追憶のquiet

makikasuga

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消えた正義

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『心配することなかったね。コウはもう刑事じゃない。ハナムラの人間だよ』
 レイが電話を切ってすぐ、彼らの会話を別の場所で聞いていたマキが声をかけてきた。
「念の為だ。何かあれば、あいつを育てたおまえのとこにも火の粉が及ぶ」
『そんなこと言って、本当はコウの監視を少しでも早く終わらせるためなんでしょ?』
 マキの声色はやけに嬉しそうだった。
『金田さんから聞いちゃった。レイはコウに助けられたことがあるんだってね』
 金田麻百合はハナムラコーポレーションの株主である。株主命令には問答無用で従うことになっているので、麻百合が話したのならレイは文句を言うことも出来ない。
「昔の話だ」
 レイの声のトーンが不機嫌に変わる。
『そんな怒ることないのに』
「おまえだって知られたくないことぐらい、あるだろうが」
 それはレイにとって最初で最後の恋。他人に感情を揺り動かされ、制御出来なくなり、無謀とも思える行動に出た。そのせいで大切な人を失うことになってしまった。
『そうだね。でも、これだけは知っておいて。あの頃のレイ、すごく苦しそうで見ていられなかったんだよ』
 当時、マキがひどく気にかけていたことはわかっていたが、話す気にはなれなかった。残酷な結末を受け入れたのは、つい最近のことでもある。
「心配かけて悪かった」
『うん。じゃあこの話はこれで終わり。サカさん来てくれたから、僕は一足先にそっちに戻るね』
「おいおい、あいつまた行ってんのかよ」
『またとか言うな。今日はマキに頼まれてきてやったんだから』
 レイの呟きに応えたのはシラサカ本人だった。
「昨日はコウで今日はマキって、おまえ暇なのか? 毎日浅田家に顔出してんじゃねえよ」
『暇だけど。捜一の刑事がしばらく入り込むから、おとなしくしとけってボスに言われてんの。俺が動くと派手になるからって』
「だからって、麻百合さんに手出すなよ」
『そんなことするわけないだろ。コウが戻ってきたら、ハルを送っていって自宅に帰る。相手は現職の刑事なんだから油断するなよ。何かあったら連絡しろよ』
 ほとんど一方的に言い放って、シラサカの声は途切れた。
「そうか、あいつ暇なのか。よし、後で手伝わそう」
 そう誓って、レイは気持ちを切り替える。昨夜から一睡もせず、切り裂きジャック事件の資料を集めて精査し、自分なりの見解を出した。その答え合わせとして、桜井が必要なのである。
「捜一の刑事ねえ。こいつもなかなか面倒くさそうだな」
 キーボードを叩き、警視庁のデータベースから引っ張ってきた身上書を参考にして作った経歴書を画面に出す。昨日マキに資料として手渡したものである。

 桜井直人、三十二歳。警視庁捜査一課強行犯係、通称高梨犯所属。
 階級は巡査部長。父親の桜井康仁さくらいやすひとは所轄暑の生活安全課の警部でもある。
 大学までは水泳の選手でオリンピックを目指せる位置にいたこともあるが、肩の故障で選手生活を断念し、父と同じ警察官の道を選択。所轄暑で経験を積んだ後、専務試験を受けて捜査一課へ異動となった。
 順調だったキャリアに暗雲が立ち込めたのは二年前。製薬会社FKメディカル社員の連続不審死事件の捜査中、重要参考人だった女性を任意の取り調べ中に自死させてしまう。結果、証拠不十分で不起訴になり、事件は迷宮入りした。
 その責任を取らされてのことなのか、極秘に違法捜査を命じられ、当時の上司であった刑事と暴力団の繋がりが明るみとなり、裏で押収薬物の受け渡しが発覚。押収薬物の摂取によって凶悪化した人物(心神喪失状態)によって、上司の刑事は殺害された。

「まるで死神だな。だからこそ、ウチに寄越したってことか」
 警視総監の草薙の命令とはいえ、この違法捜査は桜井に何のメリットもない。事実上のクビを言い渡された状態なら尚更だ。
 コウが桜井を知らなくても、レイは最初から行かせるつもりだった。連続不審死事件の重要参考人は、公にはなっていないが、桜井の元恋人だった。しかも彼女は桜井の目の前で拳銃自殺をしていたから。
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