追憶のquiet

makikasuga

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運命は誰に微笑んだのか

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 今のコールはシステムレイ。それは紛れもない事実である。
 八年前、当時のコールが死んだ後、レイの元に一通のメールが届いた。内容を簡略に書き出すと以下のようになる。

 ①レイが次のコールとなる。
 ②前任からの指名であるため、断ることは不可能。
 ③コールは死ぬまで終わらない。
 ④自らに危険が及ばないよう、専属のボディガードをつけることが出来る。その者はいかなる理由があろうとも、コールの指示に従わなくてはならない。

 レイのパソコンには、不審なメールを自動的に削除するシステムが入っているが、それをかいくぐってのことだった。
 暗殺者の仲介なんてやってる暇がないと何度申し出ても、反応は返ってこない。
 そうこうするうちに、依頼が次々やってきた。当初は傷を負って療養中だったこともあり、暇つぶしに適当に振り分けていたが、やがて面倒になり、人工知能にパターンを学習させ、複雑なもの以外は任せることにした。
 やがて複雑なものに介入することすら面倒になり、それも人工知能に任せてみると、思いのほかうまくいった。以降、人工知能を「システムレイ」と名付け、コールの全権を託した。前任コールの死後から一年が経過していた。
 レイが作っただけあって、システムレイは優秀だった。これはコール以外にも使えると思い、様々なことに活用し始めた。その一つがNSA(アメリカ国家安全保障局)への情報提供だ。システムレイを正体不明のクラッカーにして、生きている人間のように見せかける。そのかいあって、誰もレイにたどり着けない。システムレイの頭脳を上回る存在は、それを作ったレイ以外にはいないからだ。

「念のため、起動させとくか」
 マキと桜井がJTRのいる部屋に突入した。まもなく何発かの銃声がしたが、その後は静かになっていた。無駄に終わることを願いつつ、レイはキーボードを叩き、こんなキーワードを打ち込んだ。

 system REI,emergency call standby

 電源を切らないまま、パソコンを鞄にしまい込み、問題の部屋に近づこうとすれば、スマートフォンが着信を知らせてきた。この非常時に誰だと思って画面を見れば、シラサカからだった。すぐさま通話ボタンを押し、耳に当てる。
『悪い悪い、派手に動いたもんだから、途中で通信機壊しちまってさ』
 シラサカがこんな風に言うくらいだから、相手は強敵だったらしい。
「ボスに怪我は?」
 おまえはどうだとは聞かない。シラサカの返答を聞いていれば、通信機以外は何も起きていないはずだから。
『あるわけないだろ。騒ぎになる前に帰ってもらったから、そっちに合流するわ。どうなってる?』
「マキとナオがJTRと接触したところだ」
『ナオって捜一の刑事のことだよな。俺らから手引くって話じゃなかったのかよ』
「そうするつもりだったけど、色々あってな。蓮見桜を救出したら一緒に逃げるって話だから」
 そのとき、再び銃声がした。一呼吸置いた後、もう一度聞こえてきた。
「シラサカ、九一〇号室だ、今すぐ来い!」
 そう言い放って、レイは駆け出した。なぜ銃声がしたのだろう。マキなら敵をすぐに制圧出来るはずなのに。

 レイはU字ロックを挟んである扉を開け放ち、室内に入った。玄関から中へ足を踏み入れると、二人の男が倒れていた。おそらくこれが最初の銃声だろう。更に進んでリビングルームにたどり着くと、後の銃声の意味を知った。
 カーペットを染める真紅の液体。その中心で、桜井が桜を抱きかかえて、倒れていた。
「マキ、何があった?」
 マキは両手を真っ赤に染め、桜井の止血を試みていた。桜井は意識を失っており、レイの声に全く反応を示さなかった。背後から撃たれたようで、背中から腰の辺りにかけて、血が溢れ出している。
「イソダが気絶してる彼女を盾にした。無理矢理目を覚まさせて、僕の存在を見せつけようとしたから、もうバラすしかないって思ったんだけど、ナオが僕の前に立ちはだかって、武器は人を助けるために持つものだって言って、イソダに銃口を向けたんだよ。そのまま撃つんだと思ったのに、直前で天井を撃ち抜いてさ。イソダが怯んだ隙に、体当たりして彼女を救い出したまではよかったんだけど……」
「イソダが、ナオを撃ったんだな」
 マキは唇を強く噛んで頷いた。
「ナオが庇ったから彼女には当たってない。でも、その前にイソダに殴打されて頭を強く打ちつけてるみたい。一度意識が戻って、ナオと会話らしきものをしてたみたいだけど、またすぐに意識が飛んだから、状態が良くないのかもしれない」
「イソダはバラしたのか?」
 出入口はひとつしかないはずだが、室内にイソダの姿が見当たらない。
「ナオに二発撃った後、わけのわからないことを言って、奥の部屋に入っていった。あいつより、ナオの止血が先だと思って放置してる」
 普段のマキなら、真っ先にイソダを処分しただろう。彼を逃がしてでも、桜井を助けようとするなんて考えられないことだった。
「レイ、ナオを助けて」
 マキが恋人のハル以外に執着するなんて初めてのことだ。その相手は年上の男で、しかも現役の刑事である。
「僕の目を見て気持ち悪いって言わなかった。バラそうとしたのに、レイと喧嘩させてごめんって謝ってきた。ナオは僕を怖がらなかった。ひとりの人間として扱ってくれた。それが嬉しかった。ナオには生きていてほしい。生きなきゃダメなんだよ!」
 万に一つの奇跡が起きて、桜井は死なずに済むはずだった。もっと早く説得していれば、いや、桜井の意思など無視して草薙に押しつけておけば、こんなことにはならなかった。
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