追憶のquiet

makikasuga

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運命は誰に微笑んだのか

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「俺も同じ気持ちだぜ、マキ」
 レイはスマホを取り出し、ある番号にかけた。繋がったと同時にこう叫ぶ。
「大至急、救急隊を九一〇号室に寄越せ。患者の氏名、蓮見桜、二十歳女性、頭部挫傷のJCS300だ!」
 言うだけ言って電話を切ると、スマホをポケットに突っ込み、カバンの中に入れたパソコンを取り出して開くと同時にエンターキーを押す。パソコンの画面は「system REI,emergency call standby」から「system REI,emergency level5,OK?」に切り替わる。
「レベル5じゃ足りねえ、最上級にしろ!」
 そう叫んで、レイは二度とエンターキーを押した。
 画面は「system REI,emergency level MAX start」に切り替わる。
「なんで彼女だけなの? ナオはどうするつもり?」
 マキが不安そうな声で聞いてきた。

「うわ、なんだ、これ」
 そこに割り込んできたのはシラサカだった。場数を踏んでいるだけあって、凄惨な現場を見ても、呑気なものである。
「ナオが彼女を庇って撃たれた。彼女も頭を打って意識がない」
「桜ちゃんはともかく、刑事さんは放っておいたら? 元々バラすって話だったんだし」
 マキは止血の手を止めないまま、シラサカを睨みつける。
「マキは公私の区別がつけられないガキじゃないって言ったの、どこの誰だったっけな」
 シラサカはマキには何も言わず、レイに皮肉めいた言葉を漏らした。
「確かに、ハナムラの始末屋としてはあるまじき行為だが、俺が命じたことだ」
「違う、サカさん、これは僕が──」
「俺がコールを継ぐ羽目になったとき、おまえにコール専属のボディガードを頼んだよな?」
 マキの反論を遮るようにして、レイはシラサカに言った。
「なんで今、コールの話が出てくるんだよ」
「質問に答えろ、シラサカ。おまえはコール専属のボディガードかと聞いている!」
 レイの言い回しに眉をひそめるシラサカ。気持ちを切り替えるように小さく息を吐いた後、こう返した。
「そうだ。おまえがコールをやる羽目になった原因は、俺にあるからな」
 前任のコールはシラサカの血縁者で、自分が生きるために人を殺すという信念を持った怪物でもあった。
「なら、わかっているはずだ。コール専属ボディガードは、いかなる理由があろうとも、コールの指示に従わなくてはならない」
 シラサカの顔色が変わった。レイが何を言おうとしているのか、悟ったからだ。
「あんなに嫌がってたくせに、今ここでそれを言うのかよ」
「今の俺はハナムラの情報屋じゃねえ。世界中の暗殺者に仕事と情報を提供する仲介役コールなんだよ!」
 コールの命令ということにしておけば、マキがしたことも問題にならない。面倒でしかなかったコールという存在が、今日初めて意味を持った。

「わかった、わかりましたよ」
 こうなれば、シラサカは折れるしかない。
「協力はしてやるが、決めるのはボスだぞ。俺が言ったところで、どうなるわけでもねえからな」
「わかってる。今ここで、ナオを見殺しにしたくないだけだ」
 マキもレイと同じ気持ちらしく、ほっと安堵の息を漏らした。
「おまえらを甘やかし過ぎだって、事あるごとに言われてんだぞ」
「それこそ、認めりゃ済むだけの話だろ」
 なんだかんだ言って、シラサカはレイ達に甘いのである。
「なんにせよ、この出血じゃヤバいだろ。病院まで持つのかも怪しいぞ」
「そうだよ、レイ、なんでナオのこと言わなかったの?」
 電話で救急隊の手配を頼んだ際、レイは桜の名前しか言わなかった。
「救急車じゃ間に合わねえから、別ルートで手配した」
 レイの言葉を示すように、空からヘリコプターの音が聞こえてきた。プロペラ音は徐々に大きくなっていて、こちらに向かって飛んできていることが窺える。

『相変わらずむちゃくちゃだな、少年』
 やがて、レイのパソコンの画面に強面の男が現れた。
「情報は届いてますよね、先生」
『ドクターヘリの出動は、消防からの要請が基本なんだが』
 会話しながらレイは桜井の救命処置に入った。スーツを脱ぎ捨てシャツの腕を捲って、鞄の中から救急蘇生セットを取り出し、手袋をする。
『嫌味に応える暇もねえってか。確かにヤバそうな感じだな』
「先生にしか助けられないと判断しました。お願いします!」
 emergency level MAXとは、ドクターヘリによって、花村の友人であり、凄腕の救急医である松田の診療所へ搬送すること。今の桜井を救えるのは松田しかいない。それで無理なら諦めるしかないのだから。
『そこまで言うなら請けてやる。ウチまで持たせろよ』
「はい」
 レイは淡々と処置を施していく。医療知識の全ては松田から教わった。そのせいか、松田はいつまで経ってもレイを「少年」と呼んで子供扱いするのだ。
 やがて桜のために呼んだ救急隊が到着。搬送を終えると、桜井を運ぶドクターヘリのフライトドクターがやってきた。彼らに引き継ぎを済ませた後、レイはマキに言った。
「マキはナオと一緒にヘリに乗ってくれ」
「わかった。レイはどうするの?」
「あいつと、決着をつけてくるから」
 言葉の意味を察したマキは、気をつけてと言って、去っていった。
「決着ねえ。八年前と同じことしようとしてんじゃねえだろうな」
 レイの行く手を遮るように、シラサカが立ちはだかる。
「情報屋は人殺しをしない。そのためにおまえを呼んだ」
 八年前のように、感情のまま突っ走ることはしない。レイはもう子供ではないし、無力でもないから。
「わかってんならいいや。さあ、行きますよ、ご主人様」
「誰がご主人様だよ、気持ち悪いこと言うな!」
「おまえが言ったんだろ、今はハナムラの情報屋じゃない、コールだって。だったら、俺の立ち位置も変わるだろ」
 シラサカがレイをご主人様と呼ぶのは、自分がコール専属のボディガードであることを強調するためなのだ。
「つきあわせて悪いな、シラサカ」
「今更何言ってやがる。ご主人様、この後はどうなさいますか?」
 イソダが奥の部屋に籠もった理由はわかっていた。システムレイがレイ自身ではなく人工知能だったことに、ショックを受けていたはずだから。
「最後の亡霊退治を頼む」
 レイの言葉を受けて、シラサカは右手に拳銃を持ち、ニヤリと笑った。
「仰せのままに」
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