追憶のquiet

makikasuga

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死神は天使に誓う

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 その日、零に会わせてあげると言われ、桜は将と共に出掛けた。二人で地下鉄に乗り、ある駅で降りて地上への階段を上がっているとき、将は豹変した。拳銃を取り出し、発砲したのである。呆然とする桜の手を引っ張り、将は駅直結の高級ホテルへ乗り込んだ。エレベーターで九階に上がり、部屋の中へと引き込まれた。

(なんて顔をしている? おまえが言ったんだろ、安岡零に会いたいと。だから連れて来てやったんだぞ)

 発砲してからというもの、将は桜の知っている彼とは別人になった。恐怖を覚える程の変わり具合だった。

(やだ、怖い、怖いよ)
(そうだ、安岡零はな、おまえが思ってるような奴じゃないんだぜ。あいつは人殺しだ。おまえの従姉妹を殺したのは、あいつなんだからな)

 将の放った言葉に全身が震えた。違うと言いたかったが声にならず、桜は震えながら首を横に振ることしか出来なかった。

(もうすぐわかる。ここであいつの声を聞かせてやるからな)

 まもなく、将と零の話が聞こえてきて桜は耳を塞いだ。

 優衣姉をずっと想ってくれてた人が、優衣姉を殺したなんて、そんなの嘘だ!

(……おい、彼女は無事なんだろうな!?)

 そのとき、零の声が届いて、桜は我に返った。どれだけ冷たい言葉を放っても、こうして自分の心配をしてくれる。どんな気持ちからであろうとも、それは嘘じゃない。
 桜が逃げ出そうとしたからか、将に手をつかまれた。彼の側に行くのが嫌で、その場にしゃがみこみ、桜は子供のように駄々をこねた。

(やだ、離して!?)
(早く立ちなよ。君が会いたがっていた人間に会わせてやるんだから) 
(あの、私のことはいいから、早く逃げ……!?)

 ドンという衝撃音がして、ぐらりと世界が揺れた。将に強く突き飛ばされ、強く頭を打ちつけた桜は、目の前が真っ暗になった。

 (……おまえが殺したんだろ。安岡零という偽名を使って近づいて、見殺しに……)

 将の声がどんどん遠くなっていき、やがて意識を失った。
 その後、何度となく目覚めたが、夢か現実かわからなかった。刑事だという人と話をしたような気がするし、そのとき父を呼んだ気もする。
 きちんと目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。心配そうな父の顔が目に入り、怒られるのだと覚悟したけれど、何も言われなかった。無事でよかったと言いながら、うっすら目に涙を浮かべていた。そこには父の恩師で桜とも親交のあった草薙もいた。

(桜ちゃん、大丈夫かい?)
(草薙のおじさんが、どうしてここに?)
(君が危ない目に遭ったと聞いて、様子を見にきたんだよ)
(心配かけてごめんなさい)
(無事ならいいよ。今夜は安静にして、明日以降、様子を見ながら話を聞かせてもらうからね)

 そのとき初めて草薙が警察の人間だということを知り、父もまた、特殊な警察官だということを知らされたのだった。

 深い眠りをかき消すように、頭が痛み出した。処方された痛み止めを飲めばいいのだが、目を開けるのも起き上がるのも億劫だった。
 そうこうするうちに痛みは増していった。体は起き上がることを拒絶し、目を開けることも出来ない。

 怖いよ、痛いよ、誰か助けて。

 心の中でそう呟いたとき、思わず涙が溢れ出る。ほとんど同時に、聞き覚えのある声が耳に飛びこんできた。
「痛かったよな」
 頬に流れる雫を指ですくってくれて、分厚い包帯を巻いた頭を優しく撫でる。
「俺のせいで、こんな怪我までさせて、本当にごめん」
 間違えるはずなどない、これは零の声だ。
「色々考えてたけど、全部吹き飛んだ。もう二度と繰り返さない。だから、この子を護らせてくれよ、優衣」
 零が桜の前で優衣の名を呼んだ。それを聞いて、また涙が溢れた。
「一生かけて護るよ。それが俺に出来る唯一の償いだと思うから」

 この人は、今もまだ、優衣姉が好きなんだ。

 後から後から溢れ出る涙が、嬉しいからなのか、悲しいからなのか、よくわからなかった。ただ零が頭を撫でてくれたせいか、痛みは消えてなくなり、桜はそのまま眠ってしまったのだった。
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