追憶のquiet

makikasuga

文字の大きさ
12 / 60
その男、天才につき

しおりを挟む
 額に冷たい金属の感触がした。後頭部から鈍い痛みが発せられると、頭上からこんな声が降りかかってきた。
「そろそろ起きてよ、刑事さん」
 はっとして目を見開けば、世間でもてはやされそうな顔立ちの男がいた。年の頃は二十代半ば位か、やけに可愛らしい顔をしているが、なぜか右目だけが灰色である。
「夢中になると寝るのも忘れるから、爆睡してもらって助かったけど、さすがに寝すぎでしょ」
 そう言って男は笑うが、彼の右手に握られているものは人の命を奪う金属の塊、つまり拳銃だった。桜井は慌てて飛び起きたが、後頭部の鈍い痛みは相変わらずだった。
「どう、目が覚めた?」
「ああ」
 ベッドしかない狭い部屋。大きな窓にレースのカーテンがかけられているが、照明は蛍光灯の光のみであることからして、既に夜となっているようだ。
「まずは自己紹介ね。僕はマキ、ハナムラの始末屋だよ」
「始末屋ってまさか」
 マキは自信たっぷりに笑った後、銃口を下げた。
「そう、殺し屋だよ」
 情報屋だといったレイという男同様、全身からピリピリとした空気を発している。ふたりが桜井に気を許していないことは明らかだった。
「刑事さんの自己紹介はいらないから。全部知ってるし」
「だったら、今すぐ殺せ」
 レイに踊らされ、弾丸の入っていない拳銃の引き金を弾いた。理由はどうあれ、桜井はレイを殺害しようとしたのだから。
「刑事さんをバラすのは僕の仕事だけど、それは今じゃないんだよね」
 桜井の後頭部を殴打したのはこのマキという男だろう。倒れた後、ふたりで何か話していたことは記憶にあった。
「人にはそれぞれ役回りってものがあるんだ。刑事さんはね、まず切り裂きジャック事件の犯人と対面しなくちゃならない」
「何回言わせんだ、おまえらなんかと捜査はやらねえ。さっさと殺せ」
 どちらにせよ、殺されるのだ。得体の知れない奴らの駒にされるのなら、今ここで死んだ方がマシである。
「それとも殺し屋っていうのは名ばかりで、その拳銃の弾もBB弾とかいうオチか」
 BB弾とはモデルガンで使用する弾丸のことである。主にサバイバルゲームなどで使用されることが多い。マキの右手に握られている拳銃は、オーストリアの銃器メーカーグロック社のもので、モデルガンとしても世に出ているものだった。
「刑事ってさあ、みんな死にたがりなの?」
 マキは大きく息を吐き出すと、哀れむように桜井を見た後、再び銃口を向けた。
「コウのときは我慢したけど、今度は何も言われてないし、何より刑事さん、レイを殺そうとしたじゃん」
 のらりくらりと話しながらも、マキの醸し出す空気がガラリと変わった。
「そんなに死にたいなら、望み通りにしてあげる」
 クスクスと笑いながら、マキは引き金に指をかけた。グロックには手動の安全装置がなく、引き金に指をかけさえすれば解除となるトリガーセーフティを採用としている。どうやら本気で桜井を殺すつもりらしい。

「そこまでだ」
 ピンとした空気が弾ける瞬間、扉が開かれ、初対面のときと変わりない黒いスーツを着たレイが現れた。
「起こしてこいとは言ったが、バラせとは言ってないぞ」
「だって、殺せ殺せってうるさいんだもん」
 レイが入ってきた途端、マキは空気を一変させた。彼が銃口を下げると、桜井は安堵の息をついた。
「適当に流せよ。悪かったな、刑事さん。お詫びに夕食を奢る」
「いらねえ」
「朝から何も食ってねえだろ。俺も昨日から食ってなくて腹が減ってんだ、付き合え」
「ちょっと、寝てないだけじゃなく、食事も取ってなかったの、ダメじゃん!」
 レイと桜井の会話に、マキが割って入る。彼はレイをひどく心配しているようだ。
「おまえに言われたくねえよ。マキは留守番な」
「えー!? レイひとりじゃ心配だよ」
「暇人に見張らせるように依頼してある」
「もう、また僕を仲間外れにするー!」
 そう言って、マキはリスのように両頬を膨らませた。桜井に銃口を向けたときは別人である。
「俺の見てないところでバラそうとした罰だ。ついてくんなよ」
 マキの膨れっ面は更に増した。まるで幼い子供のようだった。
「ちゃんと謝れ。今回はおまえが悪い」
 慣れているのか気に止めることもなく、レイは扉を開けたまま、部屋を出て行った。
「ごめんなさい、刑事さん」
 不服そうにしながらも、マキはそう言って頭を下げた。
「いや、殺せっていったの、俺の方だから。喧嘩させて悪かったな」
 よくよく考えてみれば、桜井の行動も大人げなかった。今更ながら反省し、桜井も頭を下げた。
「コウが言った通りだ」
 クスリと笑う声に反応して、頭を上げれば、マキが笑っていた。
「そんなことで謝らなくていいのに」
 柳がマキに何を言ったのか気になったが、ここで彼の名を出すのは躊躇われた。
「刑事さん、レイのこと、ちゃんと見ててよね」
 マキはすぐ厳しい顔つきになっていた。何か思うことがあるらしかった。
「さっきまでと態度が違う。刑事さんには死なれちゃ困るって感じだった」
 余程殺したいのか、結構な言われ具合である。しかも、本人を目の前にしてだ。
「今朝会ったばかりだから、あいつのことはわかんねえよ」
 そう言って、桜井は立ち上がる。食欲なんてないのだが、断っても聞き入れてくれそうにないだろう。
「僕らより事件のこと知ってるじゃん。昨日まで捜査してたんだし」
「そりゃあ、まあ、確かに」
「レイのことだから、犯人の目星はついてるはずなんだよ。刑事さんとは、その答え合わせをするだけだって言ってたのに」
「犯人がわかったって、そんなわけねえだろ」
 捜査員達は寝食を削って手掛かりをひとつひとつ当たっている。それなのに、得体の知れない人間が既に辿り着いているなんて。
「レイに解けない謎なんてないよ。あいつは天才だからね」
 そういえば今朝、柳も同じようなことを言っていた。
「それほどの天才が、なぜこんなところにいる?」
「そうしなければ、生きられなかったから」
 そう言うと、マキは少しだけ寂しそうな顔になった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...