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2days⑤
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夜になって、体温がようやく三十六度後半に落ち着いた。高熱が続いたせいか、体はだるかったが、ずっと寝ているのもどうかと思い、夕食は病室ではなく、松田や桜と共にすることにした。
「なんか俺、泣きそうだわ……」
松田と桜しかいないと思っていたのに、そこには昨日帰ったはずのシラサカの姿があった。
「コロッケは作ったわけじゃない。買ってきたやつだぞ」
「先生、コロッケのことじゃないですよ。勿論、うまいですけど」
食欲のないレイはお粥だけだが、松田達は白ご飯、味噌汁、コロッケ、ポテトサラダというメニューである。
「あのレイが、飯食ってるんですよ!?」
「少年は卵粥だが?」
「いや、だから、飯は静かに食いてえって言ってたあのレイが」
静かに食いてえって気持ちだけは、こいつを見てるとわかるな。
そう思いつつも、記憶がないという負い目もあり、レイは黙っていた。
「いっつも、俺に文句ばっか言ってたレイが、こんなにおとなしく飯食ってるなんて」
「兄ちゃんよお、少年は粥しか口に入れてねえぞ」
さりげなくシラサカにツッコミ続ける松田。何気にいいコンビである。
「もう嬉しくて泣きそうなんですけど、なんか調子狂っちゃって」
それにしても、ムカつくな、こいつの話し方。
心で不平を訴えつつも、レイは沈黙を貫き、茶碗に入れられた粥を口の中に無理に詰め込んだ。
「レイさん、おかわり、ありますよ」
「いや、もう腹一杯だから」
熱は下がったが、食欲は全くない。粥だからということもあるのか、味が全くわからなかった。
「無理して食うことねえよ。腹が減ったら、また食べに来い」
松田は無理強いすることなく、レイの意思を尊重してくれた。
「はい、ありがとうございます。あの、先に戻っていいですか?」
「いいぜ。ここは片づけておくから」
「食事の途中ですみません」
レイは立ち上がり、ぺこりと頭を下げて、その場を後にした。桜が心配そうな顔で見ているのがわかったが、気づかないフリをする。
桜の世話になることを了承したものの、食事の世話をされるのが恥ずかしくて、無理に出てきた。だが、なぜかシラサカはいるし、うるさいし、おまけに味はしないわで、すっかり気分が悪くなってしまっていた。
「レイさん、大丈夫ですか!?」
部屋にたどり着いて、横になった途端、いきなり引き戸が開いて、桜がやってきた。
「ごめんなさい、うるさかったですよね? 頭痛いですか? それとも気分が悪いですか? もしかして、熱上がっちゃいました!?」
心配でたまらないと顔に書いてあるし、桜は真剣そのものだったが、思わずレイは笑ってしまった。
「うるさかったのは、あのシラサカって奴だろ」
「それは、そうですけど」
「君もそう思ってたんだ、よかった」
レイの言葉に、はっとして桜は我に返る。途端に首を横に振りまくった。
「うるさいだなんて、思っていませんよ!?」
「あいつ、かなりウザかったけど。おかげで頭も痛いし」
レイは何気なく言っただけだが、すぐさま桜の右手がレイの額にあてがわれた。
「うーん、熱はないかな。先生に言って、薬もらってきましょうか?」
桜の体温が伝わった瞬間、レイの脳裏にこんな声が蘇った。
(レイ、くん、わたし、を、ころして……)
なんだ、これ、誰の声だ?
途端に、頭がズキズキと痛み出し、胸が締めつけられる。
「大変、顔色真っ青ですよ!? すぐに先生呼んで──」
立ち去ろうとする桜の腕を取り、強い力で引き寄せた。バランスを崩した彼女は、レイに抱きしめられる形になった。
「行くなよ、行かないでくれ!?」
レイは桜を強く抱きしめた。その温もりに、懐かしさと切なさを感じながら。
「わからないけど、怖い。今君を離したら、遠くに行ってしまいそうで、怖い」
どうしてだかわからない。けれど、言い様のない不安に胸が押し潰されそうになる。
「どこにも、行きませんから」
そう言って、桜はレイの背中に手を回してきた。
「私はここにいる。どこにも行かないから」
子供をあやすように、桜は何度も同じ言葉を繰り返す。彼女の温もりと言葉で、まもなくレイは平静を取り戻したのだった。
「ごめん、いきなり、変なことして」
そっと体を離した後、レイは顔を背けた。
「私が不安にさせちゃったんですよね、ごめんなさい」
「君は関係ない。むしろ俺が──」
すがりつこうとした。さすがにこの言葉は飲み込んだ。
「私だとレイさんを不安にさせるだけなので、先生を呼んできますね」
違う、そうじゃない。君のせいじゃないんだ。
言葉にすればいいだけなのに、なぜか言葉にならなかった。起き上がってみれば、部屋を出ようとする桜の背中が見えた。
「どこにも行かないって言ったくせに、なんで置いて行くんだよ!?」
レイの言葉を受けて、桜が立ち止まる。情けない言葉を吐いている自覚はあったが、このまま行かせてはいけない気がした。零は桜の元に駆け寄り、背後から抱きしめた。
「もう離さない、離しちゃ、いけないんだ……」
桜の温もりを体で感じ、ようやく安堵したレイは、彼女を抱きしめたまま、意識を失った。
「なんか俺、泣きそうだわ……」
松田と桜しかいないと思っていたのに、そこには昨日帰ったはずのシラサカの姿があった。
「コロッケは作ったわけじゃない。買ってきたやつだぞ」
「先生、コロッケのことじゃないですよ。勿論、うまいですけど」
食欲のないレイはお粥だけだが、松田達は白ご飯、味噌汁、コロッケ、ポテトサラダというメニューである。
「あのレイが、飯食ってるんですよ!?」
「少年は卵粥だが?」
「いや、だから、飯は静かに食いてえって言ってたあのレイが」
静かに食いてえって気持ちだけは、こいつを見てるとわかるな。
そう思いつつも、記憶がないという負い目もあり、レイは黙っていた。
「いっつも、俺に文句ばっか言ってたレイが、こんなにおとなしく飯食ってるなんて」
「兄ちゃんよお、少年は粥しか口に入れてねえぞ」
さりげなくシラサカにツッコミ続ける松田。何気にいいコンビである。
「もう嬉しくて泣きそうなんですけど、なんか調子狂っちゃって」
それにしても、ムカつくな、こいつの話し方。
心で不平を訴えつつも、レイは沈黙を貫き、茶碗に入れられた粥を口の中に無理に詰め込んだ。
「レイさん、おかわり、ありますよ」
「いや、もう腹一杯だから」
熱は下がったが、食欲は全くない。粥だからということもあるのか、味が全くわからなかった。
「無理して食うことねえよ。腹が減ったら、また食べに来い」
松田は無理強いすることなく、レイの意思を尊重してくれた。
「はい、ありがとうございます。あの、先に戻っていいですか?」
「いいぜ。ここは片づけておくから」
「食事の途中ですみません」
レイは立ち上がり、ぺこりと頭を下げて、その場を後にした。桜が心配そうな顔で見ているのがわかったが、気づかないフリをする。
桜の世話になることを了承したものの、食事の世話をされるのが恥ずかしくて、無理に出てきた。だが、なぜかシラサカはいるし、うるさいし、おまけに味はしないわで、すっかり気分が悪くなってしまっていた。
「レイさん、大丈夫ですか!?」
部屋にたどり着いて、横になった途端、いきなり引き戸が開いて、桜がやってきた。
「ごめんなさい、うるさかったですよね? 頭痛いですか? それとも気分が悪いですか? もしかして、熱上がっちゃいました!?」
心配でたまらないと顔に書いてあるし、桜は真剣そのものだったが、思わずレイは笑ってしまった。
「うるさかったのは、あのシラサカって奴だろ」
「それは、そうですけど」
「君もそう思ってたんだ、よかった」
レイの言葉に、はっとして桜は我に返る。途端に首を横に振りまくった。
「うるさいだなんて、思っていませんよ!?」
「あいつ、かなりウザかったけど。おかげで頭も痛いし」
レイは何気なく言っただけだが、すぐさま桜の右手がレイの額にあてがわれた。
「うーん、熱はないかな。先生に言って、薬もらってきましょうか?」
桜の体温が伝わった瞬間、レイの脳裏にこんな声が蘇った。
(レイ、くん、わたし、を、ころして……)
なんだ、これ、誰の声だ?
途端に、頭がズキズキと痛み出し、胸が締めつけられる。
「大変、顔色真っ青ですよ!? すぐに先生呼んで──」
立ち去ろうとする桜の腕を取り、強い力で引き寄せた。バランスを崩した彼女は、レイに抱きしめられる形になった。
「行くなよ、行かないでくれ!?」
レイは桜を強く抱きしめた。その温もりに、懐かしさと切なさを感じながら。
「わからないけど、怖い。今君を離したら、遠くに行ってしまいそうで、怖い」
どうしてだかわからない。けれど、言い様のない不安に胸が押し潰されそうになる。
「どこにも、行きませんから」
そう言って、桜はレイの背中に手を回してきた。
「私はここにいる。どこにも行かないから」
子供をあやすように、桜は何度も同じ言葉を繰り返す。彼女の温もりと言葉で、まもなくレイは平静を取り戻したのだった。
「ごめん、いきなり、変なことして」
そっと体を離した後、レイは顔を背けた。
「私が不安にさせちゃったんですよね、ごめんなさい」
「君は関係ない。むしろ俺が──」
すがりつこうとした。さすがにこの言葉は飲み込んだ。
「私だとレイさんを不安にさせるだけなので、先生を呼んできますね」
違う、そうじゃない。君のせいじゃないんだ。
言葉にすればいいだけなのに、なぜか言葉にならなかった。起き上がってみれば、部屋を出ようとする桜の背中が見えた。
「どこにも行かないって言ったくせに、なんで置いて行くんだよ!?」
レイの言葉を受けて、桜が立ち止まる。情けない言葉を吐いている自覚はあったが、このまま行かせてはいけない気がした。零は桜の元に駆け寄り、背後から抱きしめた。
「もう離さない、離しちゃ、いけないんだ……」
桜の温もりを体で感じ、ようやく安堵したレイは、彼女を抱きしめたまま、意識を失った。
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