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過去の扉
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車は都心から離れ、閑静な住宅地へと向かっていき、大きな洋館の前で停まった。どうやらここが目的地らしい。
「もしもし、僕だよ。今玄関、そう、来ちゃった。開けて、話がしたい。急ぎだよ、急ぎ。だから来たんだもん。他の人を寄越さないでね、ナオと一緒だから。誰かわかんないって? 刑事さんのことだよ」
車から降りるや、マキは携帯で話し始めた。深夜に近い時間帯ということもあってか人の気配は全くなく、マキの話し声だけが響いている。
「あとさあ、食べる物用意して、じゃ、よろしく」
一方的に言い放って電話を切ると、まもなく正面玄関が開かれた。マキはスタスタと中に入っていく。桜井も遠慮がちに足を踏み入れ、後をついていくが、意外にも洋館の入口は遠い。
「勝手に入って、大丈夫なのかよ」
「ちゃんと連絡入れたじゃん」
「けど、どう見てもここは」
広大な敷地を管理するのだから、相当財を成した人物のはず。連絡を入れたとはいえ、深夜の時間帯にいきなり訪ねるのは失礼ではないだろうか。
そうこうするうちに、館の左脇の扉が開いた。
「うわ、本当に来てる」
昨日とは違い、ラフな服装の柳ことコウが姿を見せる。
「急ぎだって言ったでしょ。金田さんは?」
「高橋と一緒に部屋にいる。桜井さんと会わせるわけにはいかないから」
コウは桜井に視線を向けると、小さく頭を下げた。
「桜井さんじゃなくて、今はナオって名前だよ」
自分が名付けたといってマキは誇らしげに笑うが、コウはげんなりするだけだった。
「いきなり名前呼びは無理だよ。そこだけは譲れねえ」
「頭が固いなあ。もう刑事じゃないんだし、階級なんか気にすることないのに」
「だからこそだよ。桜井さん、こいつら言っても聞かないこと多いんで、その辺は適当に流してくださいね」
「適当ってひどい!」
「こんな時間に訪ねてくる方がひどいだろうが」
マキが突然訪ねてきたことに、コウは困惑しているようだった。
「話の前に、コウ、何か食べさせて。お腹空いた」
「飯までたかりにきたのかよ、容赦ねえな」
「僕だけ夕飯抜きなんだもん!」
「はいはい。とりあえず入れよ」
コウに招き入れられ、マキに続いて桜井も中へと足を踏み入れる。どうやらキッチンに通じる扉だったらしく、調理器具が整然と並んでいた。そこを通り抜け、廊下に突き当たれば、一定間隔で扉が続いていた。少し歩いてコウは二つ目の扉を開けて中に入る。マキに続いて桜井も部屋へと入った。
クローゼットに机、椅子、ベッドがあるだけのシンプルな造り。何も置かれていないことからして、客間のようだ。
「食い物持ってくるから、待ってて」
「僕も手伝う。金田さんに挨拶しときたいしね。ナオはここにいてね、外には絶対出ないように」
ここでも金田の名が出て来た。どうやらここに住んでいる人間らしかった。コウとマキは桜井を置いて出て行った。何があっても桜井の姿を見せたくないらしい。それなら連れて来るなと思ったが、彼らと違法捜査をやると決めた以上、行動を共にしなくてはならない。ここへ来なかったとしても、自宅へ帰してはもらえなかっただろうから。
手持ち無沙汰になったこともあり、桜井は私用のスマートフォンを取り出した。仕事用のものは昨夜電源を切って放置したまま、自宅に置いてきた。
「そういや、係長に連絡しないままだったな」
上司の高梨と公私共に交流のある後輩刑事の山崎から、着信とメールが度々入っていた。誰もいないので、残されたメッセージを聞いてみることにする。
『高梨だ。話がしたい。いつでもいい、連絡をくれ』
上司の高梨は、彼らしいシンプルなものだった。
『桜井さん、休暇ってどういうことですか、どうして電話に出ないんですか? 皆心配しています、いつでもいいから連絡ください。じゃないと、これから一生直人先輩って呼びますよ!』
名前で呼ばれるのが気恥ずかしいと思っていたが、こうして聞いてみるとそうでもない。
「一生それでかまわねえよ。もう顔合わすこともねえしな」
全てのメッセージを消去して、電源を切ろうとしたが、なぜか落ちなかった。そうこうするうちに、登録外の番号から着信が入った。その番号に見覚えがあることに気づいて、桜井は電話を取った。
『連絡は取るなよ』
やはりというべきか、相手はレイだった。
「伝言を聞いて、電源を切ろうとしただけだよ」
高梨や山崎と連絡を取ろうとしたわけではない。むしろ、彼らの声を聞いたおかげで、自分の立場を認識することができた。草薙のところに装備一式を置いてきた時点で、桜井は捜査一課の刑事ではなくなったということに。
『その電話は俺が管理している。着信もメールもメッセージも、全てこちらで把握している』
「管理って、いつのまに?」
『おまえが寝てる間に細工をした。俺が指示するまで触るな。そこにいる間は特にだ』
この言い方からして、桜井とマキがどこにいるのか、レイは知っているようである。
「わかった、わかりましたよ。それより、マキがおまえの秘密を聞き出そうとしているけど、いいのか?」
『かまわない。コウにも事前に連絡してある』
「だったら、マキに直接話せばいいだろ」
マキだってレイから直接聞きたいに決まっている。
「自分はレイを助けたことがないって言ってたぜ」
『助けられてるさ。マキがいたから、俺はこの世界で生きている。あいつが死ねば俺も死ぬ。それだけはずっと変わらない』
「でも、死のうとしたんだろ、マキを置いて」
淡々と答えていたレイが黙り込んだ。そこでようやく口を挟み過ぎたことに気づいた。
「悪い、俺が口出すことじゃなかった」
桜井は謝罪した。彼らのことを知らない自分が言うべきことではなかったから。
『謝らなくていい。コウから話を聞けば、俺が頼みたがっていた仕事がわかる。詳細は後で連絡を入れる。俺から電話があったこと、マキとコウには言うなよ』
ここでも電話は一方的に切れた。顔が見えないこともあり、レイがどんな気持ちでいるのか、桜井は気になった。
「おまたせ、ご馳走だよーん」
しばらくして、マキとコウが料理が入った皿を持って帰ってきた。
「簡単なものばかりですけど。桜井さんもよかったらどうぞ」
卵焼き、唐揚げ、ウインナー、ちくわ、一口サイズのおにぎり、サンドイッチ等々、話しながらでも食べやすいものばかりである。
「いや、俺は食ってきたから」
「ナオはレイと例の店に行ったんだよ。僕は留守番させられたのに」
「それでむくれてんのかよ」
「だって、後でファミレス行くって言ったのも忘れてんだもん!」
空腹がおさまらないと、マキの機嫌は直りそうにない。桜井はコウと顔を見合わせて笑うしかなかった。
「もしもし、僕だよ。今玄関、そう、来ちゃった。開けて、話がしたい。急ぎだよ、急ぎ。だから来たんだもん。他の人を寄越さないでね、ナオと一緒だから。誰かわかんないって? 刑事さんのことだよ」
車から降りるや、マキは携帯で話し始めた。深夜に近い時間帯ということもあってか人の気配は全くなく、マキの話し声だけが響いている。
「あとさあ、食べる物用意して、じゃ、よろしく」
一方的に言い放って電話を切ると、まもなく正面玄関が開かれた。マキはスタスタと中に入っていく。桜井も遠慮がちに足を踏み入れ、後をついていくが、意外にも洋館の入口は遠い。
「勝手に入って、大丈夫なのかよ」
「ちゃんと連絡入れたじゃん」
「けど、どう見てもここは」
広大な敷地を管理するのだから、相当財を成した人物のはず。連絡を入れたとはいえ、深夜の時間帯にいきなり訪ねるのは失礼ではないだろうか。
そうこうするうちに、館の左脇の扉が開いた。
「うわ、本当に来てる」
昨日とは違い、ラフな服装の柳ことコウが姿を見せる。
「急ぎだって言ったでしょ。金田さんは?」
「高橋と一緒に部屋にいる。桜井さんと会わせるわけにはいかないから」
コウは桜井に視線を向けると、小さく頭を下げた。
「桜井さんじゃなくて、今はナオって名前だよ」
自分が名付けたといってマキは誇らしげに笑うが、コウはげんなりするだけだった。
「いきなり名前呼びは無理だよ。そこだけは譲れねえ」
「頭が固いなあ。もう刑事じゃないんだし、階級なんか気にすることないのに」
「だからこそだよ。桜井さん、こいつら言っても聞かないこと多いんで、その辺は適当に流してくださいね」
「適当ってひどい!」
「こんな時間に訪ねてくる方がひどいだろうが」
マキが突然訪ねてきたことに、コウは困惑しているようだった。
「話の前に、コウ、何か食べさせて。お腹空いた」
「飯までたかりにきたのかよ、容赦ねえな」
「僕だけ夕飯抜きなんだもん!」
「はいはい。とりあえず入れよ」
コウに招き入れられ、マキに続いて桜井も中へと足を踏み入れる。どうやらキッチンに通じる扉だったらしく、調理器具が整然と並んでいた。そこを通り抜け、廊下に突き当たれば、一定間隔で扉が続いていた。少し歩いてコウは二つ目の扉を開けて中に入る。マキに続いて桜井も部屋へと入った。
クローゼットに机、椅子、ベッドがあるだけのシンプルな造り。何も置かれていないことからして、客間のようだ。
「食い物持ってくるから、待ってて」
「僕も手伝う。金田さんに挨拶しときたいしね。ナオはここにいてね、外には絶対出ないように」
ここでも金田の名が出て来た。どうやらここに住んでいる人間らしかった。コウとマキは桜井を置いて出て行った。何があっても桜井の姿を見せたくないらしい。それなら連れて来るなと思ったが、彼らと違法捜査をやると決めた以上、行動を共にしなくてはならない。ここへ来なかったとしても、自宅へ帰してはもらえなかっただろうから。
手持ち無沙汰になったこともあり、桜井は私用のスマートフォンを取り出した。仕事用のものは昨夜電源を切って放置したまま、自宅に置いてきた。
「そういや、係長に連絡しないままだったな」
上司の高梨と公私共に交流のある後輩刑事の山崎から、着信とメールが度々入っていた。誰もいないので、残されたメッセージを聞いてみることにする。
『高梨だ。話がしたい。いつでもいい、連絡をくれ』
上司の高梨は、彼らしいシンプルなものだった。
『桜井さん、休暇ってどういうことですか、どうして電話に出ないんですか? 皆心配しています、いつでもいいから連絡ください。じゃないと、これから一生直人先輩って呼びますよ!』
名前で呼ばれるのが気恥ずかしいと思っていたが、こうして聞いてみるとそうでもない。
「一生それでかまわねえよ。もう顔合わすこともねえしな」
全てのメッセージを消去して、電源を切ろうとしたが、なぜか落ちなかった。そうこうするうちに、登録外の番号から着信が入った。その番号に見覚えがあることに気づいて、桜井は電話を取った。
『連絡は取るなよ』
やはりというべきか、相手はレイだった。
「伝言を聞いて、電源を切ろうとしただけだよ」
高梨や山崎と連絡を取ろうとしたわけではない。むしろ、彼らの声を聞いたおかげで、自分の立場を認識することができた。草薙のところに装備一式を置いてきた時点で、桜井は捜査一課の刑事ではなくなったということに。
『その電話は俺が管理している。着信もメールもメッセージも、全てこちらで把握している』
「管理って、いつのまに?」
『おまえが寝てる間に細工をした。俺が指示するまで触るな。そこにいる間は特にだ』
この言い方からして、桜井とマキがどこにいるのか、レイは知っているようである。
「わかった、わかりましたよ。それより、マキがおまえの秘密を聞き出そうとしているけど、いいのか?」
『かまわない。コウにも事前に連絡してある』
「だったら、マキに直接話せばいいだろ」
マキだってレイから直接聞きたいに決まっている。
「自分はレイを助けたことがないって言ってたぜ」
『助けられてるさ。マキがいたから、俺はこの世界で生きている。あいつが死ねば俺も死ぬ。それだけはずっと変わらない』
「でも、死のうとしたんだろ、マキを置いて」
淡々と答えていたレイが黙り込んだ。そこでようやく口を挟み過ぎたことに気づいた。
「悪い、俺が口出すことじゃなかった」
桜井は謝罪した。彼らのことを知らない自分が言うべきことではなかったから。
『謝らなくていい。コウから話を聞けば、俺が頼みたがっていた仕事がわかる。詳細は後で連絡を入れる。俺から電話があったこと、マキとコウには言うなよ』
ここでも電話は一方的に切れた。顔が見えないこともあり、レイがどんな気持ちでいるのか、桜井は気になった。
「おまたせ、ご馳走だよーん」
しばらくして、マキとコウが料理が入った皿を持って帰ってきた。
「簡単なものばかりですけど。桜井さんもよかったらどうぞ」
卵焼き、唐揚げ、ウインナー、ちくわ、一口サイズのおにぎり、サンドイッチ等々、話しながらでも食べやすいものばかりである。
「いや、俺は食ってきたから」
「ナオはレイと例の店に行ったんだよ。僕は留守番させられたのに」
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