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その男、天才につき
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レイに連れられて桜井がやってきたのは、高級ホテルの地下にある高級鉄板焼の店だった。
「こんなところで食事してんのかよ」
「たまにな。誰にも邪魔されねえし、ここなら話も聞かれねえ」
常連なのか、店側の態度も違っていた。店に入ると貫禄のある男性従業員がやってきて、レイをタカハシ様と呼んで頭を下げると、一番奥の個室へと案内した。メニューについての説明は何もなく、その男が全てのセッティングをこなし、出来上がった料理を運んできた。余計な話はせず、与えられた仕事だけをこなす。客とはいえ、明らかに年下のレイにひれ伏す様は、彼がここの上顧客であることを物語っていた。
「それだけの金はもらっているってことか」
「なんとでもいえ。話の前に腹ごしらえな。毒は入ってねえから安心して食えよ」
食欲など無かったはずなのに、豪勢な食事を目にすると、体は正直に反応を示した。どうせ殺されるのだし、これが最後の晩餐なのかもしれない。それならばと桜井は口にしたが、悔しいことに美味かった。こんな美味い肉を食べたのは、生まれて初めてかもしれない。
「高級官僚か政治家になった気分だ」
「そりゃ結構。ここの肉が一番美味いんだ。この後の伊勢海老もいけるぜ」
レイは淡々と肉を口に放り込んでいく。味わっているというよりは、空腹を満たすための行為として。
レイもマキと同じ二十代半ば位で、彼とは正反対の精悍な顔つきをしている。目つきは鋭く、人を寄せつけない独特のオーラを持っていた。外見そのままに、桜井の心情を見抜いた上で、内側から揺さぶって傷口をえぐり出す。
正に死神って感じだな。
桜井が観察しすぎたせいだろうか、レイが食事の手を止めた。
「悪いが、俺にはそういう趣味はない」
目の前にいるというのに、レイはわざと視線を外してきた。
「何の話だ?」
「資料には無かったが、恋人がいないのは、異性に興味がないということか」
桜井の視線を、レイは別の意味で取ったようである。
「妙な誤解をするな。おまえに興味なんかねえよ!」
思わず舌打ちして、桜井は視線を外す。
「だったら、じろじろ見てほしくない」
ぞくりと背中が震えた。視線を前に戻せば、レイがテーブルに手をつき、桜井をじっと見つめている。
「どうせ見られるなら女の方がいい。勿論後腐れのないセックスが出来る女に限るが」
明らかに年下のはずなのに、桜井を見下して笑う。この世の支配者だと言わんばかりに。
「あんたらみたいな人間は、女とセックスだけ出来ればいいってことかよ」
本能が危険を察知する。関わりになるな、この男は危険だと警告が鳴り響くが、もはや後戻りは出来ない。
「大切な人間は作らない。少なくとも俺はいらない」
危険と隣合わせの場所にいれば、恋人という存在は弱みになるだろう。
「あんただって同じようなもんだろ、刑事さん」
ほんの一瞬、レイの表情に翳りが見えた。桜井の過去を知っているからだけでなく、心の奥にずっと傷みを抱えているかのように。
「ふーん、そういうことか」
ここはレイが予約した個室で、食事を運んでくる人間以外の出入りはなかった。それなのに、桜井とレイ以外の男の声がすぐ近くから聞こえてきたのだ。
「向こうで食ってろって言ったろ」
レイは男を知っているようで、再び食事に集中する。
「マキを遠ざけるってことは、あいつに聞かれたくない話なんだろ」
サングラスで目元を隠した長身の男が唐突に現れた。ラフなジャケットにジーンズ姿であるが、それが安物でないことは明らかだった。桜井より少し上の、三十代後半ぐらいの男と推測する。
「代わりに俺を呼んだってことは、俺に聞かれても差し障りのない話」
「うるせえな。飯は黙って食うもんだって、何回言わせんだよ」
「はいはい。これが噂の捜一の刑事さんね」
レイの怒りを無視して、サングラスの男は桜井に歩み寄った。
「ようこそ。俺はシラサカ、マキと同じ始末屋だよ」
シラサカと名乗った男が右手を差し出してきた。その手を取っていいものなのか、桜井は躊躇した。
「おとなしくしとけって言われてるくせに、首突っ込んでくるなよ」
「レイ君直々のご指名とくれば、首を突っ込みたくもなるさ」
「後で話に入れてやるから、ゆっくり飯を食わせろ」
「前から言ってるけど、飯は大勢で食う方が美味いんだぜ。じゃあな、刑事さん、また後で」
シラサカはそう言うと、右手をひらひらをふって姿を消した。
「悪いな、邪魔が入って」
「そんなに俺を殺したいのなら、さっさとやれよ」
あちこちで殺し屋に見張られるなんて、あまり気分が良いものではない。
「状況が変わったから」
邪魔が入っても食事の手を止めないレイ。桜井と話しながらも、それだけは変わらなかった。
「刑事さんが寝てる間に、少し面倒な事になってな。あんたに、もうひとつ仕事を頼みたい」
「意味がわからねえよ」
もうひとつも何も、桜井はひとつめの仕事についても、よくわかっていないのだから。
「簡単なことさ。悪人を捕まえて、善良な人間を護る。刑事さんの仕事、そのものだろ」
「こんなところで食事してんのかよ」
「たまにな。誰にも邪魔されねえし、ここなら話も聞かれねえ」
常連なのか、店側の態度も違っていた。店に入ると貫禄のある男性従業員がやってきて、レイをタカハシ様と呼んで頭を下げると、一番奥の個室へと案内した。メニューについての説明は何もなく、その男が全てのセッティングをこなし、出来上がった料理を運んできた。余計な話はせず、与えられた仕事だけをこなす。客とはいえ、明らかに年下のレイにひれ伏す様は、彼がここの上顧客であることを物語っていた。
「それだけの金はもらっているってことか」
「なんとでもいえ。話の前に腹ごしらえな。毒は入ってねえから安心して食えよ」
食欲など無かったはずなのに、豪勢な食事を目にすると、体は正直に反応を示した。どうせ殺されるのだし、これが最後の晩餐なのかもしれない。それならばと桜井は口にしたが、悔しいことに美味かった。こんな美味い肉を食べたのは、生まれて初めてかもしれない。
「高級官僚か政治家になった気分だ」
「そりゃ結構。ここの肉が一番美味いんだ。この後の伊勢海老もいけるぜ」
レイは淡々と肉を口に放り込んでいく。味わっているというよりは、空腹を満たすための行為として。
レイもマキと同じ二十代半ば位で、彼とは正反対の精悍な顔つきをしている。目つきは鋭く、人を寄せつけない独特のオーラを持っていた。外見そのままに、桜井の心情を見抜いた上で、内側から揺さぶって傷口をえぐり出す。
正に死神って感じだな。
桜井が観察しすぎたせいだろうか、レイが食事の手を止めた。
「悪いが、俺にはそういう趣味はない」
目の前にいるというのに、レイはわざと視線を外してきた。
「何の話だ?」
「資料には無かったが、恋人がいないのは、異性に興味がないということか」
桜井の視線を、レイは別の意味で取ったようである。
「妙な誤解をするな。おまえに興味なんかねえよ!」
思わず舌打ちして、桜井は視線を外す。
「だったら、じろじろ見てほしくない」
ぞくりと背中が震えた。視線を前に戻せば、レイがテーブルに手をつき、桜井をじっと見つめている。
「どうせ見られるなら女の方がいい。勿論後腐れのないセックスが出来る女に限るが」
明らかに年下のはずなのに、桜井を見下して笑う。この世の支配者だと言わんばかりに。
「あんたらみたいな人間は、女とセックスだけ出来ればいいってことかよ」
本能が危険を察知する。関わりになるな、この男は危険だと警告が鳴り響くが、もはや後戻りは出来ない。
「大切な人間は作らない。少なくとも俺はいらない」
危険と隣合わせの場所にいれば、恋人という存在は弱みになるだろう。
「あんただって同じようなもんだろ、刑事さん」
ほんの一瞬、レイの表情に翳りが見えた。桜井の過去を知っているからだけでなく、心の奥にずっと傷みを抱えているかのように。
「ふーん、そういうことか」
ここはレイが予約した個室で、食事を運んでくる人間以外の出入りはなかった。それなのに、桜井とレイ以外の男の声がすぐ近くから聞こえてきたのだ。
「向こうで食ってろって言ったろ」
レイは男を知っているようで、再び食事に集中する。
「マキを遠ざけるってことは、あいつに聞かれたくない話なんだろ」
サングラスで目元を隠した長身の男が唐突に現れた。ラフなジャケットにジーンズ姿であるが、それが安物でないことは明らかだった。桜井より少し上の、三十代後半ぐらいの男と推測する。
「代わりに俺を呼んだってことは、俺に聞かれても差し障りのない話」
「うるせえな。飯は黙って食うもんだって、何回言わせんだよ」
「はいはい。これが噂の捜一の刑事さんね」
レイの怒りを無視して、サングラスの男は桜井に歩み寄った。
「ようこそ。俺はシラサカ、マキと同じ始末屋だよ」
シラサカと名乗った男が右手を差し出してきた。その手を取っていいものなのか、桜井は躊躇した。
「おとなしくしとけって言われてるくせに、首突っ込んでくるなよ」
「レイ君直々のご指名とくれば、首を突っ込みたくもなるさ」
「後で話に入れてやるから、ゆっくり飯を食わせろ」
「前から言ってるけど、飯は大勢で食う方が美味いんだぜ。じゃあな、刑事さん、また後で」
シラサカはそう言うと、右手をひらひらをふって姿を消した。
「悪いな、邪魔が入って」
「そんなに俺を殺したいのなら、さっさとやれよ」
あちこちで殺し屋に見張られるなんて、あまり気分が良いものではない。
「状況が変わったから」
邪魔が入っても食事の手を止めないレイ。桜井と話しながらも、それだけは変わらなかった。
「刑事さんが寝てる間に、少し面倒な事になってな。あんたに、もうひとつ仕事を頼みたい」
「意味がわからねえよ」
もうひとつも何も、桜井はひとつめの仕事についても、よくわかっていないのだから。
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