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第九章 大敵の行方
9-7 白剣蒼槍、くんずほぐれつ
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一時期の厳しい日差しも鳴りを潜め、今は心地よい温もりが秋の修練所に立つ二人の幻導士に降り注ぐ。
かたや白の鎧に身を包んだ麗人・カミラ。幅広な片刃の直剣の腹をひと撫で、元々厳しい目つきを殊更に険しく。目の前の青い騎士を見据える。
「覚悟はいいな。シェラ殿がああ言った以上、寸止めなどせん」
勇ましい内容とは裏腹の、自分自身にも言い聞かせるようなカミラの口調。こう言い続けないと、剣を握る手が震えてしまいそうだから。
目の前で傷つくのを見たくないから、弟を自分から遠ざけ続けた。だが彼には確かな才があり、カミラの立つ領域まで歩いてきた。きてしまった。
「本気でやらせてもらうぞ、クラレンス」
だからもう、逃げ続けるのはやめにする。
「言い出したあんたが全力でなければ、意味がない」
そんな姉の心、何となく汲んでいるものの。弟の目に迷いはない。
「無論、怪我をするつもりもないが」
ずっと追い続けてきた背中に、手を届かせる。今はそれだけ。
「俺が勝負審判だ。互いに気のすむまでなんて言ったら、クラレンスが出発できねえからな」
審判を買って出たオーガスタスが二人の立つリングに進み出た。リングと言っても砂を敷いただけだが、いよいよ緊張を高めた白と青の対照が、頭上に広がる青空さながらシェラの目に映える。
「一応、この中で戦えよ。それじゃ──開始だっ!」
「あれ?」
掛け声と同時にぶつかり合うと思い、入り口で身構えていたシェラが拍子を外される。両者盾を構えたまま、じりじりと円を描きくように間合いを計ること、数秒。
「さ、俺らは邪魔にならねえ場所で見るとしようぜ」
さらにオーガスタスがそそくさとリングを後にし、シェラを連れ立って場外にある武器置き場へ向けて歩き出した。
「え、え? オーガスタスさん、審判は……?」
「ただの姉弟喧嘩、血剣祭と違って命の取り合いじゃねえからな。開始の合図さえしてやれば、俺の仕事は終わったも同然だ。……よっこらせ」
あっけに取られたシェラをよそに、オーガスタスはどっかと地べたに腰を下ろした。そのあまりに自然な行動に、シェラもそれ以上追及できず隣に座る。戦況は未だ動かないまま、もう一分が過ぎようとしている。
「オーガスタスさんと戦った時は攻撃的でしたよね、クラレンスさん」
「そこは相性ってやつだな。俺はお世辞にも守りが上手いとは言えねえし」
「ってことは、カミラさんはやっぱり……」
「ああ。どこに行ったって自慢できる、最高の盾だ。で、クラレンスはカミラの弟。あいつを一番近くで、小さな時から見続けた男だ」
下手な攻撃こそ致命傷を招くことを、互いに分かっている。
「お互いに我慢しながら、隙を窺ってるんでしょうか」
「そうだな。が、分かりやすい隙なんて互いにない。こういう時に先手を取るには、何が大事だと思う?」
「えっ? えーと……」
不意に投げかけられた問いに、シェラは戸惑いつつも考える。テレザを見て、血剣祭を見て、魔物との戦いを経て。何が機先を制するのに重要か。
「しゃ──」
シェラが口を開いたと全く同時に、砂が騒がしく鳴る。クラレンスが固く閉ざしていた城門を開き、攻勢に出た。
当然カミラは盾で弾き、反撃に転じようとするものの……剣を握る腕はピクリとしただけ。振り上げられることはなかった。
盾から伝った衝撃が、あまりにも軽い。
「次が本命だ、っ!」
そう気を入れたカミラを、危うく左足が浮くほどの衝撃が襲った。
一撃目を軽く速く突いて距離を測り、直後に強打。拳闘で言えばワン・ツーと呼ばれる基本パターンではあるが、これだけ速度と威力に恵まれれば読めていても厄介だ。さらにクラレンスの型は癖が少なく、穂先がそのまま拡大されと感じるほど、突きの軌道が見づらい。
基本に実直かつ強力な攻撃、そして守りも隙が無い。直接対峙して、カミラは実感する。
「なるほど。まるで私じゃないか、クラレンス」
砂被り席で、二人のファーストコンタクトを見たオーガスタスがうんうんと頷いていた。
「やっぱ、クラレンスから仕掛けるよな……で、シェラ。さっきは何て言おうとしたんだ?」
「あ、えっと……『射程の長い方』って」
「おぅ正解だ。一方的に攻撃できれば、簡単に主導権を握れるってな」
「じゃあ、この戦いは」
クラレンスさんが有利なんですか、と言いかけて慌ててやめる。軽々しくどっちが勝ちそうだ、などとシェラが言うのはあまりにも二人に無礼だ。
「そればっかりは終わってみないと分かんねえな。だって射程が長ければ勝てるんなら、皆飛び道具を使うはずだ」
でも実際はそうじゃねえ、と口角が釣り上がる。
「どんな武器にも、長所と短所はある。結局はどれだけ使いこんだかが物を言うんだ。俺が銃を使ったって、その辺のウサギも狩れやしねえよ」
「確かに! オーガスタスさんなら弾を撃つより、銃で叩いた方が強そうですね」
「おう……そうだな」
テレザやクラレンスと、数多の近接武器で互角以上に渡り合ったオーガスタスが言うと重みが違った。
「っぉぉお!」
会話を遮り、気合が漏れる。シェラが膝を打つ間にも、姉弟の息遣いは激しさを増していた。剣を振り切れる間合いに踏み込みたいカミラを、クラレンスが自慢のリーチで突き離し続ける。
「これまでからすりゃ、何とも皮肉だな……」
砂利を踏みしめ、盾をかざし、切っ先をねめつけ――二人の削り合いを見るオーガスタスは、ついつい率直な思いを口にしてしまう。あれだけ接触を避け続けたカミラが、今はクラレンスに追いすがっている。
とはいえ流麗な水の術式は封印し、幻素は自身と武具への付加術のみに回す。クラレンスを程々に追い回し、息切れするのを待っている。
「いつまで、続くんでしょうか」
「この手の我慢比べでカミラが負けた所は見たことねえ。クラレンスがどれだけ術式のキレに物を言わせられるか、だろうな」
「『暴嵐怒涛』とか……?」
「それで息切れして負けたのが血剣祭だ。確かにありゃ大した技だが、それだけでカミラは倒せねえ」
ぼんやりと尋ねたシェラの言葉は即座に否定された。
「じゃ、じゃあどうすればいいんですかっ」
センスは同等でも、数年分の経験値の差か。クラレンスの攻めが徐々にカミラに見切られ始める。ついに穂先を掻い潜り、踏み込んでの左薙ぎ。巨大な盾で器用にいなすクラレンスだが、カミラが再び猛然と噛みつく。体ごと盾をクラレンスに向けて押し込み、槍を繰り出せる隙間を潰す。自身の白い直剣は腰だめに、振り切れるタイミングを探る。
「まっ、また攻め込まれて……!」
「落ち着け落ち着け。『最強が最適とは限らない』ってな。さっき言った術式のキレってのは、編むの速度や正確さのことさ。本来風は、そういうのに長けてる」
知らず知らずクラレンス贔屓になっているシェラに笑いつつ、オーガスタスは戦いを静かに見守る。
「俺と戦った時の焦りが、今のクラレンスには見当たらねえ。安易に大技に訴えるようなことはしねえよ」
実際に刃を交えた戦士として、オーガスタスには確信があった。
「もう、俺とやった時とは別人だ。姉貴に見せてやれクラレンス、お前の十年を」
かたや白の鎧に身を包んだ麗人・カミラ。幅広な片刃の直剣の腹をひと撫で、元々厳しい目つきを殊更に険しく。目の前の青い騎士を見据える。
「覚悟はいいな。シェラ殿がああ言った以上、寸止めなどせん」
勇ましい内容とは裏腹の、自分自身にも言い聞かせるようなカミラの口調。こう言い続けないと、剣を握る手が震えてしまいそうだから。
目の前で傷つくのを見たくないから、弟を自分から遠ざけ続けた。だが彼には確かな才があり、カミラの立つ領域まで歩いてきた。きてしまった。
「本気でやらせてもらうぞ、クラレンス」
だからもう、逃げ続けるのはやめにする。
「言い出したあんたが全力でなければ、意味がない」
そんな姉の心、何となく汲んでいるものの。弟の目に迷いはない。
「無論、怪我をするつもりもないが」
ずっと追い続けてきた背中に、手を届かせる。今はそれだけ。
「俺が勝負審判だ。互いに気のすむまでなんて言ったら、クラレンスが出発できねえからな」
審判を買って出たオーガスタスが二人の立つリングに進み出た。リングと言っても砂を敷いただけだが、いよいよ緊張を高めた白と青の対照が、頭上に広がる青空さながらシェラの目に映える。
「一応、この中で戦えよ。それじゃ──開始だっ!」
「あれ?」
掛け声と同時にぶつかり合うと思い、入り口で身構えていたシェラが拍子を外される。両者盾を構えたまま、じりじりと円を描きくように間合いを計ること、数秒。
「さ、俺らは邪魔にならねえ場所で見るとしようぜ」
さらにオーガスタスがそそくさとリングを後にし、シェラを連れ立って場外にある武器置き場へ向けて歩き出した。
「え、え? オーガスタスさん、審判は……?」
「ただの姉弟喧嘩、血剣祭と違って命の取り合いじゃねえからな。開始の合図さえしてやれば、俺の仕事は終わったも同然だ。……よっこらせ」
あっけに取られたシェラをよそに、オーガスタスはどっかと地べたに腰を下ろした。そのあまりに自然な行動に、シェラもそれ以上追及できず隣に座る。戦況は未だ動かないまま、もう一分が過ぎようとしている。
「オーガスタスさんと戦った時は攻撃的でしたよね、クラレンスさん」
「そこは相性ってやつだな。俺はお世辞にも守りが上手いとは言えねえし」
「ってことは、カミラさんはやっぱり……」
「ああ。どこに行ったって自慢できる、最高の盾だ。で、クラレンスはカミラの弟。あいつを一番近くで、小さな時から見続けた男だ」
下手な攻撃こそ致命傷を招くことを、互いに分かっている。
「お互いに我慢しながら、隙を窺ってるんでしょうか」
「そうだな。が、分かりやすい隙なんて互いにない。こういう時に先手を取るには、何が大事だと思う?」
「えっ? えーと……」
不意に投げかけられた問いに、シェラは戸惑いつつも考える。テレザを見て、血剣祭を見て、魔物との戦いを経て。何が機先を制するのに重要か。
「しゃ──」
シェラが口を開いたと全く同時に、砂が騒がしく鳴る。クラレンスが固く閉ざしていた城門を開き、攻勢に出た。
当然カミラは盾で弾き、反撃に転じようとするものの……剣を握る腕はピクリとしただけ。振り上げられることはなかった。
盾から伝った衝撃が、あまりにも軽い。
「次が本命だ、っ!」
そう気を入れたカミラを、危うく左足が浮くほどの衝撃が襲った。
一撃目を軽く速く突いて距離を測り、直後に強打。拳闘で言えばワン・ツーと呼ばれる基本パターンではあるが、これだけ速度と威力に恵まれれば読めていても厄介だ。さらにクラレンスの型は癖が少なく、穂先がそのまま拡大されと感じるほど、突きの軌道が見づらい。
基本に実直かつ強力な攻撃、そして守りも隙が無い。直接対峙して、カミラは実感する。
「なるほど。まるで私じゃないか、クラレンス」
砂被り席で、二人のファーストコンタクトを見たオーガスタスがうんうんと頷いていた。
「やっぱ、クラレンスから仕掛けるよな……で、シェラ。さっきは何て言おうとしたんだ?」
「あ、えっと……『射程の長い方』って」
「おぅ正解だ。一方的に攻撃できれば、簡単に主導権を握れるってな」
「じゃあ、この戦いは」
クラレンスさんが有利なんですか、と言いかけて慌ててやめる。軽々しくどっちが勝ちそうだ、などとシェラが言うのはあまりにも二人に無礼だ。
「そればっかりは終わってみないと分かんねえな。だって射程が長ければ勝てるんなら、皆飛び道具を使うはずだ」
でも実際はそうじゃねえ、と口角が釣り上がる。
「どんな武器にも、長所と短所はある。結局はどれだけ使いこんだかが物を言うんだ。俺が銃を使ったって、その辺のウサギも狩れやしねえよ」
「確かに! オーガスタスさんなら弾を撃つより、銃で叩いた方が強そうですね」
「おう……そうだな」
テレザやクラレンスと、数多の近接武器で互角以上に渡り合ったオーガスタスが言うと重みが違った。
「っぉぉお!」
会話を遮り、気合が漏れる。シェラが膝を打つ間にも、姉弟の息遣いは激しさを増していた。剣を振り切れる間合いに踏み込みたいカミラを、クラレンスが自慢のリーチで突き離し続ける。
「これまでからすりゃ、何とも皮肉だな……」
砂利を踏みしめ、盾をかざし、切っ先をねめつけ――二人の削り合いを見るオーガスタスは、ついつい率直な思いを口にしてしまう。あれだけ接触を避け続けたカミラが、今はクラレンスに追いすがっている。
とはいえ流麗な水の術式は封印し、幻素は自身と武具への付加術のみに回す。クラレンスを程々に追い回し、息切れするのを待っている。
「いつまで、続くんでしょうか」
「この手の我慢比べでカミラが負けた所は見たことねえ。クラレンスがどれだけ術式のキレに物を言わせられるか、だろうな」
「『暴嵐怒涛』とか……?」
「それで息切れして負けたのが血剣祭だ。確かにありゃ大した技だが、それだけでカミラは倒せねえ」
ぼんやりと尋ねたシェラの言葉は即座に否定された。
「じゃ、じゃあどうすればいいんですかっ」
センスは同等でも、数年分の経験値の差か。クラレンスの攻めが徐々にカミラに見切られ始める。ついに穂先を掻い潜り、踏み込んでの左薙ぎ。巨大な盾で器用にいなすクラレンスだが、カミラが再び猛然と噛みつく。体ごと盾をクラレンスに向けて押し込み、槍を繰り出せる隙間を潰す。自身の白い直剣は腰だめに、振り切れるタイミングを探る。
「まっ、また攻め込まれて……!」
「落ち着け落ち着け。『最強が最適とは限らない』ってな。さっき言った術式のキレってのは、編むの速度や正確さのことさ。本来風は、そういうのに長けてる」
知らず知らずクラレンス贔屓になっているシェラに笑いつつ、オーガスタスは戦いを静かに見守る。
「俺と戦った時の焦りが、今のクラレンスには見当たらねえ。安易に大技に訴えるようなことはしねえよ」
実際に刃を交えた戦士として、オーガスタスには確信があった。
「もう、俺とやった時とは別人だ。姉貴に見せてやれクラレンス、お前の十年を」
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