追憶のquiet

makikasuga

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天才を巡る駆け引き

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「世間を震撼させた殺人鬼の最期としては、呆気ないねえ」
 事切れたイソダを前に、シラサカが言った。
「無駄に血を流したところで、後始末が面倒になるだけだ。後は掃除屋に任せるぞ」
 桜井との合同捜査は、花村からレイに依頼があって始まったことである。犯人を捜査一課に引き渡すことは叶わなかったが、処分を終えた時点でレイの仕事は終わった。

「さすがはハナムラというべきかな」
 掃除屋を呼ぼうとしてスマホを取り出せば、それを見ていたかのように草薙がやってきた。
「あなたのような人間が、現場に足を踏み入れてよろしいのですか」
「私自身が何かするわけではないからね。発砲事件の通報は悪戯だったということにした。一部の捜査員を除いて引き上げさせてある」
 なぜ一部の捜査員を残したのだろう。嫌な予感がした。
「思ったより人数が多いな。下にも何人かいると聞いているが?」
 どうやら、草薙の命令で動く部下がここに入り込んでいるらしい。
「後始末は我々がやります。どうぞお引き取りください」
「桜井はどうした?」
 草薙は唐突に話を変えてきた。死体を見ても顔色一つ変えず、どんなときも感情を露わにしない。そういうところは花村によく似ている。
「蓮見桜を庇って撃たれました。出血が酷かったので、優秀な救急医のところへ搬送しました」
「ドクターヘリを呼んだ理由はそれか」
「はい。関係各所への配慮をお願いします」
「簡単に言ってくれるね」
 事情が事情なだけに、草薙なら二つ返事で了承すると思っていた。
「蓮見のお嬢さんの件はともかく、ドクターヘリは君の独断によるものだろう」
 それを言われると返す言葉がない。以前桜井を助けられないかとレイに聞いてきたのは、草薙だと言うのに。
「急病人が出ただけならなんとでもなる。だが消防の要請を無視してドクターヘリを呼んだ上、患者を都内の病院ではなく人里離れた診療所に運び込んだ。これをどう説明すればいいかな」
 花村の知り合いだけあって、草薙も松田のことを知っているようである。
「面倒事を引き受ける代わりに、犯人を引き渡せってことですか」
 犯人を逮捕するのは捜査一課にしてほしいと言われていた。草薙は最後までそれを貫きたいらしい。
「それだけじゃない。ここにある遺体全てを捜査一課に引き渡してくれ。そうすればドクターヘリの件は私が処理しよう」
 イソダだけならわかるが、彼が手配したプロの暗殺者の遺体まで引き取るとは。
「ハナムラに喧嘩を売るつもりかよ」
 レイは苛立った。草薙は花村よりたちが悪い。こんなやり方で揺さぶってくる相手とは思わなかった。
「本音を言おう。私は君が欲しいんだよ、カネモトレイ君」
 草薙がレイの本名を知っていたことに、少なからず驚いた。花村か安岡に聞いたのか、いや、あの二人がそんな迂闊な事をするとは考えられない。
「若くしてハナムラのブレーンとなった君には、以前から興味があった。今回の事件で君の力量を試した。予想をはるかに超えていたよ。被疑者にたどり着けたのは君ひとり。蓮見は見当違いの上、私情に流されて使い物にならず、正義感の塊でしかない桜井ですら、君に陶酔していたようだった」 
「この俺に、正義を振りかざせと言うのかよ」
「ハナムラをやめろなんて言うつもりはない。今回のような案件があった際、協力してほしいというお願いだよ」
 これのどこがお願いなのか、強要以外の何物でもないというのに。
「自分の部下を信用していないのか。俺は犯罪者だぞ」
「そういうわけではない。我々だけではどうにもならないときに、手を貸してほしいという提案だよ。勿論報酬はきちんと支払うし、身の安全は保障する」
 レイは骨の髄まで裏社会に染まってしまっている。表の世界ではとっくに死んだ人間にとって、身の安全など無いに等しいというのに。
「警察を信用出来ないというのも無理はない。君達のことは調べがついている。過去に花村が何をしたのか、全て知っている」
 君達と言ったことからして、そこにはマキも含まれるのだろう。レイは草薙を睨みつけた。
「そんな顔をしないでくれ。君もだよ、シラサカ君」
 いつのまにか、隣にいたシラサカが銃口を草薙に向けていた。
「やめろ、シラサカ」
「ボスがあんたを嫌うわけがわかったよ。口の聞き方を知らなさすぎる」
 シラサカがこんなにあからさまな殺意を向けるのは珍しい。それに屈せず、草薙はこんな事を言い出した。
「誤解しないでくれ。私はハナムラの存在を認めている。今回の事件を解決出来るのは君達しかいないと思っていた。目に見える善悪だけが全てではない。桜井が犯人を逮捕するために君達と捜査したこと、君が桜井を救うためにドクターヘリを呼んだこと、どちらも立場を超えてのことだろう」
 桜井のことを引き合いに出されると、レイは何も言えなくなる。草薙が言うように、桜井を救いたいと思った理由は、自らの感情に突き動かされてのことだった。
「私が花村に嫌われるのは理由があってのことだよ。おそらく彼には一生嫌われ続ける。そう思われても仕方のないことをしたからね」
 そう言うと、草薙が表情を緩めた。二人の間に何があったのか。因縁を抱えながらも、二人が関わり合いをやめないのはなぜなのか。
「わかった。条件を飲む」
「おい、正気かよ!?」
 レイの出した結論に、シラサカは驚いた。
「遺体の引き渡しに関して従うだけだ。ドクターヘリの無断使用が公になれば、搬送先にも火の粉が及ぶからな」
 桜井を運んだことが明るみになるのは問題ないが、松田のことは公にしたくない。
「但し、遺体の検案はこちらでやる。鑑識をここに入れるな」
 遺体を警察に引き渡すのであれば、鑑識が死体を検案する。どのように死んだのかを書類に残す必要があり、事件や事故に関わることなら司法解剖へと回される。
「死体検案書は誰が作成するんだい?」
「勿論俺だ。偽名で医師免許は持っているからな。シラサカ、サユリを連れてきてくれ。掃除じゃなく鑑識の助手としてだ」
 掃除屋のリーダーであるサユリは、名前の通り女性である。良くも悪くもレイに執着心を持っており、あまり関わりになりたくないのだが、レイひとりで全ての死体の検案するのは骨が折れる。
「遺体には、あまり手を入れてほしくないのだが」
「最小限に留めるよ。こちらの手掛かりを残したくないだけだ」
 遺体にはマキとシラサカが放った銃弾が残っている可能性がある。これだけで二人にたどり着けるとは思わないが、警察に手掛かりを渡すことは避けたい。
「これを機に、あんたとは関わりにならないようにする」
「私と花村の繋がりが切れないように、君もまた、私と出会う運命にある」
 レイの背中がぞくりと震えた。有り得ないはずなのに、草薙の言葉には妙に説得力があった。
「蓮見のお嬢さんを救ってくれた借りもある。何かあれば、いつでも連絡をしてくれ。出来る限りの事をしよう」
「あんたに頼ることなんて二度とねえよ。さっさと帰れ!」
 花村とは別の意味で恐怖を感じた。発した言葉通り、レイはもう二度と関わりになりたくなかった。
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