追憶のquiet

makikasuga

文字の大きさ
23 / 60
ゼロとJTR

しおりを挟む
 話は昼過ぎに遡る。桜井をからかって眠らせた後、仮眠を取っていると、バイブレーションにしてあったスマートフォンが着信を知らせてきた。眠りを邪魔されたことを不服に思いながら、レイは手を伸ばしてスマホを手繰り寄せ、通話ボタンを押して耳に押し当てた。
『レイ、元気にしてるかい?』
 電話の相手はヤスオカだった。
「仕事中だから、飯ならまた今度」
 情報屋のリーダーを引退してからは積極的に仕事に関わることはないが、レイが学生だったときに親代わりだったこと、一緒に暮らしていたこともあってか、事あるごとに食事に誘ってくるのである。
『起こしてしまったかな?』
「徹夜したから寝てただけ」
 ヤスオカとは長いつきあいなので、嘘をついてもすぐ見破られる。ここは正直に話すことにした。
『相変わらず無茶をしているようだね』
「説教だったら切るぞ」
 ヤスオカには血を分けた息子がいるというのに、レイばかりを気にかけている。子供じゃないと何度言っても、聞いてくれないのだ。
『切り裂きジャック事件の捜査をすると聞いたよ。コウに続いて二人目だね、刑事と組むのは』
 ヤスオカからコウの名前が出てきたので、レイは不機嫌になった。
「あいつに色々しゃべったろ」
『口止めはされていなかったからね』
 言われてみればその通りである。レイの不機嫌は更に増したため、ここぞのばかり、不満をぶちまけた。
「今回の件、なぜボスは断らなかったんだよ。刑事と組んで犯人を捜せなんて、有り得ねえことだろ」
 表の世界に踏み込むのはタブー。それを言い続けてきたのは花村自身である。それなのに、よりによって捜査一課の刑事と犯人探しとは。
『八年前のあの事件と、蓮見さんの叔父が絡んでくるようだよ』

 八年前、レイはコウと同じ高校に通っていた。そのとき出会った同級生が蓮見優衣はすみゆいである。隣の席で告白され、断ったものの、何かとまとわりつかれた。面倒だと思いながらも不思議と心地良く思えた。レイが優衣を好きだと自覚したのは、彼女が死ぬ直前だった。しかも命を奪ったのはレイ自身である。それ以来、拳銃をまともに撃てなくなってしまっていた。

『蓮見さんの叔父夫婦は海外にいるという話だったよね。彼女の遺骨を引き取って、海外に移住したことになっていたが、それ自体が嘘の経歴だったようだ』
「どういうことだよ、ヤッサン」
 すっかり目が冴えてしまい、レイは起き上がった。
『蓮見さんの叔父は、蓮見隼人といって、警察庁警備局警備企画課の人間だったんだ』
「ゼロねえ。コウじゃなく、あいつにこそ、関わるべきじゃなかったってことかよ」
『我々も知らなかったんだ。当時ゼロを統括していた裏参事官は、現警視総監の草薙だ。ミズカミがレイの学校に立てこもった際、SIT(警視庁特殊犯捜査係)の出動が早々に決定されたのは、草薙が裏から手を回したからだ。それを知った花村が草薙に頼み込み、警視庁を引かせるように手配したそうだよ』
「なんで今頃そんな話が出てくるんだよ」
 全ては終わったことだ、それも八年前に。
『今回の件、草薙が八年前の借りを返せと言って、強引にねじ込んできたんだよ。捜査一課の刑事を一人貸すからといってね』
「貸す? まさか、あの刑事を生かすつもりかよ」
 裏の世界に関わることは死を意味する。草薙は八年前から花村を知っていたようだし、ハナムラがどういう仕事をしているか、知らないはずはないだろう。
『真意はわからない。現在蓮見隼人は長期休暇中で、仕事を離れたことになっている。不自然な話だろう、ゼロの捜査官が休暇中である情報を流すなんて、何かあると言わんばかりだ。しかも、彼は草薙を慕っていて、今もプライベートで交流があると聞いている』
 元情報屋のリーダーだけあって、ヤスオカの指摘は的確である。彼の情報網は、今も尚機能しているということだ。
「ゼロまで絡んでくるのかよ、今回の件」
 レイはパソコンを起動させていた。もはや寝ている場合ではない。ゼロの捜査官が関わってくるのなら、もっと情報を集めなくてはならない。
『レイ、くれぐれも無理をしないように』
「わかってる。情報ありがとな、ヤッサン」
『最後に余計な事をもうひとつ。蓮見さんの従姉妹、つまり蓮見隼人の娘は、二年前から日本にいるようだ』
 そういえば、蓮見の命日に墓前で声をかけられた。顔は会わせていないが、来年の命日に会おうという話をして別れていた。
『今年二十歳で都内の大学に通っている。休暇中は彼女と頻繁に会っているようだよ。こちらとは関わりがないと思いたいがね』
 ヤスオカとの話はそこで終わった。レイはすぐに蓮見隼人とその娘であるさくらの身辺を調査した。
 娘の桜に関して、今回の事件との直接的な関わりは否定されたのに、調べれば調べるほど胸騒ぎがした。

 俺が動けば、それこそ八年前と同じことになりかねない。

 何一つ確証はないのに、この事件に関わりがあるような気がしてならなかった。私情で動くのは危険だとわかっていたのに、同じことを繰り返したくない気持ちが勝ってしまい、こんなことを思いついた。
 表向きは捜査一課の桜井を動かして彼女を護らせ、手の回らない裏の領域は、暇だといっていたシラサカに張りつかせる。
 レイは桜井を食事に誘い出し、そこにシラサカを同席させた。ヤスオカから聞いたことと、自分が調べた情報をメールで送り、こんな文章をつけ足した。

(俺の考えすぎで、空振りかもしれねえし、何も起きないかもしれねえ。でも、同じことは繰り返したくねえんだよ)

 レイの想いをシラサカはくみ取ってくれた。レイと同じように、優衣の死が頭のどこかに残っていたのかもしれない。
 その後マキと桜井を連れてやってきた三人目の被害者フクザワヨシオの自宅に、蓮見隼人が現れた。彼はレイをJTRと呼び、狙いはなんだと聞いてきた。
 JTRはジャック・ザ・リッパーの略称。蓮見隼人が切り裂きジャック事件の真犯人と関わりがあることが、これではっきりした。長期休暇を取っているのは、任務としてではなく私情で動いているから。頻繁に娘と会っていることからして、そこから導き出される結論は一つしかない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...