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【#09】喜多遊子2
しおりを挟むドンッ!
ガチャッ!
ザックザクザク!
二人の他愛無い会話とは裏腹に、キッチンからは恐ろしい音が響いていた。
それもそのはずで、無表情な喜多氏がどでかい出刃包丁で、巨大な緑ムカデをブツ切りにし、掻っ捌いていた。
ビチャッ!
紫色の鮮血が、赤いエプロンの狂気のくまちゃんに付着する。赤と紫で、さらにくまちゃんの狂気さが増した気がする。
えっと、て、天ぷらだよね。唐揚げ・・・あぁ、ちゃんと油の入った鍋が火がついてるし、揚げ物する感じで安心したかな。
ふと、ガチャリと、キッチンの裏扉か開かれた。
「喜多」
喜多氏は振り返る。
「ジンジャー」
もふもふの紺色の毛並み、月を宿したような金色に輝く瞳を持った「人狼」がのそっと顔を出した。
彼の名はジンジャー・ピック。
彼は元は「人間」であり、後天的に人狼になってしまった被害者の一人なのだ。
ふんすふんす。
濡れた大きな鼻をひくつかせ、ジンジャーは喜多氏に歩み寄る。
「いい香りだ」
「ジンもお腹空いた?」
「ん、そうだな」
吸血鬼伝奇をいうものをご存じだろうか。彼らは血を吸う「蝙蝠」人間なのだが、血を吸われたものは全て血を求め死ぬことの許されない不死身の存在へと変身させられてしまう。その相反する、敵対する存在として登場していたのが「人狼」だ。彼らは人であり狼でもある。不死身ではないが、物凄いスピードで自身を回復させる自然治癒能力に長けた生命体だ。
その相反する二極の間に、禁断の愛を育んだ者達がいたらしい。
その中で生まれた子供の中に、吸血狼という存在がいた。噛まれた者は勿論、同じ、吸血狼になってしまうという。
こんな伝奇が地球に存在しているのも、はるか昔から、吸血鬼、いやブラッディア惑星血人族が潜んでいたからだ。彼らもれっきとした宇宙人である。
「今日はどの血を飲む?」
「おまかせで」
じゅわじゅわと衣の揚がるいいかほりがするクンクン。
喜多氏は冷蔵庫から赤いような緑色のようなグロテスクな色の液体が入った500㎖のペットボトルを取り出した。
「相変わらずエグイ色だな」
「綺麗な鮮血は地球人だけだって。それじゃぁ足りないでしょ?」
「あぁ」
渋々顔を歪めながら、ジンジャーはペットボトルを受け取る。そして、キャップを開けゴクリと一口。
「ん~・・・うまっ」
見た目とは裏腹に美味らしい。
「どんな宇宙生命体の血をブレンドしたか聞きたい?」
「ぃや、いい。飲めなくなるから」
「そ? ちぇっ」
「・・・ところで」
「ん?」
「・・・『ソレ』、何?」
ソレ?
気になったので、ジンジャーの視線の先にあるものを見てみ・・・。
「え? 今日のおすすめ定食だよ」
・・・ッスゥ・・・。
あれ?
おかしいな?
ついさっきまで美味しそうな衣で、天ぷら・・・だったけど・・・。
「ジャジャーン! 緑マムシの天ぷら! すっごく美味しそうでしょ!?」
「・・・・・・」
さすがのわたくしもその「見た目」に絶句です。どう見ても青黒いグロテスクなブツがお皿に乗ってるだけだ。
あぁそうか。彼女は「盲目」で、見えていないんだ。彼女の心の目には、さぞがし美味しい天ぷらが出来上がっているのだろう。
「・・・でも、匂いはいいんだ匂いは」
「え?」
「いいいやなんでも! あ、あぁ運ぶの手伝うわ」
「そ? ありがと」
「・・・で、今日は誰が来てんだ?」
「由利亜とティータよ」
「あー・・・、姫ーズか。りょ」
なるほど、姫ーズ、か。いいね。
ジンジャーは天ぷら? をお盆に乗せた。そして、お客人の元へ運んでいく。
姫ーズはトークが盛り上がっていた。
「緑マムシの天ぷらお待ち」
「うっは、いつ見ても何でもグッロ」
「ちょっとティー? 言葉に気を付けて」
「でも味は最高なんだよジンジャー」
「知ってるよ」
ジンジャーは慣れた手つきで天ぷら? を二人の前に並べる。
「ジンジャーさん」
「あ、はい」
「その、体の方はどう? 大丈夫?」
「あぁ、はいおかげさまで。喜多のおかげで『こっち』の体にだいぶ馴染めました」
「喜多さんのブレンドドリンク?」
「あぁ、それです」
「よく、他の人達も飲んでるらしいから」
「でしょうね。後天的に宇宙人交じりにさせられたら、こんなに『現状維持』が大変だとは思いもしなかった」
ほぅ?
喜多氏のブレンドドリンク、とな?
「あいつの『舌』は凄いよね。君のような後天的宇宙人を元は人間だって立証づけられる『権利』があるんだから。そのおかげで君はここにいられるんだし」
「・・・そう、だな」
ジンジャーは苦笑を浮かべる。
「彼女も地球産『血人』の末裔としてその『責任』を追う。ここにいる、地球吸血人の為にね」
「あら? うちの話?」
いっ、つのまに噂の張本人が立っていた・・・だと!?
喜多氏が参戦。両手にはまた丸っこいグロテスクな小さなブツ達がお皿に転がっていた。
「はーい、虹兎の唐揚げねー」
ドンッドンッとテーブルに二つ、置かれる。
「なぁんであんな可愛いうさちゃんがぁ! こんなもんになっちまうんだよぉ!」
嘆くティータ氏をよそに、由利亜嬢は唐揚げ? をパクリ。
そして頬を染め、にっこり。
「でもおいひ」
さすが、強者である。
平然とパクリつく由利亜嬢に、ティータ氏の侮蔑のまなざし。
「・・・いつも思うんだけど、やっぱあんた人間違うだろ」
「ひんへんはよー」(訳:人間だよー)
「・・・ほんとかよ」
ティータ氏は目を閉じて唐揚げを取り、口に入れる。
「ん~うまっ! 見なけりゃいいのよ見なきゃ! 所詮視界なんて人を惑わす情報に過ぎないんだよ!」
「ティーの言ってること由利亜わかんなぁーい」
そんな二人の様子を見守るジンジャー。
ふと。ジンジャーの耳がピンッと立つ。
「あ、いけね。喜多」
「うん」
「『彼』が呼んでる」
「・・・分かった、終えたら行く」
早々と喜多氏はキッチンに戻っていった。
彼、とは誰なのだろうか。
「彼、って誰?」
ナイス質問だ。ティータ氏。
「彼女の中で『彼』って言ったら、『あの人』しかいないでしょ?」
あぁん今度は「あの人」ですかっ!?
「そうだ、あいつにとってのボス、みたいなもんだよ」
ジンジャーは横目に、由利亜嬢とティータ氏を見やる。
「・・・あんたら『称号持ち』だってそうだろ?」
「・・・あぁ、そういうこと」
ティータ氏納得の一言。
という、わたくしも、理解しました。
では、喜多氏を追ってみましょう。
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