追憶のquiet

makikasuga

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天才を巡る駆け引き

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 後始末を終わらせて会社に顔を出せば、深夜になっていた。当然のことながら誰もいない。
 レイは自席に座り込み、隣の机に鞄と上着、外したネクタイを置いた。一番上のシャツのボタンを外せば、少しだけ気分が楽になる。上着のポケットに入れたままだったスマートフォンを取り出せば、一件のメッセージが残っていた。相手はマキだった。

『ナオの手術が終わったよ。後は本人次第だって。それから、誰が何を言おうと患者には手出しさせないから安心してってドクターが言ってたから』

 花村に何か言われたのだろうか、マキの声はひどく沈んでいた。気になって折り返しの連絡をしようとすれば、背後から強烈な気配を感じた。
「帰ってきたのか、レイ」
 誰もいないと思って気を抜いていた。別室から花村とシラサカが出て来たのだ。立ち上がって挨拶しようとしたのだが、思いのほか疲れていたようで、少しふらついてしまった。
「そのままでいい。シラサカから聞いた。遺体を全て草薙に引き渡したそうだな。刑事を松田の診療所に運んだりするから、面倒な事になるのだぞ」
 サユリを連れてきてもらった後、シラサカには帰ってもらった。花村に呼び出されたのか、自分からなのかはわからないが、シラサカは事情を全て話したようである。
「特別に見逃すという話を聞いていたもので」
「草薙がうるさいから言ったまでだ。ハナムラの内情を知った人間を生かしておけるわけがない。ほとぼりが冷めてから、シラサカに処分させるつもりだった」
 草薙から聞かされた花村の言葉は「特別に見逃す」であって、命を救うとは言っていない。
「ですが!?」
「コウのように刑事を辞めて、我々の支配下に収まるというのなら考えてやってもいいが、草薙が嘆願するくらいだ、会わずともそういう男でないことはわかる」
 レイは黙った。桜井が自分達の元に来る可能性はない。彼は絶対刑事をやめないだろう。
「松田に治療をやめろと言ったのだが、あいつは拒否した。あそこは安全地帯だから手出しが出来ない。退院後、改めてということになる。余計な仕事を増やしたな」
 マキの声が沈んでいたこと、松田の伝言の意味がわかった。レイは立ち上がり、花村に向かって頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
 冷静になればわかることだ。花村が言うように、内情を知った人間を生かしておくことは出来ない。死か、ハナムラの人間として一生飼い慣らされるのか。後者になるには、事前に花村の承諾が必要である。
「せめて公安の捜査官なら、おまえの言うことも聞いてやれたのだが」
 罵倒されるかと思いきや、花村は意外な言葉を放った。レイは顔を上げ、花村と向き合った。
「今も公安絡みで仕事を請け負うことがある。彼らはハナムラを認知し、見てみぬふりをしている。我々は国家を敵に回しているわけではない。むしろ、そういった人物を処分しているのだから」
 そうなると、草薙がゼロの統括をする裏理事官を行っていたことも偶然ではないような気がしてきた。
「私はおまえを手離す気はない。ましてや、草薙には絶対に渡さんからな」
 花村がレイに執着するのは、草薙への対抗心からだろうか。何にせよ、こんな花村は見たことがない。
「シラサカに家まで送らせる。帰って休め」
「ですが、まだ仕事が」
「私が休めと言ってるのだから、後の事は気にするな」
 花村に逆らうことは出来ないし、何よりレイはひどく疲れていた。はいと返事をした後、上着とネクタイと鞄を持って歩き出した。

「顔色がよくないな、大丈夫かよ」
 車に乗り込むまでは二人とも無言だった。車が走り出してまもなく、シラサカが言葉を発する。
「少し疲れただけだ」
 レイは助手席から、通り過ぎる景色を見るとも無しに眺めていた。幹線道路ということもあってか、深夜だというのに車も人もそれなりにいて、ネオンサインがやけに眩しい。
「だから言ったろ、放っておけって。マキが泣きそうな声で連絡してきたけど、どうにもならないからな」
 シラサカは花村から桜井の処分を命じられていた。だから瀕死の桜井を放置しようとしたのである。
「ああ、わかってる」
 シラサカに返事をしながらも、レイは頭の中で別の事を考えていた。花村が話題にしなかったことからして、おそらくシラサカは話してはいないのだろう。
「シラサカ、彼女のことなんだが」
「そうそう、桜ちゃん、意識を取り戻したらしいぜ。心配していた脳内出血も無かったみたいで、一日二日は様子見で入院になるけど、大丈夫そうだ」
 待ってましたと言わんばかり、シラサカは嬉しそうに答えた。
「そうか。いや、それはいいんだが……」
「優衣ちゃん絡みの案件はなんでもやるって言ったこと、忘れたのか。桜ちゃんのことは、ボスには一切話してないから安心しろ」
 まだ合流していなかったから、シラサカは知らない。イソダは桜にレイのことを話していたようだった。どこまで聞いたのかによって、今後の立ち位置も変わってくる。
「少し、寄り道してもいいか?」
 レイの答えを待っていたかのように、シラサカは口笛を吹いた。
「オーケー、オーケー。この時間なら蓮見も居ないし、桜ちゃんも寝てんだろ。こっそり顔見て来いよ」
 シラサカの運転で、レイは桜のいる病院へと向かった。
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