RED〜キズナノイロ〜(世界をとめて特別番外編)

makikasuga

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playback 8years ago

⑯少年達の誓い

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 ヤスオカから蓮見の葬儀の話を聞かされ、レイはひどく動揺し、過呼吸発作を引き起こした。松田の対処によって発作はすぐに治まり、一度は眠りについたものの、まもなく目を覚ました。

 俺、使い物にならねえじゃん。

 レイは自らの変化に戸惑った。同時に蓮見に会いたいと思う気持ちは強くなっていった。
 蓮見は死んだ。それを見届けたのは他ならぬレイである。それでも、この世から消え失せる前に、もう一度彼女に会いたかった。
 ノートパソコンを取り出し、事件のニュースを検索して葬儀が行われる場所を調べた。手早く着替えを済ませ、ダウンジャケットを着て、帽子を深く被り、斜めがけの鞄の中にノートパソコンを入れて病室を出る。
 診療所の周辺の防犯カメラの映像には細工を施しておいたし、駅までの送迎タクシーは、診療所から少し離れたところに呼んだ。電車に乗るまでは何の問題もなかったのだが、乗車してしばらくすると、治まったはずの過呼吸発作に襲われた。何度か途中下車をしながら、松田の言葉を思い出し、レイは必死に戦った。

 こんなところで終わりにはしない、蓮見のところに行くまでは。

 GPSがない今、レイは自由である。見つかって連れ戻されれば、また監視される日常が始まる。このまま逃げる選択がなかったわけではないが、先のことは何も考えられなかった。
 最寄り駅に到着したときには、辺りは暗くなっていた。
 斎場にはタクシーで行った方が早いことはわかっていたが、発作が起きるリスクを避けるために、歩くことにした。
 ずっと診療所内で過ごしていたこともあって、外の寒さが身に染みる。吐き出す息は白く、頬にまとわりつく風はひどく冷たい。
 まもなく白い綿のようなものが舞い始める。やがてそれは激しく降り注いできた。

 雪とか見たら、あいつ、絶対はしゃぎそうだよな。

 レイは手を差し出し、白い結晶をいくつか受け止めたが、手のひらの温かさもあって、一瞬で液体へと変化した。

(蓮見だよ、蓮見優衣。小学生じゃないよ、安岡君の隣の席だよ)

 脳裏に懐かしい声が蘇ると同時に、胸がズキリと音を立てる。

(私、安岡君のことが好きなの。彼女とかいるのかな?)

 誰も近寄らせないようにしていたこともあってか、告白されたのはこれが初めてだった。本音を言えば、嬉しいという気持ちがなかったわけではないが、生きる世界が違うから無理だとしか思えなかった。冷たい態度を取って、何度も突き放して傷つけた。それなのに、蓮見はレイの側を離れなかった。

(私、諦め悪いんだ)

 レイが大人であったなら、もっとうまく諦めさせることが出来ただろう。恋人にして自分の側に置いて護り切る選択もあった。自分の気持ちに気づかず、中途半端にしたせいで、最悪の結果をもたらした。
 
(よかっ、た、やす、おか、くん、ぶじ、だった……)

 蓮見の方が大人だった。苦しい思いをしながらも、レイの心配をして笑っていた。レイが好きだという気持ちを最後まで貫いたのだから。

「無理だ……」
 レイは立ち止まって呟いた。雪はいつのまにか止んでいた。冷たい風は全身にまとわりついて、心の奥までも凍りつかせた。
「あいつをあんな風にしたのは俺だ。今更、会えるわけねえだろ」
 すぐ方向転換して、以前自宅だった場所へ向かう。レイが知っている蓮見の最期の場所だったから。
 左隣は駐車場、右隣はマンション建設中のため、夜になると人の出入りが少なくなる。三年近く住んだ二階建て住宅は空き家となっており、当然のように施錠してあったが、鍵がなくても開ける方法をレイは知っていた。
 ドアノブを回して、扉を開けて中に足を踏み入れる。蓮見が倒れていたことも、彼女の血液で赤く染まった光景も消えていたが、レイの脳裏にはずっとこびりついたままだった。

(わた、し、しん、じゃ、う、よね?)
(レイ、くん、わたし、を、ころして……)

「痛かったよな、苦しかったよな」
 レイはその場に崩れ落ち、体を震わせ、泣いた。ここなら誰もいないし、誰も見ていない。
「ごめん、何も出来なくて、ごめん……」
 今回のことで、レイの存在価値はハナムラにしかないのだと思い知った。表の世界に自分の居場所はないから、一刻も早く逃げ出したかった。訪ねてきたヤスオカに仕事をさせてくれと懇願したのは、何もかも忘れたかったからだった。

(焦らなくていいから、今は体を治すことだけを考えるんだ)

 ヤスオカはレイを気遣って言っただけで、自分を否定したわけではない。頭では理解していたはずなのに、あの瞬間、張りつめていた糸がぷつりと切れた。やり場のない怒りは諦めへと変わり、絶望へと変化していたのだ。
 元より自分は死んだ存在で、いなくなっても誰も困らない。唯一の気掛かりは幼なじみのマキだが、シラサカとは仲良くやっているようだから問題なさそうだ。
「側には行けない。でも、こうすれば、同じ場所にいられるよな?」
 蓮見の行き先は天国で、レイは地獄しかない。どこへ行っても会うことは出来ないけれど、ここにいるよりはマシだと思った。
 何かあったときのためにと、診療所から拝借していた使い捨ての医療用メスをポケットの中から取り出す。どこをどう切れば死ねるかということをレイはわかっていたから。
 
 悪いな、マキ、先に行ってるぜ。

 レイは大きく息を吐き出し、メスを握りしめた手に力を込めようとした、そのときだった。
「ふざけたことやってんじゃねえっつーの!?」
 扉が開くと同時に厳しい声がかかった。メスを素手で掴まれ、うつ伏せに押し倒される。相手は強く刃先を掴んだのだろう、レイの頬に血液が流れ落ちた。
「こんなことして、蓮見が喜ぶわけねえだろうが!?」
「おまえ、なんでここにいる?」
 レイを止めたのは柳だった。さすがに驚かずにはいられない。
「蓮見んとこ行った帰りに、おまえを見かけた。声かけようと思ったけど、様子がおかしいから、後をつけた。家に入ったはいいけど、電気は点かないし、嫌な予感がして、勝手に入らせてもらったんだよ」
 レイは動揺した。柳に後をつけられていたことに全く気づかなかったから。
 ハナムラでは使い物にならない人間は切り捨てられる。そうでなければ、組織全体に危険が及ぶからだ。

 なんだよ、やっぱり死ねってことじゃねえか。

 柳が捨てたであろう、メスを再び手にしようとすれば、その手も簡単に掴まれた。レイはますます惨めになってこう叫んだ。
「おまえに何がわかる? おまえは俺の何を知っているんだ!?」
 レイは人殺しの手伝いをしなければ生きられない身の上で、蓮見の命を絶った張本人である。誰にわからなくても、彼女を殺した十字架は一生背負わなければならない。
「だったら、おまえは俺の何がわかるんだよ」
「うるさい。俺が死のうが生きようが、おまえには関係ないことだろ」
 頬に強い衝撃を受けて、歪んでいた世界が砕け散った。柳に胸倉をつかまれ、至近距離で彼の強い視線に射抜かれた。
「確かに俺は、おまえのことを何も知らねえ。けど、ここでおまえを見捨てて死なせたら、蓮見が悲しむだろ!?」

 こいつ、なんて目をしてやがるんだ。

「あいつの分まで生きろ。最後の最後まで諦めんなよ!」
 暗闇ばかりだったレイの世界が光に満ちる。死への誘惑が断ち切られた瞬間だった。
「三日前の立てこもり事件、おまえが俺を助けてくれたんだろ」
 ミズカミに捕らわれて怪我をした柳を見て、思わずレイは言葉をかけた。反応がなかったから、てっきり意識がないと思っていた。
「犯人にボコボコにされて気失ってたけど、聞こえたんだ、おまえの声が。柳、しっかりしろって。それ以降のことは全然わからなくて、目を覚ましたら病院だった」
 この様子だと、レイが最初に呼びかけた声だけが聞こえたようである。念のための目隠しとイヤーマフが役立ったようだ。
「後から蓮司にこっそり聞いた。すごく上の人間から引き上げ命令が出て、警察もマスコミもシャットアウトになった。世間では知られていない人達があの場を取り仕切って片づけたってな」
「俺は、何もしてねえよ」
 嘘ではない。実際にミズカミをバラしたのはシラサカである。
「あいつが蓮見を殺した犯人なんだろ?」
 世間的には、蓮見と赤崎を殺害した犯人の目星はついていない。この事件は間違いなく迷宮入りすることになるだろう。
「何の話か、わからねえな」
 レイがここで認めたら、柳をバラさなくてはならなくなる。これ以上、犠牲者を増やしたくはなかった。
 大きく息を吐き出してから、柳はレイから離れ、立ち上がる。右手の出血は続いていたが、気にする素振りを見せない。
 レイは鞄の中からハンカチを取り出し、患部にきつく巻きつけてやった。
「え、なんで、血?」
「すげえ切れてる。痛くねえのかよ」
「おまえの方がもっと痛かったはずだから」
 そう言って、柳は切なそうに笑った。
「あんな人達、どうやって動かしたんだよ」
「何回言わせんだよ、俺は何も──」
「おまえみたいに、誰かを助けたいからさ。俺、警察官になるわ」
 柳は知らない、自分を助けたのが警察とは真逆の存在であったことを。それに気づいたとき、彼はどんな顔をするのだろう。
「なんだ、それ」
「ちょっとした決意表明。おまえのことは誰にも話してねえし、これ以上聞かねえから」
 暗闇を知らなければ、柳はいい警察官になるだろう。レイの真逆に立ち、光の加護の中で生きられることだろう。 
「勝手にしろ」

 結局、こいつにはずっと敵わないままだった。

***

 レイは柳と共に家を出た。斎場に向かわず駅に向かうと言えば、柳もついてきた。
「おまえに、借りが出来ちまったな」
「おまえの言葉を借りるなら、俺は何もしてねえよ。つーか、本当に行かなくていいのか、蓮見んとこ」
「いい。ちゃんと覚えてるから」

(や、くそく、して、ころす、のは、わたし、だけ)

 シラサカから渡された拳銃を握りしめたとき、レイの右手は蓮見の血で真っ赤に染まっていた。引き金を弾くのを躊躇っていたら、そっと手を重ねてきた。
 あのとき、初めて思いが通じ合ったような気がする。
 ふたりを繋ぐ赤、それは絆の色。
 思い出は永遠に残り続ける、レイが死なない限りは。

(レイ、くん、だ、いすき、あり、がと)

 もう二度と恋はしない。おまえを最後にするよ、蓮見。

「俺、学校やめるから」
 こうなった以上、突然いなくなるのも不自然かと思い、柳には話しておくことにする。
「卒業したらアメリカに行くことになってたけど、早めることにした」
「そっか。今度会うときは、お互い大人になってんだな」
「そういうことになるな」
 本当はもう二度と会うことはない。しばらくして、ヤスオカレイの名前はこの世から消え失せるから。
「カネモトレイ」
「……は?」
 突然レイが名前を発したことに、柳は驚いたようである。
「それが、俺の本当の名前。覚えておけよ」
「ふーん。じゃあ、次会ったらその名前で呼ぶよ」
 その名前がどういう意味を持つのか、柳は知らない。一生知らないまま、終わることを切に願った。
「気をつけて帰れよ」
「そっちもな」
 こうして、ふたりの少年は別れた。
 一ヶ月後、留学先のアメリカでヤスオカレイは事故に巻き込まれて死亡する。ふたりが会うことは永遠になくなった。
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