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本編
本編7.スモール・タイム
しおりを挟む街へ、街へ。
バイクを飛ばすカズヤの意識はこの人気の無い湾岸沿いのエリアから、街へ向かうことに集中していた。
「速く、速く、もっと……」
カズヤはフルスロットルでバイクを飛ばしていても、それ以上を求めている。
前とは逆に、乗りなれたこのバイクがいつになく言うことを聞いてくれない。いつもより扱いづらい。あんなに自分の身体の一部かのようだったのに。
カズヤは今にも自分がバイクの前にせり出してそのまま飛んでしまいそうな錯覚を覚えた。
そしてようやく街の明かりの中へ吸い込まれていく。
━━交差点で信号待ちをする人々が見える。
「まだ…いける」
━━と、思いかけた瞬間にその人々の体が部分的に薄く透き通って見える。
「あっ、くそっ! なんだよ、急げよ!」
カズヤとバイクは、街の光を受け常に変化しながら光を反射させている。
道を折れるたびに、不安に駆られる。
人の姿が見えれば安心し、気配がなくなると不安に襲われ…繰り返すその波の中、カズヤはただただ、スピードを上げてルイコのマンションを目指した。
カズヤはマンションの前で後輪を滑らせながら停まり、ルイコの部屋を見上げる。
━━暗い部屋の窓。
だが、あの夜にわずかに開いていたカーテンが完全に閉まっていて何か前とは違う空気を感じた。
カズヤはマンションのエレベーターを降りると、ルイコの部屋の呼鈴をしつこく鳴らし、ドアを叩く。
「ルイコ! 俺! 俺だって!」
だが、中からは何も反応が無い。
「クソッ。またこんな時に……」
カズヤはドアに手を掛け、頭をもたれてうなだれる。
そのまま膝の力が抜け、頭をドアにこすりつけながらしゃがみこんだ。
公園で次第に姿が薄くなっていくナナの姿が頭に浮かぶ。
「あっ、そうだ……。こういうのってきっと出来る……よな」
カズヤは半歩下がり、ドアに向かい正対する。そして、全身に力を入れる。
「いやっ、出来なくていい。嘘でいい」
カズヤは力いっぱいドアに向かって体当たりをする。
すると、ドアをすり抜け部屋の中へ吸い込まれた。
ルイコの部屋の暗い玄関に倒れこむカズヤ。
「あーっ、あーっ、くそっ! できやがったっ!」
そう言って悔しそうに右手で床を2度叩いてから、震える拳を見つめた。
まだここにいる。
でも俺は死ぬ。やっぱりそうなんだ。
何で俺が……。
人影の無い暗い室内。
熱帯魚の水槽だけが青く光っている。
熱帯魚は底の砂に沈んだエサを穿り出して食べている。
部屋を見渡すと、すべてが奇麗に整えられて見えた。
見慣れない段ボール箱が目に入ると、空いた口からキチンと整えられた衣類がのぞいていた。
首をかしげるカズヤ。
まさかどこかへ?
誰と?
充電器の上に乗ったルイコのスマホが見える。
「何だよまた忘れやがって……」
カズヤは慌て者のルイコに時々イライラすることもあったが、ことにスマホに関しては良い思い出が無い。
そう、ラーメン事件もだ。
「おはよ、ルイコ。 超バッド。バイクが動かねぇ」
「え? それって大変じゃん!」
「わぁり。迎えに行けないから現地集合でいい?」
「うん。いいよ。どこ行ったらいいの?」
「う~ん、最寄は新代田駅かな。ちょっと歩くけど、マジうめーんだ、そのこラーメンが」
「ひゃー、楽しみ~。ラーメンランチ大会!」
「駅は下北の次だから。ほんじゃ、ちょっと遅くなるけど1時で。」
「うん! わかった! あとでね。」
その時もルイコはスマホを持って出るのを忘れた。
おかげで俺は『新代田駅』で、ルイコは『世田谷代田駅』で、1時間以上も待つハメに。
いくら代田つながりとはいえ、いくらどちらも下北の隣とはいえ、電話をかけ続けても留守電。
まさかと思って、俺が歩いて世田谷代田駅まで行かなかったら……。
でも本当にイライラしたあの時でさえもルイコに会うとどうでもよくなっちゃうんだ。
「もー、カズヤ遅すぎだよ!」
「あんさぁ……」
「あ、でもいいよ。カズヤ電車慣れてないもんね。仕方ないよ」
「それよかさ、ルイコ、スマホは?」
「ん? あっ、ない。忘れてきちゃった」
「……」
「で? どこどこ、すんごくおいしーラーメン屋!」
笑顔でこれから楽しむラーメンへの期待感に溢れた顔をカズヤに向けるルイコ。
「あのさぁ……」
駅が違って、スマホつながんなくて、俺がこっちの駅まで歩いて、そもそもルイコは俺に連絡しようともし無くて……でもそんなこと、どうでも良くなっちゃうんだ、ルイコといると。
そう、たとえば俺が仕事のこととかでトンガッた時とかでも、会えばうまく俺の角を丸めてくれる。
そんな欠かせない存在。
俺にとって……。
カズヤは部屋のミシン台に目を向けると、壁に貼ってあるコートのデザイン画が目に入る。
すぐに近寄って目を凝らす。
━━木枯らし描写の寒々しいカズヤの絵。
━━カズヤの欲しかったコートの絵。『カズヤ大好き!』の文字。ハートマーク。
「ああっ、くそっ、俺は、俺は、なんて! くそっ! ルイコ! どこだよっ!」
カズヤはミシン台をドン、ドンと叩く。
━━ミシン台の上に置かれた魔女の置物がその振動で揺れている。
バイクを『マール』のビル入り口前で急停止させるカズヤ。
バイクに跨ったまま中の様子を伺う。
『マール』内部は暗く静まり返っている。
入り口のガラス扉に「誠に勝手ながらしばらくお休みさせていただきます。お正月休み明けの営業予定も未定です。ご連絡は……」と書いた張り紙を見る。
目を細め、再びバイクを走らせるカズヤ。
閑静な住宅地に建つ一軒家。
━━玄関の表札に『正田』とある。
大晦日の深夜だからだろうか、周りの家はまだ電気が点いているのが大半で、それに比べ、この家だけ真っ暗でひっそりと静まりかえっている。
大きく吹かす音を立てながら、自宅に到着しバイクを車の無い車庫の真中に停めるカズヤ。
家の中は明かりが見えず、人の気配はない。
カズヤには家族はもう寝静まっている、という風にはとても思えない確信があった。
家の中。
毎年、大晦日は両親も夜遅くまで起きているのが常だったし、おせち料理の準備でテーブルの上は惣菜でいっぱいのはずだ。
だがここにはそれが、ない。
何かを捉えようと視線を回すと、リビングのソファに抱かれたローテーブルの上に大きな封筒が置いてあるのが目に入る。
━━表書きには『402号室・正田和也様』と手書きの文字があり、下に『新初台総合病院』との印刷がある。
ハッと顔を上げるカズヤ。
「そうか、だからみんな……ルイコもきっと……」
そそり立つ、白亜の巨大な建物の下に着くと、暗い夜でも真っ黒く油ぎったようなアスファルトがロータリーを取り巻いていた。
建物の上部に『新初台総合病院』の文字が浮かび上がるように掲げられている。
黒い空間に浮かぶように、カズヤのバイクが停まっている。
カズヤはエントランスを走り、エレベーター待ちの患者を横目に、目に入った階段をやみくもに飛ばしながら駆け上がる。
グルグル、グルグル、上へと駆け上がるカズヤはきっとすぐにルイコに会える、そう信じて疑わなかった。
この階段さえ上がりきれば。
カズヤは、4階の病棟に着くと、部屋の番号を順番に見て行く。
406、405……404号室と確認しながら、二部屋先の402号室の表示を見つけ、室内に駆け入る。
━━頭を包帯で巻かれ、酸素マスクをつけた現実のカズヤがベッドに横たわっている。
窓の外には無数の高層ビルの赤いがゆっくり、バラバラと点滅している。
ベッドの傍らには、カズヤの母・知美、父・幸雄、弟・浩人、医師、看護師が立っている。
ベッドのカズヤの脈を取っていた医師が口を開く。
「よくこの一週間持ち堪えたと思いますが残念ながらもう限界に近づいています。覚悟をしておいてください」
家族がそれぞれベッドのカズヤにすがり叫ぶ。
「カズヤ! 起きなさい! 母さんよ!」
「カズヤ!」
「アニキ! もう冗談いいから起きろよ!」
立ち尽くすカズヤ、一筋の涙を床に落とす。
家族にも……何もできなかった。
親孝行も浩人へのアドバイスのひとつも。
家族……俺の大事な家族。
何やってたんだ俺……。
何で死ぬんだよ、俺。
すると、家族や医師達の体の一部が所々薄く透き通っていく。
「あーっ」
カズヤはどうにもならない自分の運命に声を上げた。
━━ベッド横のテーブルに畳まれたコートがあり、赤い裏地が映える。
「あっ、ルイコ? ルイコは?」
カズヤは思い出したように周りを見回し、廊下にも目を走らせるが、どこにもルイコの姿はない。
「こんな時になんで……時間がねーよ!」
カズヤは腹から叫び、今来た階段に向かい走り出す。
前から看護士が小走りで向かってくるのもかまわず、それをすり抜けて走り去るカズヤ。
再び幹線道路上をバイクで疾走するカズヤ。
「頼む。もう少し。もう少しだけ…」
だが、カズヤにはルイコのいる場所など見当もつかなかった。
ただ、最後に約束した……あの待ち合わせ場所。
何かあの時のことを強く感じ、ルイコに会える気がした。
ルイコが笑顔でやってくる。
そう想像したあの場所。
いやそれだけじゃない。
人の少ないところには居たくない、人が多いところへ行けばまだ自分がまだ生きていることを確かめられる。
その人々の中にルイコがいる気がした。
もしあの場所で誰も見られなくなったら……。
カズヤのバイクはルイコとの待ち合わせ場所だった交差点に入って来る。
━━破魔矢や羽子板を持つ多くの通行人が横断中のスクランブル交差点手前でバイクを停め、跨ったまま周りの人々をヒステリックに見回すカズヤ。
「ルイコ、ルイコ!」
その間にも一人二人と通行人がランダムに透き通り消えていく。
次第にペースを速め消えていく人々を目の当たりにし、目を剥き息荒く、パニックになるカズヤ。
「はぁ、はぁ…ルイ……」
あの時あった、駅前広場の白いツリーはもうなくなっている。
━━公園での告白。
「やったぁぁぁ! うおおお!」
ルイコを抱きしめるカズヤ。
━━ルイコの部屋。
壁のデザイン画。
針先を見つめ、懸命に布を滑らせるルイコ。
「はぁ、はぁ……やだぜ、そんなの。ありえねぇよ」
カズヤは荒々しくスロットルを吹かす。
「ルイコォォォォ!」
カズヤは力いっぱい叫ぶと、バイクのスロットルを全開にし、タイヤを鳴らしながら、横断中の人々に構わず交差点に向い急発進し、全速力で一直線に走る。
辺りの人々すべてが、蒸発するような早いペースで連続して消えていく中、猛スピードでバイクが駆け抜け、そのまま真直ぐ走り去る━━。
つづく
-本編8は最終章です…ありがとう-
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