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3days③
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零が眠りについたことを確認して、桜はそっと手を離し、病室を後にした。既に日付は変わったが、深い闇が支配する時間。夜明けはまだ遠かった。
「なんであんなこと、言っちゃったんだろ……」
本当は、優衣姉の代わりじゃなく、私を見てほしいのに。
自分の部屋に戻って泣くべきだとわかっていたのに、桜は動けなくなっていた。その場にしゃがみこんで、こみ上げてくる気持ちを必死に抑え込もうとする。
「ほらね、だから言ったじゃん」
声と共に、誰かの手で抱き上げられた。子供を抱くようにして、右手で担ぎ上げると、そのまま歩き出す。
「あ、あの!?」
「あそこで泣いたら、零が起きるかもよ。なら、俺の胸で泣いたらいいじゃん」
こうなることをわかって、桜を止めようとしてくれたシラサカだった。
「いや、でも、その!?」
「冗談。何もしないから。あんなところで泣いている女の子見て、放っておけるわけないでしょ」
大人でスマートで、気障な台詞が嫌味に聞こえない。特別な気持ちがなくても、胸がときめいてしまうから不思議だ。そのまま、昨夜夕食を共にした場所に連れて行き、桜を椅子に座らせる。ちょっと待っててと言ってキッチンへ向かった後、テーブルの上にマグカップを置いた。
「はい、ホットココア。飲んだら落ち着くよ」
「ありがとう、ございます」
優しいココアの香りが、気分を落ち着かせてくれた。冷ましてから口に含むと、心まで温かくなった。
「やっぱ帰りなよ、桜ちゃん」
桜を警戒させないようにと、シラサカはわざと距離を置いて座った。
「こんなこと言ったら、ますます君を泣かせることになるんだけどさ、俺らと君とでは、生きる世界が違う。そういうこと、ナオから少しは聞いているんだよね?」
桜はこくりと頷いた。自分達とは真逆にいると直人は言っていたし、父からは二度と関わるなと言われていた。
「記憶が戻ったら、あいつはもっと君に冷たくなると思うよ」
わかっていたから、気持ちを封じ込めて、鍵をかけて、忘れようとしたのに、運命の悪戯か神様の気まぐれで、桜は零と再会した。
「いいんです、優衣姉の代わりでも。零さんがあんなに傷ついているのに、ひとりにしておけませんから」
「だからって、君が傷ついていいの? 過去の亡霊に君を重ねてすがりついている、バカな男だよ、あいつは」
側にいて触れられるのは、今しかない。記憶が戻れば、零とは二度と会えなくなる。
「それでも、好きだから……」
おそらく優衣の墓前で後ろ姿を見たときから、恋に落ちていた。
「泣いても、辛くてもいいから、私の気が済むまで、側にいさせてください!」
優衣姉、私、わがままで最低で、本当にごめん。
「なんで桜を泣かしてんだよ」
酷く冷たい声に、桜は振り返った。そこには厳しい顔つきの零がいた。
「零さん、まだ寝てなきゃダメですよ!?」
心配して駆け寄れば、右腕を引っ張られ、そのまま零に抱きしめられた。
「泣かしてんのは、そっちだと思うけどなあ」
シラサカの言葉には棘があった。零に抱きしめられ、状況が見えない桜は不安になった。
「その顔立ちからして、女に不自由してねえだろ。ストライクゾーン広すぎじゃねえのか、ロリコン変態野郎」
「おい、おまえ、まさか……?」
シラサカは何か言いかけたが、途中で止めた。
「悪いけど、自分のことも、あんたのことも、わからねえままだよ」
そう言うと、零は桜を強く抱きしめる。それでも、ピリピリとした空気が満ちていることはわかった。
「なーんだ、期待して損した」
空気を変えるように、シラサカが大きく息を吐き出して言った。
「それで、記憶喪失の零君は、見知らぬ俺に喧嘩を売りにきたのかな?」
「そうだよ、こいつに手出すんじゃねえ」
「手なんか出してないよ。誰かさんのせいで泣いていたから、慰めていただけなのに」
「そうだよ、俺のせいだよ。だからこうして引き取りにきた」
「へー、珍しく素直じゃん。記憶が無いとこんなに変わっちゃうのか」
「うるせえな、さっさと帰れ!」
一触即発状態のシラサカとレイ。桜は、ハラハラしながら見守るしかなかった。
「はいはい、わかりました、帰りますよ。桜ちゃん、零に泣かされたら、いつでも俺んとこおいでよ」
意外にも、シラサカはあっさり引いた。最後は彼らしい言葉を残して。
「あの、零さん……?」
「勝手にいなくなるなよ、心配するだろ」
シラサカがいなくなっても、零は桜を抱きしめたまま、離そうとしなかった。
「ごめんなさい。ゆっくり、休んでもらいたくて」
「だったら、俺の側を離れるな」
桜の胸は高鳴った。心臓が壊れるんじゃないかというくらい、ドキドキした。好きな人に抱きしめられて、側にいろと言われて、本当に嬉しかった。
「約束しろ、桜。ここにいる限り、俺の側から離れないと」
こうしていられるなら、優衣姉の代わりでもいい。
「なんであんなこと、言っちゃったんだろ……」
本当は、優衣姉の代わりじゃなく、私を見てほしいのに。
自分の部屋に戻って泣くべきだとわかっていたのに、桜は動けなくなっていた。その場にしゃがみこんで、こみ上げてくる気持ちを必死に抑え込もうとする。
「ほらね、だから言ったじゃん」
声と共に、誰かの手で抱き上げられた。子供を抱くようにして、右手で担ぎ上げると、そのまま歩き出す。
「あ、あの!?」
「あそこで泣いたら、零が起きるかもよ。なら、俺の胸で泣いたらいいじゃん」
こうなることをわかって、桜を止めようとしてくれたシラサカだった。
「いや、でも、その!?」
「冗談。何もしないから。あんなところで泣いている女の子見て、放っておけるわけないでしょ」
大人でスマートで、気障な台詞が嫌味に聞こえない。特別な気持ちがなくても、胸がときめいてしまうから不思議だ。そのまま、昨夜夕食を共にした場所に連れて行き、桜を椅子に座らせる。ちょっと待っててと言ってキッチンへ向かった後、テーブルの上にマグカップを置いた。
「はい、ホットココア。飲んだら落ち着くよ」
「ありがとう、ございます」
優しいココアの香りが、気分を落ち着かせてくれた。冷ましてから口に含むと、心まで温かくなった。
「やっぱ帰りなよ、桜ちゃん」
桜を警戒させないようにと、シラサカはわざと距離を置いて座った。
「こんなこと言ったら、ますます君を泣かせることになるんだけどさ、俺らと君とでは、生きる世界が違う。そういうこと、ナオから少しは聞いているんだよね?」
桜はこくりと頷いた。自分達とは真逆にいると直人は言っていたし、父からは二度と関わるなと言われていた。
「記憶が戻ったら、あいつはもっと君に冷たくなると思うよ」
わかっていたから、気持ちを封じ込めて、鍵をかけて、忘れようとしたのに、運命の悪戯か神様の気まぐれで、桜は零と再会した。
「いいんです、優衣姉の代わりでも。零さんがあんなに傷ついているのに、ひとりにしておけませんから」
「だからって、君が傷ついていいの? 過去の亡霊に君を重ねてすがりついている、バカな男だよ、あいつは」
側にいて触れられるのは、今しかない。記憶が戻れば、零とは二度と会えなくなる。
「それでも、好きだから……」
おそらく優衣の墓前で後ろ姿を見たときから、恋に落ちていた。
「泣いても、辛くてもいいから、私の気が済むまで、側にいさせてください!」
優衣姉、私、わがままで最低で、本当にごめん。
「なんで桜を泣かしてんだよ」
酷く冷たい声に、桜は振り返った。そこには厳しい顔つきの零がいた。
「零さん、まだ寝てなきゃダメですよ!?」
心配して駆け寄れば、右腕を引っ張られ、そのまま零に抱きしめられた。
「泣かしてんのは、そっちだと思うけどなあ」
シラサカの言葉には棘があった。零に抱きしめられ、状況が見えない桜は不安になった。
「その顔立ちからして、女に不自由してねえだろ。ストライクゾーン広すぎじゃねえのか、ロリコン変態野郎」
「おい、おまえ、まさか……?」
シラサカは何か言いかけたが、途中で止めた。
「悪いけど、自分のことも、あんたのことも、わからねえままだよ」
そう言うと、零は桜を強く抱きしめる。それでも、ピリピリとした空気が満ちていることはわかった。
「なーんだ、期待して損した」
空気を変えるように、シラサカが大きく息を吐き出して言った。
「それで、記憶喪失の零君は、見知らぬ俺に喧嘩を売りにきたのかな?」
「そうだよ、こいつに手出すんじゃねえ」
「手なんか出してないよ。誰かさんのせいで泣いていたから、慰めていただけなのに」
「そうだよ、俺のせいだよ。だからこうして引き取りにきた」
「へー、珍しく素直じゃん。記憶が無いとこんなに変わっちゃうのか」
「うるせえな、さっさと帰れ!」
一触即発状態のシラサカとレイ。桜は、ハラハラしながら見守るしかなかった。
「はいはい、わかりました、帰りますよ。桜ちゃん、零に泣かされたら、いつでも俺んとこおいでよ」
意外にも、シラサカはあっさり引いた。最後は彼らしい言葉を残して。
「あの、零さん……?」
「勝手にいなくなるなよ、心配するだろ」
シラサカがいなくなっても、零は桜を抱きしめたまま、離そうとしなかった。
「ごめんなさい。ゆっくり、休んでもらいたくて」
「だったら、俺の側を離れるな」
桜の胸は高鳴った。心臓が壊れるんじゃないかというくらい、ドキドキした。好きな人に抱きしめられて、側にいろと言われて、本当に嬉しかった。
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