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第一章
第六話 『異世界転生はじまってました』
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爽やかな笑顔で馬車を降りてきたコートナー卿が、優雅に手を差し伸べてきた。
「日暮れも近づいている。女性のひとり歩きは危ないよ。君の師匠の研究所まで送っていこう」
「い、いえ、わたしは歩いて帰りますので」
一歩後退りし丁重に断るが、卿はそれで引き下がるようなお方ではなかった。
「あまり目立ちたくないんだろう? 大丈夫、研究所の手前で降ろしてあげる」
「しかし……」
「女性に無体を強いることなど、家名にかけてしないと誓おう。さぁどうぞ、お嬢さん」
麗しい笑顔なのに、絶対に譲らない圧力がひしひしと感じられる。
わたしは小さく息を吐き、仕方なしに卿の手を取った。
なにかあったら遠慮なく魔法を打ち込もう。正当防衛だから仕方ないと、御師様もわかってくださるだろう。
コートナー伯爵こと、リヴィエール・エイン・バートハル様。現在十九歳。
この若さで亡きお父上から爵位を継ぎ、歳の離れたお歴々方を相手に、社交界でも怯むことなく立ち回っているという頭の切れるお方。王国騎士団の団長とは生まれたころからの幼馴染で、兄弟のように育ったと聞いている。ゲームでも同じ設定だ。
揺れが少ない伯爵家の馬車の中。そのイケメンに、ものすごく見つめられている。それはもう穴が開くくらいに。微笑みを浮かべているけれど、まるでわたしを観察しているかのようだ。
不躾ではあるけれど、わたしも卿を確認するためにお姿を盗み見る。
お顔は当然整っている。ゲームでよく見た。だが少し幼さが残っているように感じる。身体の線も幾分細めだ。これはゲーム開始時と一年の差があるから、成長の度合いが違うということなのだろうか。我が家の兄もそうだったが、この年頃の男性は、一年あれば急激に大人の身体になるものだ。
「そんなに僕が気になるのかい?」
組んだ脚の上に頬杖をつき、コートナー卿が口許だけ笑みを浮かべた。穏やかで余裕のある態度だが、どこか引っかかりを覚える。一筋縄ではいかない方だと直感が告げた。
この状況を打破すべく、思い切って尋ねてみる。
「コートナー卿、わたしになにか用があるのでしょうか」
「そうだよ」
「日暮れまでに戻らなければ、師が心配いたします。率直にお話しいただければありがたいのですが」
あえてコートナー卿を真っ直ぐ見つめ、硬い声で言い切った。
「いいね、その思い切りのよさ。見れば見るほどシャルティーナなのに、自身の芯をきちんと持っている」
「……どういうことでしょう」
不思議な言い回しに思わず眉根が寄る。
コートナー卿は、ふ、と小さく笑い、
「君も知っているかと思ってね。――『伯ネス』のこと」
そう言ってわたしの顔を覗き込んできた。
「どうして……それを……」
あまりの衝撃に声が震える。冷静であろうと努めても、鼓動は逸り、頭の中ではたくさんの疑問が駆け巡った。
そんなわたしを他所に、コートナー卿は身体を起こして輝くような満面の笑みを浮かべた。
「ああよかった! 僕だけじゃなかったんだ、嬉しいよ!」
「――ええ!?」
零れた声を抑えるため、慌てて手で口許を覆う。
今までとは違う、喜びを全面に出した表情で、コートナー卿は背凭れに身体を預けた。
「気づいたら伯ネスの世界で、しかも攻略キャラのひとりになってるじゃないか。夢かと思ったよね!」
あっははは、と声を上げて笑っているが、わたしはそれどころではない。
どういうことなの? なにが起こっているの?
「いつか主人公に会えるんじゃないか、もしかしたらその子も自分と同じ状況なんじゃないか、と希望を持っていたんだけど、実際にそうだと心底嬉しいものだね」
ほう、と大きく息を吐いて、コートナー卿は柔らかい微笑みを浮かべた。その表情が、本当の卿の心の現れなのだと気づく。
とはいえ、あまりに突飛な状況だ。わたしは言葉を選びながら、卿へ尋ねた。
「ええと、あの、状況が、うまく飲み込めないのですが……?」
「つまり、『わたし』も君と同じ、日本に生まれたときの記憶を持っているってことさ」
「――――!!」
そっとわたしの手を取った卿が、いたずらっぽく片目を瞑ってみせた。イケメンにしか許されない仕草だ。
「貴方も、伯ネスをやっていた記憶が……?」
「あるよ。日本では女だったし。全クリ目指して、勉強の合間によくやったな」
「全員クリアしているのですか!」
「あれ? 君はしてないの?」
「ふたりくらいクリアして、王子ルートで力尽きまして……」
「ああー、あのルート難易度高い上に話が長いもんね」
「そうなんです……」
「ちなみにクリアしたルートは?」
「ええと、コートナー卿と、青狼隊隊長と、王子様ですね……」
「嬉しいな、僕の恋人になってくれたの」
「貴方ではなくゲームの話です! ……って、あの、本当に……?」
「本当だよ。こんな頭がおかしい話、普通の人には言えないだろう? 信じて欲しいな」
失礼のない程度に、卿の手を振り払う。だがコートナー卿は両手を軽く掲げ、嬉しそうに笑うだけだ。
その表情がふと緩み、薄茶の瞳が閉じられる。
「ほっとしたよ。おかしな状況に放り出されているのが自分だけじゃないんだって、わかるだけでも心強いものだね……」
「コートナー卿……」
途方に暮れたような声で卿が呟いた。
この方も、わたしと同じく不安だったのだ。不可思議な状況に置かれ、この世界もこの記憶も本物なのかわからない中、誰にも言えない辛さはよくわかる。
そして、少し幼さを感じる寂しげな表情に、膝を抱えた小さい女の子が重なった。この子が卿の前世なのだろうか。
なんと声をかければいいのか迷っていると、卿が片方の口角を上げ、自然な動作で片目を瞑った。
「というわけで、他人行儀な呼び方はしないで欲しいな。僕たちは一蓮托生、運命共同体なんだよ? リヴィと呼んで」
「さすがにそんな不敬はできません!」
「えー? ダメかな?」
コートナー卿が即答したわたしを覗き込んできた。眉を下げ悲しげな表情を浮かべ、僅かに首を傾げる姿は『あざとい』の言葉に尽きる。尽きるが、わかっていても心臓がぎゅんと掴まれた。
「イケメンの破壊力……!」
「そりゃ攻略キャラのひとりだからね」
「しかも女の子の扱いがうますぎ問題……!」
「うち、姉ひとり妹三人いるんだよ」
「そう言えばそうでした!」
「元々女だったせいもあるけど、気持ちがわかるっていうのかな。そんな風にずっと男として暮らしてると、案外慣れるものなんだよね」
「イケメンの適応力ぅ……」
「語彙力なくなってるけど大丈夫?」
「ダメですぅ……」
「それが君の素なのかい? かわいいね」
「これはダメになった姿なので素ではないんですよぅ……」
両手で顔を覆い、力の入らない声で否定することしかできない。わたしの語彙力どこへ行ったの。
あざとい表情はどこへやら、コートナー卿はとても楽しそうに挙動不審なわたしの言動を眺めている。
やっぱり曲者だった……、と思ったところで後の祭りだった。
「日暮れも近づいている。女性のひとり歩きは危ないよ。君の師匠の研究所まで送っていこう」
「い、いえ、わたしは歩いて帰りますので」
一歩後退りし丁重に断るが、卿はそれで引き下がるようなお方ではなかった。
「あまり目立ちたくないんだろう? 大丈夫、研究所の手前で降ろしてあげる」
「しかし……」
「女性に無体を強いることなど、家名にかけてしないと誓おう。さぁどうぞ、お嬢さん」
麗しい笑顔なのに、絶対に譲らない圧力がひしひしと感じられる。
わたしは小さく息を吐き、仕方なしに卿の手を取った。
なにかあったら遠慮なく魔法を打ち込もう。正当防衛だから仕方ないと、御師様もわかってくださるだろう。
コートナー伯爵こと、リヴィエール・エイン・バートハル様。現在十九歳。
この若さで亡きお父上から爵位を継ぎ、歳の離れたお歴々方を相手に、社交界でも怯むことなく立ち回っているという頭の切れるお方。王国騎士団の団長とは生まれたころからの幼馴染で、兄弟のように育ったと聞いている。ゲームでも同じ設定だ。
揺れが少ない伯爵家の馬車の中。そのイケメンに、ものすごく見つめられている。それはもう穴が開くくらいに。微笑みを浮かべているけれど、まるでわたしを観察しているかのようだ。
不躾ではあるけれど、わたしも卿を確認するためにお姿を盗み見る。
お顔は当然整っている。ゲームでよく見た。だが少し幼さが残っているように感じる。身体の線も幾分細めだ。これはゲーム開始時と一年の差があるから、成長の度合いが違うということなのだろうか。我が家の兄もそうだったが、この年頃の男性は、一年あれば急激に大人の身体になるものだ。
「そんなに僕が気になるのかい?」
組んだ脚の上に頬杖をつき、コートナー卿が口許だけ笑みを浮かべた。穏やかで余裕のある態度だが、どこか引っかかりを覚える。一筋縄ではいかない方だと直感が告げた。
この状況を打破すべく、思い切って尋ねてみる。
「コートナー卿、わたしになにか用があるのでしょうか」
「そうだよ」
「日暮れまでに戻らなければ、師が心配いたします。率直にお話しいただければありがたいのですが」
あえてコートナー卿を真っ直ぐ見つめ、硬い声で言い切った。
「いいね、その思い切りのよさ。見れば見るほどシャルティーナなのに、自身の芯をきちんと持っている」
「……どういうことでしょう」
不思議な言い回しに思わず眉根が寄る。
コートナー卿は、ふ、と小さく笑い、
「君も知っているかと思ってね。――『伯ネス』のこと」
そう言ってわたしの顔を覗き込んできた。
「どうして……それを……」
あまりの衝撃に声が震える。冷静であろうと努めても、鼓動は逸り、頭の中ではたくさんの疑問が駆け巡った。
そんなわたしを他所に、コートナー卿は身体を起こして輝くような満面の笑みを浮かべた。
「ああよかった! 僕だけじゃなかったんだ、嬉しいよ!」
「――ええ!?」
零れた声を抑えるため、慌てて手で口許を覆う。
今までとは違う、喜びを全面に出した表情で、コートナー卿は背凭れに身体を預けた。
「気づいたら伯ネスの世界で、しかも攻略キャラのひとりになってるじゃないか。夢かと思ったよね!」
あっははは、と声を上げて笑っているが、わたしはそれどころではない。
どういうことなの? なにが起こっているの?
「いつか主人公に会えるんじゃないか、もしかしたらその子も自分と同じ状況なんじゃないか、と希望を持っていたんだけど、実際にそうだと心底嬉しいものだね」
ほう、と大きく息を吐いて、コートナー卿は柔らかい微笑みを浮かべた。その表情が、本当の卿の心の現れなのだと気づく。
とはいえ、あまりに突飛な状況だ。わたしは言葉を選びながら、卿へ尋ねた。
「ええと、あの、状況が、うまく飲み込めないのですが……?」
「つまり、『わたし』も君と同じ、日本に生まれたときの記憶を持っているってことさ」
「――――!!」
そっとわたしの手を取った卿が、いたずらっぽく片目を瞑ってみせた。イケメンにしか許されない仕草だ。
「貴方も、伯ネスをやっていた記憶が……?」
「あるよ。日本では女だったし。全クリ目指して、勉強の合間によくやったな」
「全員クリアしているのですか!」
「あれ? 君はしてないの?」
「ふたりくらいクリアして、王子ルートで力尽きまして……」
「ああー、あのルート難易度高い上に話が長いもんね」
「そうなんです……」
「ちなみにクリアしたルートは?」
「ええと、コートナー卿と、青狼隊隊長と、王子様ですね……」
「嬉しいな、僕の恋人になってくれたの」
「貴方ではなくゲームの話です! ……って、あの、本当に……?」
「本当だよ。こんな頭がおかしい話、普通の人には言えないだろう? 信じて欲しいな」
失礼のない程度に、卿の手を振り払う。だがコートナー卿は両手を軽く掲げ、嬉しそうに笑うだけだ。
その表情がふと緩み、薄茶の瞳が閉じられる。
「ほっとしたよ。おかしな状況に放り出されているのが自分だけじゃないんだって、わかるだけでも心強いものだね……」
「コートナー卿……」
途方に暮れたような声で卿が呟いた。
この方も、わたしと同じく不安だったのだ。不可思議な状況に置かれ、この世界もこの記憶も本物なのかわからない中、誰にも言えない辛さはよくわかる。
そして、少し幼さを感じる寂しげな表情に、膝を抱えた小さい女の子が重なった。この子が卿の前世なのだろうか。
なんと声をかければいいのか迷っていると、卿が片方の口角を上げ、自然な動作で片目を瞑った。
「というわけで、他人行儀な呼び方はしないで欲しいな。僕たちは一蓮托生、運命共同体なんだよ? リヴィと呼んで」
「さすがにそんな不敬はできません!」
「えー? ダメかな?」
コートナー卿が即答したわたしを覗き込んできた。眉を下げ悲しげな表情を浮かべ、僅かに首を傾げる姿は『あざとい』の言葉に尽きる。尽きるが、わかっていても心臓がぎゅんと掴まれた。
「イケメンの破壊力……!」
「そりゃ攻略キャラのひとりだからね」
「しかも女の子の扱いがうますぎ問題……!」
「うち、姉ひとり妹三人いるんだよ」
「そう言えばそうでした!」
「元々女だったせいもあるけど、気持ちがわかるっていうのかな。そんな風にずっと男として暮らしてると、案外慣れるものなんだよね」
「イケメンの適応力ぅ……」
「語彙力なくなってるけど大丈夫?」
「ダメですぅ……」
「それが君の素なのかい? かわいいね」
「これはダメになった姿なので素ではないんですよぅ……」
両手で顔を覆い、力の入らない声で否定することしかできない。わたしの語彙力どこへ行ったの。
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