかんね」


と笑うカズヤ。
カズヤはこのシチュエーションでこの流れなど不審でしかないのだが、ナナの目の底から放たれる何かがそうした不安を端に追いやっていく、そんな感覚に支配されていた。
そしてここはうまく回避して、どこかに送って終わりにすれば良いという思いに行きついた。


「あっ、わ、わかった!とりあえず、あれ。走ろ!」


カズヤは後ろに見えるバイクを指差すと、すぐに歩き出した。
心の中をすべて見られそうな自分がいたたまれず、ナナを直視できなかったのだ。

ナナは立ったまま少し眉をひそめ、視線をカズヤの背中に当てている。


━━とりあえず落ち着け落ち着け、いつも通り。

と自分の心をなだめるカズヤ。
そして、急に笑顔で振り返る。


「俺、カズヤ。名前は?」


「ナナ……」


「ナナさんか。ヨロシク!さ、いこ!」


ナナは無言で頷く。

カズヤは自分の胸の高鳴りを疑ってみた。

ナナが素敵だから?
ルイコに気を使ってるから?
この夜のせい?

不意に見上げたレインボーブリッジの主塔が自分に寄りかかってくるように思えた。





ナナを乗せ、レインボーブリッジを上っていくカズヤ。

ループ橋に差し掛かり、斜めに大きく傾いた道路に車体を倒したまま走っている。

それはバイクが動いているというよりも、道路上の白線・黄色線の幾何学模様が周りを次から次へと過ぎていき、ぐるぐると周りの景色とともに回っている、そんな感覚だった。

次第に、橋の主塔が重たい頭をもたげるかのように起き上がってきて目の前に立ちはだかろうとする。
それをくぐると、左手には黒い海と湾岸の光が一瞬止まったように見えた。

カズヤは幾度となくこの橋を走っているが、今日は特別、時間の流れが遅いように感じられた。

橋脚の陰がまるで古いフィルムを映写しているように二人をなめていき、その映像の中に取り込まれたようだった。
小さなヘルメットから伸びたナナの長い髪が風になびいている。


「どう? 寒くない?」


カズヤは少しだけ首を後ろに回し、ナナに呼びかける。


「大丈夫」


そういえばいつもよりぜんぜん寒くない。

ナナに気を使っていつもより緩めのスピードで走っていたが、今、むしろ不思議に暖かく感じることに気づくと、スピードを上げるカズヤ。



道が下ってくると、遠くに観覧車の光が見えてきた。


「お、よぉし。じゃ、あそこ、行こう」


カズヤは顎で観覧車を指し示す。

ナナは視線をそちらに向けながら、カズヤの肩越しに無言で頷く。

背中にナナの細く、弱い手の感触を感じるカズヤ。

バイクはさらに加速していく。


観覧車がすぐ上に見える駐輪スペース。
カズヤはナナから受け取ったヘルメットをラゲッジに放り込みシートを勢いよく閉める。

そして、ナナの顔に自分の顔を近づけ、下から愛嬌のある目で見つめる。


「さて、用意はいいですか?」


カズヤは手をゆっくりと振ってナナを促し、間近に光る観覧車に向かい歩き出す。

もういいんだ。
流れに任せよう。
観覧車が自分を呼んでいる、そう思った。
だからそれに応えるだけ。
そう、やってみるんだ。
直感……ナナもそう言った。



ところが、観覧車を見上げながら歩くカズヤはナナの気配を探し振り返る。

ナナはカズヤのバイク傍に立ったままだった。


「ん? どうした?」


ナナはカズヤに向かって右手を差し出す。


「連れてって」


カズヤは一瞬驚く表情を見せるも、笑顔に変わった。


「も、もちろん」


もう、拒むことはしない。
カズヤはバイクまで駆け戻り、ゆっくりとナナの手を取る。

武骨な手に包まれ、ひときわ白く光って見えるナナの手。

ナナの術中にはまっている、と疑ってみるよりも、今まで感じたことの無い感覚にやさしく背中を押されている、カズヤはそんな気がして足取りが軽かった。



左右に色とりどりのゴンドラが流れて見える観覧車の正面には、搭乗待ち乗客の列が通路伝いに長く延びる。
ナナの手を引き階段を上がってきたカズヤ、その長い列を見て足を止める。


「うわ、なんだこりゃ。しかもカップルばっか!」


ネズミの国がカズヤの頭をよぎる。


「それは……私たち……も?」


ナナは頭を少しだけ傾けてカズヤの目を見て問いかける。
カズヤはナナと繋いだ手に目をやる。


「そ、そっか」


カズヤは頭に浮かびそうなことを振り払うかのように笑い、少しだけ繋いだ手を前後させた。


「あ、ちょとまって」


カズヤはナナの手を離すと上着のポケットを探る。


「あれ? 財布……」


慌てて体中のポケットを探るカズヤ。


「スマホもねぇや……」


カズヤは引きつったニヤけ顔をナナに向ける。

ナナはそれに応えるという風ではなく、ただ作ったような微笑を浮かべる。


「あ~、バイクん中かな。いや、んなわけねぇな」


思い出せない。
普段そんなもんバイクになんか入れない。
頭が混乱し、バツの悪い表情のカズヤ。
ナナはそんなカズヤにも気にしない素振りで自分の髪の毛に指を通して整えた。

その時カズヤは辺りのざわめきに気がつく。


「なんだなんだ」


「おいおい」


ざわざわとしていたのはカズヤの周りの並んでいる客たちだった。
カズヤは人々の目線の先を追い、観覧車のゴンドラ搭乗口を見上げる


━━ゴンドラの搭乗口では改札係員とカップル二組がなにやら揉めている。


「またかよ」


カズヤはくだらない人の諍いを見るのが嫌いだ。
例によってこの間もったばかりでウザイにもほどがある。

だが、それを排除したいカズヤの気持ちとは裏腹に、やり取りが妙に頭にハッキリと入り込んでくる。


━━搭乗口では男たちが怒鳴り合っている。


「おい、俺らの方が先だろ!」


短い髪を黄色に染め上げた若い男が吼える。


「何抜かしてんだボケ。おめぇ一回列外れただろうが」


背が高く体格のよいシャツのボタンを胸まで開けたごくフツーのなりの男が上からひるまずに応じる。


「あぁん? あそこまでコーヒー買いに行っただけだろぉが!」


金髪の男は背の差をカバーするかのように上に向かってより大げさにキレ顔を作って叫ぶ。


「だったらテメェだけいってこい」


「そんなことしたらユーコが寂しがんだろ」


「プッ。犬か小学生かお前のツレは」


「なにぃ~!」


金髪とその連れのギャル系女がスゴみをハモる。

大男とその連れのヤンキー系女がそれに眼力で応じる。


そこへ改札係の男が割って入る。


「お、お客様、落ち着いて下さい。他のお客様にもご迷惑が掛りますので……」


「あぁん?」


こんどは金髪と大男が同時に改札係にスゴみかかる。


━━空のまま出発していくゴンドラ。


「だめだ、やめようぜ」


その様子を見て列を離れるカップルがちらほらと出てくる。


搭乗口を見上げていたカズヤが急に動き出す。

「ナナさん、今だ!」

カズヤはナナの手を引いて走り出す。
二人は出口側の階段に回り駆け上がる。


ゴンドラの降り口から到着客を降ろした搭乗係が騒ぎに駆けつけ、怒鳴りつける。


「何やってんだ! カラで出てんぞ! いい加減にしろ!」


「あんだとぉぉ?」


すると、金髪、大男それぞれが改札係、搭乗係の胸倉を絞り上げる。


「お、おきゃ……おちつ……て……」


係員は二人とも苦しそうに顔を赤くしている。

到着したゴンドラから降りてきたカップルも搭乗待ちの客達も騒ぎを見守る。

そしてカズヤとナナは出口ゲートを走り抜け、空のシースルー・ゴンドラに走りこむ。




大げさに滑り込むように椅子に座るカズヤ。

ナナはゆっくりと乗り込むと、ちょこんと腰掛けた。

扉を閉めるカズヤ。

上下左右を透明のガラスで包まれたゴンドラ内で向かい合う二人。



すぐにゴンドラが星の中を浮かび上がっていくかのように、互いの背面には湾岸の夜景がキラキラと降りていくのが見える。


「ふぅ、やった、脱出成功!」


カズヤは満足そうに一息つく。


「脱出? 乗ったんじゃないの?」


ナナは息も乱れず姿勢良く座っている。


「だって、そんな気分なんだもん」


「……フッ」


ゴンドラは二人を乗せ、さらに上がっていく。
背後には遠くの湾岸の夜景までくっきりと光って見える。



「綺麗だな。今夜は光がみんなクリアに見える」


カズヤはぼんやり外を見つめる。


「冬だからね。冬は遠くまで良く見えるの」


ナナは落ち着いた様子で話す。


「ナナさん、ナナさんさぁ、なんでトドに声かけたの?」


カズヤはナナに向き直り、問いかける。


「……さぁ?」


ナナはカズヤの目の問いにも答えずにかぶりを振る。


「動物愛護…かな?」


「フッ。そうかもね」


ナナはそう言うと、カズヤから目を逸らし外の景色に目をやる。

ナナのさえない反応に、カズヤもナナの瞳の方角へ目を移す。


━━小さく見える東京タワーに「2022」の電灯文字。



カズヤはふと、ルイコとこの観覧車に乗ったときのことを思い出した。


あの時、東京タワーはピンク色にライトアップされ、二人で驚いてはしゃいだ。
ルイコは喜んで、スマホで写真を撮りまくり、いつかあそこに上りに行こうと約束もした。
でもそれ以来、いつもそこにある東京タワーをそう意識して眺めることさえしないまま、今、こうして切なく見つめている。

ルイコは休みの日には出かけるのが好きだ。
たとえ前の夜に仕事で遅くなろうとも、俺も休みだったら朝から起こしてどっかに行こうと言う。
俺もバイクにルイコを乗せて出かけるのが好きだ。

行き先なんて行き当たりばったりだけど、二人でいるだけでどこでも楽しめた。
突然の雨でも『キャーキャー』いいながら後ろの席で笑顔で雨を手のひらに受ける、そんなルイコだった。
親の車を借りて出かけることもできたけど、ルイコにそれは必要ないと思った。

東京の道。
バイク。
ルイコ。

俺にとってのベストマッチング。
ルイコ以外にこうまで想える人と出会うとは思えなかった。


カズヤはそうしてルイコを思えば思うほど、今の現状が信じられないのだった。


「まさかこんな夜になるなんてさ……」


カズヤは東京タワーに問いかけるように言った。


「未来なんてわからないもの」


ナナはそう言うと、カズヤに向き直り、その横顔を見た。


「未来かぁ……んで、もうどんどん過去」


カズヤは外を見つめたまま呟いた。


「……」


ナナは何も言わずにカズヤの切ない目に目を細める。


「ナナさん彼氏とかは?」


カズヤは急にナナに向き直り、問いかける。


「わ、私? 私は……」


ナナは初めて言い淀み、動揺が顔に出た。


「……いない」


俯くナナの様子に、カズヤは今、ナナと向き合っていることを初めて強く意識した。


「あっ、聞いちゃいけないこと? ゴメン」


ナナは首を横に振ったがカズヤと目は合わせなかった。


「でもいないなんて信じらんねぇなぁ、ナナさん美人だもん」


「……カズヤ君、男と女ってそんなに簡単かな?」


ナナは問いかける。


「え?いや……そっか。簡単じゃないんだよね」


カズヤはこれまでの自分と今置かれている状況で混乱している自分、それを痛いほど感じて、これまで簡単に考えすぎていたと後悔していたところだった。


「でも、複雑なことなどなくて、お互いがシンプルに考えられる恋愛だったら本当に素敵ね」


ナナはカズヤに気を使ったと言うよりも、初めて純粋な自分の気持ちを出した、というように見えた。


「俺はね、俺はそう考えてたけど、今は違ったのかと思ってるよ。ただ、心地よさに身を任せてた。それがどうにかなるなんて考えもしなかった。」


「それっていつの話なのかな?心地いいなんて…」


「うんと……俺は……ぶっちゃけ今彼女いるよ」


「そう……」


「でも、もしかしてもういねぇのかも」


カズヤは自分の中にあるわだかまりを顔に出して言った。


「うまくいかなくなっちゃったの?」


「それさえもわかんない。俺たちどうなってるのか……」


「でも好きなんでしょ」


「……好き……みたい」


カズヤは照れくさそうにニヤけて言った。
いつもは口に出さない事がナナの前では躊躇ためらいなく言えたことが嬉しかった。


「正直者ね」


ナナは微笑で応えた。


「プッ。あ~、それガラじゃないし。ナナさん、意外と掘るよなぁ!」


二人、互いに堰を切ったように笑う。


━━いつの間にかゴンドラを包む沢山の白い光。




ゴンドラは下りに入り、景色も建物が近くに見える風景に変わってくる。
カズヤは前方の空に見えるきらびやかな光が空を照らしているのに気づき、興味を引かれた。


「あれ、あれなんだろ。さっきは見えなかった気がすっけど」


「うん」


「行ってみない?」



ナナは強い目を光の方角へ向けて頷く。


「そこがカズヤ君が行きたいところなら」


カズヤとナナは観覧車を背にし、手を繋ぎながら小走りで広場に出る。


「よっし! あっちだ!」


カズヤはナナの手を引き、走り出す。

二人は左右に優しい色の電灯が並ぶ橋を上って越えていく。


並木道を越えると、そこには派手な装飾で彩られたダンスイベント会場の入口があった。
これまでの道に人が見当たらなかったのがウソのように、ケミカルライトを手にする人や、キラキラ光る三角の紙帽子を身につけた人々などが大勢、チケットを係員に渡して次々と会場に入っていく。

カズヤはゲートに『Welcome! New Year Groove Dance Party!』と描いてあるのを見て呟く。


「まったく、気がはえぇな」


カズヤはいつも日本人てこうだよな、と思った。
次から次へとなんでもイベント事大好き。
でも、アメリカでも「Merry Xmas and Happy New Year!」なんだよな。
果たしてこいつらがそれ知ってんのか疑問だけど。


カズヤはこうやって自分の少ないアメリカ経験と日本を皮肉っぽく比べてみる癖があった。


「……」


ナナは黙ったままカズヤと繋いだ手に目をやる。
二人の手は違和感なく、いたって自然に固く結ばれていた。


入り口に近づくと、会場内から人々の歓声と、ド派手な音楽がガンガン聴こえてくる。
カズヤは普段はロックを好んで聞いていたが、職場の店で同僚がセレクトした音楽を聴くうちにほとんどオールジャンルOKとなった。
特に踊るときにはハウス、トランス、なんでもリズムさえあれば任せとけという感じで、その場の雰囲気に溶け込むのは人一倍早かった。

こんな夜は音楽の中で戯れるのが最善だ。
カズヤはそう思いつくと、それだけで体が少し軽くなった気がした。
周りを見回したカズヤはニヤッと笑い、ナナの正面に来て両肩をポンとたたき、そのまま大きく3歩下がると、手を広げてみせる。


「俺のパーティーへようこそ!」


「カズヤ君のパーティー?」


「もうすぐ俺の24回目の誕生日。キリストと同じ日に生まれたんだ」


「そっ……か……」


ナナは少し俯く。


「ちょい、待ち」


カズヤはナナをおいて会場を回りこむように走っていく。
またお得意の悪知恵を発揮する時だ。

戻ってきたカズヤは立ち尽くすナナの前にくるとニヤッと笑う。


「ちょっとこっちおいで」


カズヤはナナに手招きをする。


「え?」


「いーからいーから」


カズヤは急いでナナの手を取って走り出す。


「直感、直感。これ、ぜったい直感だから~」


カズヤは楽しそうに言うが、ナナの顔は逆に強張っていった。

ダンス会場を仕切っている間仕切りの隙間を強引に押し開けて中へと入ってくる。

ナナは既に中にいて、そんなカズヤを見つめている。


「よし、ダンシンッ、いこっ」


カズヤは軽い調子で言うと、再びナナの手を取り走る。

ガンガン鳴る音に合わせ、狂ったように踊る人々でフロアは満杯。



正面に陣取る、高い位置に設けられたブース上のDJがマイクであおる。


「イェー!」


「イェー!」


聴衆が歓声で応える。
すると、急に音楽が止まり、踊るのを止めた聴衆がDJに注目する。


カズヤはここぞとばかりにナナの手を引き人々を縫うように避けながら、フロアの中心に向う。
ナナはカズヤの背中を見据え静かに真直ぐ歩いてついてくる。


「よーし、あんまハジケすぎんなよぉ、まだ時間はタップリあるぜぇ!」


DJは言葉とは裏腹に、会場を端から端へと指を指していき、煽る。


「よ・う・い・はぁ、いいかなぁ?」


「イェー!」


聴衆が波打つようにDJに応える。


「ゥラーイト!」


DJが叫ぶ。

カズヤとナナはダンスフロアの真中にぽっかり空いた空間に辿り着く。


「へへっ。ベッストポジション!」


カズヤは楽しげにナナと繋いだ手をくるりと回し、ナナをターンさせる。
ナナはあまりにも突然のことに、促されるままターンしたが、目を丸くしてカズヤを見た。


「ナナさん、イー感じ!」


カズヤは満面の笑顔。
ナナは少しだけ照れくさそうな顔をカズヤに向ける。


「YO! ガンガンいくぜ!」


DJが再び叫ぶ。


「イェー!」


はち切れんばかりに盛り上がる会場。


「イェー!」


カズヤはナナに向けて叫ぶ。
ノリノリなカズヤに、微笑で応えるナナ。

再び音が地鳴りのように鳴り始め、弾けるように踊りだす人々に溶け込んで踊るカズヤ。
ナナは立ち尽くしたままそんなカズヤをまっすぐに見つめている。

カズヤは激しく踊りながらも、頭の中では没頭できずにいた。
忘れたい、ルイコの嘘も自分の疑いも、今夜の出来事も、この音楽、この体を打ち付けるリズムに乗せて、どこかにやってしまいたい。
そうして激しく体を揺らしながら頭の中の一部分を黒く塗りつぶしてしまおうと試みるカズヤ。
クリスマスに浮かれる人々、その波に乗れない自分、その間にあるモヤモヤとした何かを忘れられる、そんな気がした。
いや、そうなって欲しかった。

暫く踊るカズヤを見つめていたナナ、その目を外すと次第に顔が陰っていく。
そして今度はのしかかるような重い目でカズヤに目を戻す。

カズヤは気づかずに踊っている。

ナナはその場にしゃがみこむと同時に、両手で顔を覆う。


「え?」


そのナナに気づき、踊りを止めるカズヤ。
ナナは顔を覆ったまま左右に首を振る。


「ナナ……さん?」


ナナはカズヤの呼びかけに応えるように顔を上げると、強い目でカズヤを見る。


━━立ち尽くすカズヤとしゃがんだままのナナが踊り狂う人々の中で見つめあっている。




カズヤはナナの手を引きダンス会場から出てくる。


「あぁ、最高だった! こんなの超久々!」


カズヤは空いている手を上に伸ばしながら満足そうな顔を見せる。


「……楽しそうだった、カズヤ君」


ナナは淡々と言葉を返す。


「はいっ。その通りっ。間違いないです!」


カズヤはナナの様子を気にかけ、努めて明るく振舞った。


「……」


何も言葉を返さないナナ。


「さっ、そろそろ帰る?」


カズヤは、これ以上ナナといることに限界を感じていた。
自分の前に突然現れたナナ。
何か、深刻な何かを持っていそうなこの美しい女性。
でもたぶん今の自分には何もしてやれない。
そう、ルイコのことで頭がいっぱいなんだ。

だが、ナナはカズヤの問いかけに首を振り、眉間にしわを寄せて言う。


「……離れない」


「……」


そのナナの表情を前に、言葉が出ないカズヤ。


「お願い……」


愁いを帯びたナナの目がカズヤの目に入り込む。


「え? え?」


カズヤはナナがここまでして自分に助けを求めるような表情を向ける理由は何だろうかと考えた。
そしてまた、自分がどうにもナナを放っておけないような気持ちがあるのは何でだろうかとも考えた。
でもわからない。
ただ、ナナは目の前にいて、ルイコはいない。

今は、この危ういナナという存在を自分の前から消したくない、カズヤはそう思い直した。


「あ~、でもさ、ナナさん。今からまた何処いくの?」


「だからあなたの……あなたの強く求める場所へ」


ナナは眉間にしわを寄せながら、再び求めた。


「あー、またそんな!」


カズヤは笑い、でももう冗談も思いつかない。
ただ真直ぐカズヤを見つめ、答えを待っているナナ。


「よし、直感、だよね? うーん、あっち!」


カズヤはいかに適当にナナの方を向いたまま、後方を指差す。


「とりあ、またあれ走ろぜ!」


カズヤはなんだかわからないが、自分がこの流れには逆らえないらしいことを悟ると、どうせこんな夜、とことんナナに付き合うのも悪くないと思うようにすることにした。
そう吹っ切れたカズヤは表情が変わった。


「さ、れっつぅ?」


カズヤはナナに向かって聞き耳ポーズをする。

ナナは何も応えない。


「んー、んー、はい、れっつぅ?」


カズヤは負けずに続ける。


「……ゴ、ゴー?」


ナナは仕方なく引きつりつつ小さく答える。


「やった! Gotcha!」


照れくさそうな笑顔でナナを見つめるカズヤ。
顔の前に下がった髪の毛の奥から弱く微笑み返すナナ。



-本編6につづく
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